「グローバリズムと神道」のための研究メモ

網野史学について。
網野善彦という約10年前に亡くなった、著名な歴史学者がいます。

いわゆる「左翼」の立場に属したこの歴史家は、農業中心の従来の日本史研究を批判し、中世における非農業民と天皇の関わりを明らかにしました。

網野氏が、非農業民の着目した理由は、農業は、「国家」や「政治」や「権力」の淵源であるため、日本史における非農業民の役割を明らかにすることによって、「国家」や「政治」や「権力」が相対化されると考えたためです。

つまり、網野史学の前提には、「国家は乗り越えられ、克服されなければならないもの」という日本の戦後左翼的な価値観が存在しています。

これまでくりかえし強調してきたように、日本列島の社会は列島外の諸地域との結びつきを通して、きわめて多様な個性を持つ諸地域から構成されている。それゆえ「日本」を斉一な存在ときめこんで、「日本人」のアイデンティティーを追求しようとすることは、そもそも国家に引きずられた現実ばなれした無理な試みであり、それをあえて通そうとすれば、多くの大切なものを切り落としたうえで、偏った「虚像」を描き出し、ときにはデマゴギーすら伴って、現代日本人の自己認識を大きく誤らせる結果になることは疑いない。

そうではなく、今後の「日本論」に最も必要なのは、逆にこの複雑な列島の自然との関わりで形成される諸地域社会のさまざまな生業と個性的な生活の歴史を、正確にとらえることにある。それを通してはじめて、われわれ相互に自他の個性を真に尊重しつつ、この社会に生きる道がひらけるであろう。またこうした諸地域の社会の形成過程、その構成のあり方をより深く追求することによって、具体的な交流の実態や社会構成の共通性・差異の比較を通じた人類社会全体とのさまざまな関わりをあきらかにする必要がある。それによって人類の社会の中での列島社会の位置づけを明確にとらえることがはじめて可能となろう。

とはいえ、浅薄な「進歩史観」や「農村中心主義」のために、これまでの歴史学の研究がほとんど無視してきた結果、生まれた空白はきわめて広大といわざるをえない。本書でも若干ふれたように、たとえば、女性、老人、子供、さらに被差別民の社会の中での役割、山野河海に関わる生業、河川・海上交通の実態、流通、情報伝達の問題などをあげることができるが、近年、ようやく本格的な開拓の鍬が入れられつつあるといっても、まだまだ解明すべき余地は広く残されている。このような「進歩」の担い手たちの勝利の歴史から取り残されてきた人々、「敗者」の実態、また「基本的な生産関係」からはずれるとされ、無視されてきたさまざまな生業とそれを担った人々に目を向け、そこに生きている人間の叡智を余すところなく汲みつくすことは、本当の意味での人間の「進歩」とは何かを考えるためにも、現代において、とくに大切ではないかと思われる。

そしてそのうえで、あらためて列島社会と「日本国」との関わりの歴史を偏りなくとらえ、「日本国」の歴史を徹底的に総括しなくてはならない。これは単に「国民国家」を相対化すべきものとして対象化するだけにとどまらない。さきのも述べた通り、「日本」という国号を持つ国家、それと不可分に結びついた「天皇」をその称号とする王朝は、もとよりさまざまな変遷を経ているとはいえ、ともあれ千三百年の間、間違いなく続いてきたのである。これは人類社会、世界の「諸民族」の歴史の中でも、あまり例のない事例であることは間違いない。しかしそれだけに、逆に言って、この国家と王朝の歴史を真に対象化し、徹底的に総括することができるならば、それは人類社会の歴史全体の中での「国家」そのものの果たした役割、また「王権」の持ってきた意味を、根底から解明し、その克服をふくむ未来への道を解明する上で、大きな貢献をすることぎできるのではなかろうか。

(出典: 網野善彦『「日本」とは何か』講談社学術文庫 P340-342)

上の網野氏の文章の中で、私が下線部を引いた箇所は、私が「地祇的原理」と呼ぶもの、そのものです。

網野氏が非農業民に着目していたとき、網野氏の関心は、WJFプロジェクトが「地祇的原理」と呼ぶものに向けられていたと言うことができます。

きわめて単純化するならば、天神的原理と、地祇的原理は、次のような概念の系列として分類できるからです。

地祇的原理: 縄文、狩猟採集、非農業民、非政治的、反国家/超国家
天神的原理: 弥生、稲作、農業、農業民、政治的、国家


国家的なもの=「天神的原理」を相対化し、克服するためには、「地祇的原理」に着目しなければならないと考えた網野氏の直感は正しいものでした。

しかし、網野史学の問題点は、日本神話の「国譲り神話」に象徴されるような、「地祇的原理」と「天神的原理」の間のダイナミックな相互補完性、同時並列性、両原理の融和の可能性ということには、思い至らなかった点にあります。

だから、網野史学は、律令制が崩壊し、封建制の時代に移行した後にも、なぜ日本に天皇が君臨しつづけたのか、合理的に説明することができませんでした。

以上は、簡単なメモ書きです。

・新しい動画の制作
・「慰安婦神話の脱神話化」のサイト作成、アフレコ作成
・「グローバリズムと神道」の執筆

やることが山積しているWJFプロジェクトですが、これらの課題を、ひとつひとつ丁寧に克服していきたいと思います。
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宮本常一

ご存じだとは、思いますが、網野さんが、海民や非定住民に関心を向けたのは、
常民研究所で一時同僚だった民族学者の宮本常一の仕事に強く影響を受けたためです。
網野の仕事は宮本の仕事の歴史平面への投射という側面が大だと私は考えています。
下線を引かれた網野の文はそのまま宮本が明かにしようとしたことでした。
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