なぜ、「○○よ」と呼びかけるのか(4)

古典文学に現れる日本語の特質。
社会的関係性を文の中に織り込もうとする日本語の性質は、特に中古の宮廷文学にいかんなく発揮されていますが、それと同時に、日本語の美点でもあり弱点でもあるこの性質を克服しようとする、意識的、無意識的な試みの形跡も、日本文学史の中に確認することができます。

まず、社会階級の格差の度合いを巧みに表現する複雑な敬語表現を発達させた平安時代の宮廷文学。その筆頭に掲げられる源氏物語を例に取り上げてみましょう。

源氏物語は、次のような有名な冒頭文で始まります。

いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれてときめきたまふありけり。


ここで筆者の紫式部は、「女御・更衣あまたさぶらひたまひける」という敬語表現によって、「さぶらふ」という謙譲の本動詞を女御・更衣らの行為にあてがうことで、女御・更衣らお仕えする天皇への敬意を表現すると同時に、「たまふ」という尊敬の補助動詞を使うことで、自らの社会階級が、女御・更衣らよりも下であることを表明しています。

言うまでもなく、物語とは、登場人物たちの人間関係を描くものなのですが、古典文学の筆者は、登場人物たち相互の人間関係のみならず、物語に登場する架空の登場人物たちと自分との社会関係をつぶさに文の中で明示しています。

つまり、古典文学の筆者は、自らも、登場人物たちと同じ地平に立ち、登場人物たちが存在し活動する物語の世界の一員であるかのように振る舞っていることになります。

これとは対照的に、西洋の近代文学は、一人称で書かれた私小説でない限りは、小説家は物語世界の外部に立ち、いわば神の視点から、あるいは物語世界に一切関与しない透明人間のように客観的に物語世界を観察し、登場人物たちの行動と感情を記述していきます。

例として、イギリスの小説家、サマセット・モームの『人間の絆』(Of Human Bondage)の冒頭を引用しましょう。

The day broke gray and dull. The clouds hung heavily, and there was a rawness in the air that suggested snow. A woman servant came into a room in which a child was sleeping and drew the curtains. She glanced mechanically at the house opposite, a stucco house with a portico, and went to the child's bed.

"Wake up, Philip," she said.

灰色のにぶい夜明けだった。雲が重く垂れ下がり、ひどい冷え込みは雪を思わせた。子どもが眠っている部屋に乳母がはいってきて、カーテンをあけた。彼女はただ機械的に向う側の家をチラリと眺めたが、それは柱廊玄関のついた化粧しっくい造りの家、それから、子どもの寝台の方へいった。

「起きなさい、フィリップ」

(サマセット・モーム『人間の絆』北川悌二訳)


筆者が、登場人物たちと自らとの社会的関係を文の中に織りこみながら物語や出来事を記述していくという中古文学の特質は、源氏物語のようなフィクショナルな作品のみならず、『大鏡』のような歴史書でも確認することができます。

大鏡は、大宅世継(190歳)と夏山繁樹(180歳)という、時代を直接自分の目で見通してきた二人の架空の老人が雲林院の菩提講で語り合い、それを若侍が批評するという対話形式で書かれています。

先つころ、雲林院の菩提講に詣でて侍りしかば、例の人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁ふたり、嫗と行き会ひて同じ所に居ぬめり。あはれに、

「同じやうなるもののさまかな。」

と見侍りしに、これらうち笑ひ、見かはして言ふやう、

「年ごろ、昔の人に対面して、いかで世の中の見聞く事をも聞こえ合はせむ、このただ今の入道殿下の御有様をも、申し合はせばやと思ふに、あはれに嬉しくも会ひ申したるかな。今ぞ心やすく黄泉路もまかるべき。おぼしき事言はぬは、げにぞ腹ふくるる心地しける。かかればこそ、昔の人はもの言はまほしくなれば、穴を掘りては言ひ入れ侍りけめと覚え侍り。かへすがへす嬉しく対面したるかな。さても、いくつにかなり給ひぬる。」

と言へば、今ひとりの翁、

「いくつといふこと、さらに覚え侍らず。ただし、おのれは、故太政大臣貞信公、蔵人の少将と申しし折の小舎人童、大犬丸ぞかし。主はその御時の母后の宮の御方の召し使ひ、高名の大宅世継とぞ言ひ侍りしかな。されば、主の御年は、おのれにはこよなくまさり給へらむかし。みづからが小童にてありし時、主は二十五、六ばかりの男にてこそはいませしか。」

と言ふめれば、世継、

「しかしか、さ侍りしことなり。さても主の御名はいかにぞや。」

と言ふめれば、

「太政大臣殿にて元服つかまつりし時、『きむぢが姓はなにぞ。』と仰せられしかば、『夏山となむ申す。』と申ししを、やがて、繁樹となむつけさせ給へりし。」

など言ふに、いとあさましうなりぬ。誰も少しよろしき者どもは、見おこせ、居寄りなどしけり。

(『大鏡』冒頭「雲林院の菩提講」)


『大鏡』が描く登場人物たちは歴史的に実在した人々であり、語られる内容は史実である一方で、それを物語る話者である二人の老人が架空の人物であるという、通常の物語とは虚実が逆転した設定が『大鏡』という歴史書にみられる独特の形式です。

(たとえば、『大鏡』とは反対に、『源氏物語』では筆者の紫式部は実在する存在、物語の登場人物たちは架空の「虚」の存在です。)

しかし、歴史的人物たちの「実」と、語り手の「虚」という『大鏡』の独特な形式によって、両者は媒介できない二つの世界に分断されているかといえばそうではなく、語り手の大宅世継や夏山繁樹が190歳や180歳であるという、現実にはあり得ないほど長命な年齢設定によって、実在した歴史的登場人物たちと架空の語り手との関係性、連続性が担保されています。

つまり、『源氏物語』と同様に『大鏡』においてもその筆者は、出来事の外部からこれを客観的に記述するのではなく、登場人物たちと同じ地平に立ち、登場人物たちと関係性をもつ、出来事の主体的当事者の一員として歴史を記述していることになります。

社会的関係性の内部から物語や出来事や歴史を記述しようとする、日本の古典文学がもつ姿勢は、物語や出来事や歴史をその外部から観察し客観的に記述しようとする、西洋の近代文学・歴史学とは大きく性質を異にしています。

つねに関係性に敏感に配慮し、関係性を文の中に織り込み、関係性の内部から言葉を発しようとする日本語のもつこの特質は、『源氏物語』や『大鏡』のような心のひだや人間関係の機微を繊細に表現する文学の傑作を生み出すことに成功してきた一方で、弱点ももっています。その弱点を補ったり克服しようとしたりする試みも、近代以前の日本文学史の中で行われていました。

一つは、漢文の採用であり、もう一つは、詩(和歌や俳句)の発達です。

次回はこれについて簡単に概観していきます。

(つづく)
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なぜ、「○○よ」と呼びかけるのか(8)

誰かを「○○よ」と呼ぶべきか否かという問題は、どうでもよい小さな問題だが、この問題をきっかけにして、これまで考えてきたこと、学んできたことを整理し、あらためて、日本的なものと、非・日本的なものをどう媒介するべきかという問題に、一つに答えを与えてみたいと思うのだ。
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