漱石と日本の近代化(1)

漱石のもつ「複眼的な視点」。
謹賀新年。
新年が、皆さまにとって健康で実り多い一年となることを祈念申し上げます。

本年2018年は、明治維新から数えて150年目の節目の年に当たりますが、明治維新以来、現代にまで至る、日本の近代化・西洋化・文明化の歩みについて、大政奉還直前の1867年に生まれ、明治の御代を鋭敏な感覚と頭脳をもって生きぬき、

舟はようやく町らしいなかへ這入はいる。腰障子に御肴と書いた居酒屋が見える。古風な縄暖簾が見える。材木の置場が見える。人力車の音さえ時々聞える。乙鳥がちちと腹を返して飛ぶ。家鴨ががあがあ鳴く。一行は舟を捨てて停車場に向う。

いよいよ現実世界へ引きずり出された。汽車の見える所を現実世界と云う。汽車ほど二十世紀の文明を代表するものはあるまい。何百と云う人間を同じ箱へ詰めて轟と通る。情容赦はない。詰め込まれた人間は皆同程度の速力で、同一の停車場へとまってそうして、同様に蒸気の恩沢に浴さねばならぬ。人は汽車へ乗ると云う。余は積み込まれると云う。人は汽車で行くと云う。余は運搬されると云う。汽車ほど個性を軽蔑したものはない。文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付けようとする。

(出典: 夏目漱石『草枕』1906年)

と、作家デビューの翌年に、すでに冷徹なまなざしをもって「文明」を見つめ、

すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後あとに生き残っているのは必竟時勢遅れだという感じが烈しく私の胸を打ちました。私は明白さまに妻にそういいました。妻は笑って取り合いませんでしたが、何を思ったものか、突然私に、では殉死でもしたらよかろうと調戯いました。

(出典: 夏目漱石『こころ』1914年)

と、晩年の傑作『こころ』の登場人物の「先生」に言わしめ、

自身、明治天皇崩御の4年後に没した作家、夏目漱石の著作を通して、簡単に考察してみたいと思います。

さて、夏目漱石の処女作、『吾輩は猫である』に登場する名もなき猫の飼い主、文明中学の英語教師、珍野苦沙弥のモデルは漱石その人であるとされています。

この通説に別段誤りはないのですが、私たちが見落としてはならないのは、明治の時代を生きる苦沙弥と彼を取り巻く人々の生き様を、ユーモラスに風刺してみせる猫そのものもまた、漱石の分身であるということです。

『吾輩は猫である』という小説において、漱石は苦沙弥先生として猫によって風刺される客体でもあり、また猫として自分自身を客体化して風刺する主体でもあるという二重の立場に自らを置いているのです。

自らが観察の主体でもあると同時に客体でもあるという「複眼的な視点」は、『吾輩は猫である』のみならず、晩年の作品に至る、ほとんどの作品において、採用されています。

たとえば、『吾輩は猫である』の翌年に発表された、人気小説『坊っちゃん』の主人公は、松山の旧制中学に教師として赴任した経験をもつ漱石自身がモデルであると読者に信じられがちであり、実際、坊っちゃんと漱石にいくつかの共通点もあるのですが、実は、坊っちゃんに懲らしめられる悪役の教頭赤シャツこそが、漱石自身をモデルにしていることを、晩年の漱石が認めています。

一年の後私はとうとう田舎の中学へ赴任しました。それは伊予の松山にある中学校です。あなたがたは松山の中学と聞いてお笑いになるが、おおかた私の書いた「坊ちゃん」でもご覧になったのでしょう。「坊ちゃん」の中に赤シャツという渾名をもっている人があるが、あれはいったい誰の事だと私はその時分よく訊かれたものです。誰の事だって、当時その中学に文学士と云ったら私一人なのですから、もし「坊ちゃん」の中の人物を一々実在のものと認めるならば、赤シャツはすなわちこういう私の事にならなければならんので、――はなはだありがたい仕合せと申上げたいような訳になります。

(出典: 夏目漱石「私の個人主義」1914年)

漱石は、痛快に悪役を懲らしめる主人公の側と、主人公たちによって懲らしめられる悪役の側の双方に自らを置きながら、「複眼的な視点」をもって、物語を紡いでいるのです。

同じ「複眼的な視点」は、修善寺大患のあとに書かれた後期三部作の嚆矢『彼岸過迄』においても、探偵(のまねごと)による人間関係の外部からの観察と、被観察者の当事者たちによる人間関係の内実の告白という形で構造化されています。

また、後期三部作の最後の作品『こころ』においても、世の中から超然として生きる「先生」を敬慕する青年である「私」と、過去の出来事に関する告白を「私」に書き残して自殺を遂げる「先生」という、二人の人物の語りによって物語が展開されていきます。

このように、見る自分と、見られる自分という「複眼的な視点」が、漱石のほとんどの小説作品において一貫して採用されているのですが、時を経て、明治の近代化が進行するのにつれて、小説の語り手の一人称代名詞が、「吾輩」「余」「おれ」「僕」「私」と変化していくのに併せて、この二重の視点に、ある深刻な変化が見られるようになっていきます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

WJFプロジェクトについて
作品リスト
政治的立場
WJFプロジェクトは、日本の主権、伝統、国柄を守る保守的な観点から、安倍政権が推し進めるTPP参加、構造改革、規制緩和、憲法改正、安保法制、移民受入などのグローバル化政策に反対しています。
TPP交渉差止・違憲訴訟の会
YouTube
WJFプロジェクトの動画作品は以下のYouTubeのチャンネルでご覧になれます。

お知らせ
アクセス・カウンター


今日の一言
「TPP11協定批准反対」院内集会(第2回)のお知らせ

TPPへの関心が世の中に全く広まっていませんが、TPP批准阻止のために声をあげていきましょう。
最新記事
コメント
<>+-
アーカイブ


RSSリンク
RSSリーダーに下のリンクを登録されると、ブログの記事やコメントの更新通知を受け取ることができます。