日本語と日本社会(30)

「政治」と「非政治」(4)
日本はなぜ、律令制の導入において、中国とは異なり、太政官と神祇官の並置という特異な官制を敷くことになったのか。

自然災害や天変地異が頻繁に生じる日本の自然環境が、政治の力、人間の力ではコントロールしきれない領域が存在することを日本人に強く想起させたため、広大な土地に暮らす多民族からなる人間を効果的に統治することに腐心した中国の諸王朝が、「政治」に関心を集中させていったのとは対照的に、日本においては、「祭祀」や「共同」がより重要な意味をもったという推測も成り立つだろう。

律令制の導入が準備された白鳳時代には、白鳳地震という、歴史に記録される最初の南海トラフ地震も発生している。

加えて、考えうるもう一つの重要な理由は、日本人が、律令制の体裁をもつ一見中国風の国家を作ろうとしたときに、科挙による官僚制度ではなく、従来の血縁による氏族制度をベースとして、その上に律令制度をかぶせたようとしたことにもある。

本来、律令制度とは、「怪力乱神を語らず」(=「超自然的なことは語らない」)と語った孔子を中心に編まれた、儒教という、政治的で合理的なイデオロギー体系の履修者である官僚によって、維持形成されるべきものであった。

しかし、過去において、自然崇拝の上に祖霊崇拝を「習合」させて神祇信仰を形成したように、また後の時代に、神祇信仰の上に仏教を「習合」させて日本独特の宗教を作り上げたように、日本人は、律令制を導入した際にも、過去から引き継いできたものを根こそぎ取り払って新しい制度に置き換えるのではなく、「習合」というお決まりの手法を採用した。

律令制導入以前には、朝廷への帰順の見返りに、朝廷によって「国造」として認証され、自治権を与えられた地方豪族が、各地を治めていた。中世の封建制度に似た地方分権的な制度が存在していたわけだが、律令制の導入の結果、「国造」は廃止され、中央から派遣された「国司」が各地を治めることになった。

長く保持してきた政治的な権力を、新しく赴任された「国司」に譲る代償として、「国造」たちは、各地の神祇信仰を司る宗教的な名誉職に任命された。各地の主要な神社の神職として再出発することになった各地の「国造」たちの血脈は、「社家」と呼ばれて現代にまで伝えられている。出雲の大国主の「国譲り」神話に酷似した措置が各地で行われたわけだが、このような代償行為を可能にするためにも、太政官と神祇官は並置される必要があったであろう。太政官と神祇官が対等なものでなければ、宗教的な名誉職への配置換えは、国造たちの権力剥奪の代替措置になりえないからである。

結果、伝統的な氏族制度と深い関係をもつ神祇信仰を司る神祇官が、律令政府の実体部となる太政官と並置されるという独特の形態を取ることになったのであろう。

つまり、太政官と神祇官の並置という二元的な制度構造は、新しい中央集権的な律令制と、古い地方分権的な氏族制度の並置であり、当ブログが用いてきた言葉で言い換えれば、「天神的原理」と「地祇的原理」の並置でもある。

日本書紀や古事記が描いた、出雲の大国主の国譲り神話を、政治制度として表現しなおしたものが、この二重の官制であったと言える。

中国の律令制の大胆な換骨奪胎が行われたのであり、日本の律令制の根底には、儒教という観念的な政治イデオロギーではなく、血縁や祖霊崇拝や自然崇拝といった、より自然に近接した原始的な原理が蠢動を続けることになった。

こうして、「太政官」+「神祇官」という独特の二重構造を抱えた、新しい「政治」体制が曲がりなりにも樹立されたわけだが、まさにその矢先に、日本の「政治」化の流れに逆行するかのように、体制の外側にある「政治に非ざる場所」への遡行を試みた人物がいた。

役小角である。

日本史において、明確な宗教的な自覚をもって、鬱蒼とした熊野の密林に最初に接近したのは、この人物であった。
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