小泉八雲と神棚

外来の思潮に打ち克つ力なき力、形なき形。
「八雲立つ」は出雲の枕詞ですが、ラフカディオ・ハーンは、「小泉八雲」という日本名からもわかるように、出雲との縁が深い人物です。

1890年、ハーンが40歳で日本にやってきたとき、英語教師として最初に赴任したのが、出雲にほど近い島根県の松江でした。

その年に、当時の出雲国造(出雲大社の宮司)の千家尊紀氏に導かれ、外国人として初めて、出雲大社の昇殿参拝を許された時に記した「杵築―日本最古の神社」という文章が、『日本瞥見記』(原題: Glimpses of Unfamiliar Japan)という書物に収録されていますが、そこには次のように記されています。

ちなみに、「杵築」(きづき)とは、出雲大社の古い呼称です。

But to have seen Kitzuki as I saw it is also to have seen something much more than a single wonderful temple. To see Kitzuki is to see the living centre of Shinto, and to feel the life-pulse of the ancient faith, throbbing as mightily in this nineteenth century as ever in that unknown past whereof the Kojiki itself, though written in a tongue no longer spoken, is but a modern record. [23] Buddhism, changing form or slowly decaying through the centuries, might seem doomed to pass away at last from this Japan to which it came only as an alien faith; but Shinto, unchanging and vitally unchanged, still remains all dominant in the land of its birth, and only seems to gain in power and dignity with time. Buddhism has a voluminous theology, a profound philosophy, a literature vast as the sea. Shinto has no philosophy, no code of ethics, no metaphysics; and yet, by its very immateriality, it can resist the invasion of Occidental religious thought as no other Orient faith can. Shinto extends a welcome to Western science, but remains the irresistible opponent of Western religion; and the foreign zealots who would strive against it are astounded to find the power that foils their uttermost efforts indefinable as magnetism and invulnerable as air. Indeed the best of our scholars have never been able to tell us what Shinto is. To some it appears to be merely ancestor-worship, to others ancestor-worship combined with nature-worship; to others, again, it seems to be no religion at all; to the missionary of the more ignorant class it is the worst form of heathenism. Doubtless the difficulty of explaining Shinto has been due simply to the fact that the sinologists have sought for the source of it in books: in the Kojiki and the Nihongi, which are its histories; in the Norito, which are its prayers; in the commentaries of Motowori and Hirata, who were its greatest scholars. But the reality of Shinto lives not in books, nor in rites, nor in commandments, but in the national heart, of which it is the highest emotional religious expression, immortal and ever young. Far underlying all the surface crop of quaint superstitions and artless myths and fantastic magic there thrills a mighty spiritual force, the whole soul of a race with all its impulses and powers and intuitions. He who would know what Shinto is must learn to know that mysterious soul in which the sense of beauty and the power of art and the fire of heroism and magnetism of loyalty and the emotion of faith have become inherent, immanent, unconscious, instinctive.

しかし、私が見たように杵築を見たということは、一つの素晴らしい社殿以上のものを見たことにもなる。杵築を見ることは、神道の生ける中心を見ることであり、古事記がもはや話されることのない言葉によってではあるが極めて近代的なやり方で記録している、あの知られざる過去の時代と同様この19世紀においても力強く脈打つ古代の信仰の鼓動を感じ取ることでもあるのだ。仏教は、数世紀を経るうちに形を変え、あるいはゆるやかに衰退し、ついには、外来の信仰として入ってきたに過ぎぬこの日本から姿を消す運命にあるかにも見えるが、神道は、変わることなく、また決定的な仕方で変えられることなく、それを生み出した国でいまだに優勢を保ち、時とともに力や威厳を増しているように見える。仏教は浩瀚な教理学、深遠な哲学、海のように広大な文学をもつ。神道には、哲学も、倫理学も、心理学もない。しかし、まさに、実体を持たないそのことのゆえに、神道は、他のいかなる東洋の信仰にもまして、西洋の宗教思想の侵入に抗することができる。神道は、西洋の科学に対しては歓迎の手を広げるが、西洋の宗教にとっては対抗しがたい敵対者となっている。神道に戦いを挑もうとする外国の狂信者たちは、磁力のように捉えようがなく、空気のように傷つけようもない力が、彼らの最大限の努力を無意味化してしまうことに驚く。実際、西洋の最良の学者であっても、神道が何なのか説明できた人はいまだかつて存在しない。神道は、ある人には単なる祖霊崇拝のように、他の人には自然崇拝と習合した祖霊崇拝のように見え、また他の人には、そもそも宗教にすら映らない。もっと無知な宣教師にとっては、神道は最悪の形態の偶像崇拝である。神道を説明することの難しさは、東洋学の専門家たちが、情報源を、古事記や日本書紀のような歴史書、祝詞のような祈祷文、偉大な神道学者である本居宣長や平田篤胤による注釈書のような、書物の中に求めたことに原因があることに疑いの余地はない。しかし、神道の実体は、書物や儀式や戒律の中にではなく、民族的心情の中に息づく。神道は、民族的心情の、不滅にして常に若々しい、もっとも崇高な感情的、宗教的な表現なのである。奇妙な迷信、素朴な神話、幻想的な魅力といった表面に現れてくるものの深い根底には、偉大な霊力、すなわち、あらゆる衝動や力や直感を伴う、民族の魂がうち震えている。神道の何たるかを知ろうとするものは、美の感覚、芸術の力、ヒロイズムの炎、忠義心の磁力、信仰の感情が、生得的で、内在的で、無意識で、直感的なものに転じる、あの神秘的な魂を知ろうとせねばならぬ。

(出典: ラフカディオ・ハーン『日本瞥見記』(Glimpses of Unfamiliar Japan)、「杵築―日本最古の神社」より)

翌年、1891年には、ハーンは、出雲国造の千家家の血筋を引く小泉セツという日本人女性と結婚し、熊本に転居しますが、熊本では、家主に頼んで神棚を設置してもらい、毎朝神棚を拝んで仕事にでかけたそうです。

下の写真は、小泉八雲熊本旧居に残されている神棚の実物です。


(写真は、tripadvisorよりお借りしました。)

1896年に、ハーンは、日本国籍を取得して「小泉八雲」と名乗ります。

本来、外国の国籍を得ることは、その国の歴史や文化を深く学び、それに自分を深く一致させていく覚悟なしに、行われてはならないことなのだと改めて思います。

そして、ハーンが日本にやってきた明治の時代以上に、グローバル化が急速に進行していくだろうこれからの日本にとって、ハーンが、実体がないゆえに西洋の思潮に抵抗しうると評した神道は、日本人に深く自覚されることもないままに、密かに思わぬ力を発揮するだろうという期待を寄せながら、私は「グローバリズムと神道」という考察を進めています。
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