ソースを確かめることの大切さ

知的に誠実であるために。
ネットで流布されている情報には、いい加減なものや、誤ったものが多いため、動画を作るときも、記事を書くときも、誰かが言っている意見を鵜呑みにするのではなく、一次ソースを確認するようにこころがけています。

安倍政権が「救国政権などではない、ただのグローバリスト政権だ」と政権発足直後に気づくことができたのも、おそらく、この習慣があったためです。

自民党の「J-ファイル2012 自民党総合政策集」に「道州制」が掲げられていたことから、安倍晋三が、第一次安倍政権時の新自由主義の構造改革路線を何も変更していないこと、安倍政権がTPP交渉参加に踏み切ることは明らかでした。

一次ソースが「安倍政権は構造改革推進のグローバリスト政権である」とはっきり示していたので、チャンネル桜の名の知れた言論人がどんなに「安倍政権は救国政権である」と主張しようと、その主張が嘘であることを簡単に見抜く事ができましたし、「安倍政権が通名を廃止する」というネット上で流布されている話が嘘であることも、一次ソースを確認すれば、簡単に確かめられることでした。

安倍政権を批判するようになる人々の中には陰謀論に傾斜していく人たちも多いのですが、私が陰謀論を好きになれないのは、その中に一次ソースによって確認できない主張も多く含まれているためです。

陰謀論の主張が全て誤りだというのではなく、ソースによって真偽が確認できない主張に対しては、判断を留保する慎重な姿勢を崩すべきではないと思います。陰謀論をそのまま鵜呑みにする姿勢も、陰謀論を頭から否定してしまう姿勢も、共に知的な態度ではないと考えています。

自分の目でソースを確認せずに、特定の権威づけられた人々の言葉や、多くの人々が信じている意見を鵜呑みにしてしまうとき、私たちは大きな誤謬へと誘導されることになります。

ところで、先日、リフレ派の言論人やKAZUYA批判で知られるカツトシさんを紹介させていただきましたが、最近、下のようにツイートされており、私は少し驚いています。



カツトシさんによれば、「WJFプロジェクトは共産党支持だ」というのですが、彼は何を根拠に、そのような判断に至ったのでしょうか。

確かに、WJFプロジェクトは、昨年の参院選前には、「参院選は政権を決める選挙ではないので、自民党の暴走を止めるためには、共産党に投票してでも衆参のねじれを維持すべきである」と述べたことはありますが、「共産党を積極的に支持する」と述べたことはありません。

あるいは、カツトシさんは、ソースを確認することもなく「WJFプロジェクトは共産党支持である」というネット上でアンチの人々が流しているデマをそのまま鵜呑みにしたということなのでしょうか。

もしそうであるならば、カツトシさんは、「KAZUYAは2chのタイトルを読み上げているだけだ」とか「KAZUYA信者はB層だ」と笑う資格はないことになります。

一次ソースを確認して、事実を元に自分の考えを批判的に組み立てることは、知的に誠実であろうとする人間の基本的な所作だからです。

また、誰かの意見よりも一次ソースを重んじる姿勢があるのならば、三橋貴明や中野剛志といった特定の言論人の意見を鵜呑みにするのではなく、それらを相対化し、批判的に読み解くこともできるはずです。

たとえば、一次ソースを確認する習慣があるならば、安倍晋三が2013年6月に新自由主義路線まっしぐらの「成長戦略」の中身を発表し、またロンドンでの講演でグローバリストとしての本性をむき出しにした前後にも、安倍政権の新自由主義的傾斜に懸念をもつ人々を「泥の中をかき分けて進むのが面倒くさくなった人たちだ」とたしなめ、参院選で安倍政権への支持を呼びかけ、衆参のねじれの解消に加担し、昨年10月1日の安倍晋三による消費税増税表明まで、安倍晋三がグローバリストであるという、誰でも簡単に確認できる基本的な事実にまったく気づかないフリをしつづけた三橋貴明という人物のいかがわしさにも簡単に気づくはずですが、その事実に目を閉ざし、単なる「三橋信者」として振る舞い、上念や倉山のような末端のピエロを叩いておもしろがっているだけであるならば、カツトシさん自身が、「KAZUYA信者」とは別種の「B層」の一人に過ぎないことになるかと思いますが、いかがでしょうか。

参考記事: 本物を見抜く目
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旅丘さん

>気持ちは分からないわけではありませんが、

事実でないことが語られていたら、それを訂正するのは当たり前のことです。

私は「気持ち」のレベルの話をしているのではありません。

事実に付かず人に付こうとするから、特定の誰それが批判されているだけで違和感を感じ腹を立てる。

事実に付かずに人に付こうとするから、「批判」を「悪口」と取り違える。

事実に付かずに人に付こうとするから、すぐに徒党を組もうとする。

事実に付かずに人に付こうとするから、自分の属する集団と、その外部の集団に対しては、二つの異なった基準で判断しようとする。

事実に付かずに人に付こうとするから、特定の誰それが語った言葉を、事実と違うことであっても鵜呑みにしてしまう。

事実に付かずに人に付こうとするから、物事が客観的に見られなくなる。

事実に付かずに人に付こうとするから、自分と異なる意見を持つ人に対して感情的な「悪口」を言ったりレッテルをはったりすることはできても、論理的に「批判」することができなくなる。

事実に付かずに人に付こうとするから、安倍信者という人々が生まれ、日本は大きな危険にさらされている。

事実に付かずに人に付こうとするから、「左翼VS右翼」「民主党VS自民党」といった二項対立に煽られる。

事実に付かずに人に付こうとするから、ある人々は「中野・三橋」一派に属し、ある人々は「上念・倉山」一派に属そうとする。

人に付くのではなく、事実に付くべきです。

ソースを確認するという事実に対して厳正な姿勢をもっていれば、どんな人にも、どんな集団にも、どんな意見にも、等距離な客観的でニュートラルな姿勢を保つことができます。

大勢の意見に流されて、先入観に目を曇らされて、判断を誤ることも少なくなります。

人に付くのではなく、事実に付く。

これは、WJFプロジェクトの中に流れる一貫した哲学ですので、この姿勢を批判されても、どうにも変更の余地はありません。

互いに群れあって、既成の模範解答(ドグマ)を唱えあい、その模範解答(ドグマ)から外れた意見を持つ人々にレッテルをはったり悪口を言い合っていても意味がありません。

事実につく。

ソース(源流)をたどる。

根っこ(ルーツ)を深める。

そういう批判的な姿勢を保つことが大切だと述べているのです。

「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛う(へつらう)ものなり。常に人を恐れ人に諛う者は次第にこれに慣れ、その面の皮鉄の如くなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。」

「禍は思わぬところに起るものなり。国民に独立の気力いよいよ少なければ、国を売るの禍もまた随って益々大なるべし。即ち、この条の初に言える、人に依頼して悪事をなすはこの事なり。」

「一身独立して一国独立する」

(出典: 福沢諭吉『学問のすすめ』)

No title

WJFさん

気持ちは分からないわけではありませんが、今回のカツトシさんの間違いについては、あまり目くじらを立てるようなことでもないかと思います。

ブログで一言訂正すれば済む話だと思いますが、これまで散々批判してきた「B層」と「同じ」という表現は少し言い過ぎではないでしょうか?
昨日まで手を叩いて応援した人を、間違いひとつでここまで批判する必要もないかと思います。

心地よい緊張感

群れずに自分を貫くWJFさんならではの記事で身の引き締まる思いです。

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