漱石と日本の近代化(8)

瓦解する「非人情」の理想。
夏目漱石『それから』の主人公、代助の心の声にもう少し耳を傾けてみましょう。100年前の日本人が、近代化しつつある日本社会をどう見なしていたかがよく分かる文章です。当時の日本人、ことさら、若い読者は、1909年6月27日より10月14日まで、朝日新聞に掲載されたこの斬新な小説を共感をもって読んだに違いありません。

代助は又父から呼ばれた。代助にはその用事が大抵分っていた。代助は不断からなるべく父を避けて会わない様にしていた。この頃になっては猶更奥へ寄り付かなかった。逢うと、叮寧な言葉を使って応対しているにも拘らず、腹の中では、父を侮辱している様な気がしてならなかったからである。

代助は人類の一人として、互を腹の中で侮辱する事なしには、互に接触を敢てし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでいた。そうして、これを、近来急に膨張した生活慾の高圧力が道義慾の崩壊を促がしたものと解釈していた。又これをこれ等新旧両慾の衝突と見傚していた。最後に、この生活慾の目醒しい発展を、欧洲から押し寄せた海嘯と心得ていた。

この二つの因数(ファクター)は、何処かで平衡を得なければならない。けれども、貧弱な日本が、欧洲の最強国と、財力に於おいて肩を較ならべる日の来るまでは、この平衡は日本に於て得られないものと代助は信じていた。そうして、かかる日は、到底日本の上を照らさないものと諦めていた。だからこの窮地に陥った日本紳士の多数は、日毎に法律に触れない程度に於て、もしくはただ頭の中に於て、罪悪を犯さなければならない。そうして、相手が今如何いかなる罪悪を犯しつつあるかを、互に黙知しつつ、談笑しなければならない。代助は人類の一人として、かかる侮辱を加うるにも、又加えらるるにも堪えなかった。

代助の父の場合は、一般に比べると、稍特殊的傾向を帯びるだけに複雑であった。彼は維新前の武士に固有な道義本位の教育を受けた。この教育は情意行為の標準を、自己以外の遠い所に据えて、事実の発展によって証明せらるべき手近な真を、眼中に置かない無理なものであった。にも拘わらず、父は習慣に囚えられて、未だにこの教育に執着している。そうして、一方には、劇烈な生活慾に冒され易い実業に従事した。父は実際に於て年々この生活慾の為に腐蝕されつつ今日に至った。だから昔の自分と、今の自分の間には、大きな相違のあるべき筈である。それを父は自認していなかった。昔の自分が、昔通りの心得で、今の事業をこれまでに成し遂げたとばかり公言する。けれども封建時代にのみ通用すべき教育の範囲を狭める事なしに、現代の生活慾を時々刻々に充して行ける訳がないと代助は考えた。もし双方をそのままに存在させようとすれば、これを敢てする個人は、矛盾の為に大苦痛を受けなければならない。もし内心にこの苦痛を受けながら、ただ苦痛の自覚だけ明らかで、何の為の苦痛だか分別が付かないならば、それは頭脳の鈍い劣等な人種である。代助は父に対する毎に、父は自己を隠蔽する偽君子か、もしくは分別の足らない愚物か、何方どっちかでなくてはならない様な気がした。そうして、そう云う気がするのが厭でならなかった。

と云って、父は代助の手際で、どうする事も出来ない男であった。代助には明らかに、それが分っていた。だから代助は未だ曾て父を矛盾の極端まで追い詰めた事がなかった。

代助は凡の道徳の出立点は社会的事実より外にないと信じていた。始めから頭の中に硬張った道徳を据え付けて、その道徳から逆に社会的事実を発展させようとする程、本末を誤った話はないと信じていた。従って日本の学校でやる、講釈の倫理教育は、無意義のものだと考えた。彼等は学校で昔し風の道徳を教授している。それでなければ一般欧洲人に適切な道徳を呑み込ましている。この劇烈なる生活慾に襲われた不幸な国民から見れば、迂遠の空談に過ぎない。この迂遠な教育を受けたものは、他日社会を眼前に見る時、昔の講釈を思い出して笑ってしまう。でなければ馬鹿にされた様な気がする。代助に至っては、学校のみならず、現に自分の父から、尤も厳格で、尤も通用しない徳義上の教育を受けた。それがため、一時非常な矛盾の苦痛を、頭の中に起した。代助はそれを恨めしく思っている位であった。

(出典: 夏目漱石『それから』)

「そう人間は自分だけを考えるべきではない。世の中もある。国家もある。少しは人の為に何かしなくっては心持のわるいものだ。御前だって、そう、ぶらぶらしていて心持の好い筈はなかろう。そりゃ、下等社会の無教育のものなら格別だが、最高の教育を受けたものが、決して遊んでいて面白い理由がない。学んだものは、実地に応用して始めて趣味が出るものだからな」

「そうです」と代助は答えている。親爺から説法されるたんびに、代助は返答に窮するから好加減な事を云う習慣になっている。代助に云わせると、親爺の考えは、万事中途半端に、或物を独り勝手に断定してから出立するんだから、毫も根本的の意義を有していない。しかのみならず、今利他本位でやってるかと思うと、何時の間にか利己本位に変っている。言葉だけは滾々として、勿体らしく出るが、要するに端倪すべからざる空談である。それを基礎から打ち崩して懸かるのは大変な難事業だし、又必竟出来ない相談だから、始めよりなるべく触らない様にしている。ところが親爺の方では代助を以て無論自己の太陽系に属すべきものと心得ているので、自己は飽までも代助の軌道を支配する権利があると信じて押して来る。そこで代助も已を得ず親爺という老太陽の周囲を、行儀よく回転する様に見せている。

「それは実業が厭なら厭で好い。何も金を儲けるだけが日本の為になるとも限るまいから。金は取らんでも構わない。金の為にとやかく云うとなると、御前も心持がわるかろう。金は今まで通り己が補助して遣る。おれも、もう何時死ぬか分らないし、死にゃ金を持って行く訳にも行かないし。月々御前の生計位どうでもしてやる。だから奮発して何か為するが好い。国民の義務としてするが好い。もう三十だろう」

「そうです」

「三十になって遊民として、のらくらしているのは、如何にも不体裁だな」

代助は決してのらくらしているとは思わない。ただ職業の為に汚されない内容の多い時間を有する、上等人種と自分を考えているだけである。親爺がこんな事を云うたびに、実は気の毒になる。親爺の幼稚な頭脳には、かく有意義に月日を利用しつつある結果が、自己の思想情操の上に、結晶して吹き出しているのが、全く映らないのである。仕方がないから、真面目な顔をして、

「ええ、困ります」と答えた。

(出典: 夏目漱石『それから』)

父親に経済的に依存しながら、父親を見下しているけしからん態度の代助ですが、注意していただきたいのは上に引用した文章の下線部です。

この文章はどこかで見覚えのある文章です。

『それから』よりも以前、漱石が小説家としてデビューしてまもなくに書かれた最初期の作品の一つ『草枕』の次の文章です。

余は画工である。画工であればこそ趣味専門の男として、たとい人情世界に堕在するも、東西両隣りの没風流漢よりも高尚である。社会の一員として優に他を教育すべき地位に立っている。詩なきもの、画なきもの、芸術のたしなみなきものよりは、美くしき所作が出来る。人情世界にあって、美くしき所作は正である、義である、直である。正と義と直を行為の上において示すものは天下の公民の模範である。

(出典: 夏目漱石『草枕』1906年)

『それから』の主人公である高等遊民代助と、『草枕』のナレーターである「画工」の社会に対する立ち位置が同一のものであることがわかります。

以前にも述べたように、『草枕』の「画工」と、夏目漱石の処女作『吾輩は猫である』のナレーターである「猫」も、社会に対して同様の態度と立ち位置を持っていますから、猫、画工、高等遊民の三者が同様の立ち位置に立っていることが分かります。

これら三者は、日本社会の外側に立って、第三者的な地位から、超然と社会を見下ろしている点で共通しています。

「実社会の外部の第三者的な地位から、社会を見下ろす観察者」は、漱石の最初期の作品で重要な役割を果たしており、漱石は『草枕』の中で、このような高みから、山水画のごとく、人事と自然の両者を俯瞰する文学を「非人情」の文学と呼んで、人事のみに拘泥する西洋の「人情」の文学と対置させ、これを文学の一つの理想として讃えていました。

とすると、『それから』において描かれた高等遊民代助の没落と変貌は、漱石の初期の作品のナレーターを努めていた「高みから見下ろす観察者」たちの没落と変貌の一つのメタファーであると解釈することができ、西洋文学に対するレジスタンスとして漱石が構想していた「非人情の文学」という理想が、瓦解したことをも意味しているのです。

実際、夏目漱石は、朝日新聞入社以降の作品において、『吾輩は猫である』や『草枕』のような「高みにたつ観察者」の立場から書かれた「非人情」的な作品を書くことをやめて、登場人物の心理に深く肉薄していく「人情」的な作品を展開していきます。

代助の高等遊民としての生き方が、近代社会に対する脆弱なレジスタンスであったように、漱石が掲げた「非人情の文学」という理想もまた同様に、西洋文学に対する脆弱なレジスタンスでした。

次回、この点をより詳しく述べてみたいと思います。

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漱石と日本の近代化(15)

私がこれから述べる解釈で『草枕』を読み解くと、『草枕』は、『猫』以来実践された、「写生文」「俳句的小説」「余裕ある小説」という小説作法の完成であるのと同時に、それに対する漱石の離別宣言であり、漱石がこれから進んでいく方向を読者にはっきりと指し示した作品として読める。
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