「愛国者」の二つの意味

二つの圧力に抗するただ一つの方途。
※この記事は、旧ブログの記事「愛国者」の二つの意味(2013年1月31日)の再掲です。

「愛国者」という言葉には二つの意味があると思います。私たちは、次の二つの意味において「愛国者」でなくてはならないと思います。

一つは、「中華」の国々から向けられる「日本が嫌い」という反日的な憎悪やプロパガンダに対して、「日本が好き」という意味での「愛国」で対峙しなくてはなりません。

もう一つは、アメリカや、大企業や、国際金融資本から向けられる「『国家』という枠組みが邪魔」と考える勢力の策謀に対して、「『国家』という枠組みは大切だ」という意味での「愛国」で対峙していく必要があります。



安倍晋三氏や櫻井よしこ氏や自民党の主流に見られる「親米保守」という立場の人々の弱点は、「中華」の脅威ばかり強調して、アメリカに迎合するあまり、「日本は好きだが、国家という枠組みはそれほど大切ではない」と(実質的には)考えてしまう点です。TPPに参加すべきだとか、道州制を導入すべきだという彼らの発言に、このことは、はっきりと現れています。



私たちは彼らが「日本が好き」と発言をする片側の面だけを見て、「愛国者」と誤解しがちですが、「『国家』という枠組みを守っていく」という意味の「愛国心」が欠けているという、もう一つの面を見落としがちです。これでは片手落ちの「愛国心」です。

アメリカと「中華」は、対立するどころか、今後ますます融和を深めていきます。そして、「日本が嫌い」という勢力と、「『国家』という枠組みが邪魔」と考える勢力は、混然と一つになって日本を包囲していきます。「国家」という枠組みを解体させていこうとする圧力は、これまで以上に強く加わっていきます。

その圧力に抗して、日本を守っていくには、私たちは上の二つの意味で確固たる「愛国者」でなくてはなりません。

従って、「中国が脅威だから、日米同盟を深めよう」という考えでは、これからの日本を守り続けていくことはできません。

アメリカにも「中華」にも傾斜しない、第三の道を進もうとする政党や政治家が今後立ちあがらなくてはなりません。第三の道とは、日本人が自らのもっている高いポテンシャルと日本文明の独自性に気づき、自分たちの高いポテンシャルを十分に発揮して自力で国を守り、国家として自立していく道です。そのためには、もっともっと多くの国民がそういう認識に変わっていかなくてはならないと思います。

現在、TPPや道州制の推進を賛成している政党がほとんどであることを見ても、また、日本人の多くが戦後教育の中で洗脳されてしまっていることを見ても、日本の生き残りをかけた、この「第三の道」の開拓は、険しいいばらの道となることを私たちは覚悟しなくてはなりません。それでも日本が生き残るためには、ここにしか活路はありません。
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訂正

>この中核組織は、もちろん「安全保障理事会(安保理)」であり、常任理事会の事務局長である事務総長など、単なる事務方のトップであるに過ぎません。むろん、"UN"の決定権は安保理の常任理事国五ヶ国である、連合国の主要国が握っているわけで、「核拡散防止条約(NPT)」と称されているものも、その本音が「連合国主要五ヶ国による核兵器の独占体制」であることは、論を待ちません。

の「常任理事会の事務局長である事務総長など」は、「UN事務局の代表である事務総長など」と訂正させてください。

この「定説」に敢えて異論をぶつけてみましょう。

>明治維新による近代化によって日本は西洋の植民地になることからまぬがれたと信じられていますが、そもも
>そ西洋化・近代化が、西洋による「同化政策」によるもう一つの植民地化であったとするならば、どういうこ
>とになるでしょうか。
>
>つまり、植民地には二種類存在したことになります。
>
>1. 同化政策(近代化・西洋化)をともなわない植民地
>2. 同化政策(近代化・西洋化)を伴う植民地
>
>すると、他のアジア・アフリカ諸国に先駆けて「二番目の植民地化」を真っ先に被ったのが日本であり、他の
>アジア諸国をも、「二場面の植民地化」する手先として利用された。第二次世界大戦後、日本の奮戦のおかげ
>で、アジア・アフリカの各国も「独立できた」と信じられているが、実際には、近代的国民国家を樹立すると
>いう「同化政策」(西洋化)を被ったのにすぎないのであり、全世界は所詮は西洋の「二番目の植民地」になり
>、国際連合に組み込まれたということになります。

もちろん、この通りです!

"既にアジアを植民地支配していた欧米列強(ヨーロッパ列強とアメリカ)によって、日本もまた植民地化を迫られ、それを回避する手段としての欧米列強勢力への「参加」を余儀なくされ、そのことでヨーロッパとアジアとの間に立たされてしまい、本来的には不本意ながらの帝国主義政策によって「アジアを侵略する」という立場に追い込まれ"

というのは、簡単に言えば大日本帝国というのは、「英米を主力とする欧米列強の手先」として、「アジア侵略の下請」をさせられた「下請会社(ならぬ下請国家)」だったということで、このために欧米列強からは「極東の憲兵」とよばれて重宝がられたわけです。

確かに、当初は「やむなく帝国主義」であったでしょうが、次第に「帝国主義の魅力?」に染まって行ってしまって、欧米列強帝国主義の追従帝国主義(日本帝国主義)になってしまったんですね。

実際には、「英露戦争」の代理戦争であった日露戦争もそうですし、その主要因ともなった1900年の北清事変(北京の55日)では、まさにこの「極東の憲兵」が最大限に活用されたわけですから。

つまり、植民地化を免れたとはいっても、それはあくまでも、

>1. 同化政策(近代化・西洋化)をともなわない植民地

を免れたに過ぎず、

>2. 同化政策(近代化・西洋化)を伴う植民地

となったことで、まさに「欧米列強の手先」となって

>他のアジア・アフリカ諸国に先駆けて「二番目の植民地化」を真っ先に被ったのが日本であり、他のアジア諸国をも、「二場面の植民地化」する手先として利用された。

というわけですね。

もっとも、

>他のアジア諸国をも、「二場面の植民地化」する

とはいっても、アジアの大半は日本以前に既に欧米列強の植民地にされていたわけなので、まだ残っていた台湾や朝鮮を「二場面(番目)の植民地化」する手先に使われた、ということですね。

アメリカが、日本の朝鮮統治とアメリカのフィリッピン統治とを交換条件として相互承認しよう、と持ちかけて妥結したのは、このことだったわけです。


>第二次世界大戦後、日本の奮戦のおかげで、アジア・アフリカの各国も「独立できた」と信じられているが、
これが、田母神などがその典型である、日本の右派勢力が信奉している「大東亜戦争聖戦神話」なるものです。

確かに、ごく一部の日本人軍民は、大日本帝国の敗戦後もアジアの現地(インドネシア、ベトナムなど)に残留して、現地人と共に舞い戻ってきたヨーロッパ植民地帝国主義勢力(インドネシアはオランダ、ベトナムはフランスで、この両者を英国が支援していた)との独立戦争を戦いました。

しかし、大日本帝国という国家とその主流勢力は、あくまでも「英米を主力とする欧米列強の手先(極東の憲兵)」に端を発して、次第に力を付けて(これが「日本帝国主義」の生成)親分の欧米列強とも利害対立するようになり、これが中国での利権争いで決定的となって、欧米列強による対日経済封鎖(ABCD包囲網)となり、ついに激突=大東亜戦争、となったわけです。

従って、大東亜戦争の主たる性格は、欧米列強という帝国主義の大先輩と後輩の大日本帝国がアジアの支配権(植民地支配権)を争った「帝国主義戦争」であって、「アジアの解放」というのは、ズバリ言えばキレイ事のプロパガンダです。

ただし、前記した「ごく一部の日本人軍民」は、アジアの人々と本気で「アジア人のアジア」を創るために戦った人たち、であったことは間違いないのです。

ところが、これを体よく自分たちの「大東亜聖戦」主張に上手く利用しようとしているのが、田母神などの日本の右派勢力という、本音では欧米列強帝国主義の亜流に過ぎない連中(いわゆる「日本の(従米)保守」勢力)、というわけです。

>実際には、近代的国民国家を樹立するという「同化政策」(西洋化)を被ったのにすぎないのであり、全世界は
>所詮は西洋の「二番目の植民地」になり、国際連合に組み込まれたということになります。

要するに、第二次大戦で「邪魔者」を退けたので、世界は連合国支配(欧米列強支配)体制となった、というわけです。

そして、この連合国内の二大勢力が覇権を争うようになった体制が、「東西冷戦・米ソ冷戦」と呼ばれている「グローバリズム(資本主義)対インターナショナリズム(共産主義)の抗争」体制だった、というわけで、すなわち、全世界が連合国の右派(グローバリズム派)と連合国の左派(インターナショナリズム派)に否応なく組み込まれた、ということだったわけです。

その結果、連合国の右派(グローバリズム派)が勝利して、現在のような世界になっているのはご存知の通り。

「国際連合」とは、日本でだけそう呼ばれて通用している(外務省による)「誤訳名称」にすぎず、もちろん、"United Nations"は「連合国」が正訳です。

ただ、「第二次大戦中の連合国」は暫定的な軍事同盟という性格のものだったので、その勝者となった連合国が、第二次大戦後の世界を共同管理する目的で創られた大戦後の固定組織としての"United Nations"は、「連合国世界管理機構」とでも日本語訳すれば、文字通りにその実態に即した名称となるでしょう。

この中核組織は、もちろん「安全保障理事会(安保理)」であり、常任理事会の事務局長である事務総長など、単なる事務方のトップであるに過ぎません。むろん、"UN"の決定権は安保理の常任理事国五ヶ国である、連合国の主要国が握っているわけで、「核拡散防止条約(NPT)」と称されているものも、その本音が「連合国主要五ヶ国による核兵器の独占体制」であることは、論を待ちません。



松本英志さん

>日本の立場がドイツよりもはるかに困難であるのは、既にアジアを植民地支配していた欧米列強(ヨーロッパ列強とアメリカ)によって、日本もまた植民地化を迫られ、それを回避する手段としての欧米列強勢力への「参加」を余儀なくされ、そのことでヨーロッパとアジアとの間に立たされてしまい、本来的には不本意ながらの帝国主義政策によって「アジアを侵略する」という立場に追い込まれながらも、同時に、アジアを植民地支配している欧米列強勢力(ヨーロッパ列強+アメリカ)と戦わざるを得なくなったから、だったのです。


この「定説」に敢えて異論をぶつけてみましょう。

明治維新による近代化によって日本は西洋の植民地になることからまぬがれたと信じられていますが、そももそ西洋化・近代化が、西洋による「同化政策」によるもう一つの植民地化であったとするならば、どういうことになるでしょうか。

つまり、植民地には二種類存在したことになります。

1. 同化政策(近代化・西洋化)をともなわない植民地
2. 同化政策(近代化・西洋化)を伴う植民地

すると、他のアジア・アフリカ諸国に先駆けて「二番目の植民地化」を真っ先に被ったのが日本であり、他のアジア諸国をも、「二場面の植民地化」する手先として利用された。第二次世界大戦後、日本の奮戦のおかげで、アジア・アフリカの各国も「独立できた」と信じられているが、実際には、近代的国民国家を樹立するという「同化政策」(西洋化)を被ったのにすぎないのであり、全世界は所詮は西洋の「二番目の植民地」になり、国際連合に組み込まれたということになります。

日本とドイツ、「戦後日本」が本来、歩むべきであった道とは?

●ドイツ、日本という両敗戦国の根本的な立場の違い

日本とドイツは、第二次大戦で米英(英米)と戦って共に敗北して敗戦国となった、という点では共通していますが、日本とドイツの戦争の土台となっていたものは、根本的に異なっていたのです。

それは何かといえば、日本はアジアに位置する国であり、ドイツはヨーロッパに位置する国である、ということであり、この当時のアジアとヨーロッパとの最大の違いとは、当時のアジアは(ヨーロッパ(と一部アメリカ)というアジア域外勢力に支配された)植民地であったのに対して、ヨーロッパは(ヨーロッパ域外の勢力に支配されていた)植民地ではなかった、ということです。

もしも、当時のヨーロッパがイスラム勢力などに支配されていた植民地であって、ドイツがそのイスラム勢力と戦った戦争であり、そしてイスラム勢力に敗北して敗戦国となっていたとしたから、ドイツの立場は日本の立場とほぼ同じ、ということになったでしょう。

そもそも、ヨーロッパがヨーロッパとしての地位を確立したのは、イスラム勢力をヨーロッパから駆逐することができたからだったのです。

つまり、あのヨーロッパもその地位を確立する以前は、第二次大戦当時までのアジアと似たような状況、だったのですね。

ここで話を戻すと、ヒトラーのドイツが戦ったのは、あくまでも同じヨーロッパ域内の国々であったわけで、それに対して、日本(大日本帝国)が戦ったのは、(中華民国を除けば)同じアジア域内の国々だったのではなく、アジアを植民地支配していたヨーロッパ列強諸国とその分派であったアメリカ、という西欧勢力だったのです。

日本の立場がドイツよりもはるかに困難であるのは、既にアジアを植民地支配していた欧米列強(ヨーロッパ列強とアメリカ)によって、日本もまた植民地化を迫られ、それを回避する手段としての欧米列強勢力への「参加」を余儀なくされ、そのことでヨーロッパとアジアとの間に立たされてしまい、本来的には不本意ながらの帝国主義政策によって「アジアを侵略する」という立場に追い込まれながらも、同時に、アジアを植民地支配している欧米列強勢力(ヨーロッパ列強+アメリカ)と戦わざるを得なくなったから、だったのです。

●大東亜戦争当時と敗戦後の日本を巡る構図

ドイツの場合には、対等なヨーロッパ国家どうしの戦争でしたから、単に国家間の力のあるなしの問題なので、その構図はシンプルなものです。

しかし、日本の場合には戦った相手が、欧米列強の半植民地となっていながら、その庇護下にあって連合国の一員となっていた中華民国を除けば、アジアの地でアジアを支配していた欧米列強であった、という複雑にねじれた戦争の構図だったのです。

この日本の戦争(大東亜戦争)の構図をもう少し整理してみると、日本 VS アジアの一国にして連合国の一員となっていた中華民国+連合国(ヨーロッパ列強とアメリカ)という構図、だったわけで、すなわち、中華民国という「例外」を除けば、アジアでの戦争でありながら、日本が戦った相手は「(まだヨーロッパの植民地となっていた)アジア諸国」ではなかった、のです。

従って、この大東亜戦争の当時国を分類してみれば、

①日本(大日本帝国)
②連合国=欧米列強諸国(ヨーロッパ列強諸国とアメリカ)
③連合国の一員となっていたアジア諸国=中華民国
④連合国の植民地であった多数のアジア諸国

となり、その交戦国は、① VS ②+③ となって、④はこの両者の戦場となった(まだ独立前の)国々

ということになります。

そして、日本の敗戦後、日本を「侵略国」として糾弾しているのは②と③(から政権を奪取した中共)であり、ここに、当時は①である日本の一員であって、戦後に連合国の一員となった「朝鮮(韓国)」が加わり、④は総じて①には好意的、という構図があるわけなのです。

この「戦後」の日本を巡る構図を分類してみれば、

(1)日本(アメリカの統治下)
(2)連合国=欧米列強諸国(ヨーロッパ列強諸国とアメリカ)
(3)連合国の一員となったアジア諸国=中華民国(台湾)、しかし中共に中国から追い出される
(4)連合国の一員となったアジア諸国=中華人民共和国(中共)
(5)連合国の一員となったアジア諸国=大韓民国(韓国)
(6)連合国の一員となったアジア諸国=朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
(7)段階的に独立した多数のアジア諸国

となり、この内で日本を「侵略国」として糾弾しているのが、(2)と(4)(5)(6)から成る「特亜諸国」であり、(3)と(7)は、基本的には日本に対して好意的なのです。

※(3)は、中華民国という「国家」は反日でも、その「国民」となることを強要された台湾人は、圧倒的に「親日」です。

●ドイツが融和すべきだった相手と、日本が融和すべきだった相手は、根本的に性格が異なる

このように分析してみれば、ドイツが主としてフランスと融和することで、ヨーロッパの一員に復帰したことに対して、日本がアジアの一員に復帰(というよりも参加)するためには、その融和すべき相手は(4)(5)(6)なのではなく、(3)と(7)である、というように解釈できるのです。

すなわち、既に成立していたヨーロッパという域においては、ドイツの立場があくまでもその一員への復帰であったのに対して、何百年にもわたるヨーロッパの植民地支配下にあったアジア(ヨーロッパ領アジア)の場合には、これから成立する「アジア人のアジア」の域においては、日本の立場はその一員への「復帰」なのではなく、他の独立した新興のアジア諸国と共に、「アジア人のアジア」への新たなる「参加」となるのです。

そして、この「アジア人のアジア」への参加を共にするパートナーとは、「連合国」の一員となっている「アジアの裏切り者=特亜諸国」(4)(5)(6)なのではなく、(3)と(7)からなる新興アジアの多数派諸国、なのです。

このことがまた、明治以来、不本意ながらも「欧米列強白人」に追従してきた日本の、真にアジアの一員としての新たなる門出、でもあるのです(これこそが、アジアの敵「中華帝国主義」に対する、「真の意味での興亜」です)。

このように、ドイツと日本の立場とは、その土台からして根本的に異なっているのであり、よって、共に敗戦国となったことで、融和せねばならなくなった相手も、全く異なっており、ドイツの場合は戦争で敵対したフランスが主であったのに対して、日本の場合には、対戦相手ではなく、当時はまだ植民地として除外されていた(3)を含む(7)なのであり、戦後に「連合国」となって日本に敵対し続けている(4)(5)(6)などではないのです。

ところが、この理屈が「戦後の日本人」には全くわかっていないので、全くピント外れに(4)(5)(6)との融和(屈服)ばかり考えて、肝心の(3)を含む(7)という、本来の「融和」というよりも「真に連帯」すべき相手のことを、全く度外視してしまっているのです。

●「戦後日本」が本来、歩むべきであった道

もしも、敗戦国となった戦後の日本が、支配国となったアメリカの妨害を潜り抜けて、それこそ「戦後70年」という長い時間と労力をかけて、(3)を含む(7)との連携をしっかりと創り上げてきていたならば、今の日本の立場は全く違ったものとなっていたでしょう。

何故ならば、日本には、(3)を含む(7)という日本に好意的である、多くのアジアの友人たちがいることで、アメリカや旧ソ連、西欧諸国という白人勢力の「連合国」、そして中共を親玉とする韓国、北朝鮮という「特亜」の日本叩きに対しても、アジアの友人たちと共に、しっかりと向き合って行くことができたからです。

これを図式化してみれば、

連合国(アメリカ、旧ソ連、西欧諸国)+「反日アジア諸国=特亜諸国」VS 日本+「親日アジア諸国」

となり、アジアの大半を占めているのは、実は「反日の特亜諸国」などではなく、圧倒的に親日なアジア諸国である、という歴然たる構図が見て取れるのです。

では、何故、こんな当り前のことがわからなかった(今でもわからない)のかといえば、戦後日本人が、自身がアジアの一国(アジア人)でありながら、アメリカと「特亜諸国」(そして、旧ソ連と西欧)のことしか頭になく、「アジアを基点にものを考える」ということが全くできていなかったから、なのです。

この根底には、近代日本人の精神構造というものが、擬似白人(名誉白人)化してしまっていて、敗戦後になってすら、自分たちが白人(白色人種)ではない「黄色人種」であるアジア人である、という自覚を持つことができていないから、と見做さざるを得ないのです。

であるから、「連合国」という白人勢力の力をかさにきている、その子分である「特亜諸国」には卑屈になってしまうのです。そのくせ、本心では見下しているために、余計に腹に据えかねることとなってしまい、ひたすら「特亜憎し」で、白人のアメリカにはへいこらしながら(白人コンプレックス、で)、特亜叩きにばかり、やっきとなっているわけなのです(これこそが「親米(従米)保守」の精神構造)。





日本の栄光への道さん

歴史問題に関する異議申し立てが、なぜか、反中・嫌韓・親米という形をとる「保守」の欺瞞と自己矛盾については私もかねがね危惧するところであり、下の記事でその問題点を指摘しています。

http://wondrousjapanforever.blog.fc2.com/blog-entry-189.html

No title

ありがとうございます。

一部を抜粋しただけなので、この記事全文や他の関連記事を読まれれば、田中宇氏のいつも書いている内容が分かるかと思います。

彼はやはりアメリカの政治の裏、といえばユダヤ勢力の分析が一番の専門で、中国にユダヤ資本家が集まっているという情報も書かれています。
中国とアメリカのユダヤ勢力がもはや同体であることをたびたび書いています。

歴史的事実は日本が濡れ衣を着せられていることをはっきりと書いています。

そんな中、WJFさんの書かれた独立した日本を確立すること、真実を世界に表明することが、実際に実現するための方策が急務です。

真実を世界に表明すること、というのが、この記事からは政治家がわざと対米従属を続けるために利用しているだけで、本気でそうしようとしているわけではない、という見方と取れますね。

でも、それを実現することこそが本当に必要なことだということで、載せさせて頂きました。

日本の栄光への道さん

田中氏の書かれた原文を拝見したわけではありませんが、その趣旨は、鳩山由紀夫がめざした政策と同じものであると読み取りました。つまり、東アジア共同体の実現による中国との融和や一体化によって、対米自立を目指すという戦略です。

EUの実現によって、ドイツが敗戦国でありながら、アメリカに対する対等な発言力を手に入れたように、日本は東アジア共同体の実現と中国との融和や一体化によって、アメリカに対する対等な地位を手に入れることができる。そのためには、戦勝国史観を、従来通りに戦略的に黙って受け入れようということですが、この考え方にはいくつかおかしな点があります。

まず第一に、そもそも中国という国は、本当にアメリカに対する独立性を保持した多極の一つなのかという問題です。実際に私たちが近年目にしているのは、アメリカと中国の融和と接近、あるいは、グローバル国家として、この二国がもともと持ち合わせている親和性です。

そもそも冷戦終結以降加速化したグローバリズムの実態とは、中国を筆頭とする旧共産主義国家の中に温存されていた安価な労働力が西側の資本に開放されていったプロセスです。特に90年代のクリントン政権が推し進めた米中の融和は、安価な労働力の活用の上に成り立つIT革命と、IT革命に支えられた金融資本主義への傾斜を促しました。米中の融和がグローバリズムの実態である、とするならば、中国に傾斜すれば、アメリカのグローバリズムから逃れられると考えるのはナンセンスです。

第二に、ドイツがEUに参加するのには、歴史的な必然性があります。西ヨーロッパは、ローマ帝国としても、フランク王国としても、神聖ローマ帝国としても一つの有機体を形成していた過去の来歴があります。ドイツは、神聖ローマ帝国として、カール大帝以来、ローマ帝国を継承した国です。そのドイツがEUに参加し、その中心を占めることは歴史の必然です。

しかし、日本が東アジア共同体なるものを形成して、中国と一体化することにどれだけ歴史的な必然性があるのでしょうか。日本は確かに文化的に中国から多くを負っています。しかし、ハンチントンが『文明の衝突』において、日本を独立した世界文明の一つと見なしたように、縄文文明以来、日本は中国とは切り離され独立した一つの極です。アメリカの支配から逃れんとして、中国に傾斜するというのは、あまりに安易な発想です。

第三に、戦勝国史観を唯々諾々と受け入れれば、アメリカからの自立が果たされるならば、日本はこれまで唯々諾々と戦勝国史観を受け入れてきたわけですから、対米自立はとっくに果たされているはずです。

中国の脅威からのがれんとして、アメリカに傾斜することも、アメリカの支配から逃れんとして、中国に傾斜することも、いずれも賢明な戦略とは思われません。何も、アメリカや中国の二国を敵に回してけんかをしようという話ではない。二国の間にたち、二国と等しい距離を保ちながら、平和にしかし毅然と、静かに日本の主権を守り続ける。それはそんなに難しい話なのでしょうか。

国際政治と歴史的真実の両立を目指したい

田中宇 国際ニュース解説
ドイツの軍事再台頭
http://tanakanews.com/140227german.htm

私はこの人の国際政治分析は10年近くも前から読んでいますが、アメリカの政治の裏を専門的に研究している人なので、主に中東についての情報が知りたくて読み続けてきました。
(彼は中国よりだと批判されていますが、分析そのものは決してそういうものではなく、私の目にはただほんの少し、別の発言で在日中国人っぽいと思うところも見受けられますが・・・。)
メディアが操作されすぎて見えない中東に関しては、裏の分析情報が本当に当たっていて、かなり情報を楽しみにしてしまいます。

そんな中、こんな記事がありました。私はいくら国際政治で国益になると言えども、第二次世界大戦で300万人という、本当は世界で最も実数で犠牲者を出した日本人として、戦勝国史観を受け入れるのは絶対に嫌だと思います。真実こそを伝えるのが日本の役目だと思います。

どうしていけば良いのでしょう。皆さんに共有させて頂きたく思い、以下少し抜粋します。

“ドイツが軍事的な自制をやめていくことは、ドイツがフランスや他のEU諸国と国家統合し、統合されたEUが、米国の世界支配体制から脱却し、米覇権衰退と多極化に適合し、世界の極の一つになっていくことを意味している。対照的に、日本の軍事拡大や、戦犯扱いへのいまさらながらの反発は、対米従属策の一環として中国や韓国を怒らせるためのものだ。ドイツは、米国の衰退に合わせて自立していこうとしているが、日本は、米国の衰退に目もくれず、対米従属に固執している。”

“ドイツや日本のような敗戦国が、米国に再戦争をいどまずに大国になろうとするなら、濡れ衣であっても、東京裁判史観やホロコーストの「罪」を受け入れるしかない。語られている歴史が「事実」かどうかは、国際政治的に重要でない。戦勝国が「史実」だと言ったことが「史実」になる。それが今の国際政治だ。その点、ドイツは賢い。国家として、戦勝国が決めた「史実」をすべて受け入れ、フランスとの国家統合、つまり独仏が二度と戦争できないように統合してしまうことまでやって、再びドイツが欧州の中心で、世界の極の一つである状態へと、そろりそろりと向かっている。

ドイツ人の中には、ホロコーストなど戦勝国史観を濡れ衣と思っている者が多いようだが、民間の個人がどう考えていようが、国家として戦勝国史観を受け入れていれば、国際政治的には良い。日本が再び大国になろうとするなら、国家として、戦勝国史観を受け入れ続けるしかない。国家の要人たちが、戦勝国史観の受け入れ拒否を、いまさら蒸し返して表明しているのは、国際政治的に、愚策以外の何者でもない。戦勝国史観拒否は、日本を弱いままにして、対米従属以外の道をとれないようにするための、対米従属派の策であるともいえる(米国にも批判される点で失策だが)。”

ちなみに彼は南京虐殺等は歴史的事実ではなく濡れ着だとはっきり書いています。あくまでも国際政治で日本がやわでいてはいけないという趣旨でいつも書かれています。

東谷さんと施さんの対談

TPPではアメリカの言いなりになりたくてなっている 要するに故意の失策であるという阿部政権の本質を認識した上で対談して頂きたい。

No title

東谷さんと施さんのライブトークの最後の方で国民が訴えるところは政治家しかいない 官僚はアメリカに睨まれたら出世できないし、首はとばない。政治家は落選という恐怖があるので国民の声を子孫の生活を守るため覚悟を決めて地道に積み上げていくしかない。と話されていましたが最後まで諦めないで訴えていくしかないのかもしれません。
それとメールよりFAXの方が効き目があるようなのでFAXに切り替えたいと思います。

TPP 黒い条約

TPPは自由貿易ではなく特定の利益集団による管理貿易である
怒りの東谷さんと施さんの話です。
東谷さんはもうチャンネル桜に出ないんだろうな。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=hRZiVpNEG18

No title

>安倍晋三氏や桜井よしこ氏や自民党の主流に見られる「親米保守」という立場の人々の弱点は、「中華」の脅威ばかり強調して、アメリカに迎合するあまり、「日本は好きだが、国家という枠組みはそれほど大切ではない」と(実質的には)考えてしまう点です


彼らがそこまで頭が良いとは思えないのですが……
TPPにしろ、郵政民営化にしろ、新自由主義にしろ、移民国家化にしろ、
「日本と日本人は絶対に勝つる!」
と狂信しているとしか思えません

つまり、彼らはこれらの政策を「国家の枠組みを危うくする政策」とは全く夢ほどにも思っていないのでしょう

馬鹿な安倍信者などその典型例ですが、例えば管理人様がどんなに口を酸っぱくしてTPPなどの危険性を説こうとも、
「民主党は交渉力が無かったからTPP参加はダメだが、自民党は交渉力があるから安心できる」
みたいにほざいていました

安倍晋三や自民党に「交渉力」が在るか否かについてはここでは置いておきますが、
事が「外交交渉」である以上「100%完全勝利」なんて有り得るはずもなく、どんなに交渉力が在ろうとも「多少の譲歩」は強いられるのが普通です
つまり、何かしら日本の大事な物を売り渡さなければならないと言うのに、彼らにその辺りの自覚は全くありませんでした

櫻井よし子なども、その辺りの危険性を全く考えた事も無いようです

とすると、彼らは「交渉力」を持つ安倍晋三や自民党政権がTPP交渉の主導権を握れば、「100%完全勝利」が有り得ると狂信しているとしか思えません

彼らは「日本人は優秀だから」、TPPも乗り越えていけるだろうみたいに甘く考えているのでしょう
この意味で彼らは「国粋主義者」であり「民族主義者」であります
どんなに「優秀」であったとしても、乗り越えられる壁と、乗り越えられない壁というのはどうしても在るはずなんですが、
彼らに言わせると「日本人の優秀性」を疑うような奴も、「反日」で「ブサヨ」なんでしょうね

英語では「国粋主義者」「民族主義者」「国家主義者」「愛国者」などは全て同じ「nationalist」と呼ばれますが、その実状は全く異なります

国粋主義者が必ずしも愛国者であるとは限りませんし、
愛国者が必ずしも国粋主義者であるとは限りません

同じく民族主義者だからって愛国者とは限りませんし、その逆も然りです

管理人様は、彼らと国粋主義者と違って「国家主義者」なのでしょう
失礼に聞こえましたら先にお詫びしますが、ここで言う「国家主義者」には悪い意味は全く含まれておりません
国家の枠組み、言い換えれば「国家主権」を最大限に擁護するという意味では、国家主義者になるというだけです

ナチスの強制的同一化を見れば解りますが、民族主義(もしくは国粋主義)と国家主義は決してイコールにはなりません

記事の動画化

この記事を動画(音声版)にして、ニコニコ動画に投稿しました。

「愛国者」の二つの意味
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21642219
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蓮舫の二重国籍問題のジレンマ

違う入り口を選んだハズなのに、ドアを開けると、同じ出口につながっている。
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