グローバリズムと神道(12)

権力者の野心と陰謀を超えて。
前回の記事の最後に付した下の図を少しずつ説明していきたいと思います。



「タケミカヅチ」は、イザナギとイザナミの間に生まれた火の神「カグツチ」が、誕生時にイザナミの陰部を焼いて母を死なせたことに父イザナギが腹を立て切り殺された際、剣についた血から生まれた神であり、剣の神、武の神とされています。

「タケミカヅチ」は、日本神話において、二つのエピソードの中で重要な役割を演じました。

一つは、「オオクニヌシの国譲り」(「葦原中国平定」とも呼ばれます)の物語です。

オオクニヌシに国譲りを説得するために、高天原から使者として派遣された神が「タケミカヅチ」であり、「国譲り」に同意しようとしないオオクニヌシの息子、「タケミナカタ」に圧倒的な武力の差を見せつけて、諏訪の地にまで追い詰めました。

もう一つは、「神武東征」の物語です。

紀の国、熊野の地で、荒ぶる国津神たちの激しい抵抗に遭い、毒気に当たって寝込んでしまった「イワレヒコ」(神武天皇)とその軍勢を見かねて、アマテラスが「タケミカヅチ」を召喚し、葦原中国に下って「イワレヒコ」を助けるように命じます。「タケミカヅチ」は、自らが赴く代わりに、オオクニヌシを説得した時に使った霊剣を「イワレヒコ」に授け、ヤマトの平定を手助けします。

この二つのエピソードにおいて、「タケミカヅチ」と密接な関係をもつ神として「フツヌシ」という神も登場するのですが、『日本書紀』と『古事記』では、この神に関する記述は異なります。

『日本書紀』では、「フツヌシ」は、「オオクニヌシの国譲り」(葦原中国平定)のエピソードの中で、「タケミカヅチ」と共にオオクニヌシのもとに高天原から派遣されたもう一人の使者として描かれています。

『古事記』では、「神武東征」のエピソードの中で、「タケミカヅチ」が、「イワレヒコ」(神武天皇)に授けた霊剣の名前として「フツヌシ」の名前が登場します。

(「イワレヒコ」に授けられた「布都御魂」(フツノミタマ)と呼ばれるこの霊剣は、物部氏の氏神神社である石上神宮に祀られています。その一方で、物部氏は「イワレヒコ」に平定された「ニギハヤヒ」の子孫ですから、物部氏に関しては、古代史をめぐる複雑な事情が存在することになります。しかしこの問題についてはここでは触れません。)

「タケミカヅチ」も「フツヌシ」も、共に剣の神・武の神として、古来より、「まつろわぬ民」(帰順しない民)と呼ばれた蝦夷を征伐するための、東国の最前線の土地に祀られてきました。

「タケミカヅチ」は、太陽が太平洋から昇る、「日立」の国、茨城県の鹿島神宮に。

「フツヌシ」は、鹿島神宮から利根川を挟んでほど近い、車で20分ほどの距離の、千葉県の香取神宮に。

927年に朝廷がまとめた全国の神社リストである『延喜式神名帳』では、その当時「神宮」の名を付すことを許されていたのは、伊勢の皇大神宮と、鹿島神宮と、香取神宮の三社のみですから、この都から遠く離れた東国の二社が、朝廷から極めて高い格式を与えられていたことがわかります。

この「タケミカヅチ」と「フツヌシ」の二柱の神は、768年に、藤原氏が、氏神神社として春日大社を創建したときに、鹿島神宮と香取神宮の二社から勧請(分霊)され、藤原氏の守護神として奈良の地に祀られることになりました。

ちなみに、現在、奈良公園にいる鹿は、鹿島神宮から春日大社に「タケミカヅチ」の御霊を分霊する際に、移されたものなのだそうです。

下の図のように、天津神「タケミカヅチ」と国津神「オオクニヌシ」が祀られる、鹿島神宮と出雲大社は、きわめて対照的な関係にあり、



それと同時に、「タケミカヅチ」と藤原氏が果たした役割がとても似ていることがわかります。



春日大社には、藤原氏の祖神として、アマテラスが天岩戸に隠れて出てきた際に鏡を差し出した神「アメノコヤネ」も祀られており、この神も、天皇を補弼する藤原氏の役割を象徴しているかのように見えます。

やっかいなのは、藤原氏自身が投影されているかに見える、「タケミカヅチ」や「アメノコヤネ」に関する物語の編纂に、実質的な藤原氏の祖である藤原不比等その人が関わっていることです。

律令制が、天皇による中央集権体制であるかのような見た目とは裏腹に、実際には、藤原氏による実権掌握のシステムであり、そのために、その導入の当初より、天皇家と藤原氏の間に権力をめぐる政争が絶えなかったことを思うならば、藤原不比等が編纂に関わった『古事記』や『日本書紀』という書物が、どんなに表向きはアマテラスや皇室を称揚しようとも、その裏に、藤原氏の政治的野心が織り込まれている可能性を、私たちは排除することはできません。

しかし、その神話の中に、どんなに「政治」や「人為」の影がちらつこうとも、歴史は、権力者の野心や意図や思惑を超えた「力」によって動かされていったことを、私たちは目にすることになります。

記紀や律令制度が封印したはずの、国津神たちの目に見えざる「力」が、熊野の地に、マグマのように地底から噴出し、律令制を崩壊させていくのです。

その「力」は「日本神話が存在するという事実」を日本史の中に生み出した「力」であり、同時に、その神話がもたらした政治体制を変質させ崩壊させていった「力」でもあり、さらに、それは、日本神話の中に神代の話として記述されていた「力」そのものでもありました。(つづく)
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