浅田真央選手を守れ(8-1)

「事大主義」と「良賤制」。
※この記事は、旧ブログの記事「「浅田真央選手を守れ(8)」(2012年12月22日)」を少し修正を加えて再掲したものです。ソチ・オリンピックが開催中ということもあり、リクエストがありましたので、しばらくこのシリーズを再掲させていただきます。なぜマスコミは、浅田選手をキムヨナと常にセットにして取り上げようとするのでしょうか。この問題を掘り下げて行くと、日韓の問題に私たちがどう対処していくべきか、また逆にどう対処してはならないのかが自ずと明らかになっていきます。自称「保守」が、実は、「反日マスコミ」と同じ事をしていることが明らかになっていくはずです。安倍政権に反旗を翻すことになる直前に書いた記事ですが、WJFプロジェクトが安倍政権を支持しない理由も深くお分かりいただけるかもしれません。

浅田真央選手の問題を通して、日韓の間に発生する問題全般のカラクリを解き明かし、その解決法をさぐっていくシリーズ。
1. なぜキムヨナは不自然な高得点を取るのか
2. なぜ日本のマスコミは浅田選手とキムヨナの二人をいつもセットにして取り上げるのか
これまでは、2の日本国内における日本のマスコミの取り上げ方の不自然さを取り上げ、その背後には、朝鮮の「良賤制」という身分制度に根ざす、韓国の「対称性の構図」戦略があることを説明してきました。

これからは、1のなぜキムヨナは不自然な高得点を取るのかという問題を考えていきます。今度は朝鮮における「事大主義」という伝統的外交戦略が前面に出てきます。
1. 「事大主義」
2. 「良賤制」
この二つで韓国の「反日」と呼ばれる傾向性や活動のからくりのほぼ全てを説明することができます。そしてこの二つは表裏一体であり、密接な関係で結びついています。
1. なぜキムヨナは不自然な高得点を取るのか
2. なぜ日本のマスコミは浅田選手とキムヨナの二人をいつもセットにして取り上げるのか
この二つの現象が表裏一体であり、密接に結びついているように。

「事大主義」とは何でしょうか。言葉の意味は「大きなもの」に「事(つか)える」。大きな国に従うという朝鮮の伝統的外交姿勢のことです。具体的には、中国の各王朝に朝鮮は「事大」してきました。

この「事大主義」は、「良賤制」という朝鮮の身分制度と密接な関係をもっています。

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左側の「良民」は、中華王朝に朝鮮が「事大」することによって、中華体制の正当な構成員として見なされます。大切な点は、「朝鮮」の構成員なのではなく、中華の一部としての「朝鮮」の構成員であることです。つまり中華の構成員なわけです。そして、この中華の構成員の資格を手に入れることによって、残りの半分の文明の外側にいると見なされる「賤民」を家畜のように売買したり支配したり搾取したりする資格を手に入れます。ちなみに、中華体制の外側にいる民族も、「夷狄」として「賤民」と同じく文明に属さない存在と見なされていました。

中華王朝にとっては、このように周辺国の民族を「良民」と「賤民」のふたつに二分することにより、民族の団結や反乱を抑え、平和的に支配することができますし、事大する朝鮮の支配階級にとっては、自分たちは「中華」という文明の一部であるという特権的な立場を手に入れて、残りの「賤民」を好き放題に利用する資格が得られ、中華王朝と朝鮮の支配階級、その両者にとって「おいしい」制度だったわけです。

ハーバード大学の朝鮮史の教授、カーター・J・エッカートの『日本帝国の申し子』には次のように書かれています。
事大主義の遺産

朝鮮の学者は南北を問わず、ナショナリズムという見地から朝鮮の歴史を説明しようとする。しかし朝鮮におけるナショナリズムは歴史が浅く、19世紀後半に帝国主義への反動から生まれ、植民地統治の経験を経て強まったものである。もちろんそれまでにも朝鮮人は民族、言語ともに周囲の国とは異なることを自覚していたし、王や支配王朝に対しても忠誠心を抱いていた。しかし、19世紀後半までは、国家としての「朝鮮」という概念や、同じ半島に住む同胞の「朝鮮人」に対する忠誠心はむしろ希薄だった。それよりはるかに強かったのは、王に対する忠誠心に加えて、村や地域、そして何よりも氏族、家系、肉親、血縁集団への帰属意識だったのである。

とくに支配階級にとっては、ナショナリズムという概念はなじめないどころか、野蛮なものにさえ映ったことだろう。少なくとも7世紀以降、支配階級は文化的にはみずからを朝鮮人というより、中国を中心とする大きな世界文明の一員と考えていた。朝鮮の王位は、かたちの上では中国の皇帝によって与えられる地位であったし、宮廷人や貴族の間では中国語が書き言葉として用いられた。また中国の哲学や文学の古典が、あらゆる教育の基礎となっていた。朝鮮の支配階級にとって、中国文化に触れないことは野蛮人となるに等しかったのである。

李朝の初期、こうした中国文化崇拝は、事大主義と呼ばれる外交政策として具体化する。事大(サデ)とは「偉大なる物につかえること」で、「偉大なるもの」とはすなわち中国に他ならなかった。ある意味で、事大主義は巧妙な外交戦術ともいえ、これによって朝鮮は偉大なる国家(当時の一般的な儒教用語でいうところの「兄」)から恩寵、庇護、そして洗練された文化を手に入れたのである。しかし一方で外国に対するこのような崇拝と服従は、朝鮮の支配階級に存在しえたかもしれない民族意識を多いに弱めることになった。(中略)

1876年以降、ナショナリズムが成長する一方で、みずからのアイデンティティを異文化の枠組みの中に見いだすという支配階級の伝統的な傾向は、植民地時代にも引き継がれたようだ。彼らは文明の中心を中国から日本に置きかえ、日本を朝鮮の「兄」と見なした。
エッカートのこの本は、朝鮮の支配階級が日本に事大したときに、日本はそれら支配階級を資本家として育てると共に、残りの朝鮮人を労働者として搾取させることで、朝鮮を二分統治した。それが後に韓国と北朝鮮の分裂を用意したと述べ、日本を悪者として描いているわけですが、「良賤制」という朝鮮にもともと存在していた民族の二分的な身分制度には十分言及していないという弱点があります。

それはともかく、「事大主義」という外交戦略の背後には、「良賤制」という民族を二分する身分制度があり、「良賤制」という身分制度の背後には、「事大主義」という外交戦略が存在し、この二つは表裏一体のものであった。この密接につながった二つの制度が、朝鮮社会に独特の構造と傾向性をもたらしていた。この点を今回はご理解いただきたいと思います。

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