グローバリズムと神道(23)

日本書紀に見る日本の「基部構造」(4)
前回の記事で、アマテラスの天岩戸神話と、オオクニヌシの国譲り神話によって示される、神道における祭祀の二つの「原型」を取り上げ、天津神(天神)に寄せられる祭祀と、国津神(地祇)に寄せられる祭祀の、本質的な意味の違いについて取り上げました。

*また、神々の「上昇(Acension)」と「下降(Descension)」という二つの運動は、一回切りの、遡行不能な、最終的な出来事として決着したわけではなく、天神と地祇の上昇と下降が循環していくダイナミックな運動性が、神道の祭祀の中に胚胎されていることも指摘しました。

とすると、律令制や明治体制のように、天神とその子孫が支配した時代のみが、神道にとって「本来的な時代」「理想とすべき時代」であったわけではなく、地祇たちが力をもった中世や近世も、さらには、国民が主権者とされた戦後体制下の現代も、神道にとっては、等しく「本来的な時代」であったはずです。

つまり、歴史の中から切り出されたある特定の時代だけが、神道にとっての「本来的な時代」「理想的な時代」なのではなく、「縄文から現代に至る日本人のすべての歴史的な歩みの総体」が、神道にとっては、そのあるがままの姿で「本来的な時代」であったと見なされなくてはならないのです。

このことを、右翼も左翼も、また、明治体制を理想化しがちな神社本庁ですらが、正しく理解していないがために、神社や神道に対して、まとはずれな批判がなされたり、また、まとはずれな崇敬が寄せられている気がしてなりません。

そのことのゆえに、神社が、自民党や安倍政権のような売国政権の勃興に加担したり、単なる「右翼」が愛国者を気取る手段として神社が利用されたり、「左翼」が「右翼」を嫌うあまり、日本の伝統の大切な一部であるはずの神社参拝までをも忌み嫌うという、ばかばかしい事象すら生み出しています。

二人目の「ハツクニシラススメラミコト」(日本を初めて統治した天皇)である、崇神天皇に関する日本書記の記述を分析することによって、以上の点はよりくっきりと明確になっていきます。

さて論考を進めていきましょう。



今回は、皇孫(すめみま)であるニニギの天孫降臨の物語を考察します。

天孫降臨とは、アマテラスの孫のニニギが、葦原中国(日本列島)を統治するために、高天原から九州の高千穂に降り立ったという物語です。

この神話は、アマテラスの「天岩戸」の物語を通してその原型が提示された「祭祀」と、神武東征以後、皇室が日本を統治することになる「政治」の、二つの領域を取り結ぶ役割を果たしています。

天孫降臨の物語が、なぜ「祭祀」と「政治」を取り結んでいると言えるのか。それは次の点から明らかです。

まず、天孫降臨では、アメノコヤネ、フトダマ、アマノウズメ、イシコリドメ、タマノオヤという、「天岩戸」神話で活躍した五柱の神々が「五部神」(いつとものをのかみたち)と呼ばれて、皇孫のニニギに随行します。

高天原における「祭祀」確立の立役者たちが、そのまま、葦原中国に降りていくことは、高天原での「祭祀」と地上世界の「政治」が直結させられていることを意味します。

また、ニニギの降臨に際して、アマテラスとタカミムスビが、「五大神勅」と呼ばれる命令を、ニニギと、アメノコヤネと、フトダマに授けます。

1. 天壌無窮の神勅

「葦原の千五百秋の瑞穂の国は、わが子孫が王たるべき国である。皇孫のあなたが行って治めなさい。さあ、行きなさい。あまつひつぎ(皇位)の栄えることは、天地とともに窮まりがないであろう」

2. 同床共殿の神勅(宝鏡奉斎の神勅)

「我が子がこの宝鏡を見るのに、ちょうど私を見るようにすべきである。共に床を同じくし、部屋を一つにして、つつしみ祀る鏡とせよ」

3. 斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅

「わが高天原にある斎庭の稲穂を、我が子に授けなさい」

4. 侍殿防護の神勅

「お前たち二神(アメノコヤネとフトダマ)は、共に同じ建物の中に侍って、よくお守りの役をせよ」

5. 神籬磐境の神勅

「私(タカミムスビ)は、天津神籬と天津磐境を作り上げて、皇孫のためにつつしみ祀ろう。アメノコヤネとフトダマは、天津神籬をもって葦原中国に降り、皇孫のためにつつしみ祀りなさい」

(出典: 『日本書紀』神代下九段より 宇治谷孟訳)

アメノコヤネは中臣氏(藤原氏)の祖先、フトダマは忌部氏の祖先であり、いずれも律令制下で、「政治」と「祭祀」において重要な役割を果たす氏族です。

5つの「神勅」は、祭祀と政治が絡み合う相互の深い連関のうちに、「天壌無窮」のあまつひつぎを支えます。

このように、天孫降臨の出来事を通して、高天原での「祭祀」と葦原中国での「政治」は、一つに直結し一体化しています。

さて、アマテラスの「天岩戸」の出来事から発し、地上の神武天皇や崇神天皇に受け継がれた祭政一致の「まつりごと」は、「ハツクニシラススメラミコト」の下でどうなるでしょうか。

崇神天皇の下で、ある重大な変化が生じます。

次回はいよいよ、日本書紀の崇神天皇条から、日本の「基部構造」を読み取ります。

そこに現れる重要な概念は「にこにこ」です。

(つづく)
*ブログ・ランキングにご協力ください。左のバナーを一日一回クリックお願いします。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

WJFプロジェクトについて
ご寄付のお願い
作品リスト
政治的立場
WJFプロジェクトは、日本の主権、伝統、国柄を守る保守的な観点から、安倍政権が推し進めるTPP参加、構造改革、規制緩和、憲法改正、安保法制、移民受入などのグローバル化政策に反対しています。
TPP交渉差止・違憲訴訟の会
YouTube
WJFプロジェクトの動画作品は以下のYouTubeのチャンネルでご覧になれます。

お知らせ
アクセス・カウンター


今日の一言
蓮舫の二重国籍問題のジレンマ

違う入り口を選んだハズなのに、ドアを開けると、同じ出口につながっている。
最新記事
コメント
<>+-
アーカイブ


RSSリンク
RSSリーダーに下のリンクを登録されると、ブログの記事やコメントの更新通知を受け取ることができます。