グローバリズムと神道(8)

地祇たちの反逆、日本史の抱える「重層性」(2)
『古事記』や『日本書紀』などの日本神話に描かれる「八百万神等」(やおよろずのかみたち)を構成する、「天津神」と「国津神」の「重層性」。



『古事記』や『日本書紀』という書物は、単なる宗教的な神話であるにとどまらず、律令制の導入による、天皇家を中心とした中央集権制の確立をもくろんで編纂された政治的な文書でもあります。

しかし、中央集権を司る天皇の権威を最高度に高めることを目論んで編まれたであろう『古事記』や『日本書紀』といった書物の中ですらも、「国津神」は、「天津神」によって駆逐されたり、廃絶されたりしたわけではなく、むしろ、皇室の厚い畏敬や崇敬の対象として、恐れをもって描かれていることに注意しなくてはなりません。

このことは、特に、神武天皇と同じく、「ハツクニシラススメラミコト」(初めて国を治めた天皇)という諡を『日本書紀』や『古事記』の中で与えられた崇神天皇のくだりに記されています。(同じ諡が送られていることから、歴史家によって、神武天皇と崇神天皇は、同一人物であったろうと考えられています。)

崇神天皇による統治の始め、疫病によって多くの人民が命を失いました。崇神天皇は、疫病を鎮めようとして、宮中に祀られていた、天照大神と倭大国魂神を皇居の外に移す決断を下します。

天照大神の御神体は、この後90年日本各地を転々としたのちに、現在の神宮内宮の場所に鎮座するのですが、疫病が収まったのは、天照大神の御霊を宮中から外に移したことによるのではなく、オオクニヌシの「幸魂・奇魂」とされる、オオモノヌシを、奈良の三輪山に祀ることによってでした。

つまり、『日本書記』の中で、「国津神」であるオオモノヌシは、「天津神」である、アマテラスよりも大きな霊力をもつ神として描かれているわけです。

オオモノヌシを大神神社(三輪山)に祀って疫病を鎮め、五穀豊穣をもたらしたことによって、崇神天皇は、「ハツクニシラススメラミコト」(初めて国を治めた天皇)の諡を手にすることになります。

「天津神」である、天皇による「政治」の力が、「国津神」であるオオモノヌシによる「非政治」の力によって、補完されて確立されたことになります。

「天津神」と「国津神」、この二つのグループの神々は、下の図のような、二方向からの力を象徴しています。



この二つの力は、単に二方向から真正面にぶつかり合って、互いを打ち消しているのではなく、東洋思想における「陰陽」概念を表す太極図のように、互いを補完しあい、重なり合いながら、渾然と一つに混ざり合っています。

この二つの力は、8世紀初頭の律令制の導入と、中央集権制の確立ののちも、日本の内部に残存して、日本の歴史や社会をその内側から動かしていきました。(つづく)
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ヲシテ文献の中にあります。
ヲシテ文献は、記紀の原書です。
漢字国字化以前の、すばらしい日本の歴史を、神武天皇以前の、実在したアマカミ様達のお話を、ぜひとも世界中の人々に知っていただきたいと思います。
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