日本語と日本社会(38)

「政治」と「非政治」(12)
日本国憲法第一条: 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。


上のような、美しく、日本の歴史を的確に要約した、含蓄の深い条文を第一条にもつ日本国憲法が日本国民に与えられたことは、一つの天啓であり奇跡であったと私は思う。

そして上の条文ほど、右翼によっても、左翼によっても、誤解されている日本国憲法の条文はないと思う。

日本国憲法第一条は、誤解されているように、「日本国憲法によって初めて政治権力を剥奪され、『象徴』とされた天皇の地位は、今後、主権をもつ国民の意志によって自由に改廃することができる」というような意味ではない。

第一に、日本国憲法が制定されたときの状況から判断して、そのような意味ではないということを示すことができるし、第二に、日本の皇室をめぐる歴史的事実から判断して、そのような意味ではないことを示すことができるし、第三に、条文それ自身の内的な解釈を通しても、そのような意味ではないことを示すことができる。

以上の点を、丁寧に論じていきたいが、まず最初に、上の条文がどのような意味をもつものであるかを端的に示しておきたい。

上の条文は、次の様な日本の歴史的事実を言及したものとして要約することができる。

「歴史を通じて、天皇は、単なる政治的存在ではなく、「政治」という狭い限定された手段を超えて、より広く根源的な形で国民を一つにまとめてきたし、同時に、あらゆる国民が、天皇をそのような存在として認めてきた」


さらに掘り下げれば、上の条文は、日本の歴史を通じて、ある時代には潜在的に、ある時代には顕在的に、日本社会の中に存在しつづけきた「非政治」の領域が、明治維新以降、日本の本来の伝統に反して、一旦は「政治」の下に組み込まれたものの、その独立性と自律性が確固たる形で回復されたことを宣言し、同時に、その「非政治」の領域の中心に天皇が立ち、その領域に天皇が深く関与してきた歴史を示し、「非政治」の側も、天皇をそのような存在として仰いできた歴史的事実を語ったものとして解釈できる。

この条文を得たことによって、戦後の日本は、伝統的な「非政治」の領域を、顕在的な形で活き活きと回復させることができたのである。

次回以降、なぜ「国民の意思で天皇の地位は自由に改廃できる」といった類いの解釈が、この条文の完全な誤読であり、私が示したような解釈が正しいと言い得るかを具体的に論証していく。

(つづく)
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