なぜ、「○○よ」と呼びかけるのか(6)

やまとことば、関係を取り結ぶための詩的言語(2)。
関係に敏感に配慮し、人と人とが関係を取り結ぶための詩的な言語として、日本語は次の様な逸話に事欠きません。

伊予守源頼義の朝臣、貞任・宗任らを攻むる間、陸奥に十二年の春秋を送りけり。鎮守府を発ちて、秋田の城に移りけるに、雪、はだれに降りて、 軍の男どもの鎧みな白妙になりにけり。 衣川の館、岸高く川ありければ、盾をいただきて甲に重ね、筏を組みて攻め戦ふに、貞任ら耐へずして、つひに城の後ろより逃れ落ちけるを、一男八幡太郎義家、衣川に追ひたて攻め伏せて、

「きたなくも、後ろをば見するものかな。しばし引き返せ。もの言はむ。」

と言はれたりければ、貞任見返りたりけるに、

「衣のたてはほころびにけり」

と言へりけり。貞任くつばみをやすらへ、しころを振り向けて、

「年を経し糸の乱れの苦しさに」

と付けたりけり。そのとき義家、はげたる矢をさしはづして帰りにけり。さばかりの戦ひの中に、やさしかりけることかな。

(出典『古今著聞集』巻第九、武勇第十二「源義家衣川にて安倍貞任と連歌の事」)


これは11世紀半ば、朝廷への帰順を拒む俘囚の長、奥州安倍氏(安倍晋三はこの安倍氏の子孫を名乗っています)を成敗するための戦「前九年の役」での、安倍氏の拠点であった「衣川の館(ころもがわのたて)」陥落の際のエピソードです。

逃げる敵将、安倍貞任を源義家が呼び止めて、

「衣のたてはほころびにけり」(「衣川の館(たて)は陥落した」)

と下の句を詠み、この歌を完成させてみよと連歌の挑戦を仕掛けます。

安倍貞任は、すかさず、義家が意味した「衣のたて」(衣川の館)に「衣の縦糸」の意味を掛けて、次のような上の句を返します。

「年を経し糸の乱れの苦しさに」

安倍貞任の返しの巧みさに、義家は貞任を討つのをやめて見逃します。

血で血を洗う戦のさなかに、歌によって心を交感し合い、敵味方を超えた関係を取り結ぶ。

古代の「歌垣」で、若い男女が歌を交わしあって関係を取り結んだことと、本質的には同一の行為が、平安時代や鎌倉時代になっても続けられていたことがわかります。

さて、そのような「人と人とが関係を取り結ぶための詩的言語」として、日本語はどのような構造をもっているか。

その構造は、英語のような外国語とどのように違うのか。

三上章という文法学者が発見し、現在では定説として定着しつつある見方なのですが、日本語は、「題・述構造」という特殊な文法構造を取っています。

日本語のもつ「題・述構造」と、「関係の言語」としての日本語の特質はどのように関係しているのか。

そして、日本語の「題・述構造」や「関係の言語」という特質は、和歌から俳句への詩文の発展の中で、どのようなチャレンジを受けたのかを論じていきます。

(つづく)
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なぜ、「○○よ」と呼びかけるのか(8)

誰かを「○○よ」と呼ぶべきか否かという問題は、どうでもよい小さな問題だが、この問題をきっかけにして、これまで考えてきたこと、学んできたことを整理し、あらためて、日本的なものと、非・日本的なものをどう媒介するべきかという問題に、一つに答えを与えてみたいと思うのだ。
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