辞職を求めるなら、逆賊安倍晋三の辞職を求めよ

相変わらず物事の優先順位が転倒した「バカ保守」。
山本太郎参議院議員が、秋の園遊会で天皇陛下に手紙を渡したことで、チャンネル桜周辺のインチキな「バカ保守」どもが大騒ぎをしています。
私だって、秋の園遊会に参加するような栄誉にめぐまれる立場にあれば、天皇陛下に次のような手紙をお渡ししたい状況です。

天皇陛下、逆賊安倍晋三が、日本の国体を破壊しようとしています。それをチャンネル桜率いる「バカ保守」どもが煽っています。日本の危機です。

一議員が天皇陛下に手紙を渡したぐらいでは日本は壊れません。

しかし、「政治家になって以来私の中に流れる一貫した哲学」に基づいて、自らが「ドリルの刃」となってでも、日本の国家解体、グローバル化を完遂するのだと宣言している政治家が総理大臣になり、衆参を牛耳り、絶対的な権力を握れば、その逆賊の抱く「哲学」と目論見の通り、日本は壊れてしまうのです。

チャンネル桜率いる「バカ保守」どもは、辞職を求めて街宣などやるなら、山本太郎ではなく、安倍晋三の辞職を求めて街宣を行うべきです。

水島総よ、国民の目くらましの茶番。「愛国・保守」ごっこもいい加減にしなさい。

水島総よ、「皇室軽視」というのは、日本の危機を天皇陛下に奏上しようとする人間のことではなく、国体の破壊を「政治家になって以来の一貫した哲学」であると豪語する安倍晋三のような逆賊への支持を煽るあなたがたのことを言うのです。

水島総よ、「戦後日本のなれの果て」と言う言葉は、安倍晋三や自民党、安倍晋三への支持を煽ったあなたがたチャンネル桜、その煽動に騙されて安倍晋三を支持してしまった戦後日本人にこそ当てはまる言葉です。
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No title


安倍晋三「相続税3億円脱税」疑惑


http://www.asyura2.com/07/senkyo41/msg/1134.html


安倍晋三の資産公開

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-02-25/2013022515_01_1.html


>首相動静の東京・富ケ谷の自宅、私邸とは

安倍晋三の母親の自宅、私邸なのですか?

安倍晋三の資産は、国民の税金なのですか?

No title

私は、いわゆる「天皇抜きナショナリズム」も、日本人は真剣に考えるべき時が来ていると思いますね。
と言っても、今の保守派は普段は皇室を崇敬するかのような事を言っておきながら、
「たとえ天皇であっても、伝統を否定されるような事を仰せになる事は許さない」
などと言い出す、首尾一貫していない「天皇抜きナショナリズム」なのですが。

「一見愛国者に見せかけて、実は稀代の売国奴」というのは安倍晋三ですが、
「一見陛下を尊敬する天皇主義者に見せかけておきながら、実は陛下を自己に都合の良いようにロボット化して利用する事しか考えていない逆賊」
というのが、今のチャンネル桜を始めとする「保守派」の人々です。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9978881
水島「そんな事は無いとは思いますが、もし万が一、陛下が女系を容認すると仰られた時は、それは皇統の断絶です」

以前も紹介しましたが、水島は天皇陛下を恫喝しても顛として恥じる所の無い人物です。
明らかに「恫喝」しておきながら、『俺様は天皇を敬う尊皇主義者だ』と思い上がっているのが水島という男であり、チャンネル桜です。

こういう自己の言論の都合に合わせて天皇を引き合いに出し、都合が悪い時は恫喝するような人を、「利用」と言うのではないですか?
それを政治家がやれば「政治利用」と言われるのです。
水島には、「習近平に引き合わせる為だけに1ヶ月ルールを破った」小沢一郎を批判する資格なんぞ有りません。
水島が政治家だったら、間違いなく小沢一郎と(ベクトルは逆でも)同じ事をやるに決まってるのですから。

こういう、嘘つきで偽善者で、日本国憲法を嫌っておきながら憲法の「国民の総意に基づく」という条文に骨の髄まで侵されているような連中の「尊皇」なんて話は信頼できません。
だったら最初から「天皇抜きナショナリズム」を真剣に思考すべきでしょう。
自分の都合に陛下を利用するなど、「右」だろうが「左」だろうが、もってのほかです。

外国では、ナショナリストは必ずしも「王制派」ではありません。
フランスには、革命で追い出されたブルボン王朝を復活させようと考える「王党派」は今でも居りますが、必ずしも「右」ではないですし、「右」の人間は全員「王党派」というわけでもありません。
たとえば、ジャン・マリー=ルペンという、いわゆる極右政党の国民戦線を率いていた指導者などは、共和主義者を自認していますし、王政復古には反対しています。

イギリスやスウェーデン、オランダなど、現時点で王制である国でも、右翼や極右政党が、必ずしも国王を崇敬しているとは限らないのです。

日本もそろそろ成熟した国の人間として、天皇抜きナショナリズムを考えるべきではないのか?
天皇に、自分の理想像を勝手に押しつけ、それが満たされないと恫喝するだの、泣き叫ぶだの、これは成熟した国の人間の取る行動でしょうか?

本気で陛下を敬い、「陛下のお言葉は至上命令なので絶対服従しなければならない」と信じている人であるならば、それはそれで私は評価します。
しかしそうであるならば、たとえ陛下が「女系容認」と仰せになったとしても絶対服従しなければなりませんし、
「(A級戦犯の合祀があったので)あれ以来私は(靖国)参拝しない」と富田メモに書かれた昭和天皇のお言葉通り、靖国神社参拝を控え「A級戦犯は分祀せよ」とサヨクと一緒に運動すべきでしょう。
(「富田メモ」を、私は陛下のお言葉とは思いませんが)

一方で自己の都合の良い時だけ陛下を利用しておきながら、都合が悪いと恫喝するような二枚舌連中こそ、許してはおけない「天皇利用主義者」だと私は考えます。
このような自分の都合次第の利用主義者に、陛下を利用・悪用させる事をやめさせる為にも、真剣に「天皇抜きナショナリズム」を考える時が来ているのだと思います。

「愛国」とか「国家主義」とか言う時に、必ずしも天皇主義者である必要性はありません。
安倍晋三が天皇主義者を装いながら、陛下の意思も聞かずに女系論議を打ち切ったのを見れば、あれほどの「逆賊」は居ません。
また、安倍晋三は高円宮妃殿下を五輪誘致の時に「政治利用」した事について宮内庁から苦言を呈された際には、
「今度は宮内庁を壊してやる!」などと激怒したのだとか。
自分のやってる事が「日本を壊す」物である事を自覚していると言う点も重要ですが、ここにはどこにも「陛下の御命令には絶対服従」なんて評価に値する美徳はありません。

このような小粒で劣等極まるエセ愛国者、エセ天皇主義者を生み出した事を、まず保守言論界は自己批判すべきでしょう。

名無しさん

仏教やキリスト教のように、具体的な教典のようなものがあれば、外国から伝承されるという考えも成り立ちますが、ご存知のように神道には、教祖も教義も教典もありません。とすれば、神道は、日本人が外国人から手取り足取り教えられものではなく、日本人が自然に直接向き合い関わり合ってきた生活の営みの中から自然に生まれてきたものだと考えるべきだと思います。縄文時代以来の日本人の深い精神文化に由来すると考える方がはるかに自然です。

皇室に関する噂の類いは、私はよくわかりませんが、人が大切にしているものを「馬鹿」と呼ぶあなたはもっと「馬鹿」でしょう。

皇室や神道は日本人としてどこまでも大切にすべきものですが、さりとて、それを人に押し付けたり、カルト的なやりかたで盲目的に信奉したり、教条主義的になったり、魔女狩りのようなことを行ったり、自分の固定した価値観で他人をさばいたり、今回の山本の事例のように極度に偏狭な反応は慎むべきものだと思います。

何かを信じるということが、盲目的な宗教となりうるように、何かを信じないという姿勢もまた、盲目的な宗教となることがあります。自分が何かを信じる事も、自分が何かを信じない事も、等しく、自己吟味できる批判精神を持ちたいものです。

「信じること」に対して「信じないこと」を対置されれば済むということでは決してありません。

洗脳されるバカ

日本の皇室は、キリスト教や創価など、、海外勢力に侵略されてますよ。
結婚もしてるから、乗っ取っられている。実質支配されてますよね。

悪いけど、個人的には、天皇や皇室関係は既に日本の物ではない、と認識している。

真剣に崇拝したり、祀ったりする人間がいるけど、頭がおかしいのだろうと思う。
洗脳って本当に恐ろしいね。日本人は、海外勢力に完全に負けだ。

神道も朝鮮半島から伝来していると言われている。
そんなもの、崇拝する価値があるのか?
受容・寛容の精神など、呆れるばかり。そんな思想は、奴隷が決定だ。崇拝する価値もない。

洗脳される人間は、やられて終わり。

日本が危機になるのは、洗脳されるバカが多いからじゃないの?

三島由紀夫は何を言っているか

管理人様、ありがとうございます。

三島由紀夫の文化防衛論の中には次のような文がありますので、少し長くなりますが引用させてください。

【引用開始】
私見によれば、言論の自由の見地からも、天皇統治の「無私」の本来的性格からも、もっとも怖るべき理論的変質がはじまったのは、大正十四年の「治安維持法」以来だと考えるからである。すなわち、その第一条の、
 「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ……」
 という並列的な規定は、正にこの瞬間、天皇の国家の国体を、私有財産制度ならびに資本主義そのものと同義語にしてしまったからである。この条文に不審を抱かない人間は、経済外要因としての天皇制機能をみとめないところの、唯物論者だけであった筈であるが、その実、多くの敵対的な政治理念が敵の理念にしらずしらず犯されるように、この条文の「不敬」に気づいた者はなかった。
 正に、それに気づいた者がなかった、 というところに、「君臣水魚の交わり」と決定的に絶縁された天皇制支配機構が呱々の声をあげるのである。
【引用終了】

ここでも三島由紀夫が「天皇制」という言葉を用いたり、陛下の敬称を付けずに「天皇」と呼び捨てにしているわけですが、それはさておき、
三島由紀夫に言わせると、元々の日本の天皇と国民との間柄は「君臣水魚の交わり」だったのです
まさしく管理人様が仰る通りで、江戸時代以前の日本では、天皇と民衆は切り離された隔絶した存在ではありませんでした

チャンネル桜は昔から「憂国忌」の宣伝をしているはずですが、三島由紀夫をちゃんと読んだ事が無いのですかね?

悠遠の彼方より

アメリカに押し付けられた象徴天皇制を、違和感なくすんなり受け入れている日本人達は、戦後レジームに染まっているのでしょうか。日本の根っこ的な感性を、亡くしているような気もします。

天皇陛下を幹に、国民を枝とするならば、けして、幹は枝であらず、枝は幹であらず。けれど、樹齢2673年の年輪を刻む大木として、壮大なひとつのもの。たおやかにして凛と立つ、一本の木。で、在りたいと思います。

安倍否定はもういい???

今週末のチャンネル桜の「日本よ、今...闘論!倒論!討論!」のテーマが

「女性大討論・安倍否定はもういい!じゃあどうする日本」

だそうだ。

安倍否定はもういい??
その根拠は?
で、「安倍しかいない」と吹聴しまくったチャンネル桜系言論人の責任は?

ここまでくれば、完全に「詐欺師連中」のレッテルを貼らざるを得ない。
詐欺師の手法そっくりだからだ。

http://www.ch-sakura.jp/topix/1550.html

コラッジョさん

>そのわずか十数年の異常事態を「理想」と考える、言葉狩りの馬鹿どもは救いようがありません

ご指摘の通りだと思います。

きわめて限られた時代の、異常な天皇崇拝のあり方を、天皇陛下や皇室を敬う本来の形であるかのように錯覚して、排他的で偏狭な態度をとることを愛国心や天皇陛下を敬うことだと取り違える。そのような本質から逸脱した「保守・愛国」ごっこにふけっている人たちのなんと多いことでしょうか。

こわいのは、安倍政権を誕生させたときもそうですが、そのような勘違いしたあさっての方向に、みながこぞって、無批判に突っ走っていってしまうことです。一度信じ込んでしまった考えを、自己吟味したり相対化したりできず、
批判者が現れれば「左翼だ」「不敬だ」といって、耳を塞ぐ。感覚が麻痺して異常なことが異常だとわからなくなってしまう。

これもふたたび衆愚の一形態であったと言わざるをえません。

No title

一応「現人神」の時代=戦前であっても、相対化して見る事のできた人々は居たんですよね
別に反天皇の共産主義者でなくとも

有名な所では「天皇機関説」を主張した美濃部達吉ですが、
ああいうリベラルに限らず、「右」と呼ばれるべき立場の人間、閣僚・大臣まで勤めた人間の中にも、必ずしも陛下の事をゴッドの如く崇め奉っていたわけではない実例は、枚挙に暇がありません

たとえば田中義一内閣で鉄道大臣を勤めた小川平吉
この人「国粋主義者」で有名で頭山満とも仲良しだった自他ともに認める「右」の人でしたが、田中義一失脚の件に関しては昭和天皇の方を批判しています

田中義一は、満州某重大事件の一件で関東軍を処罰できなかった事で昭和天皇の不興を買い、
「田中の言う事は筋が通らぬ。辞表を出してはどうか」
とまで昭和天皇を激怒させた人物です
天皇を敬愛していた田中はこのまま泣く泣く「涙の総辞職」に踏み切ったかのように思われるのですが、実はもう一回皇居に足を運んでおります

閣議で昭和天皇の御不興をこうむり不信任となったので総辞職する旨を説明したところ、先述の小川平吉をはじめとする閣内の右寄り大臣が猛反発したのです
「いやしくも総理に対してそのような言い方はなんだ。お諫めして然るべきではないか」
「まるで封建時代のお殿様ではないか」
このような批判が沸き起こり、到底内閣の総辞職には納得できないと閣僚から突き上げられたので、田中義一は今一度皇居に足を運んだというわけです
(結局昭和天皇に会う事はできず、鈴木貫太郎侍従長から「あなたは陛下の逆鱗に触れてしまった」と教えられ涙ながらに辞去、そのまま内閣総辞職に至るわけですが)

満州某重大事件が「実はソ連の陰謀だった」とか、そういう説も面白いですが、
ここで重要な事は、「右寄り」「国粋大臣」と世間から有名だった、閣僚になれるようなレベルの政治家であっても、
陛下に対して「無礼ではないか」と反発する事を許される「空気」があったという事です

陛下に対して「一切の批判を許さない!」という厳格な空気になるのは、226事件前後の頃からじゃないのですか?

鳩山一郎が天皇機関説を否定して「国体明徴」などを主張したりしたのが発端となり、
戦争の激化と共に徐々に少しずつ「神懸かり的な天皇」に変質していったというわけです

戦争は……特に第二次世界大戦のような「総力戦」ともなれば、ありとあらゆる物を戦争に動員します
「右の頬をぶたれたら左の頬を向けなさい」と説いたはずのキリスト教ですら、戦争に利用されたのです
日本もそれと同じだっただけで、敗戦から国体明徴問題辺りまでの「たかだか十数年」だけが「神懸かり的天皇」だったと思うのです

「江戸時代以前」は無論の事ながら、大日本帝国憲法の統治下の中でも、「わずか十数年」の異常事態だったと考えるべきではないのでしょうか

そのわずか十数年の異常事態を「理想」と考える、言葉狩りの馬鹿どもは救いようがありません

コラッジョさん

天皇を現人神とし、天皇と臣民との間に隔絶した断絶を設けた「明治型の天皇制」は、考えれば考えるほど、日本を破壊する装置として機能したといわざるをえません。

大日本帝国陸軍参謀、石原莞爾は、『世界最終戦論』(1940年)で、次のように述べたのだそうです。

「人類が心から現人神の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。最終戦争即ち王道・覇道の決勝戦は結局、天皇を信仰するものと然らざるものの決勝戦であり、具体的には天皇が世界の天皇とならせられるか、西洋の大統領が世界の指導者となるかを決定するところの、人類歴史の中で空前絶後の大事件である。」

「天皇が世界の天皇にならなければならない。そのために西洋の大統領と最終戦争を戦わなくてはならない。」と石原莞爾は言うのですが、これは明らかな狂気です。明治の始まりにおいて、天皇を現人神と定めたときに、このような国家の破滅がその中にその中に胚胎されていたと言わざるを得ません。

天皇と臣民の間に隔絶した断絶を設けることによって、天皇陛下に命を捧げる勇敢な若者たちが存在した一方で、相対的に国民の命を粗末に扱うということも起きました。それが戦闘における司令部の作戦の粗さ、無謀さにもつながり、日本の戦争の敗因にもつながりました。一方のアメリカには、当時の日本よりも国民の命を大切に扱うという思想が普及し、さらに、アメリカのパットン将軍は次のようななんの自己陶酔もないリアリズムに徹した思想を語ったそうです。

「国のために命を捨てても戦争には勝てない。勝つには-敵兵に国のため命を捨てさせるのだ」

自国の民の命を大切に守ろうとするアメリカの価値観や合理主義に対して、「明治の天皇制」「断絶の天皇観」、またその中にふける日本人の自己陶酔が敗北したとも言えるのだと思います。

この「明治の天皇制」の挫折を目の当たりにして、「天皇などというのを廃してしまえ」という左翼的な極論に陥ることもなく、さりとて、「明治の天皇制」のスタイルをそのまま踏襲することが、天皇陛下や皇室を敬うことだなどという勘違いに陥ることもなく、皇室と日本を共にながらえさせていくための、皇室と国民の本来的な関係のあり方というものを、明治よりもさらい古い歴史の源泉にさかのぼって、再規定していかなくてはならないと思います。

「保守」の人たちのほとんどが、「明治の天皇制」のスタイルを復古的になぞることを、天皇陛下を敬うことであると誤解しているのでないかと思います。そういう人たちの勘違いと思い込みが、「山本太郎が天皇陛下に手紙を渡した」出来事に対して過剰反応させているのではないかと思います。

No title

三島由紀夫も「天皇家」とか書いたり、陛下を指すのに「天皇」と呼び捨てにしたりとか、していましたよね
『文化防衛論』の中にいくらでも実例が書いてあります

それを許さず「言葉狩り」に走る今のチャンネル桜や、桜に感化されたネット右翼は心底気持ち悪いです

「天皇が~(以下略)」と書いただけで、
『天皇陛下だろ!呼び捨てにするな!不敬だぞ!』
『日本人ならば天皇陛下と正確に書きます。敬称も満足に書けないこいつは在チョン』
こんな反応が返ってくる世の中は何か間違ってると感じるのは私だけでしょうか?

その割に彼らは首尾一貫しておらず、敬語を満足に扱えていない輩が多いのですが
尊敬語と謙譲語と丁寧語がごちゃ混ぜで、いくら尊敬語でも本来陛下に使うはずの無い敬語を用いたりしている人すらも居ます

ここの管理人様が指摘する通り「彼らは馬鹿なので」、体裁にしかこだわれないのでしょう

それにしても、三島由紀夫が生きていたとしたら、彼はこのような言葉狩りは断じて許さなかったはずです
文化防衛論の中で、言論の自由は最大限に擁護されねばならない事は指摘していますし、その意味では言論の自由を抑圧した戦前日本は間違っていた、「グロテスク」と述べております

その三島が、文学者である三島が「天皇」と書いたり、「天皇家」「天皇制」と書いているにも関わらず、それについては無視するのはおかしくないですか?

クマさん

ご指摘ありがとうございます。

慌てて検索してみましたが、確かに「皇室」が正しいようですね。

私は、女系問題の頃に敬称や表記の仕方を勉強して、明確に「天皇家」が正しいと思って使っていました。

その当時、かなり信頼していた保守言論人の誰かが「皇室」ではなく「天皇家」が正しいとはっきり言っていました。

当時はチャンネル桜を楽しみにしていたお花畑でしたが、それでも目の前のPCで調べもせずに信じ込んだのは、皇室に関してかなり信用できる方が言っていたからです。

もう、1年以上前のことですので動画は探せませんが、長い間誤解して使っていたのは非常に悔しい思いです。

WJF様

記事ではなく、私へのコメント内にありました。

『天皇家』とコメント内にあったという事実をもとに書きました。

ただ、あなたの言葉ではなく、あなたが引用したタイトル名でした。

事実誤認を認め、訂正したします。

追伸
WJF=左翼とレッテルを張った事実はありません。

クマさん

>WJFさんが使っていたので引用したのかは分かりかねますが、

くまさんは、WJFは「左翼」だから、「天皇家」なる言葉を用いているはずだと思われたかもしれませんが、私は当ブログで「天皇家」なる言葉を用いたことは一度もありません。

過去の記事を検索したところ、安倍晋三の著書からの下の引用のみがヒットしました。

「日本という国は古来、朝早く起きて、汗を流して田畑を耕し、水を分かち合いながら、秋になれば天皇家を中心に五穀豊穣を祈ってきた、『瑞穂の国』であります。」

「天皇家」という言葉遣いの是非を私は知りませんが、私が以前ひどいと思ったのは下の動画です。帽子も脱がずに目の前を歩かれる天皇陛下に携帯のカメラを向け続けるのはいかがなものかと思いました。

http://www.youtube.com/watch?v=Wz6Jkce4Pdc

しかし、同時にあまりにも極端な皇室崇拝や偏狭な姿勢にも違和感を感じずにはおれません。

何事も、過ぎざるは及ばざるがごとしではないでしょうか。

安倍政権の問題を通じて、私は明治以降の日本のあゆみに懐疑的な目を向け始めています。

もちろん明治以降の日本の歩みの全てを否定したり、逆にある特定の時代を理想化し絶対化するということではないのですが、現在の私たちを成り立たせている様々な考え方の中で、日本にとっては非本来的なものと本来的なものと選り分ける自己吟味の作業は必要なのではないかと考えています。

「戦前(善)VS戦後(悪)」
「戦前(悪)VS戦後(善)」

といういずれの善悪二元論に陥ることもなく、さらく深く日本の根をさかのぼる事で、日に新たに日に日に新たに、自分たちのあり方を再規定し、改訂し、更新していなくてはならないと思います。それこそが伝統を受け継いで行くということの意味であると思います。

皇室が歴史を生き延びてきたのは、人為的なイデオロギーの力によってではありません。

皇室や日本の国が千代や八千代に長らえるためにこそ、私たちは本質的なものと非本質的なものを選り分ける批判的なまなざしや、自分たちのあり方を遠くから見つめる俯瞰的で総体的な視点を失ってはならないと思います。

ぼんたろー様

はじめまして、クマと申します。

あなたのコメントを読んだ中で気になる言葉がありました。
言葉狩りになりますが、あなたの様に心ある人が使うべきではない言葉だったので、指摘させていただきます。


『天皇家』

この言葉は、一般的に「左翼」とよばれる人々によって、皇室の消失を目的に作られた言葉です。
皇室と一般家庭を同列視しさせる為に作られました。
あなたのいう「ヨン様」や「マリコ様」と同様に、一般人に混同させる為です。

あなたが普段から使用していたのか、WJFさんが使っていたので引用したのかは分かりかねますが、「皇后美智子さま」と表記されていて怒りを感じられた方ならば、今後の使用は止められた方がよいと思います。


わが国の皇室は「性(苗字)」を持ちません。
持つ必要がないからです。
他国では易姓革命がおこり、統治者が変わります。
ゆえに、どの一族の統治時代かを明らかにするために「性」が必要でした。
しかし、わが国では統治者は過去も現在も未来も変わらず天皇(皇室)なのです。
国民が望む統治者は天皇以外なく、その位が揺るぐことも、とって変わられることもありません。
ゆえに、「性」を持つ必要がなく、その代わりとして『皇室』という言葉があります。

そもそも、天皇は「性(苗字)」ではなく、『位』ですよね。
どこかの社長だからといって「社長家」・部長だからといって「部長家」とは言いませんよね。
戦後、皇室をどうにか一般化したいと考えてきた連中が苦肉の策として『天皇家』を広めたのです。
天皇に『性』がない背景を国民に知らせると、皇室の一般化・弱体化ができないどころか、正統性を再認識させてしまいますからね。


心ある者として、ご理解いただければ幸いです。

No title

山本議員の発言を要約しました。

「 プルトニウムの半減期2万4000年。プルトニウムはもうおそらく気化した。何故ならプルトニウムが気化する温度よりもっと高いモリブデンも既に、茨城県の気象台で、存在は明らかにされている、2011年の時点で。
じゃあどうして、それだけ多くの放射線各種が日本全体にばらまかれた状態でありながら、セシウム、ヨウ素中心にしか調べないのか。もっと細かく調べていかない事には、それぞれの汚染度は分からない。
どちらかと言うと、国もメディアもこの汚染は福島にしか無いという印象が強い感じがする。要は福島県にしか汚染が存在しないというような取り方が出来るような報道があまりにも多い。そうじゃない。東日本一帯に広がっているじゃないか。東京にもホットスポットがある。
で、事故前から考えたら、いま僕たちが与えられている基準というのはあまりにもおかしい。放射線管理区域以上の所に人々が住んでて良かったって?
当たり前の事が当たり前に伝えられなくて、当たり前のようにそれが報道されないというのはあまりにもおかしい。
真実を伝えようとして頑張っているフリージャーナリスト達が、特定秘密保護法で排除されてゆく現実が来ようとしている」

No title

WJF様

>山本太郎がしたことは、むしろ勇気のある忠臣の行為として、たたえられるべきものです。

これはいくらなんでも山本太郎をほめすぎです。秋の園遊会という場での国会議員の言動としては極めて軽率であり非常識です。議員としての資質を問われてしかるべき問題です。

>逆賊は明らかに安倍晋三であり、自民党の議員どもであり、水島総です。

まったく同感です。これみようがしに山本太郎に「議員辞職しろ」などと言ってる輩を見ると反吐が出ます。

安倍内閣やチャンネル桜周辺の連中の言動を聞いていると、いよいよ国家破壊の危険が迫っているように感じますね。

これらの二元論的思考しかできない連中は、自分の仲間以外はすべて「敵」であり、ものごとをすべて「敵か味方か」でしかみない非常に近視眼的で偏狭な考え、思想、思考回路をもったやっかいな連中です。チャンネル桜などはもっとひどく、自分たちを批判する連中は「工作員」扱いですよw

三橋は相変わらず、

「竹中ガー、三木谷ガー、財務相ガー」の連発で、「安倍ガー、麻生ガー」はほとんど見られないね。

竹中や三木谷などと戦っていくとか言っているが、そもそもなぜ彼らが注目されるかと言えば、安倍首相が重宝しているからにすぎず、安倍首相と戦うと言わねば嘘だろう、三橋!

水島や三橋などは、新自由主義の危険性を早くから指摘しておきながら、なぜか自民党総裁選の時から、専ら構造改革路線、小さな政府路線シンパの安倍首相を「安倍しかいない、安倍しかいない」とやたらに吹聴しまくったあげく、それ以外の候補には「サヨク」などのレッテル貼りをして石原や石破を厳しく批判し続けた。チャンネル桜系言論人を厳しく批判しつづけなければならないと思います。

ぼんたろーさん

>こういう現在の状況は、「連続的」が行き過ぎたものだと思います。

婦人雑誌などが、よく皇室を侮辱するような記事しょっちゅうあげていますよね。ああいうものは、私はむしろ法律を作ってでも規制をかけるべきだと思います。

皇室を一方では手の届かない高みに追いやりながら、同時に、その皇室をこき下ろすということがなされています。明らかに皇室をつぶしてやろうという悪意を私は感じますし、そういう悪意から皇室を守っていかなくてはならないのは当然のことです。

しかし、山本太郎が、皇室に対して侮辱的な意図や悪意をもって手紙を渡したのかと言えば、そうではなく、福島の作業員たちの窮状を知らせようとしたとのことです。

どうして、大犯罪を犯したかのように叩かれなくてはならないのかさっぱりわかりません。

山本太郎が「これほどの騒ぎになるとは思わなかった」と発言したのも、自然な感想ではないかと思います。

慇懃な言葉を使って、天皇陛下を隔絶した崇高な存在して高く持ち上げながら、同時に、天皇の「おおみたから」である国民をゴミのように扱う安倍晋三を未だに支持する水島総。

日本がアメリカの属国となった日を祝う式典に天皇陛下を呼び出して万歳を浴びせて愚弄した安倍自民党やチャンネル桜。

オリンピック誘致に皇室をかり出して、セールスマンのようなことをさせた安倍晋三。

それに比して「おおみたから」の一員である福島の作業員という最も貧しい国民の窮状を天皇陛下に知らせようとした山本太郎。

逆賊は明らかに安倍晋三であり、自民党の議員どもであり、水島総です。

山本太郎がしたことは、むしろ勇気のある忠臣の行為として、たたえられるべきものです。

私はへそ曲がりなので、誰かが救世主のように神格化されているときこそ、こきおろしたくなりますし、誰かがゴミのように低く貶められているときこそ、その人物を誉め称えたくなります。

No title


首相の外遊 国会から逃げてないか

重要法案の審議中に首相が外遊で欠席し

「首相なしでも審議ができる」という既成事実を

重ねようとしているのなら到底認められない。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/502034.html


>安倍晋三は、国会議員ではないのか?国会を欠席する

徳田毅自由民主党国会議員と同じなのか?

安倍晋三は、徳田毅のようなやましいことがあるのか?

安倍晋三は、自由民主党総裁でないのか?

安倍晋三は、自由民主党総裁として、自由民主党徳田毅

国会議員の公職選挙法違反容疑事件で責任はないのか?

安倍晋三は、うそつきの自覚があるから、国民の前に

出られないのではないか?野田佳彦にうそつきと言った

安倍晋三こそうそつきではないのか?

安倍晋三は国民の前で説明する責任がある。





No title

天皇観について断絶的、連続的という二つの観点から考えることは自分の意識を確認するうえでわかりやすい視点ですね。
偽ホシュではなく、安倍批判をするもの同士ですらやはり違いがあるものだと改めて思います。

私の場合は今回の山本太郎に否定的で、どちらかといえば断絶的かもしれません。

やはり天皇家は血統という特別な壁があり、これまで、国民の誰一人としてなりたくて天皇になれた人間はいません。それだけではなく、言論・表現・居住・宗教・職業選択等の自由がないことや、選挙現・被選挙権がないことなど、その特別性を説明することはいくらでも出来ます。

今回の件で言えば、だからこそ、山本太郎には天皇陛下への畏怖や敬意を明確に持っていて欲しかったし、山本太郎には直訴をするだけの覚悟が決定的に足りなかったと思います。

最初のニュースを聞いた印象では、私もさほど否定的ではなかったのですが、後にインタビューで「こんな騒ぎになるとは思わなかった」と応えている姿には違和感を感じました。

さて、ここからが一応本題ですが、私は、連続的になりすぎることもまた大変危険であると思います。マスコミは意図的と思いますが、天皇家の方々に対する敬称をめちゃくちゃに使っています。
最近見たテレビでは「皇后美智子さま」と表記されていまして、私は本当に怒りを感じました。
また、コンビニに並んでいる下世話な週刊誌に眞子内親王殿下の写真が載っていますし、その表記は「眞子さま」です。これでは一般人は「ヨン様」や「マリコ様」と混同してしまいます。

こういう現在の状況は、「連続的」が行き過ぎたものだと思います。
そして、この行き過ぎた連続的な状況は、戦後の個人主義、個性重視、差別反対など欧米的志向の影響ではないかと思うのです。
ですので、私はどちらかというと、自己と天皇を同一視する連続的視点の方を毛嫌いしてしまいます。

とは言え、チャンネル桜のような断絶しすぎるのもまた最悪です。私は、チャンネル桜やその取り巻きの動画を見たときに、天皇による政治的発言を徹底的に怖がっているのではないかと感じました。
そもそも、「象徴」とは日本を体現しているという意味で、「象徴」だから政治的発言はしてはいけない、というものではないはずです。
それは戦後アメリカに押し付けられた日本国憲法が根拠のようですが、そもそも憲法改正だの戦後レジーム脱却などと騒いでる連中が根拠にしていい理由ではありません。

むしろ、こいつらは天皇家を国家の行く末を決める政治の世界からアメリカと協力して排除しようとしているように思います。

私は、どちらかといえば断絶的で天皇家を特別視している方ですが、チャンネル桜やその取り巻きとは180度違います。
そして、WJFさんも現在のマスコミのような行き過ぎた連続性で天皇家を見ているわけではないと思います。

結局、断絶性が行き過ぎれば「排除」につながり、連続性が行き過ぎれば「消失」につながるのではないでしょうか。

それでは、私ではとてもまとめきれないので、新記事に期待しています。

クマさん

私は皇室や皇統の問題に全く詳しくないので、本当に個人的な印象しか述べられないのですが、今回のことで考えたことは後ほど記事にもまとめてみようと考えています。

今回考えた事は、どうやら二つの天皇観があるらしいということです。

1. 断絶の天皇観
2. 連続の天皇観

「断絶の天皇観」とは、天皇は国民から隔絶した気高い存在であり、それに比して国民は卑しく身分の低い存在であり、両者の間には超えがたい断絶がある。従って、たかが卑しい身分の国民が、崇高な気高い天皇陛下に手紙をお渡しするなどまかりならんとする考え方です。

「連続の天皇観」とは、天皇と国民は一つである。天皇と国民は本家と分家の関係であり、すべての日本人に多かれ少なかれ天皇家の血が流れている。天皇が尊いから国民は尊く、国民が尊いから天皇は尊い。国民一人一人を大切にすることこそ、天皇を敬うことの本質である。

私は皇室に関する歴史的な知識がないため、よくわからないのですが、「断絶の天皇観」は、明治維新のときに、西洋の国民国家に比肩しうる近代国家として日本に成立させるために、西洋の君主制にならって、人為的に作られたものではないかということです。

明治維新に際して人為的に作られた「断絶の天皇観」が、未だに多くの日本国民の中に植え付けられており、それが今回の山本太郎の行為に対して過剰反応を起こさせているのではないかという疑念を感じていたわけです。

クマさんはもちろん「連続の天皇観」も掲げていらっしゃるのですが、その一方で、私の目からすると、山本を批判しすぎているんです。

山本のしたことは、マナー違反かもしれないが、犯罪ではないですよね。だから「窃盗」という言葉は当たらない。あなたが山本を批判しすぎている、あなたの感覚の中にも「断絶の天皇観」が混入しているんじゃないかと、そういう疑念をいだいたということです。

私は歴史的にどちらの天皇観が正しいかは分からないですが、私の個人的な感覚の問題としては、「断絶の天皇観」に対しては直感的に激しい拒絶反応を感じます。「断絶の天皇観」は、日本や皇室そのものの破壊にすらつながる危険なものだという予感すら感じているんです。

なぜなら、天皇を隔絶した狭い場所においやることによって、皇室がやせほそっていく。国民という土壌に咲く一輪の野花が皇室であるとすると、国民という土壌から花を切り取って、一輪挿しにでもさしてしまえば、やがてこの花はしおれてしまうわけです。国民との連続性の中にあってこそ、この野花は生き生きと咲き誇るはずです。「断絶の天皇観」は皇室をやがて根絶やしにしてしまいます。

もう一つは、「断絶の天皇観」は、国民を相対的に卑しい存在とすることによって、安倍晋三のように、日本人をゴミのように扱う政権の存在を許してしまうことにつながります。

「断絶の天皇観」によっては、皇室も国民もやせ細り、枯れていきます。

やっかいなのは、「保守」や「愛国」を掲げるインチキでいかがわしい連中にかぎって、「断絶の天皇観」に固執しようとすることです。「断絶の天皇観」は、いかにも天皇を敬い、崇拝しているように聞こえますので、その中に隠された壊国的な意図や危険性がわかりにくい。

皇室も日本も豊かに栄えるためには、「断絶の天皇観」ではなく、「連続の天皇観」に立つ必要があると考えます。天皇と国民が一つにつながる事で、皇室も国民も共に栄えるわけです。そして、「連続の天皇観」に立てば、一政治家が天皇陛下に手紙を渡したぐらいでそんなに目くじらを立てるような話ではないんじゃないかと私は思うわけです。明治以降に作られた「断絶の天皇観」からすれば「トンデモナイ」という話になるかもしれませんが、そもそも、その「断絶の天皇観」が、どれだけ日本の歴史にとって本質的なものなのかという疑念を私は抱いています。

今上天皇も、「国旗国歌は強制でないことが望ましい」と述べられて、明らかに「断絶の天皇観」よりも、「連続の天皇観」を望んでいらっしゃる。なにより、山本の手紙をにこやかに受け取って、その後も、笑顔で山本太郎と言葉を交わしていらっしゃったではないですか。あの場面は天皇と国民との深い絆を感じさせてくれる、胸打たれる美しいシーンではないですか。なぜあの美しい場面を見て腹が立つ人がいるのかが、私には全くわからないんです。

私はあなたの山本に対する批判の言葉の中に、水島などのインチキ保守ほどではありませんが、やはり「断絶の天皇観」が混入していることをかぎとったということです。それに対して私は直感的に嫌悪感を感じたということです。

WJF様

議論が物別れになって打ち切るのは勝手ですが、事実に反するレッテル貼りには反論いたします。



何故あなたは、わたしに対して事実に反するレッテルをはるのでしょうか?
事実に反するレッテルをあなた自身が、チャンネル桜やなんとかマダムに貼られて憤慨していたのではないのですか???
自身がされて憤慨するような事を私にもされる神経が理解できません。
(「自分がされて嫌な事は他人にするな」といわれて育ってきました為です。)


コメントを引用して反証する方法も、あなたが取ったので合わせただけです。
はじめに私が感情の主軸をおいたコメントをし、あなたはそれに対して論理を持って反証しました。
次に、私があなたに合わせて論理的な議論にすれば、あなたは何故だか感情論に変わってしまった。
私は、同意できるものは同意し、同意できないものは同意できないと書いたに過ぎません。
あなたは、私が主張していないものまで私に成り代わって主張されていますが、どういったじじょうでしょうか?
私には、あなたの心境の変化が理解できません。






>あなたが何を言われようと、ひとりの政治家が民の窮状を天皇陛下に伝えようとしたことを、窃盗犯に例えるようなあなたの感覚


はじめから窃盗犯には例えていません。わたしの主張していることが理解されていないと思い、極端な例を出したまです。主意から逸れた、ただの言葉狩りですね。
山本議員の行動が「逸脱行為」であり「処分を受けなければならない」とあなた自身がおっしゃっていました。
処分を受ける逸脱行為は悪いことではないのですか???
悪いことの最たるものとして犯罪を例にしたことや、物事の「差」を極論を用いて明確にすることが、『極端な感覚』なのですか?
まぁ、あなたの感覚なので私には理解できなくて当たり前かもしれませんね。



>ひとりの政治家が民の窮状を天皇陛下に伝えようとすることすら、まかりならんとするあなたの感覚は私は理解できないし共有できないんです


私が窮状を伝えることをまかりならんとした事実はありません。
伝えるまでに、議員が尽力したのか、配慮は尽くされたかを指摘しているだけです。
このことも前述しております。
存在しない感覚です。
私自身も理解できず、共有できない感覚です。
まして、あなたが理解し共有できる訳がありません。



>天皇陛下に手紙を渡す事も犯罪視するような極端な感覚をもち


なんども言いますが持っていません。
あくまでも、極端な『例』を示しただけで、犯罪視している事実はありません。



>天皇と国民との間に隔絶した断絶を設けなければ天皇陛下を敬えないというのならば


これも、なんども言いますがこんな事思っていません。
むしろ今回のことで断絶が生まれる可能性について危惧しています。
また、今この時も陛下と国民が断絶されているとも考えていません。
精神的な距離は常に近く感じるからこそ、彼に逸脱行為を反省させたいだけです。



>私はそんな転倒した不自然でいかがわしいものからは遠ざかっていたいです


私も、不自然でいかがわしいものからは遠ざかっていたいです。
(みんなそうなんじゃないでしょうか?)



>この私の感覚が「左翼」と呼ばれようと、これは私の素直な気持ちです


なぜ私に「左翼」と主張されるのでしょうか?
私は、左翼も右翼も日本には存在しないとの立場です。
その私に左翼を装われても、なんの意味も持たないですよ。
(私以外の第三者に向けてのアピールならば、理解します。)
あなたの気持ちですので、ご自由にしてください。



>私の直感として、そんなものは、天皇と国民の自然な本来のあり方ではないと思います


あなたの直感ですので私は口を挟めません。
あなたにとっての「自然な本来のあり方」とはなんなのでしょうか?



>一方で国民には、天皇陛下に思いを伝える資格も持たないほど卑しい存在である


こんなことを伝えた事実はありません。
伝える方法等に配慮を尽くす必要があるといっているだけです。



>そのように天皇と国民との間に隔絶した差を設けることが天皇陛下を敬うことではない


隔絶した差を設けた事実はありません。
『親しい仲にも礼儀あり』といっているだけです。



>天皇が尊いから、国民も尊い。国民が尊いから、天皇も尊い。天皇と国民は連続した一体のものであると私は信じます


天皇はそのご尽力により尊いのです。国民も天皇から「おおみたから」と呼び続けて頂けるように不断の努力が必要です。
ダイヤモンドも磨かなければ、ただの石です。
「一体」がなにを指してしるのか分かりませんが、同列ではありません。
この差については昭和天皇が側近にこぼされた「私は天皇をやめることができない」とういう旨の言葉が証明しています。
天皇以外は、大変つらい時にその官職を辞すことができますが、天皇はどのような状況下でも天皇であり続けねばなりません。その御覚悟の深さゆえに自然と差が生まれ、それが権威となっているのです。

あなたが信じる信じないはあなたしだいです。



>だからこそ国民を尊いものとして大切にすることこそが、天皇陛下を敬うことの本質だと私は信じます


国民を大切にしないことは、もってのほかです。
国家・政治・経済の本来の役割は民の安寧です。
ただ、「大切」という言葉に「過保護」や「甘やかす」が含まれていないことを願います。



>国民には天皇陛下に手紙を渡す資格すらないと、一方では天皇を高く隔絶した場所においやり、一方では国民を低く蔑むことが天皇陛下を敬うことではないんじゃないですか


再三ですが、資格がないといった事実はありません。
高く隔絶した場所においやった事実もありません。
国民を低く蔑んだ事実もありません。
よりよい状況にするために努力しようといっているだけです。
それとも、国民は何もせずに日々を過ごしていれば天皇と同格にでもなるのでしょうか?

また、あなたの敬い方だけが陛下に対する敬い方だと押し付けるのはいかがでしょうか?
思いが100%表現できる人ばかりではありません。
いろいろな表現の仕方があっても良いと思います。


>水島のように、天皇と国民の間に断絶を設けて、天皇をやたらと不自然な隔絶した高みにおいやる連中と、安倍政権のように「おおみたから」であるはずの国民をゴミの扱う政権とは、通底したものがあります。


その通り同意します。
ただ、なぜ山本議員の事案に水島と安部総理を出さなければならないのかが分かりません。
山本議員の行動は「逸脱行為」です。逸脱行為として処分すればいいだけです。
水島や安部総理の行動は「売国行為」です。巨悪には心して立ち向かわなければなりません。
何度もいいますが、「売国行為」があるからといって、「逸脱行為」を見逃していいということにはなりません。
それぞれ、粛々と対処すれば良いといっているだけです。




>だからこそ、国民をゴミのように扱う安倍政権の新自由主義政策に対してまったく怒りや危機感をもたない連中が、山本太郎のしたことを「不敬だ」と言って大騒ぎをしやたらと叩くわけです


私は、安部政権の新自由政策に怒りも危機感も感じています。
だから、あなたの主張にも多々同意しています。
ただ、安部政権に怒りや危機感を持とうが・持つまいが、山本議員の行為は「逸脱行為」であり、不敬にあたることが変わるわけではありません。



>また出自のあやしげな連中が、日本人を貶める目的に天皇をやたらと持ち上げるということも起きるわけです


同感です。
不愉快な気持ちになることも多いですね。




>あなたも含めて天皇と国民との間に隔絶した断絶を設けるこのような連中は愛国・尊皇を擬態しながら、実際には、天皇を愚弄していると思います


突然「私」が含まれる意味が摩訶不思議です。
私の指摘には直接反証なさらないのに、唐突に売国奴に分類されるあなたの神経を疑います。
私が「悪い」行為の最たる「例」として犯罪を「比喩」につかうことが「売国奴」に繋がるというのは、とても数々の動画を論理的に作ってきた人物とは思えないほぼ、雑な主張だと思います。

そもそも、何故あなたは執拗に私に「天皇と国民を断絶する者」「売国奴」の類のレッテルを貼りたいのですか???


WJF=善で、あなたの意見に100%同意しない私は悪ですか???



二元論を批判したり、多様性に言及した人物とは思えない論理を使われていることに、自己矛盾をあなたは感じないのですか???
ミイラ取りがミイラになって戻ってきてしまったのですか???


山本議員の逸脱行為は粛々と処分し、本丸である安部政権へ切り込めばよいだけではないのですか?
山本議員批判の挑発にのって、不必要な擁護論を展開し、その結果として安部政権の目くらましに助力してしまっている現実・事実を何故見ようとしないのですか?
事実を軽視する姿勢は、あなたがチャンネル桜等に関して批判していた行動です。

何故あなたが、批判していた連中と同じ行動を取ることに固辞しているのか理解できません。
理解はできませんが、私はあなたの意見を否定してはおりません。
あなたには、あなたの考えがある。私には私の考えがあるということが事実です。


あなたが、山本議員を擁護するのは勝手ですが、そのために私に売国奴の類の「レッテルを貼り」利用するのはやめてください。



あなたに信ずるものがあるように、私にもあります。
私にとって天皇は日本そのものであり、日本の歴史・民族性の「縦糸」だと考えています。
我々国民はその時々の「横糸」です。
縦糸には縦糸の、横糸には横糸の役割があります。
織り成すことで一体となります(あなたのいう一体と同じ意味かは分かりかねます)
一枚の布になれるからといって、横糸が縦糸にとって変われば「もつれる」だけです。
ここに私のいう『差』が生じているのです。
縦糸と横糸で布を織ることが、隔離や断絶になるのでしょうか?
むしろ、分別をわきまえずに横糸が縦糸になろうとすれば、一枚の布にはなれません。


また、陛下を敬う行動云々ならば、『世のため人のために尽くせる人物となり、互いが尽くし合える社会の実現・維持のために、日々自分の職分に勤勉に励むこと』が私の信ずるところです。
あなたの様に陛下の民を大切にすると考える意見もあるでしょうし、私の様に陛下の目指されている社会の実現・維持に行動すると考える意見もあるのです。



すでに述べましたが、お互いにものを見る角度や視点が異なるのですから、異なる結果になるのは至極同然のことです。
なのに、異なるからといって私にレッテル貼りをするのは大人のすることでしょうか?
どちらが善で、どちらが悪というのではなく、お互いが学べるところは学べばよいだけです。

狭い世界で、相手を論破することには価値はありません。
井の中の蛙でいつつけることで、大海に出れる訳でもありません。
大海に出ようとするならば、自己を研鑽、己を高めるだけです。





これだけ説明しても、自身の殻に閉じこもりたいのであれば止めません。
レッテル貼りも諫めません。
レッテル貼りをする類の者が、どういう人間性の持ち主なのかをあなたは身を持って知っていたはずです。
悪口も書かれて結構です。
山本議員を叩いて溜飲を下げている連中同様に、私のことを叩いて自己を慰めてください。
あなたは、あなたの思うものだけを信じて邁進してください。
私は、多様性の可能性を信じて邁進します。


長々とコメントし申し訳ありません。
また、これまでのコメントを全文掲載してくださったことへの感謝を持って、私の主張を締めくくらせていただきます。
お付き合いいだき、ありがとうございました。

 

私ごと恐縮ですが、とある地方での行幸啓で天皇陛下と皇后陛下をお見送りする光栄にめぐまれる機会がありました。

幾日も前から心構えをし、そして当日の早朝には神社で身を清めて臨みました。

ほんの数秒程度でしたが両陛下が目の前をお通りされる際、全身に緊張がはしり、深々と頭をさげたままお顔は拝見することができませんでした。
ただそれより前においては、沿道でお出迎えする日の丸の旗を振る臣民に御料車からお手を振られる御姿を遠くで拝見した際には、気持ちが晴れ晴れとしました。まさに多くの国民に親しまれ愛される皇室と臣民の間の信頼関係を見て取れる素晴らしい光景でした。
遠くにありては皇室と日本国民はともに歩む統合性を感じ、しかし天皇陛下の御前では一介の臣民においては、ひたすら畏れ多いという、このパースペクティブな関係性を実感できた貴重な体験でした。

山本議員の行為は、天皇陛下の御前において非常識かつ軽率であったとは思います。

ただし、彼の天皇陛下を敬う気持ちはいかほどかは分かりかねますが、彼なりに懸命に考え原発問題の現状を陛下に知ってもらいたいという気持ちで行った純粋性だけは感じます。

保守の多くは、ここぞとばかり山本議員を非難していますが、本来保守精神でもって批判されるべきは皇室を政治利用してきている安倍政権なのです。

安倍政権は「主権回復の日」などという保守騙しの茶番に、宮内庁に圧力をかけて両陛下のご出席を強要し、あろうことか両陛下をお見送りの際には、お近くを通られる配慮すらなく怒鳴り声のような乱暴な万歳をする不敬ぶり。
そしてオリンピック招致に皇室利用までする見識の無さ。

保守はこのようなことを続ける政権の本丸である安倍晋三こそを批判すべきなのですが、権力に対しては阿り、叩きやすい山本議員をここぞとばかり叩いているのが現状なのです。
性根は腐りきってます。公を語る資格などありません。

安倍晋三こそが客観的な多くの事実から日本の国体破壊を行う国賊であることは間違いなく、そして皇室を敬うふりをして政治的に利用しようとする逆賊であるのですから。

クマさん

>例えば、総理が殺人犯だとするなら、議員は窃盗犯だと思います。
>ぼろかすに叩くことが良いのかは分かりませんが、殺人犯の取り締まり強化を訴える一方で、窃盗犯は大目に見よ>うというのは私には理解できません。


あなたが何を言われようと、ひとりの政治家が民の窮状を天皇陛下に伝えようとしたことを、窃盗犯に例えるようなあなたの感覚、ひとりの政治家が民の窮状を天皇陛下に伝えようとすることすら、まかりならんとするあなたの感覚は私は理解できないし共有できないんです。天皇陛下に手紙を渡す事も犯罪視するような極端な感覚をもち、天皇と国民との間に隔絶した断絶を設けなければ天皇陛下を敬えないというのならば、私はそんな転倒した不自然でいかがわしいものからは遠ざかっていたいです。この私の感覚が「左翼」と呼ばれようと、これは私の素直な気持ちです。私の直感として、そんなものは、天皇と国民の自然な本来のあり方ではないと思います。天皇陛下が尊く気高く、一方で国民には、天皇陛下に思いを伝える資格も持たないほど卑しい存在である。そのように天皇と国民との間に隔絶した差を設けることが天皇陛下を敬うことではない。そうではない。天皇は国民を「おおみたから」と呼んでこられた。天皇が尊いから、国民も尊い。国民が尊いから、天皇も尊い。天皇と国民は連続した一体のものであると私は信じます。だからこそ国民を尊いものとして大切にすることこそが、天皇陛下を敬うことの本質だと私は信じます。国民には天皇陛下に手紙を渡す資格すらないと、一方では天皇を高く隔絶した場所においやり、一方では国民を低く蔑むことが天皇陛下を敬うことではないんじゃないですか。

水島のように、天皇と国民の間に断絶を設けて、天皇をやたらと不自然な隔絶した高みにおいやる連中と、安倍政権のように「おおみたから」であるはずの国民をゴミの扱う政権とは、通底したものがあります。この両者は無関係ではありません。だからこそ、国民をゴミのように扱う安倍政権の新自由主義政策に対してまったく怒りや危機感をもたない連中が、山本太郎のしたことを「不敬だ」と言って大騒ぎをしやたらと叩くわけです。また出自のあやしげな連中が、日本人を貶める目的に天皇をやたらと持ち上げるということも起きるわけです。私は、あなたも含めて天皇と国民との間に隔絶した断絶を設けるこのような連中は愛国・尊皇を擬態しながら、実際には、天皇を愚弄していると思います。国民をゴミのようにいやしいものとしてみなし扱う人間は、天皇を敬っているのではなく愚弄しています。天皇と国民は断絶したものではなく、一体だからです。

これ以上のやりとりはけっこうです。

No title

>私の感覚では、政治家が国民の中の最も貧しい一人を気遣うことこそ、国を愛し、天皇陛下を敬うことであると信じています。

この言葉、全面的に支持します。

生活保護申請を何度も出したのに認定されず
「おにぎり食べたい」と遺書を残して飢えじにする人間が現れています。
こんな状況を陛下が喜ばれるでしょうか?

安倍晋三や竹中平蔵、そして彼らの支持者である新自由主義者どもは、
「無能な奴は生きなくていい」
と本気で思っているのでしょう。

彼らは、とてつもない「エリート思考」に凝り固まっている連中であり、自分たちが「負け組」に陥る事は想像だにしていないのだと思われます。

昔みたいな大飢饉でもないのに餓死者が出ているという事は、それこそ為政者の責任ではないですか。
バブルの崩壊以降20年も政権を司ってきた自民党と、連立を組んでから10年は経過している公明党こそが、まず真っ先に失政の責任を負うべきです。
この「失われた20年」は天災ではありません、政治の無能という「人災」です。

その人災を意図的に長期化させ、陛下の御心痛を作り続けている連中が、
「山本太郎は不敬だ!」などと、どの口が言えるのでしょうか?

また、ここのサイトの書き込みで知りましたが、
原発の安全基準を第一次安倍政権時代に見直す動きがあったというのに、安倍晋三の鶴の一声でナシになったそうですね。
それだけでなく、原発の稼働寿命は「長くて30年」なのに、色々理由を付けて延長して使い続けてきたのも自民党政権だったようですね。

つまり、ここまで原発事故が凄まじい事になったのは、

・東京電力の無能
・当時の民主党政権の無能

この二点を忘れてはなりませんが、長年政権を担ってきた自民党にも責任が大いにあるという事です。
特に、安全基準見直しを怠った安倍晋三の責任は重大でしょう。

もしも定められた寿命通り「30年」で原発をストップし、老朽化した原発は使用していなければ……
もしも安全基準見直しを実行し、厳しい耐震設計や津波に対する抵抗力を与えていたならば……

原発事故の被害は大幅に抑えられたのではないですか?

山本太郎がこんな事件を起こさずとも済んだのじゃないですか。

管理人様が危惧されておられる通り、『この馬鹿な左翼男』をスケープゴートにして、自民党と安倍晋三は「自分の責任」から必死に批判の矛先をそらそうとしているのでしょう。

元々山本太郎が「直訴」に至った理由は、というか「反原発運動」に興味を持ち、そのまま政治家に立候補してしまうに至る理由は、

自 民 党 政 権 時 代 の 原 発 政 策 に あ っ た

のじゃないですか?

No title

まず「陛下に対する直訴」それ自体は、日本史の上で

  何  度  も  行  わ  れ  て  い  る

という事は指摘しておかねばなりません。
山本太郎が実行するまでもなく、歴史上に事例はいくらでもあります。
明治時代の足尾鉱毒事件に関する田中正造を例に出すまでもなく、陛下への直訴なんて枚挙に暇が無いじゃないですか。

・比叡山の僧兵による”強訴”
・豊臣秀吉が私邸に後陽成天皇
・江戸時代の将軍の代替わりの際に行われる征夷大将軍任命のお願い
・江戸後期、天保の飢饉に苦しむ民が京都御所に押しかけ直訴
・幕末の三条実美を中心とする「七卿」による孝明天皇への直訴

「直訴」=不敬であるならば、彼らは全員揃って「不敬」という事になります。
三条実美と言えば、日本初の(事実上の)内閣総理大臣も務めた男ですが、彼も不敬ですか、そうですか。

「直訴する事自体が不敬である」というチャンネル桜の主張は、水島がバカで歴史を知らないから言ってる事でしかありません。

断言できますが、一度会った事の有る私は「水島は歴史を知らない」と言い切れます。
彼の頭の中にあるのは「南京」とか「慰安婦」とか、近代史のごく僅かだけであり、江戸時代以前については全くの無知です。
いつものように、「無知なくせにハッタリをかました」のが、今回の「直訴する事自体が不敬」という理屈でしょう。

WJF様

コメントを終了すると書きましたが、あなたのコメントから議論の継続を望んでらっしゃるのかなと思ったのでコメントさしていただきます。
(私の勘違いだったら以下の文章は無視して、コメントも削除してください。)




>なぜ、彼が大犯罪でも犯したかのようにぼろかすに叩かれて、議員辞職まで求められなきゃならないのか


例えば、総理が殺人犯だとするなら、議員は窃盗犯だと思います。
ぼろかすに叩くことが良いのかは分かりませんが、殺人犯の取り締まり強化を訴える一方で、窃盗犯は大目に見ようというのは私には理解できません。
窃盗犯も居直って、殺人犯になるかもしれませんし、治安の悪化が凶悪犯罪を呼び寄せるかもしれません。
殺人も窃盗も取り締まる方が良いと思います。



>そうやってこの「馬鹿な左翼男」をなじり倒すことが、本当に天皇陛下を敬うことなのかということです


そのとおりですね。なじって溜飲を下げたり、巨悪から目を背けられているだけですよね。




>私の感覚では、政治家が国民の中の最も貧しい一人を気遣うことこそ、国を愛し、天皇陛下を敬うことであると信じています。


あなたの心情なので、私が口をはさむことはできません。
ただ、最も貧しい一人『を』というのは、貧しい層だけに限定されているのでしょうか?
『を』と『も』では意味あいがかけ離れてしまいますので…言葉尻を捕らえるようで申し訳ありません。
『も』であれば同意できます。
『を』であれば、日本人の典型的な特徴でもある「判官贔屓」であり、同意できません。
(『を』でなかった場合は無視してください。)
誤った判官贔屓がもたらすのは堕落だからです。
そもそも、弱者に基準を合わせるというのはキリスト教や共産主義の影響が強くなりすぎたからです。
古来より、日本人の判官贔屓とは「弱者を見捨てない」ことを意味してきたのであって、弱者や貧者・愚者に歩調を合わせることではなく、彼らをより良い状況に「導く・押し上げる」をしてきました。
昨今は、誤った使われ方が多く残念な気持ちです。



>だって国民は一人の例外もなく、天皇陛下の民じゃないですか


その通り、国民は天皇の民であり子であります。



>この観点からいえば、山本太郎は、決して道を大きく踏み外してはいません


大きく踏み外しているのかは分かりません。
私がわかるのは、彼が道を踏み外したことだけです。



>そういう、愛国心や天皇陛下を敬うことの本質に比べたら、手紙を渡すとか渡さないとか、片手を使うとか両手を使うとか、はるかに瑣末的なことに私には思えます。


ご指摘通り、瑣末的なことです。
ただ、細部に神が宿るのも事実です。



>天皇陛下ご自身がどちらを喜ばれるのか


喜ばれるかは分かりませんが、すべてを受け止めてくださると思います。




>政治家が民の最も貧しい一人を気遣い大切に扱うことを喜ばれるのか


上述したように、『も』であれば賛同できますが、『を』であれば賛同できません。
陛下が私照されることはありません。



>それとも、慇懃な言葉と作法で天皇陛下に接することの方を大切に思われるのか。


陛下に接する人々の言動に心が篭っていないとの前提に立っていませんか?
形だけの人もいるでしょうが、心が形となって表現されている方もいると思いますよ。
陛下が招待された方々は誰も彼も形だけの人々だったのでしょうか?



>天皇と国民は一つにつながっています。


私も同じ考えです。



>国民を大切にすることこそが、天皇陛下を敬うことの本質だと私は単純に信じています


その信念は素晴らしいと思います。同感です。



>天皇陛下への敬いのあり方を、「こうでなくてはならない」と固定化したり、形式化したり、人に押し付けたり、人を裁いたり、そういうことが、天皇陛下を敬う唯一の道筋であるならば、私は「左翼」となじられようと、そういうものからは距離をおきたいと率直に思います。


「こうでなくてはならない」というご指摘は何を示しているのか分かりません。
手紙を両手で差し出す云々のことでしょうか?
もしそうならば、それは誤解です。
同じ所作でも、個人個人敬意の示し方は違います。
議員にとっては片手で差し出すことが敬意の示し方だったのかは、私には分かりません。
ただ、多くの人々にとっては敬意を示す行為とは映らなかったことは事実です。



>「馬鹿な左翼男」が天皇陛下に手紙を出して民の窮状を知らせようとした。その矛盾した愚かな行為の中に微笑ましさを見いだすぐらいのおおらかさがあっていいと私は信じています


個人個人の価値観ですので何とも言えません。
おおらかさが良いという価値観があれば、逆に大目にみるなという価値観があっても不思議ではありませんし、いろいろある方が健全です。




>主権回復の日に天皇陛下を呼び出して万歳を浴びせる悪質さや下劣さに比べたら、ずっとましです


そうですね、ずっとましですね。
ただ、私は「まし」だからといって看過しようとは思わないだけです。





後、何点か気になりましたので追記さしていただきます。

①左翼・右翼について
左翼・右翼(保守)という言葉を使われていますが、日本には両方存在しないと私は考えています。
左翼=国家転覆を目論む破壊論者
右翼=売国によって利益を得ようとする金の亡者
どちらも『翼』にはなりえません。


②WJFさんは事実に焦点を合わせ続けてきたはずではなかったのか?
1:今回の議員の逸脱行為を認めながら何故擁護するのか?
気持ちを訴えるためには何をしてもいいということにはなりません。
それはテロやカルトと同じ論理になってしまいます。
2:議員の行動の結果、どうなったかを何故見過ごすのか?
他の問題から目をそらしたい与党に結果として塩を送った。
議員の問題提起の中身自体も、彼の愚考と共に葬られてしまった。
今後、陛下の原発に対する発言を結果として抑止してしまった。
原発に反対すの者のイメージを毀損した。
官房長官が警備という名の国民との『壁』を示唆した。

これらのマイナスを補って余りあるプラスを議員はもたらしたのでしょうか?


③なぜ相対評価なのか?
総理に比べればマシとは言えますが、何故総理と比べる必要があるのでしょうか。
事実を大切にする上で、絶対評価よりも相対評価の方が客観的な評価になるのでしょうか?





あとは、ここ十数年の政治動向についての私の所感です。
「正しい言葉(主張)=正しい行動(手段)=正しい結果」という図式から
『正しい言葉(主張)≠正しい行動(手段)=間違った結果』に移行したと感じます。

最近では在特会という胡散臭い団体が良い例です。
彼らの主張は正しい事です。事実を述べています。
彼らの行動(手段)は間違いです。ただのキチガイですね。
間違った結果となりました。判決が下りましたね。
このまま行けば、日本人の真っ当な批判さえ『差別』という言葉で取り締まられることになるのではと危惧しています。
日本人に啓発活動を行い、結果として朝鮮人の利益を確保する。
このような、一見すると利益供与に見えるパターンが昨今の流行ですね。
まぁ、昨今の流行と書きながら数千年前からの戦略・戦術だなぁと思うしだいです。
『臥薪嘗胆』の故事にマンマ当てはまるのですが、現代においても現役バリバリのようです。
人はなかなか進歩しないなぁとつくづく感じます。


『正しい主張をしている人が必ずしも、人々が期待する正しい結果を望んで行動しているとは限りません。』
このことを国民は理解する必要があるように感じます。
(『正しい言葉(主張)=正しい行動(手段)≠正しい結果』という例外の可能性も排除せずに、心の片隅には置いています。)







































クマさん

歴史的に天皇と国民との関係がどうとか、そういうこととは無関係に私の自分勝手な感覚を述べさせていただきますが、今回のことで、私が抱いている疑問はきわめて単純なものです。

報道によれば、山本太郎は、福島の原発で作業している貧しい日雇い労働者の窮状を天皇陛下に知っていただこうとしたとのことです。

彼がしたことが逸脱行為であることは確かですから、ある程度の処罰は受けなければならないのはわかりますが、

なぜ、彼が大犯罪でも犯したかのようにぼろかすに叩かれて、議員辞職まで求められなきゃならないのか。

そうやってこの「馬鹿な左翼男」をなじり倒すことが、本当に天皇陛下を敬うことなのかということです。

私の感覚では、政治家が国民の中の最も貧しい一人を気遣うことこそ、国を愛し、天皇陛下を敬うことであると信じています。

だって国民は一人の例外もなく、天皇陛下の民じゃないですか。

この観点からいえば、山本太郎は、決して道を大きく踏み外してはいません。

そういう、愛国心や天皇陛下を敬うことの本質に比べたら、手紙を渡すとか渡さないとか、片手を使うとか両手を使うとか、はるかに瑣末的なことに私には思えます。

天皇陛下ご自身がどちらを喜ばれるのか。

政治家が民の最も貧しい一人を気遣い大切に扱うことを喜ばれるのか。

それとも、慇懃な言葉と作法で天皇陛下に接することの方を大切に思われるのか。

私にとっては答えは明白です。

天皇と国民は一つにつながっています。

国民を大切にすることこそが、天皇陛下を敬うことの本質だと私は単純に信じています。

天皇陛下への敬いのあり方を、「こうでなくてはならない」と固定化したり、形式化したり、人に押し付けたり、人を裁いたり、そういうことが、天皇陛下を敬う唯一の道筋であるならば、私は「左翼」となじられようと、そういうものからは距離をおきたいと率直に思います。

「馬鹿な左翼男」が天皇陛下に手紙を出して民の窮状を知らせようとした。その矛盾した愚かな行為の中に微笑ましさを見いだすぐらいのおおらかさがあっていいと私は信じています。

主権回復の日に天皇陛下を呼び出して万歳を浴びせる悪質さや下劣さに比べたら、ずっとましです。

第三者さん

明治維新とは、大まかに言えば、外国勢力が日本に開国を求めた危機の時代にあって、旧幕府や薩長が行った天皇への直訴であり、天皇親政体制への転換による、現実政治への天皇の巻き込みであったわけです。とすれば、現実政治はあくまでも臣民の仕事であり、現実政治に天皇陛下を巻き込んではならないという水島やあなたの主張によれば、明治維新を引き起こした薩長や大政奉還を行った徳川慶喜は逆賊であり、仮に名目的なものであっても天皇主権が規定されていた明治から終戦までの日本の国家体制は日本の歴史上の大きな逸脱であったということになります。徳川慶喜は大政奉還などしてはならず、明治維新など起きるべきではなく、あくまで徳川幕府が継続して現実政治の問題にもっぱら対処すべきであった。天皇陛下を現実政治に巻き込んだ明治から終戦までは天皇陛下にご迷惑をおかけした唾棄すべき悪の時代であり、むしろアメリカに与えられた戦後憲法によって規定された象徴天皇制こそ、ありがたく保持すべきものであるという、そういう指摘でよろしいですか? 私が天皇陛下に直訴するしかないと書いたのは、どの政党が政権を取ろうと、誰が総理大臣になろうと、売国奴だらけになってしまった今の日本の状況下では、幕末の危機の時代と同じく、天皇陛下におすがりするしか無い、あるいは天皇陛下の下に結集するしかないという行き詰まった思いを表明したにすぎないのですが、問題のある発言でしたでしょうか?

化けの皮が剥がれたのはどっちでしょう?

今まで、チャンネル桜とこのサイトの言い分を、注意ぶかく見守ってきました。
残念ながら、馬脚を現したのはこちらの方であったと判断せざるを得ません。
いかに安倍晋三が売国奴であろうとも、天皇陛下に直訴してみたいなどとは、
仮にも保守を名乗る人間が発する言葉とは思えません。
安倍晋三が売国行為を行っているにしても、それを解決するのは、あくまでも臣民である国民の仕事であります。
この件に関してはチャンネル桜の方が理が通っていると考えます。

WJF様

>山本が天皇の権威を認めていなかったら、そもそも天皇陛下に手紙を書いて何かを伝えようとすらしなかったはずです。

権威を認めているかといって、陛下を敬っているとは限りません。
権威の利用価値を認めているだけと考えます。


>手紙を渡す所作は確かにきちんとしていなかったかもしれませんが、映像を見ると腰を屈めて頭を下げながら渡していたことも事実です。

子供でも、尊敬する人・好意を持つ人には両手で渡します。理屈ではなく気持ちが現れるためです。
各国の首脳陣(日本に好意を持っていない国も含めて)も、陛下の包容力の前では虚勢は張れず、頭は下げている、もしくは下がってしまっています。


>天皇陛下に手紙を渡すことは、確かに常ならぬことですが、天皇陛下に手紙を渡すこと自体を侮辱だとする感覚、天皇と国民の間に一切の非常を認めない偏狭な感覚

手紙を渡すことが侮辱だというのではなく、無知な言動が私には侮辱的に見えるだけです。
①時も場所も状況も手段もすべて、配慮に欠けている。
②放射能が危険だと真っ先に国外脱出を図った腰抜けが、幾度も被災地を訪問され、心を尽されている陛下になにを上奏するのでしょうか?
③一切の非常を認めないのではなく、議員自身が上奏にいたるまでの努力が尽くされていないことが問題です。(本当に尽力され、万策尽きて窮状を訴えている方ならば、むしろ賛同します。)

総理が、下らん式典を催したり、狂信者のように唐突に万歳を叫ぶのと同様の侮辱的な行為に映ります。


>明治維新の際に、政治的な目的から、天皇と国民との間に極端に隔絶した距離を人為的に設けた

私は、学がないので「神聖にして、侵すべからず」くらいしか知らず、どのことを示されているのかわかりません。よければ、ご教授ください。


>皇室を隔絶した狭い場所に追いやる事によって、皇室はどんどんやせほそり、やがて消滅していきはしないでしょうか

所功先生が提唱されている女系天皇論と本質的に同じ危惧かと思います。
私も、そのことは危惧しています。ただ、この類の論理は本当に皇室を考えている方が実践される分には良いのですが、皇室の破壊・権威失墜を目論む者の同様のことをおっしゃるので慎重に、注意深く見ていく必要があると思います。
あらゆることを想定するのは良いことだと思います。


>国民がこぞって天皇陛下に直訴しなくてはならないほど逼迫した状況であることも事実
その通りだと思います。逼迫していると考えています。
ただ、我々国民が人知を尽くしていないのに、陛下に丸投げするのもどうか?というもどかしい気持ちになります。


>安倍の国家解体に胸を痛めず真剣に食い止めようとしない連中が、山本の事例を針小棒大に取り上げて愛国者ぶる。そんな連中が慇懃な言葉を使って、天皇陛下への尊敬の念を語る。天皇陛下への尊敬を慇懃に示しながら、天皇を狭い場所に閉じ込めていく

同意します。ただ、議員の行動があなたの言う「天皇を狭い場い閉じ込めていく」ことに助勢しているのも事実ではないでしょうか?(結果として、官房長官も警備について示唆しました)


>山本のようながさつな粗忽者が差し出す手紙をおおらかに受け止められた、その天皇陛下のお姿に、むしろ天皇の天皇たるゆえんが神々しいまでに輝き渡っていた

そうですね。やはり我々の頂いている天皇は国民の期待を裏切りませんね。
さすがに陛下は、やはり陛下でしたね。


>天皇陛下は、山本のような「左翼」と呼ばれる男にとっても、やはり天皇陛下でいらっしゃった

そうなんですねよ。陛下は、富める者も貧しい者も、家族仲むつまじい者も親に捨てられた者も、功労者も犯罪者も、健常者も精神異常者も分け隔てなく慈しみで包んでくださり、日々安寧を祈ってくださっています。日本人であることを誇りに思い、感謝の念が絶えません。


>水島のようなインチキ「右翼」が、慇懃な言葉を使って天皇について語るときの、いかがわしさと不自然さにはむしろ吐き気がします

同感です。私は、数年前に一度番組を見ただけですが、ただの耳障りのよいことだけを言う詐欺師だと直感したので、それ以降は見るだけ時間の無駄であり、不快なだけなのでこのブログの動画記事も見ておりません。ただ、見ずとも水島の人間性から内容は想像できまし、想像しただけで不快になりました。



何度も、本文記事の主意とは違うところでコメントをするのも、いささか気が引けますのでこれで終わりにさせていただきますね。



私のまとめとしては
①WJF様の意見には、おおむね同意している
②『国体』についての認識がお互いに異なる
③②により、天皇・皇室・国民・国土等の認識も必然的に異なる
④見ているものは共有している
⑤同じもを見ているが、視点・角度が異なるので結果も異なる

私は、「多様性を失った存在は、消滅する」と考えています。
異なる視点・角度からのご指摘は、貴重でした。
お陰で、自身の頭の整理もできました。
ありがとうございました。














名無しさん

>まった馬鹿共につける薬はないなぁ。

あなたがたのように、

「自民党(善)VS民主党(悪)」

のようなマンガのような善悪二元論にころっと騙される人々のことを「馬鹿」って言うんですよ。

>自民政権が戻って、思い通りにならなくなって都合が悪くなってきたか?
>在日どもにとっては。

安倍晋三は、夫婦そろってねっからの親韓家であり、在日やパチンコ業界と深く癒着し、下関の自宅まで在日に建ててもらっているんですが、安倍政権は、在日にとって困るようなこと何かしました?

目を見開いて、下の記事をよく読みなさい。私が在日なら、むしろ、安倍晋三を熱心に応援したいところです。

あなたはいまだに騙されてはいないか?
http://wondrousjapanforever.blog.fc2.com/blog-entry-39.html

安倍のやることなすこと日本人に対する悪意に満ち満ちており、その哲学も政策も行動も、完全に日本人離れしていますが、彼は本当に日本人ですか?

安倍晋三は日本人か
http://wondrousjapanforever.blog.fc2.com/blog-entry-198.html

No title

まった馬鹿共につける薬はないなぁ。
日本人のフリしてサイト作って意見するなよ、在日の売国奴が。
山本太郎のやったことは許されないこと、
そんなのは常識のある日本人ならわかること。
ここのサイトは酷いレベルだねぇ。

自民政権が戻って、思い通りにならなくなって都合が悪くなってきたか?
在日どもにとっては。

記事の動画化

この記事を動画にして、投稿しました。

辞職を求めるなら、逆賊安倍晋三の辞職を求めよ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22174521
http://www.youtube.com/watch?v=I7mRab8ai9A

私も何かコメントをしようと思うのですが、疲れたので休みます。

No title

>自分より優れた人を敬えないことが問題です。
>尊敬する人に、乱雑な手紙を片手で渡すでしょうか?

山本が天皇の権威を認めていなかったら、そもそも天皇陛下に手紙を書いて何かを伝えようとすらしなかったはずです。手紙を渡す所作は確かにきちんとしていなかったかもしれませんが、映像を見ると腰を屈めて頭を下げながら渡していたことも事実です。

>それゆえ、このような侮辱まがいの無知な行為を許せません。

天皇陛下に手紙を渡すことは、確かに常ならぬことですが、天皇陛下に手紙を渡すこと自体を侮辱だとする感覚、天皇と国民の間に一切の非常を認めない偏狭な感覚は、本当に「日本の根」から自然に発出したものなのでしょうか。それとも、明治維新の際に、政治的な目的から、天皇と国民との間に極端に隔絶した距離を人為的に設けた、その不自然な天皇のあり方を固定化し、絶対化してはいないでしょうか。天皇と国民の関係は、本来はもっと自然で素朴なものだったのではないでしょうか。天皇と国民との間の自然な連続性や関わりを否定し、皇室を隔絶した狭い場所に追いやる事によって、皇室はどんどんやせほそり、やがて消滅していきはしないでしょうか。また、安倍政権による国家解体が進行する現在の日本の状況は、国民がこぞって天皇陛下に直訴しなくてはならないほど逼迫した状況であることも事実ではないでしょうか。

安倍の国家解体に胸を痛めず真剣に食い止めようとしない連中が、山本の事例を針小棒大に取り上げて愛国者ぶる。そんな連中が慇懃な言葉を使って、天皇陛下への尊敬の念を語る。天皇陛下への尊敬を慇懃に示しながら、天皇を狭い場所に閉じ込めていく。彼らのそんな上っ面のインチキな言葉よりも、山本が国民の窮状を天皇陛下に伝えようとした洗練されない行動の中に、むしろ逆説的ですが、天皇陛下に対する自然で素朴な尊敬の念が現れていたと感じずにはいられませんし、山本のようながさつな粗忽者が差し出す手紙をおおらかに受け止められた、その天皇陛下のお姿に、むしろ天皇の天皇たるゆえんが神々しいまでに輝き渡っていた。私は天皇陛下が山本の手紙を受け取られたあの映像に、怒りを感じるどころか、その素朴な美しさに胸を打たれるものがあります。天皇陛下は、山本のような「左翼」と呼ばれる男にとっても、やはり天皇陛下でいらっしゃった。天皇陛下は「右翼」の専有物ではなく、国民すべてのとっての天皇陛下でいらっしゃるということです。ごてごてした敬語を使って慇懃に天皇について語ることだけが、必ずしも天皇陛下を敬うことではない。水島のようなインチキ「右翼」が、慇懃な言葉を使って天皇について語るときの、いかがわしさと不自然さにはむしろ吐き気がします。

WJF様

京都では、そのように身近な存在だったのですね。
羨ましく思います。


距離とは、京都の様に物理的に近い場合もあるでしょう。
ただ、都以外では御姿は勿論のこと、本当に実在するのかも分からない状況でした。
にもかかわらず、誰しもが天皇の存在を確信し、尊崇の念を抱き感謝していた。
それは、物理的な距離ではなく、精神的な距離が近かったからではないでしょうか!?
神話に親しまなくなった現代日本、その将来を危惧します。


話はそれましたが、日本人にとって陛下との距離とは心を意味してきたのではないでしょうか?
見えずとも見えるのが日本的であり、物理的に見えないことは見えない(信じない)という考えは一神教(科学)の流入によって出来た新しい感覚だと考えます。




親しみと馴れ馴れしさは違います。
自分より優れた人を敬えないことが問題です。
尊敬する人に、乱雑な手紙を片手で渡すでしょうか?

売国奴に騙されてカルトに憤慨してる方は別として、多くの国民は陛下との距離(精神的)が近いからこそ、その時の陛下の心情を(皇后陛下の表情も含め)察し、憤っているのではと思います。

手紙を持って訴えることを否定している訳ではありません。
渡す相手が違います。


侍従に危惧を伝えたところ陛下より、『以前より私も危惧していた』という旨の御言葉を頂いたという話もあります。
陛下は、直接伝えなければ耳を傾けないような方ではありません。
ただ、憲法遵守を貫くとの御覚悟ゆえ、その制約上発言を控えられているだけです。


御所の塀の低さや、警備のなさからも昔から天皇との距離は近かったと考えます。
権力に手をだした時は別にして、そもそも天皇は襲われる対象ではなく、親しまれると同時に畏敬の対象でもあったからです。


姿は見えずとも、傍にいる。
そう感じることが出来れば、物理的な距離は関係なくなりますし、天皇と国民も断絶されません。
歴代の天皇が望まれてきたことです。


それゆえ、アメリカが恐れ、弱体化を図っていることでもあります。



天皇と国民のつながりも日本の根幹を成すと考えます。
それゆえ、このような侮辱まがいの無知な行為を許せません。
勿論、売国奴の万歳発言も愚弄する行為ゆえ、許せません。

No title

どんどん山本太郎を叩けばいいよ日本人は
それで日本がどんなにおかしい国であるか全世界に伝わる
日本政府が原発問題に関してどんなに不誠実な対応をしているかもばれる

にちゃんで拾ったレスですが、かなり的を射ていると思った。

クマさん

もう一つ、私の疑問は、天皇陛下に手紙を渡すことすらも、天皇の権威の否定につながるとまで考えるこの極端な思考が、果たして本来の天皇のあり方なのかということです。

明治維新では、近代国民国家として日本を成立させる目的で、西洋の近代立憲君主制にならって天皇のあり方を再編する必要がありました。

天皇に神格を与え、神道を国教と定めて、日本を祭政一致の国家とする国家方針が示されたのはこのときです。

この明治維新の際に規定された天皇のあり方というものが、本当に天皇の本来のあり方だったのでしょうか。

天皇陛下に手紙を渡す事も、天皇の否定だと考えるほど、天皇と国民の間に極端な断絶を設ける思考は、明治維新のこのときに人為的に作られたものではないのでしょうか。

本来の天皇と国民との関係というものは、極端な断絶よりももっと自然で連続したものだったのではなかったのでしょうか。

明治維新以前に京都に天皇が住まわれていた時代には、天皇は京都の住人にとってはもっと身近な存在だったと聞きます。

たとえば、日本古学アカデミー代表のきのせみかさんのブログには、次のような指摘も行われています。

天皇家と国民は本家と分家の関係
http://kinosemika.blog134.fc2.com/blog-entry-259.html

天皇に手紙を渡すことすらもタブー視する、天皇と国民との間に極端な断絶を設けるこの思考は、天皇を国民生活から乖離した狭い場所に追いやり、皇室の存在をやせほそらせていき、最後にはかえって皇室の消滅にすら至らせるものではないのでしょうか。

明治から終戦までの日本のあり方を固定化し、絶対的なものとしてとらえる見方は、いわゆる「保守」の人たちに根強い見方なのですが、薩長によって成し遂げられた明治以降の天皇や日本の姿の再編は、天皇や日本の本来のあり方からの逸脱であった可能性もないわけではありません。

私たちは歴史を明治以前まで深くさかのぼることで、明治以降の天皇や日本のあり方を固定化し絶対視するのではなく、もっと柔軟にとらえて相対化する必要もあるのではないのでしょうか。

天皇や日本のあり方を、特定の時代のあり方からのみ規定するのではなく、古代から現代に至る総体的な視点からとらえる必要があるのではないでしょうか。

No title

山本太郎に、奏上と呼ぶにふさわしい意識があったのかどうかは置いといて、天皇陛下に安倍晋三の国家破壊を報告したい、そして、可能ならば天皇陛下の口から安倍を止めていただきたい、というのが私の夢でした。現状の安倍を見れば皆さんそう思うものなのですね。

水島は、動画で靖国参拝についても触れていますが、現在明確に靖国参拝問題を外交に利用している安倍と、それを支持し「靖国参拝しないことが中韓への攻撃へとなっている」と言ってのけた水島が、この程度の事件に怒りに震えているさまは滑稽です。

ところでチャンネル桜は、皇居の掃除をしているようですがこれは水島は参加しているのでしょうか?
これこそパフォーマンス、天皇の私的利用ではないですか?

この胡散臭い親父はもはや何を言っても説得力がありません。

JAXVN様

ご指摘ありがとうございます。

あなたの様な考え方もあるのですね。



ただ、私には直訴そのものが天皇陛下をなんとも思っていないからこそ出来たのだと思います。

開かれた皇室とのフレーズと共に、皇室の権威を失墜させてきたことは事実ではないでしょうか?
そして、陛下が実状をご存知ないとの前提で、陛下に教授しようと考えれること自体が、不敬と考えます。

少しの容認が数十年を経ることで、人々の意識を低下させ、今回の不敬を不敬と理解出来なくなっているのではないでしょうか。
このまま容認すれば、将来の皇室が安泰になるとは思えません。

さらにいえば、陛下に対してメディア等が平然と政治『利用』と使っていることに違和感があります。

利用の有無が問題なのではなく、陛下を『利用』する、しないを違和感なく口にしてしまう精神性に戦後の傷痕を感じます。

WJF様

コメントありがとうございます。

ご指摘、参考になります。
おそらく視点の違いかと思います。

私は以下の様に捉えています。
現実の問題=TPP等の売国=物理的な破壊
仮定の問題=天皇への不敬=精神的な破壊

『どちらが』ではなく、『どちらも』許すな!!
という考えです。
短期で結果が出る事、長期で結果が出る事、どちらも危険に変わりないと考えます。

ただ、優先順位でいえば現実を優先することは言うまでもありません。


与野党の政治家のコメントを見れば、目眩ましに使えると喜んでいる感がありますね。

私は『精神的な破壊が物理的な破壊を産み出した』と考えていますので、過少評価出来ないだけです。


さんざん騙されてきた人々が、また売国奴に騙されている様を見ていて悲しいだけです。


この行動は「陛下を尊敬している故」では?

こんにちは。
> 今回は手紙だからよかったものの、薬品や細菌、凶器が持ち込まれていれば、それこそ国体の破壊になります。

「天皇陛下の事をなんとも思っていない」、あるいは「邪魔だと思っている」人間だったら逆に手紙で直訴する、なんて事を考えるはずは無いと思うのですが。まず現在の国の原発事故対応を不安に思っている人は大勢います。そして、天皇陛下は被災地に何度も足を運ばれています。その行動が、被災地をとても勇気づけている、と思ったからこそ陛下にいかに多くの人が放射能に恐怖を感じているかを訴えたかったのだと思います。私は山本議員の行動については、せめて「性急すぎる行動だったとは思うが、気持ちは分かる。」ぐらいの事は言われてしかるべきだと思います。

No title

こいつら本当にゴミくずだな。
天皇陛下について論じれば保守だと思い込んでいる大馬鹿。
山本がやった行為は理性的に考えると、確かに良くないと思う。
しかし、
そのこいつらが大好きな天皇陛下が居られる
この国が刻一刻とゴミ政権のせいで崩壊へと向っているのに
本丸(ゴミ政権)を集中的に叩かず、アホウヨの目をそらせてる時点で
こいつらが息巻いて山本を批判する資格はない。
典型的な木を見て森を見ず。
叩いてきた既存のメディアと同類だわアホウヨ桜は。早く消滅して欲しい。

クマさん

>国体の破壊という観点からならば、カルトの方が危険です。
>今回は手紙だからよかったものの、薬品や細菌、凶器が持ち込まれていれば、それこそ国体の破壊になります。

仮定の問題と、現実の問題、どちらがより深刻かと言えば、言うまでもなく、今現実に進行している国家破壊の方がはるかに深刻です。

仮定上の問題と、現実に進行している問題を同列に並べるべきではありません。

天皇陛下万歳と言いながら、国体破壊を着々と推し進める安倍晋三という男を支持する。これほど天皇陛下を愚弄した話があるでしょうか。今回の問題を利用して国民の目を安倍政権への批判からそらす。天皇陛下を政治利用しているのは、チャンネル桜の方です。

売国奴とカルトの違いでしょうか

安倍総理は売国奴
山本議員はカルト

優先順位でいえば、売国奴の方が問題ですが、カルトも隙を与えれば危険です。


カルトの愚行で、TPPや与党の動向からまた目がそれました。


カルトを踏み台にして、売国奴まで監視する機運が起こればいいのですね。



国体の破壊という観点からならば、カルトの方が危険です。
今回は手紙だからよかったものの、薬品や細菌、凶器が持ち込まれていれば、それこそ国体の破壊になります。


日本における国体とは、突き詰めれば『天皇』そのものです。
国土、国民の系譜であり、日本人の在り方を示し、国家・国民の安寧を祈られている。
日本そのものを体現なされている存在が『天皇』です。

その天皇陛下へ危害を加えかねない状況を作り、権威を穢そうと画策する行為は、TPP同様に日本を将来的に破壊します。


カルトにも売国奴にも厳しく対処するべきと思います。






No title

水島総

山本太郎のこの在り方、それが戦後日本の姿だということであります。

>団塊ジュニア山本太郎のこの在り方は、水島総の団塊の世代の責任

でもあります。水島総のこの在り方、それが戦後日本の姿だという

ことであります。

女によって変わるんですねえと三島由紀夫を殺した持丸博(本名、松浦博)

を利用して、生長の家松浦芳子とお布施ビジネスをするこの在り方、

それが戦後日本の姿だということであります。

コラッジョ氏

ヨーロッパの多くの王室も政治的な権力がありませんが、国際オリンピック委員会「ネットワーク」の一員です。近代五輪の発達を考えると、当時まだ権力のあった王室に、委員会の方から拍付けのための接近したのが真相かもしれませんが。

他の国もやっているからという国際慣習が「言い訳」になるか分かりませんが、茶番という点で挙げるなら、主権回復なんちゃらの方が深刻だと思いますね、いろんな面で。

No title

今回の「皇室の政治利用だ!」という山本議員への批判についてどうしても疑問に堪えない事があります。

確かに山本太郎のやった事は褒められません。それに山本太郎の背後には中核派だか革マル派だかが存在しているそうなので、彼が議員資格を失おうが一向に構わないのですが
(この事は先に申し上げておきます、でないとバカがうるさいのでw)
東京五輪招致の為に、はるばるアルゼンチンくんだりまで故・高円宮殿下の妃殿下を連れて行き、
そして 招 致 演 説 を や ら せ た 事 は「皇室の政治利用」ではないのですか?

安倍晋三にしろ、自民党と公明党にしろ、この期に及んで安倍を支持している「安倍信者」にしろ、
自分の事をどうして棚上げできるのですかね?

自称「皇族」の宮さま詐欺師、竹田恒泰は、安倍政権が高円宮妃を担ぎ出して五輪招致を成功させた件についてこうTwitterで書きました。

「私は内廷外皇族なので、
この程度であれば皇族の政治利用に
当たらないと考えます。
むしろ、宮内庁長官発言こそ
皇室の政治利用に該当します。」
(9月7日)

天皇・皇后両陛下と皇太子殿下御夫妻の「内廷皇族」以外の政治利用ならば許されるなんて理屈には、到底納得できないのですけど?

先に「政治利用」した安倍政権の責任について、チャンネル桜は掘り下げるべきではないのですかね?




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