なぜ、「○○よ」と呼びかけるのか(17)
「言霊」と「言挙げ」(6)
「共謀罪」法案が可決成立した深刻な時に、「主語優勢」であるとか、「述語優勢」であるとか、抽象的な話にふけっていて何をしているのかと思われる方もいるかもしれません。
しかし、政治であれ、経済であれ、仕事であれ、生活であれ、現在目の前に生じている個別の事柄だけに着目し、それを追いかけることに終始しがちな現代人の生き方(=「コト」だけを取り上げる「コトアゲ」の姿勢)とは違った見方を、古代の日本人はもっていたようです。
古代の日本人は、目の前に生じる様々な「コトゴト(事々)」を、それらを包摂する「タマ」(過去や全体や根源)から切り離して、「コト」のみに没頭するような見方を取らなかった。
「コト」と「タマ」との連続性、すなわち「コト=タマ」という、俯瞰的で、連続的で、全体的な視野をもって物事を見つめていた。

そのことを万葉集のテキストから読み取ってみたいと思います。
取り上げるのは、「言霊の幸う国」という有名な文言が現れる、山上憶良による長歌です。
この歌のテーマは、遣唐使に選ばれて唐に派遣されることになった友人の航海の無事を祈る、安全祈願です。
山上憶良が誕生したばかりの頃は、遣唐使は、朝鮮半島の海岸線伝いに黄海や渤海内を航行していく「北路」と呼ばれる比較的安全性の高い航路が使われていましたが、百済の滅亡と白村江の戦いの敗戦という朝鮮半島情勢の変化により、山上憶良が上の長歌を作った当時には、「南路」と呼ばれる、東シナ海を横断する危険な航路が使われていました。
従って、遣唐使に選任されて唐に派遣されることは、栄誉ある祝うべき喜ばしい出来事である半面、命を失う危険を覚悟しなければならない、逼迫した「コト」であったはずです。
その逼迫した「コト」に直面し、「なんとか無事にもどってきてほしい」という切実な願いを歌として表現するのに際して、山上憶良は、
というように、歴史の始原に注意を向け、そこから言葉を紡ぎ出します。
現代人なら思うかもしれません。
「友人が危険な航海に出発することと、神代になんの関係があるのか」と。
しかし、古代人である山上憶良にとっては、この二つには密接な関係があります。
「友人が危険な航海に出発する」という現在目の前に置かれた個別の「コト」を、「過去」や「全体」や「根源」(=タマ)が包摂していると古代人は考えるからです。
さらに山上憶良は次のように続けます。
「そらみつ」というのは「やまと(倭・大和)」の枕詞ですが、日本書紀の説明によると、「そらみつ」という枕詞には、「大空から見て、よい国だと選びさだめた日本の国」という含意があるそうです。(参考記事)
ニギハヤヒ(饒速日命)は、高天原から日向の高千穗に天孫降臨したニニギ(瓊瓊杵尊)とは別に、天磐船(あまのいわふね)に乗って天からくだり、イワレビコ(神武天皇)による神武東征に先立って大和の地を治めていた神様ですが、大空に浮遊する天磐船から大地を見下ろして大和の地を選んだ、その神話を「そらみつ」という枕詞が示唆しているというのです。
とすると、ここでもやはり、「大和」という、現実に存在する個別の「コト」を、それを包摂する「過去」や「全体」や「根源」を起点にして俯瞰するという見方が採用されていることがわかります。
「コト」を語るときに「コト」だけを見ない、「コト=タマ」的な姿勢、包摂する一般者の側から見ようとする姿勢、「述語優勢」的な姿勢がここでも貫かれています。
(長くなるので次の記事に続きます)
しかし、政治であれ、経済であれ、仕事であれ、生活であれ、現在目の前に生じている個別の事柄だけに着目し、それを追いかけることに終始しがちな現代人の生き方(=「コト」だけを取り上げる「コトアゲ」の姿勢)とは違った見方を、古代の日本人はもっていたようです。
古代の日本人は、目の前に生じる様々な「コトゴト(事々)」を、それらを包摂する「タマ」(過去や全体や根源)から切り離して、「コト」のみに没頭するような見方を取らなかった。
「コト」と「タマ」との連続性、すなわち「コト=タマ」という、俯瞰的で、連続的で、全体的な視野をもって物事を見つめていた。

そのことを万葉集のテキストから読み取ってみたいと思います。
取り上げるのは、「言霊の幸う国」という有名な文言が現れる、山上憶良による長歌です。
神代より 言ひ伝て来(け)らく
そらみつ 倭の国は
皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国
言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ国と
語り継ぎ 言ひ継がひけり
今の世の 人もことごと
目の前に 見たり知りたり
人さはに 満ちてはあれども
高光る 日の朝廷(みかど)
神ながら 愛での盛りに
天の下 奏(まを)したまひし
家の子と 選びたまひて
大命(おおみこと) 戴き持ちて
唐(もろこし)の 遠き境に
遣はされ 罷りいませ 海原の
辺(へ)にも沖にも
神づまり 領(うしは)きいます
諸々の 大御神たち
船の舳に 導きまをし
天地の 大御神たち
倭の 大国御魂(みたま)
久かたの 天のみ空ゆ
天翔(あまかけ)り 見渡したまひ 事終り 帰らむ日には
又更に 大御神たち
船の舳に 御手うち掛けて
墨縄を 延(は)へたるごとく
阿庭可遠志 値嘉(ちか)の崎より
大伴の 御津の浜びに
直(ただ)泊(は)てに 御船は泊てむ
障(つつ)みなく 幸くいまして
早帰りませ
(神代から言い伝え来ることには、空に充ちる大和の国は、統治の神の厳しき国で、言霊の幸ある国と語りつぎ言いついで来ました。今の代の人も皆、この事は眼前に見、知っています。大和の国には人も多く満ちているのに、高く輝く日の朝廷で、神としての天皇がもっとも愛され、天下の政治をとられた家柄の子として、あなたをお選びなさり、今あなたは天皇のお言葉を奉戴して唐という遠い国土へ派遣され出立していかれます。そこで大海の岸にも沖にも神として留まり支配される諸々の大御神たちは、船の先に立って先導し申し、天地の大御神たちは、大和の大国霊をはじめとして、遥か彼方の天空からとび翔り見渡しなさるでしょう。また、無事使命を果たして帰国するでしょう日には、さらに大御神は船の先に御手をかけ、墨繩を引き伸ばしたように、あちかをし値嘉の岬をとおって、大伴の御津の海岸に、まっ直に泊まるべく御船は帰港するでしょう。無事にしあわせにいらっしゃって、早くお帰りなさい。)
(出典: 『万葉集』第五 894 雑歌、山上憶良による遣唐使への餞別の歌)
この歌のテーマは、遣唐使に選ばれて唐に派遣されることになった友人の航海の無事を祈る、安全祈願です。
山上憶良が誕生したばかりの頃は、遣唐使は、朝鮮半島の海岸線伝いに黄海や渤海内を航行していく「北路」と呼ばれる比較的安全性の高い航路が使われていましたが、百済の滅亡と白村江の戦いの敗戦という朝鮮半島情勢の変化により、山上憶良が上の長歌を作った当時には、「南路」と呼ばれる、東シナ海を横断する危険な航路が使われていました。
従って、遣唐使に選任されて唐に派遣されることは、栄誉ある祝うべき喜ばしい出来事である半面、命を失う危険を覚悟しなければならない、逼迫した「コト」であったはずです。
その逼迫した「コト」に直面し、「なんとか無事にもどってきてほしい」という切実な願いを歌として表現するのに際して、山上憶良は、
「神代より 言ひ伝て来(け)らく」
というように、歴史の始原に注意を向け、そこから言葉を紡ぎ出します。
現代人なら思うかもしれません。
「友人が危険な航海に出発することと、神代になんの関係があるのか」と。
しかし、古代人である山上憶良にとっては、この二つには密接な関係があります。
「友人が危険な航海に出発する」という現在目の前に置かれた個別の「コト」を、「過去」や「全体」や「根源」(=タマ)が包摂していると古代人は考えるからです。
さらに山上憶良は次のように続けます。
そらみつ 倭の国は
皇神(すめかみ)の 厳(いつく)しき国
言霊(ことたま)の 幸(さき)はふ国と
語り継ぎ 言ひ継がひけり
「そらみつ」というのは「やまと(倭・大和)」の枕詞ですが、日本書紀の説明によると、「そらみつ」という枕詞には、「大空から見て、よい国だと選びさだめた日本の国」という含意があるそうです。(参考記事)
及至饒速日命乗天磐船。而翔行太虚也。睨是郷而降之。故因目之曰虚空見日本国矣。
饒速日命(にぎはやひのみこと)、天磐船(あめのいはふね)に乗(の)りて、太虚(おほぞら)を翔行(めぐりゆ)きて、是(こ)の郷(くに)を睨(おほ)りて降(あまくだ)りたまふに及至(いた)りて、故(かれ)、因りて目(なづ)けて、「虚空見(そらみ)つ日本(やまと)の国(くに) 」と曰(い)ふ。
(出典: 『日本書紀』神武天皇31年4月条)
ニギハヤヒ(饒速日命)は、高天原から日向の高千穗に天孫降臨したニニギ(瓊瓊杵尊)とは別に、天磐船(あまのいわふね)に乗って天からくだり、イワレビコ(神武天皇)による神武東征に先立って大和の地を治めていた神様ですが、大空に浮遊する天磐船から大地を見下ろして大和の地を選んだ、その神話を「そらみつ」という枕詞が示唆しているというのです。
とすると、ここでもやはり、「大和」という、現実に存在する個別の「コト」を、それを包摂する「過去」や「全体」や「根源」を起点にして俯瞰するという見方が採用されていることがわかります。
「コト」を語るときに「コト」だけを見ない、「コト=タマ」的な姿勢、包摂する一般者の側から見ようとする姿勢、「述語優勢」的な姿勢がここでも貫かれています。
(長くなるので次の記事に続きます)
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