グローバリズムと神道(25)

日本書紀に見る日本の「基部構造」(6)
このシリーズは、私たち現代の日本人が、「右翼」と「左翼」の対立を、どのように克服していくかという問題に向けられています。

「右翼」と「左翼」の不毛な対立が、特に冷戦が終結した90年代以降の日本の政治を袋小路に追いやっているため、どんなに回り道に見えても、古事記や日本書紀といった日本の神話にさかのぼって、「右翼」と「左翼」の本来あるべき関係を、整理し直す必要があるからです。

「八百万の神たち」は、「天神」(別名「天津神・あまつかみ」:高天原から葦原中国に降りた神々)と地祇(別名「国津神・くにつかみ」: 葦原中国に先住した土着の神々)に分けられます。「天神」は、国に統一や秩序をもたらす上からの力を、「地祇」は、大地や地域に根ざす底辺からの力を象徴しています。

「右翼」とは、「天神」的な原理に忠実であろうとする人々です。
「左翼」とは、「地祇」的な原理に忠実であろうとする人々です。

一つの例を取り上げると、建国記念の日の翌日、愛国心に溢れる「右翼」の青年、KAZUYA君は、下のような動画をあげて、天皇制に反対する「左翼」の女性を糾弾し、日本書紀の神武天皇の言葉を引用して、天皇が知らす家族のような国が日本なのだと訴えました。



KAZUYA君の愛国的な主張は、一見もっともらしく聞こえるのですが、古事記や日本書紀を注意深く読むならば、そこには根本的な誤りが含まれていることがわかります。

日本書紀には、神武天皇が大和の平定に成功したのは、「天神」の威光だけを掲げて「地祇」たちを圧倒したことによるのではなく、「天神」と「地祇」を等しく祀ったことによると書かれています。しかし、KAZUYA君は、「天神」の威光に「地祇」的な反発を向ける「左翼」の女性を単純に侮蔑しています。

一方、天皇制や神道は、「天神」的原理のみに基づくと勘違いして、それを全否定している「左翼」の女性にも問題があります。日本を初めて統治した天皇とされる神武天皇の時代より、天皇は、「天神」以上に「地祇」をも手厚く祀って、大地に根ざす土着の人々に敬意を寄せることを怠らなかったからです。

明治政府が、日本を近代的国民国家に再編するために導入した「国家神道」や「明治天皇制」は、古事記や日本書紀から抽出した「天神」的な原理を純化・精製してできた、いわば「高天原イデオロギー」とも呼ぶべき神道や天皇制の特殊な一形態にすぎません。

しかし、明治の体制を通じて植えつけられた、神道や天皇制に対するこの固定観念が、いまでも多くの日本人の心を支配しており、「高天原イデオロギー」に全面的に傾倒する「右翼」と、「高天原イデオロギー」に反発を覚える「左翼」とに、国民を二分してしまっています。

明治体制に憧憬を寄せ、「天皇陛下万歳」と叫んで、日の丸をふりまわし、「天神」的な原理をふりかざしさえすれば誰でも「愛国的」に見られる一方、明治体制に懐疑の眼差しを向ける人たちが、単純に天皇制や神道自体を否定するようになってしまうといった誤解が蔓延しています。

そのような明治体制に由来する神道や天皇制の固定観念を相対化するためにも、私たちはあらためて古事記や日本書紀のような書物を注意深く読み直す必要があるのです。

古事記や日本書紀は、神道や天皇制を、あくまで「天神」的原理と「地祇」的原理を媒介するものとして描いているからです。

さて、二人目の「ハツクニシラススメラミコト」である崇神天皇は、「地祇」をどのように厚くお祀りされたのでしょうか。

崇神天皇を通して、「天神」と「地祇」に対する対等な祭祀が確立され、ようやく、「天神地祇共に和享(にこ)みて」、日本の統治の礎が築かれることになります。

(つづく)
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