日本語と日本社会(37)

「政治」と「非政治」(11)
本稿を締めくくるべき時が近づいているが、縄文から現代に至る歴史的歩みの中で、日本人が多大の犠牲を払って手にすることになった日本国憲法の歴史的重要性についても、あらためて言及しておかなければならない。

「保守」を標榜する人々の中には、日本国憲法は、戦勝国アメリカが敗戦国日本に押しつけた、日本を去勢するための唾棄すべき属国憲法であり、日本人は自主憲法を制定すべきであるという固定観念が根付いている。

憲法改正は、アメリカCIAの工作によって作られた自民党結党以来の党是であるし、実際に、安倍政権は憲法改正を目論んでいる。

本来は、「非政治」の原理の担い手であるべき神社本庁までもが、和服姿の櫻井よしこが不気味にほほえむ日本会議のポスターを各地の神社の社務所に貼って、憲法改正の署名を参拝者に呼びかけるという滑稽なほどに嘆かわしい有様である。



日本国憲法の精神を深く掘り下げながら、「象徴」としての天皇の職務を努めてこられた天皇陛下は、神社界のこのばかげた現状を、一体、どのようなお気持ちで御覧になっておられるのであろうか。

日本人は「保守」的な観点から、日本国憲法を死守・堅持すべきであること、一つの歴史のモニュメントとして、英霊たちが私たちにもたらした一つの遺産として、この憲法に一切手を加えてはならないことを、改めて述べておきたい。

日本国憲法によって、日本を破滅に導いた「政治」と「非政治」を一体化させようとする明治体制の過ちはただされ、「政治」と「非政治」の伝統的な二元構造が回復された。

日本人は「政治」と「非政治」の二元構造という伝統の原状回復を行うのに、戦勝国アメリカという外部の力を借りるしかなかった。

一つの体制の下で働き、戦うことに懸命だった当時の日本人は、自分たちの歴史を俯瞰し、明治維新以降、自分たちが形成してきた体制の原理的な誤りを批判的に見通す視点を持たなかった。

日本社会の本来的な構造や特質を客観的に見通すことができたのは、皮肉にも、日本人ではなく、ベアテ・シロタ・ゴードンや、リチャード・プールといった、GHQ民政局に所属する、日本で生まれたり、日本で育った経験をもつアメリカ国籍の若者たちだったのである。

日本国憲法は、外国人によって与えられたものでありながら、多くの点で、日本の本来的な伝統に符合するという不思議が生じたのは、誇張でもなんでもなく、戦争で散った多くの人々の執念がそうさせたものだと私は信じている。

伊豆に流刑にされた役小角の執念のようなものが、その後の日本の社会に、長い時代にわたって栄えることになる「非政治」の領域や、「政治」と「非政治」の往還の経路を開いたように、無数の英霊たちの死もまた、目に見えない彼らの願いを通して、戦後の日本社会における「非政治」の領域の復活と繁栄をもたらした。

日本国憲法なしには、彼らの死は、意味のない犬死にだったであろう。

英霊たちは、彼らの命を代価に、私たちに日本国憲法をもたらした。

その日本国憲法を軽視することは決して許されることではない。

日本国憲法を敗戦憲法などと呼んで唾棄することは、英霊たちの犠牲を唾棄することに等しい。

日本国憲法を通して、「護国の鬼」となった私たちの先達が、私たち戦後の日本人にもたらしたものを、私たちはあらためて根底から評価しなおすべきである。

そのためにも、「政治」と「非政治」という日本の社会が抱えてきた歴史的な二元構造を、私たちは深く理解しておく必要がある。
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