なぜ、「○○よ」と呼びかけるのか(2)

やまとことば、関係性ぬきに語られない言語。
日本語、森有正、源氏物語、漢文、経験と体験、禅、戦後民主主義、歴史問題、「進撃の庶民」など、様々なテーマに視点を移しながらゆっくり論じていきます。

"This is a pen."という英語の文について考えてみましょう。

この英文を日本語に翻訳してくださいと言うと、誰でも「これはペンです」と答えると思います。

しかし、厳密には「これはペンです」は正確な訳文ではではありません。

実は、日本語(やまとことば)は、"This is a pen."というシンプルな英文を正確に翻訳できない言語です。

というのは、"This is a pen."という英文を日本語に翻訳しようとすると、どのような言い回しを使って翻訳したとしても、元の英文にはまったく含意されていない余計な情報を不可避的に混入させてしまうためです。

その「余計な情報」とは、話者と聞き手の関係性に関する情報です。

英語では、誰が誰に対して発話しようとも、"This is a pen."と言う同一の言い回ししか存在しません。

目上の人が目下の人に対して言う場合でも、逆に、目下の人が目上の人に対して言う場合でも、"This is a pen."は、"This is a pen."です。

つまり英語では、話者と聞き手との社会的関係性から独立して、センテンスが成立しています。

"This is a pen."という英文が伝達しようとしている情報内容は、「これ=ペン」という話者の判断以外にはありません。

ところが日本語ではそうはいきません。

誰が誰に対して発話するかによって、「これはペンです」「これはペンでございます」「これはペンだ」「これはペンである」「これはペンだよ」「これはペンよ」「これはペンじゃ」「これはペンざんす」「これはペンなのさ」「これはペンなのだ」「これはペンなり」というように、いくつもの言い回しのバリエーションが可能です。

どの言い回しを採用するかによって、話者は、自分がどのような社会的立場にあり、聞き手とどのような関係にあるのか、またどのような関係を結ぼうとしているのか、聞き手に対してメッセージを発することになります。

このように、日本語(正確にはやまとことば)は、どのような文を構成しても、必ず話者と聞き手の社会的関係性に関する情報が混入し、付随してしまいます。

これは日本語の利点であるとの同時に、大きな欠陥でもあります。

日本語は、話者と聞き手の社会的関係性と無関係な、客観的、中立的な言明を立てることができないからです。

(つづく)
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