日本語と日本社会(29)

「政治」と「非政治」(3)
これまでのまとめ。

「政治」は主語的なものであり、コトアゲ的なものである。
「非政治」は述語的なものであり、コトダマ的なものである。

「政治」は「非政治」を自らの外部にあるものとして支配しようとする。
「非政治」は「政治」を自らの内部にあるものとして包摂しようとする。

人類の歴史とは、この二つの力の相克の物語であるが、どちらの力が優勢であるかは、時代や国によって異なっており、述語優勢的な言語や文化をもつ日本では伝統的に、「非政治」の包摂力が、「政治」の支配力よりも優勢であったため、政治権力の中心が中空化する特質をもっていた。

(まとめ終わり)

「日本」という国号が生まれた白鳳時代から江戸時代までの歴史は、端的に言えば、律令制度の導入によって、奈良や京都において確固たる形で据えられた政治の中心が、やがて中空化していくプロセスに他ならない。

もちろん律令制の導入においても、日本は中国の政治システムをそのまま導入したわけではなく、日本らしいアレンジを加えている。

下の図は、随や唐における律令制の官制と、日本の律令制の官制を比較したもの。(中国のかたが作成したスライドから引用させていただいた)



中国の律令制の官制は、三省六部と呼ばれ、詔勅(皇帝の命令)の起草を行う「中書省」、詔勅の審議を行う「門下省」、詔勅を実行する「尚書省」という、「政治」の三つの機能が、皇帝の下に直属していた。

それに対して、日本の律令制の官制は、二官八省と呼ばれ、天皇の下に、「太政官」と「神祇官」という二つの官庁が設置された。太政官は「政治」に携わり、神祇官は神道の祭祀という「非政治」にたずさわった。

この比較からわかることは、中国が「政治」一元的なトップダウン式の国家体制を採用していたのに対し、日本は「政治」と「非政治」が並び立つ、二元的な体制を初めから採用していたことである。

中国の官制にも、国家祭祀に関わる「礼部」という組織が設置されていたが、あくまで尚書省の下部組織として、政治機構の中に組み込まれており、日本の官制における、太政官と神祇官の並置に見られるような、政治と宗教の二元構造は見られない。

律令制度という中国の政治制度を導入しながら、日本は、「政治」一元化した体制は導入しなかった。

太政官政府が行う「政治」を、神祇官が行う祭祀という「非政治」が包摂する関係が初めから存在していたのである。

この「政治」と「非政治」の二重構造は、やがて、ながい時間をかけて、日本の律令制や、奈良や京都という律令制の中心地が中空化していく事態を引き起こしていく。

その際に重要な役割を果たしたのが熊野という土地であった。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

日本人よ

>今は神祇官のような官庁はありませんから政治一辺倒ですね

明治維新によって、日本は、従来の「政治」と「非政治」の二元構造を捨てて、「政治」と「非政治」が一体化する体制を採用した。

「政治」には関与することがなかった天皇が、「政治」の中心に据えられ、かつ西洋の立憲君主制を採用することによって、議会が設けられ、マスコミが作られ、国民が直接間接に政治に関与するようになった。

「政治」と「非政治」が一体化してしまった結果、日本は、ことに1930年代以降、「全体主義」と呼ばざるをえない状況に陥り、日本は破滅した。

戦後は、奇しくも日本の伝統に深く合致する内容をもった戦後憲法によって、天皇は「政治」に関与しない「非政治」的な存在であると明記され、再び「政治」と「非政治」の二元構造を回復した。

「太政官」と「神祇官」は、現代には存在しないが、「太政官」と「神祇官」が象徴する「政治」と「非政治」の二元構造は現代にも存在している。

「政治」と「非政治」の安易な接近と一体化を、私たちは期待すべきではなく、「政治」はあくまで「政治」であるべきであり「非政治」はあくまでも「非政治」であるべきである。

この二元構造こそが日本を日本たらしめている。

No title

>天皇の下に、「太政官」と「神祇官」という二つの官庁が設置された。
今は神祇官のような官庁はありませんから政治一辺倒ですね

No title

ニコニコ動画でこんな動画を見つけました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30707876

安倍政権や自民党の犯してきた罪を皇室になすりつけようとするとんでもない動画です。

いまやこういう陰謀論を信じ垂れ流し続けている人々は選挙に連敗し死に体となった安倍政権以上の脅威です。

最終章は安倍政権が崩壊した後に増えるであろうをこのような陰謀論やデタラメへの反論を中心に活動をしていただけたら幸いです。

No title

>安倍政権ですら、つづいてせいぜい五年。
>もっとも長く続いた江戸幕府ですら、たかだか260余年。
>どんな権力者が現れようと、彼らの人生は、100年に満たない。
>その一方「非政治」の伝統と文化はは、連綿と受け継がれて何百年、何千年と続いていく。
はぁ? 安倍が麻生や石破になろうと権力支配は変わんねーだろが
政治も受け継がれて続いてんだろが

>日本にはこの図式はまったく当てはまらない
現実に当てはまってんだろが
日本だけは権力に支配されない特別な国と思ってんのかこいつ お花畑すぎるな
ちっとは歴史を勉強しろや売国ネトウヨが

反安倍よ

>「政治」の支配力が優勢に決まってんだろ

安倍政権ですら、つづいてせいぜい五年。
もっとも長く続いた江戸幕府ですら、たかだか260余年。
どんな権力者が現れようと、彼らの人生は、100年に満たない。

その一方「非政治」の伝統と文化は、連綿と受け継がれて何百年、何千年と続いていく。

一例をあげれば、江戸幕府は滅んだが、江戸時代に生まれた歌舞伎の文化や伝統は今も連綿と受け継がれているではないか。

「政治」を過大視してはならない。

>ほとんどの時代で庶民は税を収め苦しい生活
>権力を持つ特権階級は裕福な暮らし


戦国時代の天皇の宮殿はあばらやで、台風で屋根が吹き飛んでも困窮していて修理ができないほどだったし、江戸時代には、武士よりも商人の方がはるかに裕福だったし、差別されていたという穢多・非人ですら、穢多頭・非人頭は大名や旗本に匹敵する大きな屋敷を江戸に構えていた(弾左衛門など)。歌舞伎役者はもともと非人であるが、社会的に大成功を収めている。天領の住人は非課税だったし、マシュー・ペリーは幕末の日本人の暮らしぶりを見て次の様に書いている。

「下流の人民は例外なしに、豊に滿足して居り、過勞もしてゐないやうだつた。貧乏人のゐる様子も見えたが、乞食のゐる證據はなかつた。人口過剰なヨーロッパ諸地方の多くの處と同じく、女達が耕作勞働に從事してゐるのも屡々見え、人口稠密なこの帝国では誰でも勤勉であり、誰をでも忙しく働かせる必要があることを示してゐた。最下流の階級さへも、氣持ちのよい服装をまとひ、簡素な木綿の衣服をきてゐた。」

日本ほど、伝統的に格差の小さな国は平等な国はない。

「非政治」が「政治」を圧倒していたからである。

権力者に一方的に蹂躙され続けてきた無力な庶民というのが、君たち左翼のお気に入りの歴史観だが、日本にはこの図式はまったく当てはまらない。

日本はもともと原始共産的な傾向の強い社会なので、共産主義も共産主義革命もいらない。
日本には、マルクスもレーニンも毛沢東も不要、外国のイデオロギーはまったく不要である。

君たち左翼のだめなところは、日本の伝統や文化や社会風土から出発して、そこから日本独自の社会思想を構築できないところ。

日本の伝統からして社会思想を作れば、自ずと社会主義的な傾向をもつはずなのだが、君たちは日本のもともとの社会風土を無視し、それを否定して、外国の社会主義イデオロギーを押しつける。

ひどい例になると、西洋で作られた、日本人には無縁のはずの、反ユダヤ思想まで日本に持ち込もうとするありさまである。

ちっとは歴史を勉強しろ。
のーたりんめ。

No title

「政治」の支配力が優勢に決まってんだろ

ほとんどの時代で庶民は税を収め苦しい生活
権力を持つ特権階級は裕福な暮らし
相変わらずネトウヨは現実が見えてないな
WJFプロジェクトについて
作品リスト
政治的立場
WJFプロジェクトは、日本の主権、伝統、国柄を守る保守的な観点から、安倍政権が推し進めるTPP参加、構造改革、規制緩和、憲法改正、安保法制、移民受入などのグローバル化政策に反対しています。
TPP交渉差止・違憲訴訟の会
YouTube
WJFプロジェクトの動画作品は以下のYouTubeのチャンネルでご覧になれます。

お知らせ
アクセス・カウンター


今日の一言
日本語と日本社会(45)

天皇陛下万歳。 日本国万歳。 すばらしき日本よ、永遠なれ。
最新記事
コメント
<>+-
アーカイブ


RSSリンク
RSSリーダーに下のリンクを登録されると、ブログの記事やコメントの更新通知を受け取ることができます。