世界に拡がる神道イズム

コンマリ・メソッドのすすめ。
みなさんは、コンマリこと、「片づけコンサルタント」の近藤麻理恵さんをご存知でしょうか。
米「TIME」誌が選んだ「最も影響力のある100人」2015年版に選出された、たった二人の日本人のお一人です。(もう一人は、小説家の村上春樹氏)

私が近藤麻理恵さんのことを初めて知ったのも、TIME誌の100人に選出されたというニュースを通してでした。

現在、近藤麻理恵さんの片づけメソッドは、「コンマリ・メソッド」と呼ばれ、世界中で大流行しています。

ツイッターを検索すると、"Konmari"という単語が「コンマリする」という意味の動詞として実に多くの外国人たちに使われていることがわかります。


若い女性からおじさんまで、実に様々な人たちが「コンマリ」しています。

YouTubeを検索すると、さまざまな外国人が「コンマリ」している様子を動画で撮影して報告しているのがみられます。
「コンマリ・メソッド」を一言で説明すると、自分の持ち物を一つ一つ触って、心がときめくかどうか自問自答し、心がときめくモノは残し、心がときめかないモノは捨てるというものです。そして手元に残した心がときめくモノたちを、まるで生き物のように、大切に丁寧に扱うというものです。

なぜ、持ち物を「心のときめき」に従って厳選するかといえば、近藤麻理恵さんの言葉を借りるならば、(引用はすべて近藤麻理恵さんの著書『人生がときめく片づけの魔法』から)

何を持つのかは、まさにどう生きるのかと同じこと

であり、

モノの持ち方は、自分の生きる上での価値観そのもの

であるため、「コンマリ・メソッド」を実践することによって、

自分の価値観がクリアになり、その後の人生の選択に迷いが少なくなる。

からだと近藤麻理恵さんは述べています。

「コンマリ・メソッド」が興味深いのは、実はこれは神道の実践であるということです。

このことは、近藤麻理恵さん自身が、本の中で認めており、

私の片づけの裏テーマは、「お部屋を神社のような空間にすること」。つまり、自分が住む家を清らかな空気の漂うパワースポットにすることなのです。

と述べています。

持ち物や家を単なる物体としては扱わずに、まるで生き物や神様のように扱う点も、実に神道的です。

片づけのレッスンで私がお客様に出す課題のひとつに「モノをねぎらう」という課題があります。家に帰ったら、着ていた服をハンガーにかけながら「今日も暖かくしてくれてありがとう」と声をかけ、アクセサリーをはずしたら「今日もきれいにしてくれてありがとう」、バッグをクロゼットに戻すときには「あなたのおかげで今日も最高のお仕事ができました、ありがとう」。こんなふうに、持ちモノ一つひとつにたいして、その日一日、自分を支えてくれたことを感謝する。

私たちが意識していなくても、モノは本当に毎日、持ち主を支えるためにそれぞれの役割を全うしています。一生懸命私たちのために働いてくれているのです。私たちが一日働いて、自分の家に帰ってほっとするのと同じように、モノだって、自分のいつもの場所に帰ってくれば安心します。

私にとって収納とは、モノのおうちを決める神聖な行為なのです。

私がお客様のお宅にうかがって一番はじめにするのは「おうちにごあいさつをすること」です。家の中心あたりの床に正座して、心の中でおうちにそっと話しかけます。名前・住所・職業などの簡単な自己紹介の後、たとえば「佐藤さんとご家族がもっともっと幸せに過ごせる空間がつくれますように」といって、一礼。この二分間の沈黙の儀式を、お客様は不思議そうに見つめています。このあいさつの習慣は神社に参拝するときの作法を元に自然にはじめるようになったものです。

「心のときめき」という、心の最深部を大切にするのも、神道的です。

神道の古い*祝詞のひとつに「六根清浄大祓」(ろっこんしょうじょうおおはらい)というものがありますが、そこには次のような言葉があります。

心は則ち神明(かみとかみと)の本主(もとのあるじ)たり
心神(わがたましい)を傷(いた)ましむること莫(なか)れ
是の故に目に諸の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず
耳に諸の不浄を聞きて 心に諸の不浄を聞かず
鼻に諸の不浄を嗅ぎて 心に諸の不浄を嗅がず
口に諸の不浄を言ひて 心に諸の不浄を言はず
身に諸の不浄を触れて 心に諸の不浄を触れず
意(こころ)に諸の不浄を思ひて 心(こころ)に諸の不浄を想はず
此の時に清く潔き偈(こと)あり

(* 反本地垂迹説を掲げ、鎌倉時代後期に成立した伊勢神道の根本経典「神道五部書」の中の一書『伊勢二所皇大神御鎮座伝記』の中に、「六根清浄大祓」の原型がみられます。)

上の祝詞の中で「意」と「心」という二つの異なる漢字に「こころ」という同じ読みが充てられていますが、「意」が、人間の心の意識的な部分であるのに対し、「心」は無意識や潜在意識のもっとも深い部分を指していると考えられます。

心がときめくかどうかの自問自答は、心の最深部の根っこに問いかける行為なのでしょう。

氾濫するモノや情報に埋もれて暮らす中で、私たちは自分の本心がなんであるかを忘れてしまいがちですが、「コンマリ・メソッド」は、本当の自分の気持ちに気づかせてくれます。

「コンマリ・メソッド」をもっともシンプルにまとめると、「素直に生きる」ということになるかもしれません。

一番上に紹介した動画のコメント欄で、クリスチャンを名乗る外国人の女性が下のように述べています。



I'm a christian and can relate to this. I give clothes away all the time. But recently God asked me to give away a leather red skirt I adore and love. Why would God do that? It is the very opposite philosophy to this book.

私はクリスチャンだけど、この本の言いたいことはよくわかるわ。私はいつも服を他の人にあげているもの。でもね、最近、神様が私のすごくお気に入りの革の赤いスカートを手放すように頼んできたの。どうして神様はそんなことするんだろう? それはこの本と正反対の哲学じゃないかしら?

そのとおり。

「コンマリ・メソッド」は、キリスト教とは正反対の哲学です。

キリスト教では、犬や猫のような動物ですら霊魂や意志をもたない「物体」と考えますから、まして、持ち物という「物体」を生き物のように扱う「コンマリ・メソッド」の発想は、さぞかし奇妙に、そして新鮮に映ることでしょう。

しかし、同時に、「物に感謝する」という感覚は、人間としてごく自然でプリミティブな感情の発露として、本来は、西洋人にも無理なく理解されうるもののはずです。彼らの場合、その自然な感覚が、キリスト教のような後付けのイデオロギーによって覆い隠されてしまっているだけであり、それによって、彼らの「心のときめき」はかき曇らされてしまっています。

それゆえに一層のこと、「コンマリ・メソッド」は、西洋人にとって、観念やイデオロギーからの心の解放と自己発見の役割を果たしており、だからこそ、かくも多くの外国人に支持されているのだと考えられます。

世界中の人々が、その本質が神道であるということも気づかないないまま、とびつくように、「コンマリ・メソッド」を実践する姿は実に微笑ましく、おもしろい現象であり、近藤麻理恵さんが、「神道」「神道」と殊更に言わないまま、お掃除を通して、神道的な生き方を世界中に普及させてしまっている点も、実に神道的であると思います。

みなさんも、「コンマリ」してみませんか。
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