日本国憲法は英霊たちの贈り物

粗末に扱うことなかれ。
「憲法改正しなくてはならない」と洗脳されている者たちは、タイトルを読んだだけでぶちぎれることだろう。しかし、次の三つの記事を読んでから、下の文章を読んでいただきたい。
「言挙げせぬ国」の憲法論
憲法改正は間接支配の格好の道具となる
憲法第9条批判者たちの頭の悪さ

日本国憲法は、英霊たちの贈り物である。

これを粗末に扱うならば、我々は、英霊たちに呪われるであろう。

すでに説明したように、「言挙げせぬ国」の住人である、日本人は、憲法を書くことができない。

憲法と書くという行為そのものが、日本の言霊に背くものだからだ。

日本人は、物語を綴ることができる。

日本人は、歌を詠むことができる。

日本人は、神話を語ることができる。

日本人は、俳句を作ることができる。

しかし、日本人に、憲法を書くことはできない。

日本人に憲法を書けということは、猫に泳げと命じることと同じである。

敢えてやればといえば、猫は水の中に飛び込むかもしれないけれど、そこで溺れることは必至である。

日本人が憲法を書けない以上、日本人ではない誰かが憲法を書かなくてならない。

そして、日本人の代わりに、誰かに憲法を書いてくれるように頼むならば、日本に反感をもつ人よりも、できるだけ日本に好意をもつ人に書いてもらった方がいいに決まっている。

日本国憲法は、アメリカから与えられたもの、確かにその通りである。

しかし、そこにはある僥倖が働いたと言わざるを得ない。

禍転じて福となる、そんな奇跡が起きたのだ。

それは、英霊たちの執念がそうさせたのだと私は信じる。

「俺たちは、若くして散っていかなくてはならない。しかし、俺たちの代わりに、生きてくれ。そして、平和で豊かな国を再建してくれ」

そういう英霊たちの強い願いが、日本国憲法が生まれる過程の中に働いた。

日本国憲法を起草者の一人は、ウクライナ系ユダヤ人の音楽家の娘としてウィーンに生まれ、少女時代の10年間を日本で過ごしたアメリカ国籍の若き女性、ベアテ・シロタ・ゴードンだった。

ベアテは、5歳だった1929年の時に、父が東京音楽学校に赴任することになったため、一家で日本に渡り、15歳になった1939年まで日本で過ごした。日本での生活の中で、彼女は日本語も習得した。


(1930年乃木坂にて: 父に抱かれている少女がベアテ)

16歳でアメリカに留学したベアテは、日本のことにまったく不理解なアメリカ人の級友に囲まれて、そこで自分が「愛国者の日本人」「半分以上日本人」となっていたことに気づいたという。

日米開戦前の1940年に休暇で日本に戻ってきたときには、ベアテは、「まさに自分の国への“帰国”だった」と感じたという。

1941年の日米開戦後も、ベアテの両親は日本に留まって音楽を教え続けたため、終戦まで、アメリカで勉学を続けたベアテとの連絡が完全に途絶えることになった。

21歳の1945年に、ベアテは、アメリカ国籍を取得。大学卒業後は、ニューヨークで、タイム紙のリサーチャー(記事の素材調査員)の仕事を得た。

1945年8月15日、終戦。

両親のいる日本への帰還を希望したベアテは、日本でできる職を探した。

当時、日本語を話せる白人はごくわずかしかいなかったため、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の民間人要員(リサーチャー)として採用され、1945年のクリスマスに厚木飛行場に到着した。

22歳でGHQ民政局に所属し、GHQ憲法草案制定会議のメンバーとして、日本国憲法の草案の作成に携わった。


(1946年軽井沢にて)

このように、日本国憲法の起草を外国人が行ったことは、まぎれもない事実である。

しかし、社会契約説に立つ人工国家、フランスやアメリカと異なり、伝統的に、憲法のような字句の上に国家を根拠付けようなどという発想をまったく持たない「言挙げせぬ国」の住人である我々日本人にとって、ベアテのような、少女時代の10年間を日本で過ごし「愛国的な日本人」を自認していた憲法の代筆者を得たことは、本当に、唾棄すべき不幸な出来事だっただろうか。

私は、まったくそうは思わない。

不幸中の幸い。

禍転じて福となる。

ベアテ・シロタ・ゴードンのように、子が親に寄せるような素朴な愛情を日本に寄せる憲法の代筆者を、いまでも、私たちは見つけることはできないだろう。

戦後日本の復興と平和と繁栄を願った英霊たちの執念のような思いが、そのような僥倖を引き起こさせたのだと私は信じる。

日本をより一層アメリカに組み込もうとしている、保守・愛国の皮を被った似非日本人たちに憲法をいじらせるぐらいなら、「愛国的日本人」ベアテが書いた日本国憲法を大切に保持していたほうがずっとましである。

改めて言うが、日本人に憲法は書けないし、書いてはならない。

それは「自然国家」日本を、「人工国家」に近づけることになるからだ。

どうしても、国際社会における国家の体裁上、憲法のようなものを保持していなければならないならば、ベアテ・シロタ・ゴードンが書いた憲法を保持していようではないか。

以前の記事ですべに述べたように、日本国憲法のもともとの目的が、仮にアメリカによる日本の間接統治であったとしても、その憲法を変えずに固定し、保持し続けることによって、逆に、アメリカの間接支配の強化に歯止めをかけることができるようになる。

大東亜戦争213万3915柱の英霊たちの犠牲によってもらたされた、戦後という、平和と繁栄の70年間を私たちは生きて来た。

私たちがこの時代を振り返り感謝する代わりに、ただ暗黒の時代であったかのように呪い、日本国憲法を粗末に扱うならば、英霊たちは、うらめしそうに我々を見つめ、こうつぶやくはずである。

「俺たちは何のために死んだんだ?俺たちの死は犬死だったのか?」と。

「戦後レジームからの脱却のために、日本国憲法を改正しよう」

これまで、唯一絶対の模範解答であるかのように、繰り返し繰り返し刷り込まれ、あなた自身も正しいと信じ込んいるに違いない、このような耳障りのよいスローガンを、もう一度根底から疑い考え直していただきたい。
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