「安保法制」反対の声を「TPP」反対の声へとつなげよう

「安保法制」よりおそろしい、アメリカの要求。
中学生、高校生、大学生、20代の若者たちを含め、ふだん政治にまったく無関心な国民の間に、「安保法制」に反対する声が、ものすごい勢いで広がっています。

しかし、その一方で「安保法制」よりはるかに危険な、「TPP」(構造改革)に対する反対の声は、まったく広がっていません。

マスコミが伝えようとはしないため、国民は、「TPP」(構造改革)の意味を理解していないからです。

「TPP」(構造改革)の危険性は、「安保法制」の比ではありません。

「安保法制」は、あとからでも違憲審査にかけて撤回することも可能ですが、「TPP」は一回参加してしまうと二度とぬけられないように決められているからです。

「安保法制」→「アメリカに要求されたもの」→「アメリカはもっとひどいことを日本に要求している」→「それはTPP」

というように、「安保法制」に反対する人たちの間に、「TPP」の危険性を、シンプルな言葉で伝えていきましょう。

くれぐれも「改革(TPPも含めた構造改革)には賛成だが、戦争には反対」などという、古賀茂明氏の言葉に踊らされることがあってはなりません。
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「王や神官ではない」のと同時に「王や神官である」二重の存在

>矢作さんetc.が垂れ流している天皇の祈りなどという妄想ー水戸学の会沢安の妄想に起因しているーを冷静になってみてください。宮中三殿というのは明治時代に作られた擬古的な紛い物です。そこで行われている祭祀の殆ども。

明治維新における神道の刷新は、それが国家的原理への傾斜という問題をはらんでいたとしても、そもそも応仁の乱以降に途絶えた古代の伝承を復興しようとする志向をもっていたわけですから、過去の伝統から断絶しているように考えるのは誤りです。

>天皇の本業は神官ではないのです。その証拠は明治年間以前に義務として神官の修行をした天皇や皇族は皆無であった点です。「王」の本質として神々の一種であったであろうが、祀る技術を伝承する神官ではない。

まず、天皇が、政治のみに関与する単純な「王」ではなかったことは、日本の奈良時代の官制と、唐の官制を比較すると簡単に確認することができます。

唐の官制は、「三省六部」といって、皇帝に直属する中書省が詔勅(皇帝の命令)を起草し、門下省がその審議を行ない、尚書省が詔勅を実行するという上意下達、トップダウン式の構成をとっていました。皇帝は政治権力の頂点に立っていました。

一方、日本の奈良時代の官制は、「二官八省」といい、太政官(政治)と神祇官(祭祀)の二つの官が、少なくとも律令制の成立当初は対等に並立し、この二官を直接率いたのは天皇ではなく、多くの場合藤原氏(中臣氏)の一門であり、天皇は、政治と祭祀という二つの権力の外部で、これらを超越し、媒介する存在でした。

天皇自身は、太政官の長官でもなければ、神祇官の長官でもなかったため、その意味では、天皇自身は、単純な王でもなければ、単純な神官でもなかったことになりますが、同時に、天皇は、王でも神官でもないと言い切ることも誤りでしょう。

たとえば、天皇が、明治維新以前に親祭(天皇自身が祭祀を行うこと)を行わなかったかといえばそれは事実ではありません。

まず、天皇が親祭を行っていたことは、日本書紀のような書物が克明に記しています。

たとえば、崇神天皇(「御肇国天皇」<はつくにしらすすめらみこと・初代天皇の意>と呼ばれ、歴史家が実在を認めている最初の天皇)の条を読めば、崇神天皇が、天照大神の「宝鏡奉斎の神勅」に従って、宮中祭祀を熱心に行っている様が描かれています。後に、天皇による祭祀は、天照大神の祭祀に加えて、出雲の大国主へも向けられるようになります。

また、神祇令や延喜式という、祭祀のあり方を定めた古代の法令は、新嘗祭と神今食という二つの祭祀は、天皇の親祭によって行うものと定め、実際に新嘗祭は、15世紀の後花園天皇の御代まで、天皇親祭によって行われていたそうです。

参考資料
http://www.mkc.gr.jp/seitoku/pdf/f4-5.pdf

13世紀前半の順徳天皇も、武士による時代が始まったばかりの頃、朝廷の有職故実を伝承しようという意図の下に記した書物、『禁秘抄』の冒頭で、次のように記しています。

「一、賢所(かしこどころ)。凡(およ)そ禁中の作法、神事を先にし、他事を後にす。旦暮あけくれ敬神之叡慮解怠(えいりょけたい)無く白地(あから)さまにも神宮竝(なら)びに内侍所(ないしどころ)の方を以て、御跡(みあと)と為(な)さず。」

(宮中の作法はまず第一に神事、その後に他のことがあって、朝夕に神を敬い、かりそめにも伊勢の神宮、また賢所に足を向けて休むようなことがあってはならない。)

明治体制に関する誤解は、明治体制のみを注視したり、江戸時代のような直前の時代との比較のみで、これを評価することが生まれるのだと思います。

(以下引用)

「右翼」は、「明治体制」を理想化し、全肯定しようとする。

一方「左翼」は、「明治体制」を過度に批判し、これを全否定しようとする。そして、神道が、国家神道として再編されて「明治体制」を生んだ責任があるがゆえに、神道や天皇制を唾棄しようとする。

このように、「明治体制」を全肯定することの中にも、全否定することの中にも、日本人としての本来のあり方にふさわしい道は存在しないのですが、なぜそのような単純で一面的な姿勢が日本人の間に広がっているかといえば、神道が祀る八百万の神々には、国家に秩序や統一をもたらそうとする「天津神」と、人々の土着の暮らしに根ざす「国津神」という、志向性の異なる神々の集団があり、この両者は、互いを受容しあい、つねに並び立つ関係に立ちながらも、同時に、のっぴきならない相克の関係も内部に孕んでいること。

この二群の神々の(もしくはこれらの神々が象徴する二つの力の)、相克と和合が、日本史をダイナミックに前進させてきた推進力なのであって、そのことを知らずに、例えば、中央集権的な一元的体制を築こうとする指向性をもつ「天津神」のみが、神道の神様であると誤解すれば、神道や天皇制や「明治体制」を唾棄するか、全肯定するか、二つに一つしかなくなってしまいます。

八百万の神々には、ダイナミックな関係性を孕んだ「天津神」と「国津神」の二群の神々がおわしますということは、神道は、神道それ自身を克服していく力を内部に孕んでいるということなのですが、平板な誤解を人々に与えている原因は神道の側にもあり、現在の神社本庁はあまりに無邪気に、明治体制を美化し、一元的な「天神体制」を理想化しているようにも見えます。

アマテラスのご威光が崇められるのと同時に、黄泉に降ったオオクニヌシの封印された思いや、「根」や「底」から湧き上がる国津神たちの躍動的な力も語られなくてはなりません。

「天津神」と「国津神」、両者があってこその「八百万の神々」なのであり、神道なのであり、つまりは日本なのだと思います。

これは、「右翼」と「左翼」が、互いを尊重しあい、認め合ってこその日本なのだ、という主張とパラレルです。

「縄文時代から現代に至る、日本人の歴史的歩みの総体」

これを司り、形作ってきたのは、「天津神」、「国津神」、いずれか一方の神々なのではなく、この両者のダイナミックな関係性、つまりは「八百万神等」、つまりは特定のあれやこれではなく、世界に満ち満ちてある全てです。

(出典: WJFプロジェクト「グローバリズムと神道(18)」http://wjf-project.info/blog-entry-562.html)

天皇の本業は「祈り」ではない

日本の命運というか人類の命運は今上天皇の手にあることは事実ですが、矢作さんetc.が垂れ流している天皇の祈りなどという妄想ー水戸学の会沢安の妄想に起因しているーを冷静になってみてください。宮中三殿というのは明治時代に作られた擬古的な紛い物です。そこで行われている祭祀の殆ども。

天皇の本業は神官ではないのです。その証拠は明治年間以前に義務として神官の修行をした天皇や皇族は皆無であった点です。「王」の本質として神々の一種であったであろうが、祀る技術を伝承する神官ではない。徳光アナによれば、長嶋茂雄も神々の一種。

御聖上が現行憲法に従って、TPPに関して君主の義務を果たして下さりさえすえば、安倍たちを祓うことが出来るし、TPPも潰せる。国民の力で。橋下たちも雲散する。しかし自民党が企んでいる改憲案ではそれが不可能となるでしょう。ハシシタも呆れ返った産經新聞案も同様です。
低劣な下村博文の発言から奴さんや神道政治連盟は両者を折衷したものを夢想しているようです。

御聖上が現実を直視せずに祈りに逃げ込んでしまったら、TPPは成立してしまうし、「天皇」制は再び日本に有害な最悪の存在となって潰える。その根っこは天皇の本業が「祈り」であるという国民の想念です。つまり国家神道(「国体」)。昭和天皇の意図を踏みにじって満州l國を独立ではない「侵略」することになって、大日本帝国を敗戦に引きずり込んだ要因です。

天皇陛下の祈り

左右のくだらない下劣な対立のなか、天皇陛下は、ただただそのどちらも包括しながら、全日本国民の安寧を無私の公だけで、祈っておられるのです。

現世界で唯一、私を捨て公だけに殉じた陛下がおられる日本の麗しさと愛おしさを感じざるを得ません。

左右のどちらでもかまいませんが、少しはこの有難さを顧みることをお勧めします。

お前が目を覚ませ!

「右翼も左翼も国を壊す」と、以前から言っています。

真の「愛国者」とは誰か
http://wjf-project.info/blog-entry-787.html

「歴史問題」と「構造改革」は連動している
http://wjf-project.info/blog-entry-272.html

右翼がだめだから左翼になろうなどと言っていないし、
左翼がだめだから右翼になろうとも言っていない

天皇などいらないなどと平然と語る「反日左翼」もうんざりだが、天皇陛下万歳といいながら、安倍のようなグローバリストを平気で支持する「反日右翼」にもうんざりです。

目を覚ませ!

今の左翼に期待してもTPPはとめられない。
日本の左翼は普通リベラルではなく「反日サヨク」だ。
それは共産党であろうが古賀茂明だろうがレイシストしばき隊(crac)であろうが同じだ。
連中は思想的には「反日」でバインドされている。
よって日本の国体弱体化につながる移民政策を推進するTPPは大賛成だ。

ところで悪名高いcracが面白いtweetをしているぞ。

野間易通 @kdxn 2015年7月27日
「正義の反対は別の正義である!」←バカ
「正義は人の数だけどうたらこうたら」←バカ
「不毛な二項対立ガー」←バカ
「レッテル貼りガー」←バカ
「日教組、日教組」←安倍
https://twitter.com/kdxn/status/625696359610331136

二項対立はWJFの主張そのものじゃないか。
「反日サヨク」の国体破壊が究極の目的だと考えれば
天皇陛下も日の丸も君が代も旭日旗も靖国神社も反対だというのがよくわかる。

憲法を守ろうというスローガンも
憲法9条2項で日本人の外国へ抵抗を奪うために「平和という偽善の仮面」
で必死に守ろうとしているのだ。
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