一瀉千里の奔流となり得る日(2)

無意識の「発見」。
下の図式は、とても単純で自明なものに見えます。



「人間の心には意識と無意識の領域がある」というこの事実は、古来より仏教思想に親しんできた日本人や東洋人には当たり前に受け取られる話なのですが、西洋人がこの当たり前のことを「発見」するのに、19世紀末の精神科医フロイトの登場を待たなくてはなりませんでした。

「我思う、故に我あり」と考えた西洋人は、意識に根ざす「文明の思考」に依拠して、彼らの文明世界を構築していたからです。

そうすることで、西洋人たちは、知らず知らず、彼ら自身の心の無意識の領域を抑圧していただけではなく、無意識に根ざす「神話の思考」を豊かに保存しながら生活や文化を営んでいた西洋文明圏の外部の人々をも抑圧し、支配し、搾取し、植民地化してきました。

しかし、19世紀、彼らの文明世界が肥大化するにつれて、西洋人の中に心の変調をきたす人たちが多く現れるようになりました。

そうした中、とうとうフロイトという精神科医が現れて、「人間の心には無意識の領域が存在するのだ」という、アジアやアフリカや南北アメリカ大陸で、西洋文明の外部に生きてきた人々なら、とっくの昔から知っていた当たり前の事実をしぶしぶ認めざるをえなくなったのです。

しかし、西洋人が、無意識の存在を「発見」するようになった後でも、無意識やそれに根ざす「神話の思考」が、意識や「文明の思考」に比べて劣ったものであり、人類は、原始的、神話的、アニミズム的な未開の段階から脱して、文明の思考を身につけるようになり現代にいたるのだという、近代主義的な「進歩史観」は、現在も世界にはびこっていますし、日本人もこの考えに深く汚染されています。

そのような近代主義・進歩主義の考えが一つの思い込みにすぎず、「神話の思考」は「文明の思考」に劣るどころか、「神話の思考」の中にこそ、人間の、そして日本人の本来的なあり方があることを再認識した上で、人類史を俯瞰するならば、「文明の思考」によってのみ歴史を解釈しようとしていたときにはさっぱりわからなかった出来事の意味が、くっきりと理解できるようになります。

(つづく)
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感想

直近の2,3の記事を読んで、感じた事、思ったことを思いつくままに述べてみたい。

1)葉室 頼昭氏の言葉について。

葉室さんの本は、初期の2冊を読んだくらいで、その後は読んでいない。
神道の理解をリフレッシュする記述に満ちていて、すばらしいと思ったことを覚えている。

こちらのブログ記事に引用されている部分につては、
「ああ、これは、メシア二ズムの一種だな。。。」、と思った。

<日本人=神に選ばれし民>が苦難の遍歴を重ね、そのどん底に至った時、
救いがやってくる、というパターン。
でも、それだけではなく、神に救われた日本が世界を救うヒーローになる
というストーリーが加わっている。

このタイプの思想は、戦前もあったと思う。
その時は、「万世一系の天皇」が、日本が世界に冠たる核心だったが、
葉室氏の場合、それが、「神道」に置き換わっている。


2)ちょっと、中野剛士氏の言葉を思い出した。

彼が、桜の討論会に初めて出演したときだったと思うが、次のようなことを言っていたと
記憶している(記憶モードなので違っているかもしれない)。


「歴史を見れば、危機に際し、日本人は立ち上がってきた。我々は、そのような血をもっている。」
という人たちがいるが、今現在を見てみろ。誰も立ち上がらないじゃないか。
過去そうだったからと言って、今もそうだとは言えない。
国が亡びる時は、あっという間に亡びる。歴史を見れば、そのような例に満ちている。


。。。。たぶん、彼の頭の中には、オルテガの「大衆の反逆」があったのだろうと思う。


3)いわゆる「西洋における無意識の発見」について。

フロイトが、精神分析という領域をつくり、彼の分析概念を西欧の表の世界に広めたのは
本当だけれども、「心の隠された領域」については、西洋でも古くから知られていた。
オカルティズムが、それで、古代エジプトが源流とされる。

西洋思想の隠れた流れとなり、多くの偉大な知識人たちに影響を与え続けてきた。
錬金術、魔術、様々な秘密結社。ルネサンスは、このような非正統思想のごった煮だった。
ゲーテもそうだ。

20世紀初頭は、心霊主義が流行し、降霊会が頻繁に催され、
ブラバツキーの神智学、シュタイナーの人智学等も流行している。

このような情況の中でナチスが活動。ヒットラー自身、オカルティズムに強い関心をもち、
ある秘密結社に入会している。
ナチズムは、キリスト教以前の神話に満ちていて、それを活用して、人々を惹きつけている。

全体主義=ファシズムは、神話的思考、心性と強く結びつき、
集合的に人々の潜在エネルギーを励起する。

戦後、このありかたは、非合理的意識の危険性として強く批判されることになる。
主に戦後のドイツ思想界でだが、日本でも類似の批判が展開される。


4)現代の神話的意識、資本主義、商品化

現代の神話的意識は、どうなっているのか?

実は、現代は、神話的意識全盛の時代と言っていい。
ジョージルーカスの「スターウォーズ」がいい例だが、映画、アニメ、ゲーム、
小説、これらには、神話をモチーフとしたストーリーが圧倒的に多い。
人が高揚するストーリーは、神話のモチーフなのだ。

ちなみに、スターウォーズは、日本オタクだったルーカスが、
神話学者ジョセフキャンベルの神話研究に影響を受けてつくったもの。

人々は常に神話を必要としている。それは、人の心の食物だ。
そして、現代では、それが商品化される。資本主義の回路に組み込まれるのだ。

もちろん、この回路に回収されない神話的意識もあるのだけれども、
それは、この回路の外に存在するだけで、この回路を破ることはない。

つまり、「神話の思考」は、「文明の思考」に対立せず、それに組み込まれ、
商品として回流するのだ、現代では。


無意識/意識という二項対立は、最近では、左脳/右脳という脳科学の概念で
置き換えられることが多い。

しかし、この概念でさえ、ビジネスために使用される。
左脳的な経営、左脳を活用してクリエィティブなビジネス、etc.

無意識領域に存在する能力が、ビジネスのために開発利用されるのだ。



このような時代において、「一瀉千里の奔流」は、この資本の運動回路を押し流せるのだろうか?











参考になれば

 始めまして。

昭和22年に歴史哲学者仲小路彰氏はすでにグローバリズム(地球主義)の到来
を予言していました。その広大な知見と思考の縦横さは、驚異そのものです。

著書  非売品がほとんど

  『新抄 源氏物語』
  『21世紀地球との対話 未来学原論』  国書刊行会 \4700 販売中
  『大ロシア革命史』
  『世界興廃大戦史』100巻
  『21世紀地球との対話シリーズ』
  『砂漠の灼熱』 マホメットの戯曲
  『聖人伝』 聖徳太子、釈迦、イエス、孔子
  他 多数

戦前は政府参謀、戦後は山中湖で隠棲し研究

この方のいうグローバリズムは現在の特定勢力のグローバリズムとは
大きく異なります。世界の各民文化をルネッサンスせしめ地球上に共存
させるようなニュアンスがあります。

https://www.youtube.com/watch?v=jEH2xIYHP18



天皇の欧米語訳が「皇帝」であるわけ

>神武東征の勃興期ならいざ知らず、先帝陛下には軍装までお召しになることになってしまった。結果として"Hirohito"は今や記号とさえ化してしまった。
これが果たして天皇の在り方として伝統を踏まえたものなのか。疑問の余地がある。

以前に「マッカーサー占領憲法(日本国憲法)とヨーロッパ君主国模倣憲法(大日本帝国憲法)」というコメント投稿で、

●明治帝国憲法(大日本帝国憲法)は何故創られたのか

 ~略~

●天皇の欧米語訳が「皇帝」であるわけ

この憲法の特徴のひとつが、天皇をヨーロッパ君主国の君主モデルとして位置づけたこと、でしょう。天皇の欧米語翻訳が全て、「エンペラー(英語)」「カイザー(ドイツ語)」「ツアー(ロシア語)」といったように、「皇帝」と訳されているのは、この明治帝国憲法における天皇の位置付けが、ヨーロッパ君主国の君主(皇帝)としてのもの、と欧米列強諸国には解釈されたからなのです。

このことは、天皇が軍服を着て馬に跨って陸海軍を統帥する大元帥となり、皇族男子は全て陸海軍の軍人となる、という完全にヨーロッパ君主国の王室モデルを模倣していることからもわかります。元々、明治以前の日本には、天皇が軍服ならぬ鎧兜に身を固めて全軍の総大将となり、親王は全て武人になる、などといった伝統は全くなかったからなのです。

と記した通り。

No title

一神教に対して多神教として対置される神道。然しその理解は変遷してきた。

神道の最高神官にして僧正、大師の叙任権をも有した仏教守護者としての天皇。
また、ユーラシアの終点に位置するこの島国で多様な海外の文化を綿々と保存する役割も果たしてきた。
譲位して法皇ともなれば自ら仏教に帰依することもできたフレキシブルなシステム。
それを明治の為政者は廃仏毀釈によって破壊した。
神武東征の勃興期ならいざ知らず、先帝陛下には軍装までお召しになることになってしまった。結果として"Hirohito"は今や記号とさえ化してしまった。
これが果たして天皇の在り方として伝統を踏まえたものなのか。疑問の余地がある。

古代ヨーロッパも多神教の「神話世界」だったのだが・・・

西洋も、ローマ帝国による「キリスト教化(と、称している「ローマ帝国教=ローマ帝国イデオロギー」)」という「一神教化」以前は、アミニズムの多神教世界でした。

実は、そのローマ帝国も「聖書をラテン語(ローマ帝国の公用語)翻訳」してキリスト教化する以前は、多神教世界だったわけで。

そもそも、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という一神教は、いずれも中東生まれで、ヨーロッパ生まれのものではないし・・・・。

アイルランド神話や、古代ゲルマン神話(北欧神話)、ギリシア神話といった神話世界の物語も、古代ヨーロッパには豊富にありますし。

ヒトラーが心酔したリヒャルト・ヴァーグナーの楽劇世界など、まさに「古代ゲルマン神話」の世界ですし、アイルランド神話の「妖精物語」などにも、古代ヨーロッパ世界が、ローマ帝国による征服時代、中世キリスト教会支配、近代以降のような「一神教世界」ではなかったことが見て取れます。

ルネサンスを起点とする西洋近代とは、「ローマ帝国教(キリスト教と称している)」の絶対神概念が支配した中世からの脱却を、「人間中心主義(ヒューマニズム)」によって獲得して行ったもの、と解釈できるように思われる。

「一神教世界」の中心が、「絶対の神」から「人間(といっても「ヨーロッパ人=白人」だけを意味するもの)」へと移行して行く過程で、その近代テクノロジーの力で「世界征服」を成して行くことで、「白人種優越主義」に立脚した思想が彼らの中で確立されて行き、それが彼らの「帝国主義支配」を支える実体システムとしての「資本主義」と、その対抗路線としての「共産主義」として確立され、この西洋近代主義が世界を支配する現代へと至った、というのがこの世界の500年史であるわけです。

しかし、西洋人の中にも、この「人間中心主義(ヒューマニズム)」による自然征服思想による現在のあり方のままでは、人類は自滅への道を辿ってしまう、という深刻な危機観を抱いている人は少なくないようで、その彼らが着目しているのがアミニズム的な多神教世界の自然観、世界観、そして宇宙観なのであり、西洋人の中でも特に精神レベルの高い人々の中に、日本の神道に非常に着目している人が少なくないのは、決して偶然でもなければ、単なる物珍しさ的な興味、ではないのです。

戦前の昭和期、日本を訪れて伊勢神宮に詣でたアインシュタインが、何とも言葉では形容し難い「霊」の力をそこに感じ取ってしまい、それは忘れることのできない至高の体験だった、と述べているエピソードからもそのことが見て取れます。

ところが、問題なのは当の日本人自身が、こうした人類そのものの存続の危機観にまで及んでいる、こうした発想がさっぱり理解できていないこと、でしょう。

「原発問題」に対する無理解さなど、まさにその典型であるとも言える。

「神道の民」であるはずの日本人が、原子力(核エネルギー)などという西洋近代テクノロジーに被れきって、エコノミックアニマルそのものの経済利権至上主義に染まりきり、「フクシマ原発事故」という史上最大の原発事故がもたらしている極めて重大で深刻な意味をちっとも理解できずに、まだ「原発推進」などという世迷言を続けているという醜悪極まりないあり様、なのですから。

「山を守り川を守れ、空を守り海を守れ」という、「神道の民」ならばごく当たり前の心であることをすら、理解できなくなってしまったGNP/GDP、経済成長至上主義のエコノミックアニマル、に成り下がってしまった現代日本人の多く。

原発への対し方を見ているだけでも、その人間の本性が見えてくる、というものなのですが。




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