日本語と日本社会(26)

「言霊」と「言挙げ」(15)
コトダマの幸う国の中で、「然れども」、コトアゲをする人々。

コトアゲをする人々を、「然れども」、大らかに受け入れるコトダマの幸う国。

日本の歴史は、伝統からの逸脱と、伝統からの逸脱すらも包摂する伝統によって紡がれてきた。

日本は中華文明に属さない。「然れども」、日本は漢字文化を導入した。

日本は西洋文明に属さない。「然れども」、日本は西洋文明を導入した。

どんな異文化を導入しようと、この列島の上に生起してきたすべての物事をコトダマ(述語優勢的原理や傾向)は包摂してきた。

ここに日本文明の強みがある。

日本文明は、他の様々な文明や文化を包摂しうるが、他の文明や文化は、日本文明を包摂することはできない。

主語は述語に包摂されることはできても、主語が述語を包摂することはできないからである。

伝統から離脱しようが、伝統の中に帰還しようが、そんなこととは関係なしに私たちを包摂するコトダマ(述語の力)が、日本文明の根底に存在している。

このように考えてくれば、「政治」と「非政治」の関係も、自ずから明らかになってくる。

(つづく)
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漱石と日本の近代化(13)

というのは、『草枕』という作品は、「近代化が猛烈なスピードで推し進められている日本に、また世界に、果たして人間は、近代文明の外部に立って生き続けることは可能なのか」という深刻な問いを、私たちに突きつけているからです。 この問いは、明治の日本人にとって重要であったのみならず、グレン・グールドのような、ポストモダン的な、なおかつプレモダン的なバッハ演奏を追求した西洋人にとっても、重要な意味をもつ問いであったことでしょう。 であるからこそ、グレン・グールドは、『草枕』という小説を、20世紀最大の傑作だと絶賛したのです。
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