WJFプロジェクトは今を放棄しているか

WJFプロジェクトの変わらぬ信念。
下に引用するのは、WJFプロジェクトが立ち上がった2011年8月に記した、WJFプロジェクトの一番最初のブログ記事です。

「クレオパトラの鼻がもう少し短かったら 世界の顔は変わったであろう」

パスカルは、死後に「パンセ」としてまとめられることになった思索の断片ノートにこう書き残していました。

歴史を動かしているのは、一部の権力者の意志ではなく、自然のささやかな偶然や世界を構成するごく微小な要素であると言い当てた言葉でしょうか。

クレオパトラの鼻どころか、現代は俳優の小さなつぶやきですら、日本の歴史をぬりかえてしまう時代です。

ひとつの小さな動画だって、長く見続けられることによって、きっと日本や世界を根底から作り替える力をもつ。

そんな意気込みと目論見で動画を作成しています。

高岡蒼甫さんについて。

正直な言葉、正直な人間のもつ力ってものすごいと思いました。
彼の言葉には、いまや評論家やテレビコメンテーターの言葉の何千倍もの力があります。

彼と同じ勇気を日本の小さな構成要素である私たち一人一人がそれぞれの場所で奮い、正直な言葉を語って行くなら日本には大きな変化がきっと訪れると思いました。

正直はやはり最良の策です。
正直者がバカを見るのはあくまで一時的なことであり、
最終的に朽ち滅んでいくのは、常に嘘をつく側の人々です。

クレオパトラの鼻であれ、俳優のつぶやきであれ、YouTubeの短い動画であれ、あるがままの事実とその表明は、一部の人々の恣意や権力意志に打ち克って、新しい歴史を作っていきます。

(出典: WJFプロジェクト旧ブログ「クレオパトラの鼻」2011年8月2日)

2011年当時、私も、フジテレビデモに共感を抱いていた一介の「ネトウヨ」だったわけですが、上の記事に明確に記されているように、当時のWJFと、現在のWJFと、その本質部分は全く同一です。

歴史を動かしているのは、一部の権力者の意志ではなく、自然のささやかな偶然や世界を構成するごく微小な要素であると言い当てた言葉でしょうか。

このように信じているから、私は、世界の一部の権力者が世界を支配しているという陰謀論には組しません。

世界を動かしているのは、一部の人間の意志などではなく、「自然のささやかな偶然や世界を構成するごく微小な要素」であり、それを司るのは、八百万の神々、つまりは、「多元性」です。

だからこそ、私たちは、事実や自然に背いてはならない。

嘘をついてはならない。

WJFプロジェクトの信念は、当時から、1mmたりともぶれてはおりません。

それは、「世界や世の中に対して、私たち日本人は、常に自然や事実の側に立ち、正直な姿勢で清く正しく語り続けなければならない」という信念です。

彼と同じ勇気を日本の小さな構成要素である私たち一人一人がそれぞれの場所で奮い、正直な言葉を語って行くなら日本には大きな変化がきっと訪れると思いました。

正直はやはり最良の策です。
正直者がバカを見るのはあくまで一時的なことであり、
最終的に朽ち滅んでいくのは、常に嘘をつく側の人々です。

クレオパトラの鼻であれ、俳優のつぶやきであれ、YouTubeの短い動画であれ、あるがままの事実とその表明は、一部の人々の恣意や権力意志に打ち克って、新しい歴史を作っていきます。

これがWJFプロジェクトの変わらぬ信念です。

WJFプロジェクトはどんな状況にあろうと、この信念を貫いてきましたし、これからも貫いていきます。

しかし、WJFプロジェクトの一貫したこの姿勢に対して、「今を放棄している」と批判する人々がいます。

私に言わせれば、嘘をつくこと、嘘つきを支持すること、偽る人々の側につくことこそが、「今を放棄する」どころか、過去も、未来も、現在も、何もかももろともに放棄し、損なうことになります。

嘘というものは、国や、社会や、共同体や、家族を破壊する力をもっているからです。

「安倍さんは新自由主義者ではない」
「自民党は構造改革党ではない」
「ウソつかない。 TPP断固反対。 ブレない。 日本を耕す! !自民党」
「自民党は消費税増税をやらない」
「私がTPPに前向きという報道はミスリードです」
「安倍さんはアメリカに脅されてTPP交渉に参加したのだ」
「泥の中をかき分けるように安倍政権を支持し続けろ」
「安倍さんは参院選後に突然豹変した」

実際に、「彼ら」がばらまいた「嘘」が日本を壊しつつある。そのただ中に、まさに今、私たちは置かれているじゃないですか。

嘘付く人間を批判するな、嘘つく人間を支持しろ、嘘つく人間を免罪しろと言われても、そんな忠告に耳を貸すわけにはいきません。

逆に、アンデルセンの「裸の王様」の物語のように、始めはどんなに少数でも、「正しいこと」を語る人間が存在しつづける限り、世の中のデタラメは必ず糾されていきます。

なぜ、その程度のことがわからないのか。

世の中には、事実を語り、間違ったことに対して、間違っていると指摘する人間が必ず必要です。

この信念と義務を放棄したら、WJFプロジェクトの存在意義はその瞬間に消滅します。

では、WJFプロジェクトに対して「今を放棄している」と偉そうに批判する人々が何をやっているのか。

興味があって調べてみれば、

カツトシ君の生放送にべたべた群がって、鈴虫が鳴く夜中の公園からおっさんがスカイプをして、おばさんたちの井戸端会議よろしく誰かのうわさ話や悪口に終始し、ソースも確認せずにデマを垂れ流し、いまだに右翼がどーの左翼がどーの、時には風俗嬢に「凸」して、猥談にふけったりしている。

何をやっているんですか。

はあ。それが、今を放棄せずに、戦うことなんですか?

べたべた群れ合って、誰かの悪口言い合ったり、誰かを持ち上げたりしていれば、世の中変わるんですか?

ふーん。

笑わせるんじゃない。

ばかもん。

« Quand tout se remue également, rien ne se remue en apparence, comme en un vaisseau. Quand tous vont vers le débordement, nul n’y semble aller : celui qui s’arrête fait remarquer l’emportement des autres, comme un point fixe. »

「すべてのものが一様に揺れ動くなら、ちょうど船中にいるようなもので外見上は何一つ動かない。すべての人が放埒に向かってゆくならば誰もそこへ向かってゆくようには見えない。足を止めている人は、ちょうど一定点のようにして、他の人々の激動を示してくれる。」

(パスカル『パンセ』プロンシュヴィック版断章382、津田穣訳)
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ノックアウトさん

カツトシ君の下の記事のことをお話されているのだと思いますが、

http://achichiachi.seesaa.net/article/405845876.html

カツトシ君は、切断されがちな「知」の世界と「行動」の世界をどう媒介するのかという話をしているのですが、WJFプロジェクトを「行動」の世界に背を向けて「知」の世界にとじこもる、ぬめぬめした鬱病患者である、といつものごとく根拠もなしに決めつけている以外は面白い論考であり、よい問題意識であると思いました。「知」の世界と、「行動」の世界をどうつなぐのかは、私自身、長く考え続けてきた問題意識ですが、ここでもやはり、近代の「二元性」をどう克服するのかという問題に行き当たります。カツトシが引用している、みぬしよりかずの「僕の大好きな三橋さんを批判するWJFは不愉快だ」という以上の内容を持たない下らない記事よりは含蓄のある記事なのですが、欠陥はみぬしよりかずの中味のない記事を、同じ三橋信者だからといって、サービス精神を発揮して、記事の質も問わずに引用してしまう安易な「お仲間意識」です。「人に付くは易く、事に付くは難し」です。また、彼がどんなごたいそうな論考をしたためようと、根拠もなしにソースも確認せずに人にレッテルを貼ったり、平気でデマを垂れ流すという劣悪で恥知らずな根本の姿勢が改まらない限り、お話になりません。黙ってダンスでもやってなさいと思います。

No title

カツトシ君がまたWJF批判の記事を掲載した。
しかも今度は「他の人がこう言ってるから」というスタイルでの批判。
理解できないものへの破壊衝動。
彼の中には劣等感から由来する下劣な感情が渦巻いている。

そんなことをしたって最終的には自分自身を破壊するだけなのに。

ちいほさん

ちいほさんも、KUZUYA氏も、WJFの「政治性」の欠如、反・政治的なふるまいを嘆いているのだと思います。

確かに「インチキな仕立て屋」があまりに政治的であるのと対照的に、「正直な子供」は、一見、反・政治的に振る舞っているように見えます。

「正直な子供」の姿勢がある気づきを人々に与えるという点では有効であるとしても、現実を構築する上ではあまりに無力ではないのか。現実を構築する上では、人は多かれ少なかれ「インチキな仕立て屋」として、権力者にすり寄ったり、人々に取り入ったり、調子を合わせたり、時には嘘・偽りに目をつぶったり、したたかに振る舞う政治性をも身につける必要があるのではないか。

それがKUZUYA氏が、私に突きつけた問いであり、彼が三橋を持ち上げるカツトシの周りに現在群がっている理由ではないかと受け止めています。彼なりに、WJFに欠落していると彼が考える「政治性」を発揮しようと、鈴虫のなく夜中の人気のない公園のベンチから、おっさんが一人スカイプで、カツトシの生放送に健気に「凸」しているのでしょう。安倍政権を生み出したのが「インチキな仕立て屋」たちが発揮した「政治性」であるならば、それを打倒するのにも「インチキな仕立て屋」たちの煽動や「政治性」を必要とする。なぜなら大衆が動かすのは煽動の力を借りるしかないのだから。そのためには三橋の力が必要なのだと彼らは考えるのでしょう。

「インチキな仕立て屋」のもつ「政治性」こそが、大衆を動かす唯一の力であるのにWJFプロジェクトは何をしているのか。三橋貴明を批判し、「インチキな仕立て屋」的な手法を嫌い、ひたすら「正直な子供」として、無菌室にこもっているだけではないのか。それがKUZUYA君のWJFプロジェクトに対する批判の主眼であると受け止めています。

しかし、私は次のように考えています。

1. 「正直な子供」であることと(事実につくこと)と、「インチキな仕立て屋」であること(人につくこと)は両立しない、二律背反のことがらである。

KUZUYA氏は、WJFが器用に、あるときには「正直な子供」として、あるときには「インチキな仕立て屋」として振る舞うことを期待されていたのでしょうが、「正直な子供」たることと、「インチキな仕立て屋」であることは、意識のレベルで両立しない二律背反のことがらです。

どういうことなのかというと、「人に付くのではなく事実につく」というのがWJFプロジェクトのモットーですが、「事実に付く」=「正直な子供」の姿勢、「人に付く」=「インチキな仕立て屋」の姿勢ととらえていただくと、「人につくのか、事実につくのか」という問いは、まさに実存的な問いとして、日常の一場面ごとに、私たち一人一人に突きつけられていることがわかります。

わかりやすい例を取り上げると、最近、ツイッター上の議論でWJFのブログ記事を好意的に取り上げてくださった方がいます。WJFを好意的に取り上げてくださる人に同調しようとする誘惑を私自身も感じることがありますが、私の習い性で、そういう意識は意図的に捨てて、議論している双方の主張を等距離に見て、客観的に評価しようとつとめるようにしています。ここでわずかでも、「人に付こう」「人に取り入ろう」とする「インチキな仕立て屋」的な意識、政治的な意識が混入すると、「事実に付く」という「正直な子供」としての心の目は必ず曇るようになります。事実に付き、事実を語る、「正直な子供」たるためには、一瞬たりとも「インチキな仕立て屋」として振る舞うことはできません。

2. 「正直な子供」は「インチキな仕立て屋」とは異なる「政治性」を持つ。

このように、「正直な子供」として事実を語ることと「インチキな仕立て屋」の政治性は両立しないのですが、しかし、次のように考えることもできます。

それは「正直な子供」であることは、決して反・政治的であることを意味せず、それ自身、「インチキな仕立て屋」とは異なる別種の「政治性」を持っているということです。その「政治性」は、「インチキな仕立て屋」のように事実を犠牲にして、嘘・偽りを媒介して群れ合う「政治性」とは異なる、事実を介して結び合う「政治性」です。

「正直な子供」として事実を語ることは、人々を遠ざけたり、離反させたり、コンフリクトを生み出すのも事実ですが、同時に、人々を呼び集め、固くまた深い絆で結びつける力ももっています。互いにべたべたすることはなく、歯に衣を着せず互いに批判しあいますが、にもかかわらず、深い信頼で結び合うのが、「正直な子供」の政治性です。

私がいろんな人を挑発しけんかすることで、離反する人もいますが、同時に、その議論を見て、共感を寄せたり支持してくださるようになる人たちもいるのです。また面白いことですが、けんかする相手と深い友情でむすばれるようになることもあります。遠慮なしに腹を割って話合うのですから、そうなるのは当然とも言えるのですが。

ちいほさんが、WJFプロジェクトに深く共感を寄せてくださるようになったのも、「正直な子供」たることが立派な「政治性」をもっていることの証左ではなかったでしょうか。

ちいほさんのみならず、今でも、WJFプロジェクトを熱心に支援し応援してくださる方たちがいらっしゃるのも、「正直な子供」たることが立派な「政治性」をもっている証しであると考えています。ちいほさんは、WJFが「正直な子供」として振る舞うことによって、敵が増え、孤立し、支持者が減るのではと心配されていますが、私は逆に、WJFプロジェクトが途絶えるとしたら、それは、WJFプロジェクトが「事実につく」のをやめて「人につく」ようになり、「正直な子供」として振る舞うことをやめてしまったときだと考えています。「事実」に付く限り、「事実」を語り続けるかぎり、WJFプロジェクトが消滅することは決してありません。それはわたしの揺るぎない確信です。

WJFプロジェクトは「インチキな仕立て屋」としての政治性を発揮することは、逆立ちをしてもできませんが、「正直な子供」としての別種の政治性を武器に戦っていきたいと思っています。

どうぞ、これからもWJFプロジェクトのよき理解者として応援願います。

No title

WJF様

わかりました。
「WJFは今を放棄している」というのは私の間違いでした。申し訳ありません。
WJF様がそうでないのなら嬉しいです。

ですが、提言へのご回答を踏まえても、WJF様ご自身の決意と実質的な影響には剥離があるように感じられ、その点の私の認識はまだ変えることができません。
より良い伝え方があると考えている私からは、もはや多くの国民に伝え広めることは放棄して、言うべきことを言うことにしたように見えたのです。中野氏のように、「報われないことを知っているがやることはやる。」の境地なのかなと。(彼が自民党政権下でそれをできているとは思いませんが。)WJF様支持だったが最近支持をやめたというKUZUYA様が、こちらのブログでしてきた指摘には、共感を持っていました。勿論、それに対するWJF様のご返答にも全然納得がいかなかったというわけではないです。
KUZUYA様自身がカツトシ様のブログで引用したこの記事でのやりとりなどです。
http://wondrousjapanforever.blog.fc2.com/blog-entry-415.html

カツトシ様のブログでの、伊武谷様への返信を見るに、今となっては彼とは大きな隔たりを感じています。

KUZUYA様はこう書き残していらっしゃいます。

>私は基本的にWJFブログ上で行われている三橋批判は支持しますが、

>安倍、上念、倉山、水嶋などを批判する層さえも三橋となると支持をはじめるという厄介な現象は、猪突猛進的な正面からの批判だけで切り崩すには技術的限界があるように感じます。

WJF様の方法に技術的限界を感じて離れる、まではわかりますが、「厄介な現象」そのものであるカツトシ様とつるんでWJF様をオワコンと揶揄する心情は理解できませんでした。
もっとも、WJF様にとっては、私もKUZUYA様も大して変わらないと感じられたことでしょうね。

支持者や影響力が減ることを厭わないかのようなやり方を突き詰めれば、独り言に近づいていきます。WJF様は一貫して変わりませんが、私の心配もずっと同じで、変わっていません。

ついでに、「がんばれ、カツトシ!!」記事内での、私のカツトシ様を推すようなコメントも間違いでした。
意図をここに白状すると、WJF様とカツトシ様がいずれ敵対的になる可能性がすでに濃厚に見えたため、喧嘩をして消耗してほしくなく、カツトシ様に三橋支持への異論を呈しつつ仲を取り持ちたかったというのがありました。WJF様ご自身が叩かれることを厭わないのに、完全に余計な気を回しました。後悔しています。

嘘が日本を壊す プロパガンダ批判は最重要

>実際に、「彼ら」がばらまいた「嘘」が日本を壊しつつある。そのただ中に、まさに今、私たちは置かれているじゃないですか。

>嘘付く人間を批判するな、嘘つく人間を支持しろ、嘘つく人間を免罪しろと言われても、そんな忠告に耳を貸すわけにはいきません。

嘘をつくことを恥と思わない連中こそが、日本国民同胞を危機に陥れています。

意図的なプロパガンダに対抗するには
①倫理があること
②知識があること
③論理的思考能力があること
などが重要。

①嘘つきに対する厳しい目がなければ嘘つきが栄えるのは自明。言説自体の倫理も重要であり、これらが損なわれると、みるみる美しい日本が消えていく(イマココ)。
②ある程度の「手口」を知っておくことは有効。
③筋道が通ってなかったらピンとこなければいけない。権威主義で盲信は駄目。

さて②の知識に関して、ご存じの方も多いと思いますが名著を二冊挙げておきます。

プロパガンダ―広告・政治宣伝のからくりを見抜く 単行本 – 1998/11/1
アンソニー プラトカニス (著), エリオット アロンソン (著), 社会行動研究会 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80%E2%80%95%E5%BA%83%E5%91%8A%E3%83%BB%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AE%A3%E4%BC%9D%E3%81%AE%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%8F%E3%82%8A%E3%82%92%E8%A6%8B%E6%8A%9C%E3%81%8F-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%83%BC-%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%82%B9/dp/4414302854/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1411260233&sr=8-1&keywords=%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%91%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80

影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか 単行本 – 1991/9/1
ロバート・B・チャルディーニ (著), 社会行動研究会 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E5%8A%9B%E3%81%AE%E6%AD%A6%E5%99%A8%E2%80%95%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%80%81%E4%BA%BA%E3%81%AF%E5%8B%95%E3%81%8B%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BBB%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8B/dp/4414302692/ref=sr_1_4?ie=UTF8&qid=1411260330&sr=8-4&keywords=%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E5%8A%9B%E3%81%AE%E6%AD%A6%E5%99%A8
※第二版・三版が出ています。

これをみれば、かなりの手口がわかるので、今後の準備のためにも手元に置いておかれるといいのでは。

「プロパガンダ」のP278~の「カルトの教祖になる方法」など笑えます。そこの見出しを列挙しますね。

1 あなた独自の社会的真実を作りなさい
2 グランファルーンを作りなさい
3 不協和の低減を用いてコミットメントを引き出しなさい
4 教祖の信頼と魅力を確立しなさい
5 未救済者を転向させるために信者を送り出しなさい
6 信者たちを「好ましくない」考え方から遠ざけなさい
7 信者の視野を幻に集中させなさい

事実ではなく「幻に集中」(笑)
 
「インターネットはカルトを生む土壌になる。全く意味をなさない事柄でも、そこにあるので人々が寄ってきて、意味をなさないまま、ぞろぞろとサイバー上に人が寄り集まってくるという現象が起こります。」とノーム・チョムスキーが言ってましたが、まさにそれが政治的プロパガンダとして活用されているのに、対抗する側の知識が足りない状態が「今」です。

「影響力の武器」はビジネス本としても有名ですね。

第二章 返報性
第三章 コミットメントと一貫性
第四章 社会的証明
第五章 好意
第六章 権威
第七章 希少性
など
こうしたものを宣伝側が技術として駆使してるのは、「営業・マーケティングの常識」。

参考まで
『影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか』要約
http://d.hatena.ne.jp/cardhero-bu/20100110/1263050442

第八章 手っとり早い影響力――自動化された時代の原始的な承諾
1960年代のあるアメリカのトーク番組での会話。
パイン「そんな長い髪をしてると、女になっちゃうよ」
ザッパ「そんな義足をつけてると、テーブルになっちゃうよ」

「人は何か決定を下すとき利用可能な関連情報をすべて利用するわけではなく、全体を代表するほんの一部の情報だけを使う」

「科学技術の急激な発展により、現代は生み出される情報量、人が扱うことができる情報量ともに爆発的に増えている。人々が重要だと考える問題は、ますます多様かつ短命」

「本当の敵は、自然な状況では簡便反応の手がかりとなるはずの証拠を偽ったり捏造したり不正に提示したりする人々」

一番上のは冗談ですが、これ、「自民党がTPP賛成・消費税増税賛成と言ってるのは左翼・反日」を思い出してしまいます(笑)
⇒正しいことを繰り返し語ろう 2012-10-25 (歴史的恥さらし)
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11388121082.html
魚拓
http://megalodon.jp/2014-0902-0856-28/ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11388121082.html

こちらも「ある程度パターンを知ってて笑い飛ばせる」位でないといけないかもしれませんね。

日本を壊されないために「プロパガンダ批判」がさらに広がることを期待します。

No title

なんでもかんでも「陰謀」を疑うことには反対ですが、逆にすべてを「陰謀論」と呼んで切り捨てることにも反対です。
米ドルの発行権を持つのがFRBという一民間組織というのは私の常識では奇妙な事です。

「準備」の大切さ

国民国家という岩盤要塞を、愛国者の皮を被ったグローバリストが内側から門を開けてしまった状態です。なら、内側から門を開けたのは誰だったのか記録しておくことは重要。

私たちは騙された同胞と共感しあいながらも、内側から門を開けたのは誰だったのか、その方法はなんだったか、記録しなければならない。

毎回同じ手口でやられています。私は小泉も橋下も「愛国で釣って売国」と散々揶揄してきたので、今回の件もその視点で観察することができました。

まだまだ抵抗する壁はあるのですから、失敗を繰り返してはならない。ここに準備としての記録の意味があります。

この無残な状況を記録している人が少ないから、「歴史自体を捻じ曲げよう」と傲慢にふるまう者が出てくる。または思考停止して意図的に曲げられた事実を呑む者が出てくる。自己防衛本能により自説を変更できない者は詐欺的権威者による「物語」から抜け出すことはない。

WJFさんはしっかり記録しているからこそ、素直に先が読めるわけです。変なブロガーの妄想珍解釈が当たったためしはない(笑)。私もプロパガンダを排し確認する作業をしたから総裁選直後から「6条件は守られない、TPP反対派は裏切られた」と警告することができました。それが偉いとかそういう話じゃないんですよね。その方法を伝えてるのに誰もしない。電凸したり一次資料を自分で追いかけていく、それだけ。変な「特定党派に誘導するブロガー」の情報をかき集めても、行先は一緒。政治的背景が一致してるからこそ、「軒並みマイナーな赤池支持で揃ってしまう」んですけど、「御用評論家というビジネスモデル」を想定できない人を騙してる訳です。(俺は赤池じゃなく共産党を支持した、三橋無害、という「コメンター」ですらガス抜きの集団サクラであったのを煽って晒したのがアレの件)

WJFさんも同じパターンで騙されている人に様々な切り口で、時に煽ってみたり、時に権威づけしてみたり、工夫している。論理で追えば理解できるように書いてるから親切。レッテル貼りと妄想一本槍で間違い続けている連中からは「傲慢」とみられたりしてるので、「WJFさんも大変だな」と思います。論理的思考が通用しない(笑)。私はtwitter民だったので、twitterでの論争なども見てたのですが、相当親切だったのに、キチガイ安倍信者がレッテルを貼ってきて大変でしたから、どこも同じだなあと。

「事実関係を巡り検証しようじゃないか」というのが私やWJFさんの立場だと思うのですが、その土俵にはなぜか誰も乗ってこない。詐欺師の仲間連中は「ソース無し妄想論」で対抗してくるのがわかってるからこそ、こちらも殊更にソースを出して論じるのですが、なぜか相手はそのソースには触れないのが興味深いですね。事実などどうでもいいのがわかります。

私など、三橋信者が「アメブロに来い、三橋ブログに来い、こそこそ批判するな卑怯者ガー」云々と口を揃えていうからわざわざ出向いたのに、誰も事実関係で論争しようという人は出てきません。「彼らは事実関係の土俵では負けると解っている」ことを確かめるために煽ったり、丁寧に出たりしているのだけど、スルーされっぱなし。

TPPの事実関係やカルトの事実関係の話をなんで避けるんでしょうね。日本解体の危機なら利害関係は一致しているはずなのに。三橋に粘着云々と連中はいいますが、三橋信者がいなければ三橋批判などもここまでする必要が無いわけです(本当はバカバカしく面倒くさくて仕方がない 笑)。

WJFさんが言う「準備」のためにも、インチキを晒して笑い飛ばしておく必要があるわけです。私も昨日ブログに私も「準備」について書いていました。
⇒TPPを巡る「公約」 何を信じればいいのか
http://ameblo.jp/kknagomi/entry-11927637827.html

『最後に一言付け加えたいことがある。

6条件があるから大丈夫と言っていた方々は今何を語っているだろうか?

「反新自由主義」「反グローバリズム」「反TPP」…誰が闘って、誰が裏切ったか、記録していかなければなるまい。これも「準備」である。これからも私たちは此処に生きていくのだから。』

No title

カツトシのブログのコメント欄にはWJFに否定的なものしかない。
つまりカツトシは恣意的にコメントを取捨選択している。
チャンネルチェリーの真似事をしてるのだろうか。

この時点で言論人としてのフェアプレーの精神がないと言わざるをえない。

当初は愛国心に燃えた青年で見込みがある男だったが、最近の堕落ぶりを見て希望は潰えた。

カツトシにとって最善の道は関係各位に誹謗中傷した事への謝罪及び撤回をすること。
そして情報発信を一切しないこと。
また愛国心を取り戻せた時に、心機一転してやり直せばよい。

取りあえず今は、一日でも早く謝罪及び撤回をし、非礼を詫びる必要があるだろう。
名誉棄損で刑事告訴される覚悟があるなら別だが。

ちいほさん

>それなしには、「自らの理想を語るだけの場所に落ち着いてしまったWJFプロジェクトに価値なし。」という評価は一理あると考えます。それであちらのコメント欄に、KUZUYA様の「WJFは今を放棄している」には同意と書きました。

「WJFが今を放棄している」というクズヤのとんちんかんな指摘に同意されているのには、正直驚きましたが、「WJF信者」 たることをみなさんに求めているわけではないので、批判はよしとしましょう。しかし、私は「自らの理想を語るだけの場所に落ち着いている」つもりはありません。

>WJF様に切実な提言なのですが、2013年前半のような、政局を追った実学的な記事もコンスタントに上げられてはいかがでしょうか?

私が昨年細かいニュースを取り上げていたのは、参院選を控えて、「安倍晋三は新自由主義者ではない」というプロパガンダが蔓延していた(三橋が筆頭になってばらまいていたものです)がために、「安倍晋三は新自由主義者である」という事実を指摘し、衆参のねじれを維持しなければならないという具体的な目的があったためです。

衆参のねじれが解消されている今更、ばかばかしくて、「安倍があれをした、これをした」と目先のことを追っかける気にもなりません。安倍は、参院選前にやるといっていたことを、その通りやっているだけの話なんですから。安倍が参院選に勝って、「WJFざまあ」と言いながら、「保守」の方たちは大喜びしてたんだから、毒を食らわば皿まで、たっぷり安倍の毒を堪能すればいいんです。安倍がどんどんひどい政策をして、支持率を下げればいい。ただし、安倍たたきを口実に、「インチキな仕立て屋」が逃げ果せることだけは、私は絶対に許しません。

私が考えているのは、遅くとも2年後に控えている選挙です。あっというまに2年は経過します。

そのときに備えて、二度と同じ過ちが起きないように予防線を張り、日本人の意識を少しでも改めておきたいと願っています。

安倍政権を生み出してしまった、反省と分析を私たちが終わらせるのには、まだまだ早すぎます。

二年後に備えて、反省と分析をしたためているのであり、根も葉もない理想を掲げているわけではありません。

「インチキな仕立て屋」たちは、すでに暗躍を準備しています。

No title

>正直はやはり最良の策です。
>正直者がバカを見るのはあくまで一時的なことであり、
>最終的に朽ち滅んでいくのは、常に嘘をつく側の人々です。

私が記事アップ当時から今に至るまで、心から同意している大切な一文です。

WJF様に切実な提言なのですが、2013年前半のような、政局を追った実学的な記事もコンスタントに上げられてはいかがでしょうか?
WJF様は政治経済の専門家ではないと思いますが、最近では入管法に関する記事などの質を見ても明らかなように、一時資料にあたり、最速で不偏不党の判断ができるWJF様は、実体経済の分野においてこそ、多くの三橋支持・安倍批判派より優位に立てるのです。
それなしには、「自らの理想を語るだけの場所に落ち着いてしまったWJFプロジェクトに価値なし。」という評価は一理あると考えます。それであちらのコメント欄に、KUZUYA様の「WJFは今を放棄している」には同意と書きました。
三橋批判記事の割合が多いというだけで、事実云々よりも中庸を重視してしまう人から邪魔だてされてしまうのが現実です。

「うるさい、あっちいけ」かもしれませんが、私は「冷笑家」ではありませんので、あっちへは行けません。
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WJFプロジェクトは、日本の主権、伝統、国柄を守る保守的な観点から、安倍政権が推し進めるTPP参加、構造改革、規制緩和、憲法改正、安保法制、移民受入などのグローバル化政策に反対しています。
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蓮舫の二重国籍問題のジレンマ

違う入り口を選んだハズなのに、ドアを開けると、同じ出口につながっている。
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