「日本」とは何か

言葉の向こう側に広がる色彩や匂いやぬくもりに満ちた世界。
これからする話は馬鹿たれどもにはわからない、ちと高度な難しい話である。耳の穴かっぽじいて、かしこまって聞きなさい。

表面的なものに騙される人たちばかりです。

「美しい伝統や文化を盛り込んだ憲法」と美辞麗句を口にしながら、

「言挙げせぬ国」という日本の国柄を、根底から破壊してしまう憲法理解に群がる。

慰安婦問題に対処するように見せかけて、実際には悪化させてしまうような動画に群がる。

なぜ本質を見抜けないのか。

どうしたら表面的な言葉に騙されずに、ものごとの本質がもっと見えるようになるのか。

ここには一つのコツがあります。それをお教えしましょう。

「本質を見抜く」ことは、

むずかしいようでいて、とても簡単。

とても簡単でいて、とてもむずかしいことです。

たとえば、みなさんは「お茶」を飲むときに、どれだけお茶の本質を見抜いていますか。

「お茶」という言葉の中には、お茶の本質はありません。

お茶の本質は、「お茶」の向こう側にあります。

「お茶」という言葉を突き抜けて、お茶の本質にたどり着く。

お茶の本質の側から、「お茶」という言葉を見返す。

そうすると、言葉の世界のいろんな嘘が自然に見えてきます。

「お茶」という言葉の向こう側に広がる本質の世界は、言語以前の世界であり、あれやこれといった立場のない世界。一つにつながったまあるい世界です。

その世界に降り立って、言葉の世界を振り返るとき、言葉の世界で展開されているいろいろな嘘や矛盾が見えてきます。

多くの人たちは、言葉の向こう側に広がる本質の世界にたどり着かないまま、言葉の世界にとどまって、言葉を投げ合う。すると簡単に言葉の嘘にとらわれてしまいます。

「美しい伝統や文化を盛り込んだ憲法」とか「慰安婦たちは売春婦ですか性奴隷ですか」という言葉に簡単に騙される。

言葉の世界を「二次元の世界」とするならば、言葉の世界の向こう側に広がる本質の世界は、「垂直方向」に広がる世界と規定できるかもしれない。

本質の世界から言葉の世界を見返すと、上空から地上を見渡すように、特定の立場から離れて客観的に言葉を判断することができるようになります。

「言葉の向こう側に広がる本質の世界」などというと大層なものに聞こえるかもしれませんが、実は、ごく身近なところに入り口はいくらでも転がっています。

それはなんでもいい。

一杯のお茶が本質の世界への入り口となりえます。

お茶という入り口を通して、「お茶」という言葉の向こうに広がる本質の世界にたどりつくためには、お茶と真剣に向き合い、味わうことです。

「お茶」ではないお茶に出会わなくてはならない。

これを禅では即非の論理と言います。

お茶の本質に出会うとは、「お茶」ではないお茶に出会うということです。

「お茶」でありながら「お茶」ではないお茶。

それを飲むようになったとき、垂直方向上方から言葉の世界を見下ろすようになり、あらゆる立場から自由になって、もっと簡単に言葉の世界の嘘を見破れるようになります。

「お茶」ではないお茶に出会う。

言葉の向こう側に広がる本質の世界に触れる。

このことは、やがて「日本」ではない日本に出会う。

日本に本質に触れるということにつながっていきます。

言葉の向こう側に広がる、非言語のあるがままの世界は、まあるく一つにつながった世界です。

しかし無色透明の無機質な空間ではなく、匂いや色彩やぬくもりを帯びた世界です。

「日本」ではない日本、日本の本質とは、そのような非言語の色彩や匂いやぬくもりに満ちた世界に存在しています。

「日本」と言葉でいう以前に、私たちの身体に蓄積されている、色彩や匂いやぬくもりの記憶こそが、私たちのふるさとであり、「日本」ではない日本、日本の本質です。

そこに降り立つことなしに、「保守だ」「愛国だ」と論じることほど、不毛なものはありません。

言葉の世界に向こう側に広がる、色彩と匂いとぬくもりに満ちた世界に踏み込むことなしに、言葉の世界にとどまったまま、上っ面な耳障りのよい言葉に振り回され、右翼だの左翼だのに分かれて、ばかなことばかりやって、互いを叩き合う、それが現在の日本人が行っていることです。

日本人は本来、言葉の向こうに広がる色彩や匂いやぬくもりに満ちた世界に親しんでいた人々です。

だからこそ、昔の人は、「葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国」と歌った。

現代の日本人は、言葉の世界の住人に成り下がった。

そしてイデオロギーや観念の奴隷と化した。

「憲法改正を唱えるのが保守だ」などといった言葉は、言葉の向こう側に広がる色彩や匂いやぬくもりに満ちた世界の住人たる日本人には、本来、無関係なものだった。

日本人の本来のあり方からもっとも離れてしまった人たちが、そのような言葉を振りかざしていきがっています。

私たちの課題は、右翼を左翼に転向させることでもなく、左翼を右翼に転向させることでもなく、いかにして日本人を「言葉の向こう側に広がる色彩や匂いやぬくもりに満ちた世界」に復帰させるかです。

WJFプロジェクトは、常に「言葉の向こう側に広がる色彩や匂いやぬくもりに満ちた世界」から、あなたがたに語りかけてきた。

あなたがたも、右翼だの、左翼だのといったくだらない立場をとっとと捨てて、「言葉の向こう側に広がる色彩や匂いやぬくもりに満ちた世界」、「神ながら言挙げせぬ国」、すなわち、本当の日本に早く立ち戻り、「ただの日本人」にお戻りなさい。

それが、あなたがたの本当のふるさとなのだから。
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言挙げせぬ国柄

なぜ西欧の知識人の多くが禅の世界に興味を持ち感銘してきたのか、今回の説明であらためて得心しました。

西欧の多くの国々の社会編成原理は契約かつ成文されたもので積み上げられ、それらに頼らなければ社会を維持できないのに対し、日本は非言語で社会が成立できるという稀有なる世界を築き上げました。まさに「言挙げせぬ国」なのでしょう。

その世界観を心の在り方として体現せしめた道のひとつが、ご紹介された禅でもあると。

自身の不遇をアンチで憂さ晴らしすることや身の丈に合わない自尊心を満たすための間違った愛国心ではなく、日本ならではの言挙げせぬ国柄を一人でも多くの日本人がナショナリティとして自覚することが、グローバリズムにより日本社会が溶けてしまう危機に対抗するために必要な処方箋だと思います。
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