「ピュシス」(自然)と「ノモス」(人為)

人為を相対化する、日本の二重の権力構造。
ギリシア哲学に、「ノモス(nomos)」と「ピュシス(physis)」という概念があります。 「ノモス」は、法律や制度や慣習や政治など「人為」的なものを、「ピュシス」は、あらゆる人為的なものを超えた「自然」を表す言葉です。

「ノモス」

法律、習慣、制度の意味。ソピステス(ソフィスト)では道徳や宗教もふくめて、ひろく人為的なものをいう意味が加わった。ソクラテス以前のいわゆる自然学者たちの求めたのはピュシスであったが、それは我々人間から離れて独立してあるもので、人間のどうすることもできない真にあるものであった。ピュシスのもつ人間の介入を許さないというこの点に目を付けて、これにノモスという言葉を対立させ、「ピシュス」対「ノモス」をはっきりと「自然」対「人為」の意味にとって、ギリシア哲学に新しい空気を醸し出したのがソピステスである。

(出典: 平凡社『哲学事典』より「ノモス」の項)

「ノモスとフュシス」

前者は「法律や習俗」、後者は「自然本来のもの」(人為によっては動かされぬ必然的なもの)を意味するギリシア語。この両者が対立カテゴリーとして登場したのは、アテネにおいてである。法は神聖であり正義と幸福(利益)は一致するものとされたが、法律の度重なる改変や周囲の実情に影響されて、かつては絶対視されていたノモス的なるもの一般の相対性や正義と利益の相反が鋭く自覚されるようになった。当時ソフィストたちは制度や価値は本来ノモス的なものか、それともフュシス的なものかを問題とし、神や正義さえもフュシス的性格を奪われてノモス的なものの領域に組み入れられるにいたった。

(出典: 『ブリタニカ百科事典』より「ノモスとフュシス 」の項)

古代アテネの弁論家、言論人たちは、絶対視されがちだった政治や法律や慣習など「ノモス」(人為)に、「ピュシス」(自然)を対置させることによって、「ノモス」(人為)的なものの相対化を図りました。

共産主義のように、人間が「ピュシス」(自然)を離れて、「ノモス」(人為)を絶対化する時代もあれば、ファシズムのように、「ピュシス」(自然)と「ノモス」(人為)を、安易に一体化させる時代もありました。

ひるがえって、日本では、天皇がみずから政治に携わる親政の時代は極めて例外的であり、「ピュシス」(自然)と「ノモス」(人為)を媒介する祭司である天皇と、実際の政治(ノモス)を司った太政官や幕府との、二重の権力構造が存在し、「ピュシス」(自然)の側に立つ天皇の存在によって、政治=「ノモス」(人為)の絶対化を食い止める仕組みが確立されていました。

しかし、「安倍さんを信じよう」などという言葉が飛び交い、「右翼VS左翼」という「人為VS人為」の二項対立の中で、特定の政治家や言論人が、神格化されがちな現代の日本を見渡すとき、果たして、日本人は、日本という国や日本人の信仰を支えてきた「ピュシス」(自然)の存在を忘れているのではないかという疑念が湧いてきます。

「ピシュス」(自然)に立ち返るならば、やはり人の世のもろもろの事象「ノモス」は相対化されていくのです。

当ブログでは、「二元性」という言葉によって「ノモス」(人為)的なものを、「多元性」という言葉で、「ピュシス」(自然)的なものを指しています。

「二元性」は「多元性」によって点検・吟味され、相対化されなくてはなりません。

それが日本の伝統なのですから。
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