漱石と日本の近代化(7)

近代への非力なレジスタンス。
既に述べた通り、夏目漱石の『それから』は、惰眠をむさぼる脳裏に、旧時代の遺物たる俎下駄をぼんやりぶら下げていた無為徒食のアラサー青年が、親友の妻と恋愛関係に陥った結果、父親から勘当されて経済的支援を失い、俎下駄の代わりに、資本主義社会の象徴である、都市を埋め尽くすあらゆる商品や看板や広告をぐるぐると頭の中で回転させながら、職業を求めて電車に運ばれていくようになるまでを描いた物語です。

誰か慌ただしく門前を馳けて行く足音がした時、代助の頭の中には、大きな俎下駄が空から、ぶら下っていた。けれども、その俎下駄は、足音の遠退くに従って、すうと頭から抜け出して消えてしまった。そうして眼が覚めた。

(出典: 夏目漱石『それから』冒頭)

忽ち赤い郵便筒が眼に付いた。するとその赤い色が忽ち代助の頭の中に飛び込んで、くるくると回転し始めた。傘屋の看板に、赤い蝙蝠傘を四つ重ねて高く釣るしてあった。傘の色が、又代助の頭に飛び込んで、くるくると渦を捲いた。四つ角に、大きい真赤な風船玉を売ってるものがあった。電車が急に角を曲るとき、風船玉は追懸て来て、代助の頭に飛び付いた。小包郵便を載せた赤い車がはっと電車と摺れ違うとき、又代助の頭の中に吸い込まれた。烟草屋の暖簾が赤かった。売出しの旗も赤かった。電柱が赤かった。赤ペンキの看板がそれから、それへと続いた。仕舞には世の中が真赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりとの息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと決心した。

(出典: 夏目漱石『それから』終結部分)

しかし、漱石は決して「社会に出て働きましょう」とか、「不倫を根絶しましょう」いう社会倫理を訴えるためにこの小説を書いたわけではありません。また逆に、高等遊民や不倫を賛美し、奨励するためにこの小説を書いたわけでもありません。

漱石は、特定の価値観やイデオロギーを喧伝するために小説を書いたわけではなく、明治の日本社会とその中に生きる彼自身が深刻な形で感知していた問題の本質を抽出して示しているにすぎません。

では、私たちは、『それから』という小説を通して、どのような漱石の問題意識を読み取ることができるでしょうか。

まず、前回も取り上げた代助の言葉は、代助が、日本の近代化、西洋化に対する一つのレジスタンスとして高等遊民という無為徒食の生活を選び取っていたことを示していましたが、さらに考察するならば、

何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟に云うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。(中略)その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから、揃って神経衰弱になっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿だから。自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なっている。のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。

(出典: 夏目漱石『それから』)

第一に、代助による近代へのささやかなレジスタンスは、サボタージュという無為によってしかなされなかったこと。

第二に、代助の無為によるレジスタンスは、近代資本主義の枠組みの中で金を稼ぐ父親からの経済的扶助によってしかなしえなかったこと。つまり近代に対するレジスタンスそのものが近代に依拠するという矛盾をはらんでいたこと。

以上の点を読み解くことができます。

さらに、代助が親友平岡の妻である三千代と恋に落ちる経緯に関する下の様な記述から、

平岡に接近していた時分の代助は、人の為に泣く事の好きな男であった。それが次第々々に泣けなくなった。泣かない方が現代的だからと云うのではなかった。事実は寧ろこれを逆にして、泣かないから現代的だと言いたかった。泰西の文明の圧迫を受けて、その重荷の下に唸なる、劇烈な生存競争場裏に立つ人で、真によく人の為に泣き得るものに、代助は未だ曾つて出逢わなかった。

代助は今の平岡に対して、隔離の感よりも寧ろ嫌悪の念を催うした。そうして向うにも自己同様の念が萌していると判じた。昔しの代助も、時々わが胸のうちに、こう云う影を認めて驚ろいた事があった。その時は非常に悲しかった。今はその悲しみも殆んど薄く剥がれてしまった。だから自分で黒い影を凝っと見詰めてみる。そうして、これが真だと思う。已を得ないと思う。ただそれだけになった。

こう云う意味の孤独の底に陥って煩悶するには、代助の頭はあまりに判然(はっきり)し過ぎていた。彼はこの境遇を以て、現代人の踏むべき必然の運命と考えたからである。従って、自分と平岡の隔離は、今の自分の眼に訴えてみて、尋常一般の経路を、ある点まで進行した結果に過ぎないと見傚した。けれども、同時に、両人の間に横たわる一種の特別な事情の為、この隔離が世間並よりも早く到着したと云う事を自覚せずにはいられなかった。それは三千代の結婚であった。三千代を平岡に周旋したものは元来が自分であった。それを当時に悔ゆる様な薄弱な頭脳ではなかった。今日に至って振り返ってみても、自分の所作は、過去を照らす鮮かな名誉であった。けれども三年経過するうちに自然は自然に特有な結果を、彼等二人の前に突き付けた。彼等は自己の満足と光輝を棄てて、その前に頭を下げなければならなかった。そうして平岡は、ちらりちらりと何故なぜ三千代を貰ったかと思うようになった。代助は何処かしらで、何故三千代を周旋したかと云う声を聞いた。

(出典: 夏目漱石『それから』)

彼はしばらくして、「今日始めて自然の昔に帰るんだ」と胸の中で云った。こう云い得た時、彼は年頃にない安慰を総身に覚えた。何故もっと早く帰る事が出来なかったのかと思った。始から何故自然に抵抗したのかと思った。彼は雨の中に、百合の中に、再現の昔のなかに、純一無雑に平和な生命を見出した。その生命の裏にも表にも、慾得はなかった、利害はなかった、自己を圧迫する道徳はなかった。雲の様な自由と、水の如き自然とがあった。そうして凡てが幸(ブリス)であった。だから凡てが美しかった。

(出典: 夏目漱石『それから』)

「その時の僕は、今の僕でなかった。君から話を聞いた時、僕の未来を犠牲にしても、君の望みを叶えるのが、友達の本分だと思った。それが悪かった。今位頭が熟していれば、まだ考え様があったのだが、惜しい事に若かったものだから、余りに自然を軽蔑し過ぎた。僕はあの時の事を思っては、非常な後悔の念に襲われている。自分の為ばかりじゃない。実際君の為に後悔している。僕が君に対して真に済まないと思うのは、今度の事件より寧ろあの時僕がなまじいに遣り遂げた義侠心だ。君、どうぞ勘弁してくれ。僕はこの通り自然に復讎(かたき)を取られて、君の前に手を突いて詫っている

(出典: 夏目漱石『それから』)

第三に、代助が、そのレジスタンスに敗れて、近代西洋文明の軍門に下り、高等遊民という恵まれた地位を失い、資本主義社会の一つの歯車として生きざるを得なくされたのは、個人主義や自由主義という近代西洋文明のドグマやイデオロギーにそまったせいではなく、むしろ、男女の情愛という、「文明」の対極にあるものとしての、「自然」がもつ原始的な力に屈したことによる。

このように漱石が捉えていることに私たちは気付かされます。

要約すれば、

・せいぜい無為を決め込むことによってしか近代文明と戦えない
・近代文明と戦うにも近代文明に拠らざるを得ない
・文明の埒外にある自然すらも、人間を近代文明へと駆り立ててしまう


近代文明というものの否応のない感染力に対して、人間が絶望的なまでに非力であることを、漱石は『それから』という小説を通して示しているのです。

このようにして、『それから」の主人公代助は、近代社会に膝を屈したわけですが、高等遊民であった代助の境遇の変化は、代助一人に終わらず、漱石の執筆スタイルそのものの変化と軌を同じくしています。

次回、この点について論述していきます。

(つづく)
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