政治はどの程度私たちの人生を規定するか

「政治」と「非政治」の豊かな往来。
「政治」という領域における権力者の意思決定は、どれだけ国家の末端に生きる人々の暮らしや人生を規定するものでしょうか。

その度合いは、時代によっても、国によっても、地域によっても、様々であったろうと思います。

交通手段や情報伝達手段が十分に行き届かなかった国や時代には、中央政府の権力は国家の末端にまでは十分に届かなかったかもしれませんし、全体主義の国や時代のように、「政治」が一元的かつダイレクトに人々の暮らしや人生を規定した時代や国も存在したであろうと思います。

しかし、どんなに「政治」が強大な力を振るった国や時代においても、「政治」が、人々の人生を規定する「唯一」の要素となり得た国や時代は、やはり存在しなかったのではないでしょうか。

ならば、「政治」は、やはり、私たちの人生を決定する多様な要素の「一つ」にすぎません。

昨今の「政治」の惨憺たる現状を見るにつけ、私たちはつい希望を失いがちになりますが、「政治」が私たちの人生を決定する多種多様な要素の「一つ」にすぎないことを想起するとき、そこに希望が生まれます。

どんなに悪政や圧政や管理が行われても、私たちが自由を発揮して、実りある意義深い人生を送ることは可能なはずだからです。

逆説的ですが、「政治」と無関係に営まれる人間の営為こそが、また「非政治的」であり、従来史書にすら記されることのなかった「非歴史的」な領域こそが、「国家」や「歴史」の本質部分を占めていたのではなかったのかと改めて考えさせられる昨今です。

しかし、「政治」が、私たちの人生を決定する「唯一」の要素にはなり得ないとしても、「一つの」要素であることには、やはり、変わりはありません。

ならば、その「一つ」の要素は、できるだけ、私たちの人生を意義深いものにするためにふさわしいものであるべきですし、そうあらしめるべく、私たちは努めるべきでしょう。

あまりに「政治的」になりすぎた人々は、世界の多元性を俯瞰する視点を回復すべきですし、また逆に、世界の多元性という「根底」に触れた人々は、もう一度「政治」という領域にたち戻って、その正しいあり方を模索すべきです。

このような、「政治」(人為)と「非政治」(自然)の豊かな行き来が求められています。

「政治」が管理を強めようとする過酷な時代であればこそ、「非政治」は、「政治」に呑み込まれず「政治」を跳ね返すことのできる、生き生きとした明るい力を結集させなければなりません。
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