「海外に軍隊を送らない」という日本の伝統

日本国憲法と日本の国柄は深く合致する。
8月1日、宮内庁が、天皇皇后両陛下のご意志に基づき、玉音放送原盤のデジタル音声や、ポツダム宣言の受諾が決定された御前会議の舞台となった、皇居内の防空壕「御文庫付属庫」の映像と写真の公開を行いました。

戦後70年 よみがえる玉音放送

戦後長らく封印されてきた玉音盤。公開のきっかけは、ことしの戦後70年にあたり、宮内庁が先の大戦の関係資料の公表を検討したことでした。検討の過程で、天皇皇后両陛下と皇太子さま、秋篠宮さまから「玉音盤」の再生も検討してはどうかという考えが示されたということです。

これを受けて、宮内庁は専門家に相談。原盤が収められた缶のふたを開けたところ、レコード盤が6枚あり、一部は状態がよいことが分かりました。そして、去年の暮れ、ほぼ70年ぶりにレコード針を落としたところ、昭和天皇の声が再生されたということです。

(出典: NHKニュース 2015年7月13日)

宮内庁:玉音放送原盤、8月1日に初公表

同庁によると、玉音放送の原盤は「御物(ぎょぶつ)」(皇室の所蔵品)として缶に入れて保管されていた。天皇、皇后両陛下の意向もあり昨年末、専門家に依頼して針を落とし、デジタル録音した。現在テレビなどで流されている音声は複製されたものだという。

(出典: 毎日新聞 2015年7月9日)

下の動画で、今回初めて公開された玉音放送の原盤音声を聞くことができます。
下の絵画は、白川一郎画伯によって昭和46年に描かれた「最後の御前会議」。



下の写真が、今回宮内庁が公開した、現在の「御文庫付属庫」の様子を撮影した写真の一枚です。



この玉音放送の原盤レコードに関しては、終戦の御聖断を受け入れられず、放送を阻止するためレコードを奪おうと陸軍の一部がクーデータを企てた「宮城事件」を描いた、1967年の大変緊迫感のある映画「日本のいちばん長い日」が有名です。
この映画は、最近、原田眞人監督によってリメイクされ、8月8日から全国で上映されるそうです。
戦後70年のこの機会に、玉音放送での昭和天皇のお言葉を、現代語訳を通して、改めて噛みしめましょう。

私は深く世界の大勢と日本の現状に鑑み、非常の措置をもって時局を収拾しようと思い、忠実で善良な国民に告げる。

私は政府に米国、英国、中国、ソ連の4カ国に対しそのポツダム宣言を受諾することを通告させた。

そもそも、国民の安全確保を図り、世界の国々と共に栄え、喜びを共にすることは、天皇家の祖先から残された規範であり、私も深く心にとめ、そう努めてきた。先に、米英2カ国に宣戦を布告した理由も、帝国の自存と東亜が安定することを願ってのことであり、他国の主権を排除し、領土を侵すようなことは、もちろん私の意思ではなかった。

しかしながら、戦争はすでに4年を経て、わが陸海軍将兵の勇敢な戦闘や、官僚たちの勤勉な努力、国民の無私の努力は、それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢も日本に不利に働いている。

それだけでなく、敵は新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使用して、罪のない人々を殺傷し、その被害ははかり知れない。それでもなお戦争を継続すれば、ついにわが民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明をも破壊してしまうだろう。そのような事態になれば、私はどうしてわが子ともいえる多くの国民を守り、代々の天皇の霊に謝罪することができようか。これが、私が政府にポツダム宣言に応じるようにさせた理由である。

私は日本とともに終始、東亜の解放に協力してきた友好国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない。

国民で、戦場で死亡し、職場で殉職し、思いがけない最期を遂げた者、またその遺族のことを考えると、身が引き裂かれる思いがする。さらに戦場で負傷し、戦災に遭い、家や仕事を失った者の生活については、私が深く心配するところである。思うに、これから日本の受けるであろう苦難は尋常ではない。あなたたち国民の本心も私はよく知っている。しかし、私はこれからの運命について耐え難いことを耐え、忍び難いことを忍んで、将来のために平和な世の中を切り開こうと願っている。

私は、ここにこうして国体を護持して、忠実で善良な国民の偽りのない心を信じ、常にあなた方国民と共にある。もし激情にかられてむやみに事をこじらせ、あるいは同胞同士が排斥し合って国家を混乱に陥らせて、国家の方針を誤って世界から信用を失うようなことを私はもっとも戒めたい。国を挙げて一つの家族のように、子孫ともどもかたく神の国日本の不滅を信じ、道は遠く責任は重大であることを自覚し、総力を将来の建設のために傾け、道義心と志をかたく持ち、日本の栄光を再び輝かせるよう、世界の動きに遅れないよう努力すべきだ。あなた方国民は私のそのような考えをよく理解してほしい。

(出典: 毎日新聞 2015年8月2日公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館監修)

戦後70年にあたり、天皇皇后両陛下が、玉音放送の原盤音声の国民への公開を希望された。

この、天皇皇后両陛下のご意志が、昨今の安保法制の議論と無関係であるとは思われません。

かねてより、天皇陛下は、現在の日本国憲法に、深く思いを寄せられていることで知られています。

80年の道のりを振り返って,特に印象に残っている出来事という質問ですが,やはり最も印象に残っているのは先の戦争のことです。私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており,その翌年の12月8日から,中国のほかに新たに米国,英国,オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた多くの人々が,若くして命を失ったことを思うと,本当に痛ましい限りです。

戦後,連合国軍の占領下にあった日本は,平和と民主主義を,守るべき大切なものとして,日本国憲法を作り,様々な改革を行って,今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し,かつ,改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し,深い感謝の気持ちを抱いています。また,当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経,今日,日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても,人と人との絆きずなを大切にし,冷静に事に対処し,復興に向かって尽力する人々が育っていることを,本当に心強く思っています。

(出典: 宮内庁「天皇陛下お誕生日に際し(平成25年)」2013年12月18日 )

天皇陛下は、日本国憲法が定める象徴天皇制は、伝統的な天皇のあり方に深く合致しているというお考えをもっておられます。

時代にふさわしい新たな皇室のありようについての質問ですが,私は即位以来,昭和天皇を始め,過去の天皇の歩んできた道に度々に思いを致し,また,日本国憲法にある「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるという規定に心を致しつつ,国民の期待にこたえられるよう願ってきました。象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず,その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います。

(出典: 宮内庁「天皇皇后両陛下御結婚満50年に際して(平成21年)」2009年4月8日 )

日本国憲法は、GHQの関与によって定められたという特殊な成立事情を持ちながらも、日本の伝統的なあり方に合致しているのは、象徴天皇制だけではありません。

日本国憲法第9条は、自衛隊の海外派兵を禁じていますが、古代や豊臣秀吉の時代に朝鮮に出兵した例を除けば、日本は、明治維新まで、専守防衛と他国に対する徹底した不干渉の姿勢を貫き、海外に軍隊を送ることはありませんでした。

日本は戦後になって初めて「平和国家」になったわけではなく、明治維新まで、もともと「平和国家」だったのです。

明治維新以降、大日本帝國は、さかんに海外に軍隊を送るようになりましたが、そうせざるをえない状況があったとはいえ、日本の長い伝統に背く行為であったことも、私たちは再認識しなくてはなりません。

日本国憲法第9条は、「海外に軍隊を送らない」という伝統に、日本が立ち返り、その伝統に沿って生きることを可能にしました。

他国の紛争にいたずらに首を突っ込んで巻き込まれる危険性から、日本を守ってきました。

今回、憲法解釈を変更して、海外に軍隊を送るようになれば、私たちは再び、我が国の伝統に背いた生き方を強いられるようになるでしょう。

日本国憲法を守ろうという天皇陛下のご意志に背いて、アメリカの指図の通りに解釈改憲を推し進める安倍政権と、それを支持する人々よ。

あなたがたは、日本の伝統と、天皇陛下に背く逆賊です。
*
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Yokkapeさん

>もともと海外派兵できる国力が乏しかったので結果としてそうだったというのが真相だと思います。
>たまに軍事力が有り余ると秀吉の朝鮮出兵のようなことが起こります。


力の問題ではなく、意志の問題だと思います。

意志の問題であるということは、思想や文化や宗教の問題であるということです。

秀吉が朝鮮出兵をしたのは、明を征服しようという「意志」を彼が抱いていたからです。それは秀吉の「個人的な意志」です。

「国家的な意志」として、中国や朝鮮を征服しようとする意志を、すくなくとも白村江の戦いの敗北以降、明治維新まで、日本が過去に持つていたかといえば、そのような意志を日本国がもったことはありません。

なぜ日本国がそのような意志をもたなかったかといえば、思想的、文化的、宗教的な理由があるからです。

日本書紀の国生みの段に書かれている通り、日本の国土は大八島(日本列島)であるという思想が古代に確立されています。

日本書紀の天孫降臨の段には、アマテラスが、孫のニニギに次のような神勅を授けたと記されています。

「葦原千五百秋瑞穂の国は、是、吾が子孫の王たるべき地なり。爾皇孫、就でまして治らせ。行矣。宝祚の隆えまさむこと、当に天壌と窮り無けむ。」(天壌無窮の神勅)

「豊葦原の瑞穂の国、つまり日本列島こそが、アマテラスの子孫である天皇が、世の終わりまで知らすべき地である」

そういう思想や信仰が古代に確立していたから、外に出て行く必要がなかったのです。

明治維新は、日本に伝統からのさまざまの逸脱をもたらしました。明治体制下の日本の特殊な姿を見て、日本の歴史全体を一般化したり、先入観をもつことには慎重であるべきだと思います。

侵略

海外を侵略しないことが日本の伝統であってほしいですが
他の皆様と同様、意図して海外へ兵を送らないのが日本の伝統だったか疑問です。
もともと海外派兵できる国力が乏しかったので結果としてそうだったというのが真相だと思います。
たまに軍事力が有り余ると秀吉の朝鮮出兵のようなことが起こります。

No title

久しぶりにコメントいたします。fc2ブログの「理系おじさんの社会学」の小室沢直樹です。時々ブログを拝見しています。

基本的に仰ることはよく解ります。ただし、その表現方法には少し疑問があります。「海外に軍隊を送らない」というのが伝統というのは歴史解釈として色々あるでしょう。また多くの歴代天皇が平和を望んでいたことも事実でしょう。まあ、そうでない天皇もいたかもしれない・・・。そういう個々の歴史的事例を議論することは然程重要だとは思いません。

ただ私は天皇は国民がお守りする存在であり、天皇は常に国民のことを考える存在であるべきと解釈しています。従って「天皇のご意志」を尊重すべしとは思いますが、絶対だとは思っていません。

226事件の時でしたか昭和天皇は「朕が自ら近衛兵を率いて成敗する!馬を引け!」と激怒されたことが知られています。当然ながら周りが止めたのは云うまでもありません。その後、昭和天皇は「まだ私は若かった・・・」とのコメントがあったとのこと。

「天皇のご意思に反する」とか「天皇は絶対的な存在」という考え方こそ、明治以降の帝国憲法の一解釈であり「象徴天皇」と「日本国憲法」が日本の国柄と合致しているというのは矛盾する気がします。私は象徴天皇であることの方が陛下の精神的ご負担を軽減することは間違いないと思っていますし、天皇は文化的または神道の中心であるべきとも考えています。

阿南陸相のように陛下のご意志は理解していても、陛下を守るため軍のトップとして最後まで戦うような発言をされたことは十分理解できます。すこし違う話ですが、明治天皇以来、「陵墓は小さくてよい」という発言をされていた。陛下のご意思に背いて、国民の感謝の気持ちで「大きく」することだってあっていいと思う。あの仁徳御陵だってそうだったと私は解釈しています。 

天皇は国民とともにある。そして国民は天皇とともにある。それが私の考えです。

さて、私は基本的に集団的自衛権行使に賛成ですがアメリカ従属のリスクがどこまであるのか?そのリスクがメリットを上回るなら考え直したいと思います。




クムよ

>>この理屈は極めておかしい。

1609年の薩摩藩による琉球征伐は、「日本国による外国侵略なのか」という問題を論じています。

「1609年の」「薩摩藩による」「琉球への」軍事行動は、「日本国の外国への侵略行為か、否か」という問題です。

マシューペリーが、琉米修好条約という名の不平等条約を結んだのは1854年。仮にアメリカという近代国家が、琉球王国を独立国家とみなしたとしても、それは1854年の話です。

この問題を掘り下げていくと、西洋の帝国主義と、アジアやアフリカに対する植民地政策の問題に行き着くわけですが、19世紀には、アジアの各国に不平等条約を押しつけるようになった欧米人たちは、もともとは、アジアやアフリカの地域を国家とはみなさず、「無主地」とみなして植民地化を続けました。仮にペリーが、1609年に琉球に来ていたら、当時の慣習通り、琉球を無主地とみなしていたことでしょう。実際に、同じ時期の1602年、オランダ東インド会社は、琉球と地理的に近いインドネシアのジャワに入植を進めています。当時インドネシアに存在したバンテン王国を西洋人は独立国家などとみなしていません。

また、当時のオランダと琉球の関係について次のような興味深い指摘があります。琉球王国は薩摩藩を介して、長崎のオランダ商館からオランダ国旗とオランダ商館が発行した通航許可証を持って貿易を行っていたそうです。明らかに当時のオランダは、琉球王国を独立国とみなしていません。

http://okinawa-rekishi.cocolog-nifty.com/tora/2005/11/post_f0cf.html

また、琉球と朝鮮を同列に語っていらっしゃいいますが、琉球と日本本土の間には、朝鮮と日本の関係とは比較にならない、同質性と連続性を持っています。

そもそも「日本」という国号が成立した頃の日本の領土は、西日本に限定されており、東北地方には蝦夷、九州には「隼人」という「まつろわぬ民」が住んでいました。この東北や九州南部への領土の拡大も、「日本国による外国の侵略」なのか、内乱なのか、区別はあいまいです。

琉球王国の成立は、1429年と、歴史的に極めて新しいものです。

戦国時代に、日本本土は戦国大名の下で分割され、分割された日本の各地域は独立国の様相を示していましたが、甲斐・信濃の武田軍が三河に侵攻したところで、それを「日本国が外国を侵略した例」に数えるのはナンセンスです。

「1609年の」「薩摩藩による」琉球への軍事行為を、「日本国による外国への侵略行為」とみなすのは、あまりにも単純化した議論だと私は思います。

仮に100歩ゆずって、「1609年の」「薩摩藩による」琉球への軍事行為を、「日本国による外国への侵略行為」とみなしたとしても、白村江の戦い以降、明治維新まで、日本が専守防衛に徹し、外国を侵略した例が極めて少ないのが歴史的事実であることに変わりはありません。

『近代国家であるか否かを決めるのはペリーではない』とはおかしな言いがかりだ

>琉球が独立「国家」だったか否かを決めるのは、マシュー・ペリーではありません。

この理屈は極めておかしい。
まずペリーはナニ人なのか?「近代国家」のアメリカからやってきた「近代人」ではないか。
「近代人」ペリーは、かりそめにも琉球王国を「独立国」と認識したからこそ琉米修好条約を結んだのではないか。
これが「薩摩藩の属国」だとか「清国の属国」と認識していたならば、直接薩摩藩なり、清国政府と交渉して沖縄の門戸を開かせたであろう。


>そもそも、近代的な「国家」という概念が日本に導入されたのは明治維新以降の話です。

ペリーはそもそも「日本人」ではなく、その『近代的な「国家」』アメリカからやってきた人物であるのだが、
あなたは論点をすり替えてやしないか?
近代的な「国家」という概念を、すでに持っているペリーに対し、
「概念が日本に輸入されたのは明治維新以降の話」だの、
「ペリーが近代国家か否かを判定するものではない」だの、
明らかにおかしな理屈である。

この当時のアメリカと言えば、カリフォルニアがゴールドラッシュに湧いてたり、
米墨戦争で苦戦を強いられたり、決して後世の我々が眼前に見ているが如き、軍事的強大国家ではなかったことは確かであるが、
「近代国家」の一つであり、ペリーは「近代人」であることは確実な事実ではないか。
そのペリーが、「琉球は独立国家である」と認識し、琉米修好条約を結んだという「事実」こそがここでは重要であり、指摘されていることなのだと思う。


>それ以前の時代に、独立「国家」だったか否かを論じることほどナンセンスな話はありません。

そんなことを言ったら、豊臣秀吉の朝鮮出兵や唐入りも、独立国家に対する戦争ではなくなるし、
(李氏朝鮮国家は厳密な意味で独立国家でなかったが)
あなたが例に挙げた百済や新羅、高句麗の大昔に日本が彼らと戦ったことも、独立国家に対する戦争ではなくなる。

では何だと言うのだ?
独立国家、それに国民という概念がなかった時代の話だから「内戦」とでも呼ぶべきなのか?

論点をすり替えようとして、結局詭弁にもならない墓穴を掘ってしまっているようにしか見えない。

まず、ペリーは「近代国家アメリカ」からやってきた「近代人である」ということを認識しなければならない。
「明治維新」とか「ペリーが決めるものではない」とか、あなたの詭弁はここでは関係ないのだ。
そのペリーが、琉球王国を「まがりなりにも国家であり条約を結ぶに値する」と考え、琉米修好条約が締結されたという事実を曲解してはいけない。

あなたが何をどう言おうとも、琉球王国は日本とは別個の歴史を歩んできた独立国家であったし、
(国家という言葉がそんなに嫌いなら、「独立王朝」と言い換えてさしあげても構わない)
薩摩侵攻以降も、琉球王国の王統は残されていた。
その事実は、嫌でも直視しなければならないと思う。

政府、米豪と連携しNZ説得…TPP合意目指し

スレチ失礼します。安部がまた再びTPP妥結に向けて売国を始めました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150803-00050186-yom-bus_all

政府は、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉について、米国や豪州とも連携し、大筋合意見送りの最大の原因とされるニュージーランド(NZ)に対する水面下の説得を本格化させる方針だ。

 甘利TPP相は3日、首相官邸で記者団に「未解決の分については、ただちに2国間、複数国間の水面下の交渉を開始する」と語った。

 7月末に米ハワイ州で行われた参加12か国による閣僚会合などでは、NZがバイオ医薬品で譲歩する見返りに、日米やカナダに自国産乳製品の大幅な輸入拡大を強く求めたことから、大筋合意は実現しなかった。日本の交渉関係者は「NZは豪州や米国と協力して説得するのが効果的だ」と指摘する。

 政府は8月末にも再度、閣僚会合を開いて合意を目指す考えだ。3日、首相官邸で経緯の説明を受けた安倍首相は、甘利氏に対し交渉を加速するよう指示した。

非公開コメントですが返信させていただきます

> > 早期に分岐したどころか、沖縄には、日本本土と共通した特徴を示す、縄文文明や弥生時代の遺跡が多く発見されています。
>
> 沖縄ではグスクや御嶽信仰という独自の神道信仰があります。神社などの建築物を建てないこの様式は、日本の神道とは別の流れです。日本では仏教の伝来とともに精緻に社を建立するという習俗文化ですから。
>
> また沖縄はアマミキヨ・シネリキヨを祖とする琉球神話が元になっています。中山世鑑は薩摩藩侵攻後に編纂され日祖同一論に基づいているため神話との整合性が必ずしも取れているわけではありません。
>
> 言語学的に同じであっても、同じ文化圏であっても「独立国」であったことは否定するものではありません。独自の統治機構と独自の税制、そして独自の王統。更に条約が有効になった段階で国家間の取り決め以外の解釈がありますか?貴方が判断するものでもないです。
>
> 近代的国家以前は独立国はなかったという事でしょうか?
> 日本も独立国ではなかったのですか?
> 今上天皇陛下の認識は間違っているのでしょうか?
>
> 今上天皇陛下は琉歌をご自身でお詠みになるほどの腕前です。
>
> これらのことから日本が海外に軍隊を送らないという伝統があるということに関しては個人的には同意できません。
>
>
> 私は貴方の記事を興味深く読ませていただいている一読者ですが、丁寧なご返答に感謝しております。私の主張とは別に、これからも応援いたします。
>
> ありがとうございます。

琉球の文化や宗教の独自性も私は認めますし、世界の各地の民族の多様な文化が、豊かに保存され、発展していくことを願います。

だからこそ、「グローバリズム」に対しては「ノー」と言わなくてはならないし「国」という枠組みを死守しなければならないと思います。

「グローバリズム」に対抗する上では、私たちは国の枠組みを重んじる「ナショナリスト」にならざるをえません。

しかし、皮肉なことに、「ナショナリズム」自体がその国の内部にある文化の多様性を画一化する危険性もはらんでいます。

沖縄は、日本の「ナショナリズム」によって多くのゆがみや負担を強いられてきた土地です。

沖縄の人たちが発する怨嗟の声に、短絡的に「左翼」というレッテルを貼って、耳をふさぐようなことがあってはなりません。

「ナショナリズム」(天神的原理)は、その内部に「リージョナリズム」(地祇的原理)を包摂しなくてはならないからです。

グローバリズムと神道(26)
http://wjf-project.info/blog-entry-581.html

琉球と日本本土は、縄文文明という同じ根から生え出た異なる枝葉であると私は思いますが、百歩譲って、「薩摩藩による琉球征伐」を「日本国による外国侵略」とする単純化を認めるとしても、明治維新まで、日本が外国に軍隊を送ったケースは、他の国に比べて格段に少ないという事実は変わりがないと思います。

No title

運天港の話は俗説ですね。

もともと雲沈(うんちん)という地名で源為朝はあとづけの話です。

源為朝が到着したのが運天港ですね

源為朝が運を天に任せて出港し
たどり着いたところが、琉球。

着いた港の由来となったと言われていますね。

匿名よ

>民俗学の分野でも日本と沖縄は共通の民俗文化から早期に分化した可能性が指摘されています。

早期に分岐したどころか、沖縄には、日本本土と共通した特徴を示す、縄文文明や弥生時代の遺跡が多く発見されています。

琉球王国の正史によれば、12世紀に源為朝が琉球の地に逃れ、その子が琉球王家の始祖舜天になったそうです。この琉球王朝の「正史」が本当なら、琉球を「侵略」したのは、琉球王朝自身です。そして琉球王朝の実体は日本人です。

言語学的にも琉球語は日本語と同じ系統です。

遺伝学的にも、沖縄県民は中国人や台湾人とはとても遠く、九州以北の本土住民と近く、同じ祖先を持つことが証明されています。

琉球が独立「国家」だったか否かを決めるのは、マシュー・ペリーではありません。

そもそも、近代的な「国家」という概念が日本に導入されたのは明治維新以降の話です。それ以前の時代に、独立「国家」だったか否かを論じることほどナンセンスな話はありません。

No title

単純な外国ではないから侵略ではない、と言う点のみ納得がいきません。

日本国ではなかったことは事実ですし、日本と沖縄では歴史区分そのものが違います。民俗学の分野でも日本と沖縄は共通の民俗文化から早期に分化した可能性が指摘されています。さらにペリー提督が琉米修好条約を琉球国と締結しています。独立国出ないのならばなぜ条約が締結できたのでしょうか。

日本が特別侵略を好まないという論説との整合性がとれないと思います。


第3節「沖縄への特別の思い」
特に沖縄については、特別の思いをお持ちになっている。沖縄は琉球という独立王朝であったが、薩摩の島津氏が間接統治して日本に吸収された。(尚陛下の祖母上が島津家のご出身で天皇も島津の血を引いておられることも意識されておられる)。


沖縄はかつて独立国であり、島津が侵略して吸収したという認識を今上天皇陛下はお持ちです。

No title

>ブッシュ政権下で行われた様な戦争には決して派兵協力はしてはなりませんが
自民党はイラク戦争を肯定してるし法案が通ればアメリカの中東戦争に自衛隊を送るのは確実
そんなことも知らずに安保法案賛成とはお花畑すぎる

No title

右派→憲法九条を見直せ、安保法制を通せ。
左派→憲法九条を守れ、安保法制は憲法違反。

右派も左派も本気で自主・独立路線を行うなら
日米安保条約を見直すことであり、両派ともに
それがわかっていながら上記の主張する。

これでは互いに論議が噛み合わないわけだ。

あさん

>イラクでもベトナムでも無く、相手が北朝鮮だったらどうでしょうか?無論北朝鮮と戦争をして勝ったところで日本は得るものは有りません。ただ日米の標的になり得る、という事を北朝鮮が強く認識したらどうでしょうか?

日本が、朝鮮戦争に参加したほうがよかったってことですか?

>中韓露とも領土問題をはじめ様々な問題が存在します。GHQの線引きが曖昧だった事も有りますが、言われの無いジャパンバッシングも数多く発生しています。韓国は北と戦争中で有りながら日本にばかり負の意識を向けて来ます。

安倍政権は、竹島を日米安保の対象外とする閣議決定を行っています。韓国は同盟国なのに、アメリカが日本に韓国への武力行使を容認するわけないですよね?

「竹島は日米安保の対象外」 内閣、答弁書を閣議決定
http://www.asahi.com/articles/ASG5F63LJG5FUTFK016.html

>中共も様々な形で日本を非難する声明を出しています。

中国だろうが、ロシアだろうが、日本の領土への侵略を阻止するのに、海外に自衛隊を派兵する必要はないですよね?

仰られた戦争に関しては参加しない事が正しい選択でした。再三米政府から兵を出せ!!日本は金と物しか出さない!!と執拗に求められても9条を盾に断り続けられました。それが正解で有り、物資や資金も提供しなければ尚良かったと思います。
集団的自衛権が成立した現在も依然としてアメリカからの派兵、戦争参加要請が一番危険で有り、注意しなければならない事です。
だがしかし、アメリカ政府からの要請以外にも勿論集団的自衛権は行使出来ます。イラクでもベトナムでも無く、相手が北朝鮮だったらどうでしょうか?無論北朝鮮と戦争をして勝ったところで日本は得るものは有りません。ただ日米の標的になり得る、という事を北朝鮮が強く認識したらどうでしょうか?中韓露とも領土問題をはじめ様々な問題が存在します。GHQの線引きが曖昧だった事も有りますが、言われの無いジャパンバッシングも数多く発生しています。韓国は北と戦争中で有りながら日本にばかり負の意識を向けて来ます。中共も様々な形で日本を非難する声明を出しています。ロビー活動やプロバガンダに近いものも少なくない。外交も強く無く、核も持たない国が米軍頼みでどうしてこの近隣国と対等に接する事が出来るでしょうか?本来国力としても有意な取引相手としても決して日本は軽んじられる立場では無いのにも関わらず、現在の有様です。
時の政権の判断次第で内容が大きく変わるのが集団的自衛権の強みでも有り、危険な部分でも有ります。アメリカの戦争を手伝う為の法案には決してしては行けません。選挙責任が国民に強くかかります。
また日本がアメリカの核の傘に入っている様に、核は有りませんが、日本の傘を使ってアジア諸国と良好な関係を構築する事も出来ます。
使い方さえ間違えなければ9条以上の盾に集団的自衛権はなるでしょう。

あさん

冷戦時代は、今よりもはるかに国防上の危険が高い時代でした。

しかし、朝鮮戦争が起きたとき、日本に憲法9条がなく、集団的自衛権を行使していたらどうなっていましたか。日本は朝鮮戦争に参加し、泥沼の戦争に巻き込まれていたはずです。

ベトナム戦争が起きた時に、日本に憲法9条がなく、集団的自衛権を行使していたらどうなっていましたか。日本はベトナム戦争に参加し、泥沼の戦争に巻き込まれていたはずです。

冷戦終結後も同じこと。

イラク戦争が起きた時、日本に憲法9条がなく、集団的自衛権を行使していたらどうなっていましたか、日本はイラク戦争に参加し、泥沼の戦争に巻き込まれていたはずです。

本当に上記のような戦争に巻きまこれていたほうが、日本にとってプラスでしたか?

アメリカ軍と一体になって行動し、朝鮮やベトナムやイラクの民間人の殺傷に参加していたほうが、日本に利益があったと思いますか?

それとも憲法9条を盾に、世界の各地で起きる無益な戦争に首を突っ込まないでいたほうが、日本に利益がありましたか?

第二次世界大戦終結から現在に至るまで、日本が参加していたほうが日本にとってよかった戦争なんか一つでもありましたか?

答えは明白です。

安保法案支持

天皇は日本国において非常に尊い存在で有り、これまで計り知れない影響を与え日本を導いて来て下さいました。戦後も現在もそれは変わり有りません。ただ、もう昔とは違うのです。日本の伝統、と言って海外に通用するのでしょうか?天皇は尊い存在では有りますが、全てにおいて正解を齎せる存在では当然有りません。日本の伝統、がつくれたのも、日本国民の資質も勿論有りますが、地理的な条件による部分が大きい。開国を武力を持って迫られたのも、地理的要因と取引相手として有用な存在で有った事、文化、技術、精神が認められたからでしょう。統治も植民地化も難しい国だからです。
時代は変わり、国家間の行き来は困難では無くなりました。人も物も情報も。地球の裏側から輸入する事もとっくに当たり前になりました。基地の配置等の関係も有りますが、戦争も同じです。不利有利が有りますが、軍事的な配備が整いさえすれば世界の国々が地球のどこへでも戦争を仕掛ける事が可能です。
その環境の中で日本は日本、では到底やって行けない。自国を守る事は勿論、同盟国と協力戦線を張る事は抑止力としても非常に重要です。ブッシュ政権下で行われた様な戦争には決して派兵協力はしてはなりませんが、共通の脅威を齎す勢力に対しては十分な牽制をすべきですし、軍事衝突も辞さない態度を取らない限り、日本への軍事的、文化的、経済的な侵略の芽は摘めないでしょう。日本近隣だけ見てもロシアに中国、北朝鮮、韓国。それぞれが日本と取引が有り友好関係が有る側面も有りますが、決して一筋縄では行かない問題を日本との間に抱えた国々です。友好一辺倒で良い関係性を保てる国々では決して有りません。大きな衝突を防ぐ為にも日本は毅然とした態度を貫かなければいけません。安保法案に関しては扱い方を間違えると多大な不幸を招く可能性は確かに有りますが、扱い方を間違えなければ国際協調、諸外国からの理解も十分に見込めますし、、海外から齎される脅威を排除する事が出来るでしょう。

ただし判断を迫られる時の政権が例えば森、鳩山政権下の様な政権だと考えると、不安どころでは有りません。
国民の一票の重さが更に重くなったと言えるでしょう。

匿名さん

>朝鮮出兵と琉球国出兵はどう捉えればよいのでしょう。

明の征服を目論んで朝鮮に出兵した豊臣秀吉の事例は、日本国の国柄を表すというより、あくまで豊臣秀吉の個人的資質を表す事例として、例外としなければならないでしょう。

古代において倭は白村江の戦いの敗北まで、さかんに新羅などに侵攻していましたが、朝鮮半島に倭人の住む領土があったり、百済という同盟国があった事実を考慮にいれなくてはなりません。

琉球に関しては、一例として、沖縄の普天間基地の近くに、普天満宮という古い神社があります。洞窟の奥宮に琉球古神道の神が祀られていますが、15世紀に日本本土から熊野権現を勧請しています。1609年の薩摩藩による琉球征伐以前から、日本本土と琉球は、文化的にも宗教的にも密接に繋がっていたことの一つの証左です。琉球は日本にとって単純な「外国」とは言えないと思います。

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朝鮮出兵と琉球国出兵はどう捉えればよいのでしょう。
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