なぜ、「○○よ」と呼びかけるのか(5)

やまとことば、関係を取り結ぶための詩的言語(1)。
筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

(かつて若い男女が集って「歌垣」が行われた筑波山、そこから流れ落ちる男女川は、山中で行われた若者たちの恋の営みや情念を一所に集めて、いまや深い淵を形成している。)

            (出典: 『百人一首』 陽成院 13番)


なぜ、日本語(やまとことば)は、つねに話者と聞き手との関係性にこまやかに配慮し、関係性を文の中に織り込み、関係性の中から発話しようとするのでしょうか。

現代の日本語も、頑なに保持しつづけているこの特質は、古代に行われた「歌垣」の実践と無関係ではないと考えられます。

「歌垣」とは、春先、山頂、磯、市などに若い男女が集まり、求愛の歌を互いに掛け合い性的な交わりをもった、古代に日本の各地で行われていた、言霊信仰が深く関係する、宗教的、呪術的なしきたりです。

特に、筑波山は「歌垣」が行われた場所として古くから名高い場所でした。

当ブログでしばしば取り上げてきた伊豆山神社の本殿の裏手の山にも、「こごひの森」という、枕草子にも取り上げられている有名な森が存在します。

森は大荒木の森。忍の森。こごひの森。木枯の森。信太の森。生田の森。うつきの森。きくだの森。いはせの森。立聞の森。常磐の森。くるべきの森。神南備の森。假寐の森。浮田の森。うへ木の森。石田の森。かうたての森といふが耳とどまるこそあやしけれ。森などいふべくもあらず、ただ一木あるを、何につけたるぞ。こひの森。木幡の森。

(出典: 清少納言『枕草子』115段)


伊豆山神社の現在の本殿はいわば里宮であり、伊豆山神社の元宮は裏手の山を登った「こごひの森」の中に存在します。

「こごひの森」は、現在は「子恋の森」という漢字が充てられていますが、「こごひ」とは「かがひ」のことであり、「かがひ」とは「歌垣」の東国の方言ですから、熱海の伊豆山でも、古代において「歌垣」が開かれていたことが推定されます。

伊豆山は、その後、伊豆修験の本拠地となり、ここから走湯権現が成立し発展していくのですが、修験道という峻厳な修行の場が、もともと若い男女の性愛の営みが行われていた場所であるというのは興味深い事実です。

それはそれとして、日本文学史の中心を占め、日本語の発展、展開のブロセスと不可分な関係にある、和歌の伝統も、もともとは「歌垣」の風習から派生していると考えられます。

日本の歴史を通じてさかんに歌が詠まれてきた元来の目的は、「歌垣」と同様に、歌い手が特定の(多くは異性の)聞き手に対して真摯な感情を吐露することであり、歌い手と聞き手とが深い関係を取り結ぶことであったでしょう。

和歌には、枕詞・序詞・掛詞・縁語・本歌取りなどの伝統的な修辞法が整備されていきますが、これらの技法は、歌に表現される個人的な感情の真摯さ、直裁性をやわらげる、オブラートの役割を果たしたことでしょう。

これらの修辞法が社会的に標準化されていくことが要請されたということは、逆にいえば、歌の中には、もともと、これらの修辞法によって和らげなくてはならない個人な感情の激しさが籠められていたとも考えられます。

筑波山から流れ落ちる男女ノ川のように、日本語も、歌垣の行われた古代から人々の情念を集めて深い淵を形成しています。

(つづく)
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