勉強しないと右翼や左翼になっちゃうぞ

世界を俯瞰するのに必要な知識。
8月2日、T-ns SOWL(ティーンズソウル)という高校生のグループが、安保法制に反対するデモを渋谷で行ったそうです。

安保法案:制服姿で高校生も声を上げて…渋谷でデモ

高校生も声を上げ始めた−−。参院で審議中の安全保障関連法案に抗議する制服姿の高校生たちのデモ行進が2日、東京都渋谷区であり、約3000人(主催者発表)が音楽に合わせて「戦争反対」「安倍晋三から日本を守れ」などと声を上げ、センター街や原宿などを練り歩いた。

(出典: 毎日新聞 2015年8月2日)

SEALDsという、大学生を中心とした反・安保法制のグループも有名ですが、







これらの若者たちのグループに違和感を感じるのは、彼らのデモが、英語のプラカードで埋め尽くされていることです。

War is over. (戦争は終わった)
We just need peace. (私たちに必要なのは平和だ)
Time to speak out. (声を上げる時がやってきた)
Fight for liberty. (自由のための戦い)
Words kill wars. (言葉は戦争を殺す)

SEALDsのホームページも、徹底して日本らしさを廃し、下のような黒人のハーフと思しき青年の写真を掲げて、「リベラル勢力の結集」を呼びかけています。



彼らが日本語や日本らしさを排除するのは、安保法制に賛成する右翼勢力への対抗として、あらゆる右翼的なものを否定した結果なのでしょうか。

それとも、単にその方がかっこよく彼らの目に映るからなのでしょうか。

「戦争反対」という耳障りのよいスローガンで若者たちを引き付けながら、まるで、日本が日本ではなくなっていく、これから到来するグローバル社会に、若者たちを慣らそうとしているかのようにも見えます。

英語のプラカードを掲げることになんの違和感も感じないこれらの若者たちは、当然のことながら、TPPのような安倍政権の推し進めるグローバル化政策や構造改革にはNOと言いません。

安保法制よりも、TPPの方が、はるかに、日本に生きる若者たちの未来に、暗い影を落とす深刻な問題なのですが・・・

このように、安保法制ばかりに人々の注目が集中することによって、

安保法制に賛成するがゆえに、安倍政権を支持する右翼も
安保法制に反対するがゆえに、安倍政権を批判する左翼も

共に仲良く、日本のグローバル化を容認するという事態が生じています。

これは、

「戦争には反対だが、構造改革(グローバリズム)には賛成する」

という、グローバリズム推進勢力の工作員、元通産官僚古賀茂明氏の思惑通りの展開です。





参考記事:
古賀茂明氏を信じてはいけない(2015年7月26日)


私は、中学生や高校生はデモなどに参加する代わりに、机にかじりついて、しっかりと勉強をすべきだと思います。

中学生や高校生が学校で習う知識は、世界で何が起きているのかを正しく理解する上で、必要不可欠な知識だからです。

逆に、それらの知識をきちんと身につけていなけば、簡単に、ネット上に流されるデマや偏った意見に影響されて、こりかたまった「右翼」や「左翼」になってしまいます。

たとえば、いかにも「学校でちっともお勉強をしませんでした」という面構えの下の左翼の青年は、天皇陛下が悪魔崇拝を行っているなどという、くだらない陰謀論を撒き散らして、世の中に迷惑をかけています。
同様に、下の右翼の青年も、なんでも左翼の反対をやることが正しいことなのだという単純なメッセージを人々に刷り込んで、世の中に迷惑をかけています。
知識をきちんと身につけた人々であれば、今の日本に必要なのは、右翼でも左翼でもなく、それを包摂する立場なのだという、次のような見識に至るはずです。

「欧米保守思想」の直輸入や亜流ではなく、「日本の保守(思想)」とは何なのか、という根源的な問いの欠如

「保守」というものを、単なる言葉ヅラやその言葉の持つ(何となくの)雰囲気によってではなく、その本来の根本概念というところから改めて捉え返して行かなければ、「その本来の意味での日本の保守」というものは、意味を失ってしまうばかりか、本来のものとは全く別の概念のものに変質してしまったものとして、「本来の意味での日本の保守とはむしろ正反対の概念のもの」が、いわゆる「日本の保守」として認識され定着してしまう、というなまじの「反日」イデオロギー以上に日本を根底から瓦解させるもの、として機能することになってしまうでしょう。

私が自民党勢力を中心とする「いわゆる日本の保守」勢力なるものを、「反日左翼」以上に悪辣極まりない勢力として嫌悪している根拠とは、まさにこのことにあるのです。

このために、私は「保守」という言葉が大嫌いなので、決して「保守」と称したことがなく、「日本派」「日本主義」あるいは「日本原理」(この「原理」という言葉を用いると、例の「統一原理」や「イスラム原理主義」の過激派のイメージがダブってくるので、今ひとつこの言葉は使いたくない、という思いもあるのですが、なんとも悩ましいところです)、などと表現することにしているのですが。

早い話が、「日本の保守」と自称している勢力のほとんどは、「欧米保守思想」の直輸入かその亜流なんですね。

このために、ネトウヨほど劣悪・低劣なものではなく、それなりに真摯にものごとを考えていると思える日本の保守思想家と自称している人たちが、「保守とは何か」というテーマになると、ほぼ必ずといっていいほど持ち出してくる論拠が、英国保守思想の大家であるエドムンド・バークの思想、なのです。

このエドムンド・バークは、フランス革命によって提起された「人民革命思想」に対して、断固として、それに対する「保守思想」を主張したことで、英国ばかりではなく、欧米保守思想の大家・大御所とて欧米社会では認知されている人ですが、それはあくまでも「欧米社会の保守思想」であって、それがそのまま「日本の保守思想」ではあり得ず、本来は、むしろ、決定的に異なるものがあるはずなのです。

もちろん、欧米保守思想の真髄を研究することは、マルクス共産主義の元となっている人民革命思想を研究すると共に、非常に大切なことであることに異議はないのですが、しかし、それをそのまま「日本の保守思想」の基盤を成す論拠としてしまうのでは、ちょうど「日本の左翼」と称している人たちが「欧米左翼思想」の亜流勢力でしかないように、「欧米保守思想」の亜流勢力でしかなくなってしまうのです。

確かに、欧米保守思想の真髄を成しているものの中に、日本保守思想の真髄を成しているものとの共通点や共通項、というものを見出すことはできるでしょうが、それはあくまでも、比較対照の結果としての「共通点や共通項」なのであって、その根源(原点)を成しているものは、この両者においては互いに異なる独自のものであるはず、なのです。

私流に「保守」というものの本来の概念を定義してみるならば、それは、自らが属している集団(通常は「民族」と言われるのですが)をそれたらしめている根源、アイデンティティ、レゾンデートル(という外来語には本来、依拠したくないので「存在意義」と表現すべきか)を、「時代を超えて守り維持して行こうとするあり方」、ということになるのではないのか、と考えているのです。

この集団の「存在意義」というものは、当然に各集団(民族)ごとに異なっているわけですから、それを「時代を超えて守り維持して行こうとするあり方」においては共通しているとはいえ、その「存在意義」そのものの中身が各集団(民族)ごとに異なっていることで、ある場合には、その集団間(民族間)で真っ向から対立してしまう、ということも当然に出てくることになります。

しかし、だからといって自分たちの集団(民族)のみを肯定して、他の集団(民族)を否定してしまうというあり方は、いわゆるエスノセントリズム(自民族中心主義、自民族絶対主義)というものになってしまうので、これは正しい「保守」のあり方とはいえず、非常に困難なことではありながら、互いに相手の「存在意義」というものに敬意を払い、認め合うことで共存して行くというあり方が、正しくまた成熟した「保守」のあり方ではないのか、と思えるのです。

これはもちろん、不当な誹謗中傷や排撃に対しては、その相手の「存在意義」そのものの否定はしないが、断固として立ち向かうのは当然のことで、エスノセントリズム(自民族中心主義、自民族絶対主義)でもなければ、卑屈な「事大主義」でもない態度を貫く、ということこそが、「真の保守のあり方」であると思うのです。

とはいえ、実際には「言うは易し、行うは難し」で、とても難しいことなのですが。

(出典: 当ブログに寄せられた松本英志様のコメント)
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松本英志様

陰謀論的な用語を用いず、常套句に流されず、日本が直面している問題を、構造的、俯瞰的、論理的に、独自の言葉で説明しようとされる松本英志様の文章は、実に秀逸です。

一つのイデオロギーに凝り固まって、いつまでもパラダイム・シフトのできない保守の人たちが多いなか、

また、かろうじて安倍政権批判に転じたとしても、問題の構造を理解できない人たちが多いなか、

心強い同士に巡り合った思いがします。

拙ブログのコメント欄に埋もれてしまうのはもったいないので、ブログを開設されてはいかがでしょうか。

体系的に、松本様のお考えをまとめていくべきであると思います。

「国家神道は古神道に非ず」さん

う~む、「田布施システム」の問題となると、事は深刻ですね。

何しろ、安倍だの小泉だのといったレベルの話ではなく、明治天皇以来の「大日本帝国の天皇」の根源を問わざるを得ないことになるので。

その真偽はともかく、太田龍も大日本帝国の天皇の根源については、厳しい問題提起をしていますので。

まさに「日本 VS 世界支配勢力」との戦いなのですから。

「木を見て森を見ず」の日本人

結論から言えば、「安保法制」も「TPP」も、「一環したシステム」の中の「部分」を構成しているものに過ぎない、ということ。

すなわち、「ワンワールド」で世界を一元化支配したい勢力が、その一環として、世界一元化のための様々な「サブシステム」を段階的に構築しており、その一つが「安保法制」であって「TPP」であるということなので、そのどちらが上でどちらが下、というような問題ではないのです。

この「ワンワールド」による世界の一元化とは、決して「国も民族もなくて、世界の人々がみんな仲良くいっしょに」といったお目出度いものでは毛頭なく、「一握りの力ある者たちが、それ以外の世界の全ての人々を奴隷にして支配する」という、地球規模での独裁専制体制創りのことなのです。

このワンワールドを実現するために、グローバリズム(資本主義)とインターナショナリズム(共産主義)という二つのサブシステムが設けられて、この二つのサブシステムが相互に競い合いながら、最終的には一つの世界システム(ワンワールド)を実現する、というのが、この世界の一元化を目論んでいる勢力が行っている世界戦略、なのです。

すなわち、グローバリズム(資本主義)は経済を支配することで世界を支配(独占資本による世界支配)し、インターナショナリズム(共産主義)は政治を支配することで世界を支配(独裁権力による世界支配)する、ということで、この両者が競い合って世界支配体制創りに邁進する、そして、このどちらが勝っても、結果的に「ワンワールド」が出来上がるので、「独占資本による世界支配(資本主義)でもいいし、独裁権力による世界支配(共産主義)でもよい」というわけです。

実際には、インターナショナリズム(共産主義)は敗北して、グローバリズム(資本主義)が勝利したので、後はグローバリズムによる世界の一元化を実現するだけ、ということになっているわけで。

このように、インターナショナリズム(共産主義)とグローバリズム(資本主義)は、その手法が違っているだけで、その目的は同じものなのですが、互いにこれをやっている同士は、互いに相手が敵だと思い込んでいるので、激しく敵対しているものの、実は両者が共に同じ目的のために利用されている、ということにちっとも気が付かないのです。

さて。

どうも「木を見て森を見ず」という、ある部分だけにこだわってしまって、その全体を想像してみようとしない、という傾向が日本人には相当に根強いようですね。

ところが、何百年にもにわたって侵略や征服、といったことを何度も繰り返してきた欧米や中国の「支配勢力」は、50年、100年といった長期戦略を立てて、その大目標を達成して行くという発想をしますから、その大目標達成のために必要となるいくつかの「サブシステム」を作って、それを一つずつ達成して行くことで、最終的な大目標を達成する、という戦略的思考にもとづいて思考し、行動するのです。

もちろん、「ワンワールド」の発想もこの勢力の中から出てきたものです。

これに対して、その部分だけを見て、それに個別に反応するだけで、その全体像を捉えることができなければ、こうした長期戦略を仕掛けてくる勢力(アメリカ、ロシア、中国など)に、太刀打ちできるはずがないのです。

このことは、大企業の事業戦略というものを考えてみればわかることで、総額何千億円という売上目標を達成するためには、10年という年月をかけ、段階的に一歩一歩、成果を積み上げて行って、その総和で「何千億円」という最終目標を達成する、という段階的な戦略システムでなければその実現は不可能、ということを考えてみれば、理解することもそう難しくはないはずなのですが。

こういう(あえて言うならば)「大企業の事業戦略」的な発想」で考えてみれば、「安保法制」も「TPP」も同列のものなので、このどちらにも共に反対するのが、ごく当り前のこととなるのです。






SEALDsの英語

いつも素敵な動画を有難うございます。
初投稿ですが、このブログのデザインの美しさが良いなと思っています。


さて、SEALDsが英語を多用する件について、どこかで読んだことがあります。

彼らは日本のメディアによる報道を期待しておらず、
海外メディアが報道してくれることを意識して、
わざわざ英語を使っている
ということを聞いたことがあります。

ですが、この信憑性の度合いも分かりませんし、
あちこちネットを徘徊しているので、ソースがどこだったか思い出せなくてすみません。

確かにわざわざハーフと思える人物を目立たせることには違和感を感じますね。
まるで五輪の「お・も・て・な・し」PRにハーフの方を使った如し。。。



加えて、ネトウヨさんについて。
彼らは「統一教会の信者」そのものだけでなく、
それらに感化されている「一般の方々」で構成されていると思われます。

そして、前者の統一教会系(チーム世耕、勝共連合、日本会議、チャンネル桜 等)へは、
いくら説得しても、その親米反日ニセ右翼思想を変えることは不可能だと思います。

 ※個人的には、汚い言葉づかいの書き込みは、すべて半島系の彼らだと認識しています。
  どんな思想であっても、ある程度の知性を持った普通の日本人であれば、
  汚い言葉を使うことを躊躇すると考えられるからです。

けれど、後者の統一教会系に騙されている「一般の方々」ならば、
半島系の血を引く岸信介の孫である安倍晋三さんの正体を知ることによって、
日本の発展と繁栄を阻害する、この安倍政権の欺瞞に気づくことが可能かもしれません。
「田布施システム」すら知らずに、日本の政治は語れませんです。

【壺】安倍晋三の正体【壺】
http://xiwayy2kn32bo3ko.onion.city/test/read.cgi/tor/1379582501/

英語オンリーのプラカードが意味するものとは?

最近では、海外のメディアが取材にやってきて、日本で行われているデモなどの様子を海外に報じる、といったことが多くなっていることもあってか、こうした高校生や大学生たちは、世界にアピールするためには「英語」で、といったこともあるのでしょう。

あるいは単に、「英語でやる方が何やら格好いいから」といった、英語というものを通じての、無意識の内のアメリカ(欧米)への憧れ的なものから発しているだけ、なのかもしれませんが。

実は、この「英語」への憧れ(を通じてのアメリカ崇拝的な心情)というもの、こうした高校生や大学生たちだけの問題なのではなく、「英会話学校の隆盛」に典型的に見られるように、多くの現代日本人に通じる深刻な問題でもあるのですが。

まあ、実際にデモや街宣という街頭行動を数多くやってきた体験から考えて、その抗議先に応じて言語を選ぶ、ということもあって、慰安婦問題など、韓国サイドへの抗議行動を行った際には、日本語と韓国語(ハングル)に英語のプラカード、シーシェパードという捕鯨問題で日本叩きをやっている「環境テロリスト集団」への抗議行動を行った際には、日本語と英語のプラカード、というように使い分けてやっていたわけなのですが。

こうした街頭抗議行動を行っていて、実際にも、BBCやロイターといった海外メディアの取材を受けたことは何度もありましたし、その取材の動画映像などを見ていると、確かに「英語」のプラカードがあると、外国人にも抗議の意味が伝わるので効果的だな、とは思いましたが。

しかし、さすがに「英語オンリー」、ということはしませんでしたね。必ず、日本語との対にしていましたから。英語オンリーでは、それこそいったい「何人なのか」、ということになってしまいますからね。

もっとも、「右側」の街頭行動である場合には、必ず「日の丸」を掲げているので、それが日本語プラカードの代わりをしてくれている、ということもありましたが。

この英語オンリーのプラカード、いわゆる反右派サイドである、左翼や護憲派のデモにはその傾向が強いようで、彼らは絶対に「日の丸」を掲げることなどありませんから、その「真意」はともかくとして、結果的には「グローバリズム」への同調的なものに見えてくる、ということはありますね。

もっとも、「グローバリズム(資本主義)」なのではなく、彼らは「インターナショナリズム(共産主義)」的な世界連帯という感覚で、「英語」プラカードを掲げている「つもり」なのでしょうが。

これは、リベラルサイドが主催する脱原発デモなどに参加すると、否応なく感じてしまうことなのですが。

日本のリベラル派は、「日の丸」=「右翼」、「嫌い」、「拒否」といった感覚が圧倒的に強いですから、脱原発のデモでも、日の丸を掲げて参加しようとすると、強制的に排除してしまおうとする、といったことがほとんど当り前なので、このことがまた、「原発反対は左翼の運動」と見られてしまう大きな要因になっているわけなのです。

このために、あえて「日の丸」を掲げた「右からの脱原発」と宣言しながらも、イデオロギーには関係なく「左翼の人も大歓迎」ということで、脱原発を左右といったイデオロギーには捉われない当り前の運動にして行こう、とやっている人たちもいるわけで、そこには実際に「左翼」の人たちも参加して来ています。

この運動に参加してくる「左翼」の人には、「従来のような右左といった二元的な発想ではダメだ」と考えている人もいて、そういう人とは「左右対立からの脱却」という実りのある議論ができることもありました。

こうした街頭行動においても、左右共に、(そうはなりたくない、というごく少数の人たちを除いて)その原点を見失ってしまっている日本人の姿が見て取れる、という思いがしてしまいます。

「日の丸、君が代」には反対でも、まさか「日本語」にまで反対なわけではないでしょうから、「英語オンリー」ではなく「日本語・英語併記」のプラカードにしてもらいたいものです。

右と左に走る愚か者ども

左翼的思考はグローバリズムと極めて親和性が高い本質が露呈していまして、日本的なるものを否定します。

国すら無くし世界を平準化させようとすることを良しとするその考えとスタンスは、行き着くところグローバリズムとまったく同じです。

なので、天皇を否定しますし、外国から国を守るという国防的な観点すらも否定します。

安倍政権を生み出した親米と恐米が同居してまともな思考を放棄した劣化保守の惨状は言うまでもなく、日本を解体してきた左翼もまたトンデモない連中であり、左翼が鏡写しの如く現下のところ活性化しはじめた様を思うと暗澹たる気持ちになります。

ただの日本人である我々は、左右の対立軸とは関係のない、ただの日本人として寄って立つところを守り、ただただ日々平穏に、太古より続く麗しき日本を未来の日本人に継いでいけたらと願うばかりです。

なので、日本を解体しようとするTPPや新自由主義を進めようとする全ての勢力に立ち向かうことこそが今の日本人としてやるべきことであると確信しております。

傭兵と奴隷

くま氏とWJF氏の対話に口を挟ませていただきます。

TPPというのは、域内における一般国民の『奴隷化』です。
もっと単純化すると、人間の商品化です。

その世界で幸福を享受できるのは、
「自分自身や自分の家族を自分のお金で購入できるお金持ち」だけです。
普通の人は、月々の生活費のために、ただそれだけのために、奴隷化されます。

もう、人生もなにもあったもんじゃありません。
どこまでも惨めに落ちてゆきます。
それを、「大したことはない」と言える人間は、
ただの「お子様」です。
それでも、日本には「80を過ぎたお子様」が沢山います。

「お子様」というのは、「自分のことしか見えていない連中」のことです。
他人の苦しみを理解できない連中のことです。

新自由主義というのは、一人の勝者の下には、踏みにじられる人間が100人も1000人も一万人も生み出される地獄と変わりません。
一度でもそれに気がついてしまったら、「大したことはない」とは、口が避けても言えないはずです。

TPPを肯定する人間の思考は、数十万の一般市民を焼き殺す都市への空爆や原子爆弾の投下を肯定する人々のそれと似ています。

曰く。
『原爆は正義だ。なぜならば、自国の兵士が救われたからだ』

そう言えるのは、一般市民を物として観ているからです。
相手を人間として扱わなければ、新自由主義は正義になります。
しかし、相手を人間として認識できると、こんなものは、悪魔の思想以外の何物でもありません。
原爆投下やTPPの肯定の思考回路の裏には、明らかな詐称、自己欺瞞があります。

余りにも、他人の価値を不当に低く設定する、という詐称です。
そういう卑怯な手を使えば、何だって正当化出来るでしょう。

究極的には、「自分の命を守るために、、世界を滅ぼした」というものも、
正当化できてしまいます。
ただし、それは、その人だけにしか通用しない屁理屈で、他人から観たら、
「可愛げのない、ひねくれた餓鬼」にしか見えません。

そのようなTPPに対して、安保法制は日本の『傭兵化』です。
しかも、その費用を負担するのは日本人で、指令を出すのはアメリカです。
そういう意味で、安保法制も言っていることが無茶苦茶の、出鱈目です。

ですが、それでも。
危険度に置いていは、人々(日本人に限らない)が奴隷として、
商品として扱われ、人生が破壊される、TPPとは比較になりません。
(TPPの方が、圧倒的に毒性が強い、という意味です)

そういう事が理解できていない人は、「世間知らずの子供」です。
他人の苦しみが理解できない。
生きるという事の意味が理解できていない。

勝った、負けた、のゲームか何かだと思っている。
しかも、自分は負けないと思い込んでいる。

そもそも、資本主義はクソッタレな制度です。
しかし、クソッタレではあっても、他に上手い手が見つからないから、仕方なく
資本主義を採用しているわけです。

このクソッタレな資本主義の悪い面が露出しないように、
幾重にも制約を課しているわけです。

その制約を全部取っ払おうとしているのですから、そんなものは、キチガイ以外の何物でもないのに。
なぜ、賛成できるのでしょう?
というか、まともに経済を勉強したことがないために、『資本主義は素晴らしい』と思っているのでしょう。そこから、既に間違いだというのに。

そして、「資本主義は万能の妙薬」とでも思い込んでしまっているから、「資本主義」を推し進める政治家を、本性を表して牙を剥きだして「資本主義のために、国家も民族も文化も全部商品化して売り払う」という行為に邁進しているケダモノを、未だに支持しているのでしょう。

そういうのを、バカの極みって言うんです。

そもそも、資本主義と民主主義は相容れないものです。

資本主義の暴走は、民主主義を殺します。
資本主義の暴走を止めなかったから、この国の民主主義は死んだのです。
民主主義が死ぬという事は、国民が人としての地位を剥奪され、奴隷となるという事で、まさに、いま行われていることがそれです。

デモしても良いけど

正直デモ参加者のうち何人がきちんと学び理解しているのか疑問。何人集まろうが、大元、発起人の主張の練りが甘過ぎるからまともな成人には到底支持出来ない。
現状を良く思わず何か行動しようと言う事は非常に素晴らしいがやり方を間違えると社会悪になってしまう。一生懸命汗水垂らして悪い事するよりは、クーラーの効いた部屋でのほほんと何もしない方が善なのだ。
デモという行為自体、海外含め烏合の衆で有る事が多い。憂さ晴らしや付き合い、良く理解せずに参加する人が多いからだ。的はずれのプラカード等は良く見掛ける。
デモをやるならネット伝いでも良い。きちんと学び主張を練り、参加者に十分に教育、理解を施してからやって欲しい。
同時に意見書提出や討論会にも参加した方が良い。今の状態じゃその辺の一般人に諭されて終わりだ。
気運は高まって人数は増えるかも知れないが、いくら人数が増え様と中身と狙いをしっかり練らなければただの一過性の話題、迷惑行為、反社会活動で終わってしまう。
今一度主張と目的を見つめ直した方が良い。

くまよ

>アホすぎ,どう考えても安保法制の方が重い。
だからtppはどうでもいいとは言わないが。


あなたがた、バカウヨが、TPPやグローバリズムの深刻さを理解していないだけです。

参考記事:
心の無痛症に罹患した人々
http://wjf-project.info/blog-entry-801.html
経験したことしか理解できない
http://wjf-project.info/blog-entry-886.html


>結局アホ左翼君は"tpptpp"”ネトウヨガ~~ネトウヨガ~~”と連呼して中国様の拡張政策の邪魔になる安倍を潰したいだけ。

中国人が大喜びするような、移民受け入れ拡大を推し進める安倍が、なぜ中国と真剣に向き合っているなどと考えられるのか。

自衛隊が日本と関係のない国にでかけていくことが、なぜ中国の拡張政策を食い止めることにつながると信じられるのか。

お勉強をせずに生きてきた人たちの脳の仕組みは理解しがたいものがあります。

No title

>>安保法制よりも、TPPの方が、はるかに、日本に生きる若者たちの未来に、暗い影を落とす深刻な問題なのですが・・・
このように、安保法制ばかりに人々の注目が集中することによって、

アホすぎ,どう考えても安保法制の方が重い。
だからtppはどうでもいいとは言わないが。

そしてアホ左翼君はじゃあ安倍政権倒してどうするの?という問いには絶対答えない。

結局アホ左翼君は"tpptpp"”ネトウヨガ~~ネトウヨガ~~”と連呼して中国様の拡張政策の邪魔になる安倍を潰したいだけ。

だいたいtppはアホ左翼君の大好きな民主党が言い出したことで今も民主は賛成。
自民党も大方が賛成なんだから「中国様の拡張政策に邪魔な安倍」にひたすら罵声を浴びせてもしょうがない。

それとも君は勉強しなかったからこんなに馬鹿になっちゃっただけなの?
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