ある建築家の自己分裂(2)

みぬさよ、自我の統合を図れ。
ある建築家の自己分裂(1)は非公開としました。

みぬさよりかず氏の建築作品を目にするとき、皆さんはあることに気がつき衝撃を受けることでしょう。

無機質な白い箱のような、「モダン」で、「スタイリッシュ」で、「斬新」な、彼の建築作品が、およそ日本らしさを排除し、日本建築の伝統的様式から逸脱し、非日本的、無国籍的、つまりは、グローバルな方向を目指していることに。

みぬさよりかず氏が、建築家としては、グローバルな方向を目指している証として、彼の建築事務所の名称を見るとよいでしょう。彼の建築事務所の名称には、日本の文字や言葉は一片たりともつかわれてはおらず、意味不明なアルファベットと英単語の羅列によって成り立っています。

みぬさよりかず氏は、建築家としては、グローバリズムの潮流に追随し、日本の伝統に背を向け、日本らしさを否定し、グローバリズムをそのまま体現したかのような、どこの国のものとも知れぬ無国籍な建築を作ることによって、世の中の賞賛や評価を得ながら、クライアントや建築雑誌の編集長や同僚の目が届かない場所で運営している政治ブログ上では、「保守」だの、「愛国」だの、「反グローバリズム」だのと、建築を通して自分が表現している思想とは真逆の思想を世の中に訴えています。

建築家としては、グローバリストとして振る舞い、日本の文化破壊、伝統破壊、景観破壊に加担しておきながら、政治ブログの上では反グローバリズムを世の中に訴える。自我がここまできれいさっぱり二つに分裂してしまっている事例は、なかなかめずらしいと言わざるをえません。

健全な精神の持ち主ならば、「反グローバリズム」や「保守」や「愛国」という政治信条を抱いたときに、その信念を、建築家としての仕事を通して表現しようとし、建築家としてグローバリズムに対抗しようとするはずです。

建築家としてグローバリズムに対抗するとは、あらゆる日本の現代建築が、日本の伝統を否定して無国籍な様式をまとおうとしているときに、その潮流にあらがって日本の伝統的様式に固執することです。

「反グローバリズム」を己の信念とする建築家の使命は、本来、日本の風土や景観に合致した建築様式の洗練にあるはずですが、みぬさ氏は、なぜそれをせずに、建築家としてはグローバリストとして振る舞いつづけるのか。無国籍な建造物を作って日本の景観を汚すのか。日本の景観の脱日本化、グローバル化に加担するのか。

それはおそらく、グローバルな建築を作ることによってこれまでに築いてきた地位や立場に、彼が固執しているからです。

建築家として新しい変貌を遂げ、自己の思想と合致した作品を実現しようとする勇気がないがために、自己の信念と裏腹のことをしている鬱憤をはらすかのように、ネット上では「反グローバリズム」や「保守」「愛国」を世の中に訴える。

この姿勢はまったく不健全です。

みぬさよりかず氏と同様に、自我が真っ二つに分裂してしまっている人物が他にもいます。

それは三橋貴明です。

三橋貴明も、みぬさよりかずと同様、自民党員として安倍新自由主義政権の成立と保持に加担しながら、反新自由主義を世の中に訴えるという、分裂した自己を抱えています。

三橋貴明も、グローバルな建造物を作って世の中の賞賛を得るという「うまみ」を知ったがゆえに、そこから抜けられなくなってしまった建築家みぬさよりかずと同様、自民党員であることの「うまみ」を知ったがために、そこから抜けられなくなっています。

みぬさよりかず氏が、教祖のように三橋貴明を信奉し共感を寄せる理由は、どうやらこの辺にありそうです。

しかし、自我が分裂した人間が、自分と同様に、自我が分裂した他の症例を見つけて、その人物に自己を投影したところで解決にはなりません。

分裂した自我は統合されなくてはなりません。

それ以外に、精神と人生の修復の方法は存在しません。

稚拙な政治ブログを書いてお茶を濁している場合ではないのです。
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非公開コメント

うまみ

自分なりの考えをまとめるつもりで一連の記事を再読しているうちに、私が「進撃の庶民」界隈の方々の言動を見て感じていたものが、
うまみ
この一言に要約されていることに気が付きました。
(「世の中の賞賛を得る」もそうですが。しかも、その賞賛というのも、「質より量」を優先している印象があり、意識的にか無意識的にかはともかく、彼らの優先事項は、何かがおかしいというかズレているような気がしてなりません。)

「進撃の庶民」の皆様のブログランキングへのこだわりや、以前、某掲示板にて、三橋氏の経済論の「正しさ」をば、彼の著書の某通販サイトでの売り上げ順位にて証明したがる信奉者とそうでない人が延々と水掛け論を続けているのを見て、呆れたことなども思い出しつつ。

あと、明治期における「断髪離婚」なるものの流行も興味深い事象であることを先のコメントの追記とさせて頂きます。

やまさはるさん

ご感想有難うございます。
ただ、私の書いた上司の話は、上司の年齢からするとかなり昔の話である上に、コメント欄向けに簡潔にまとめたものなので、誤解を与える部分もあるかとは思いますが、

>健全な精神の持ち主ならば、「反グローバリズム」や「保守」や「愛国」という政治信条を抱いたときに、その信念を、建築家としての仕事を通して表現しようとし、建築家としてグローバリズムに対抗しようとするはずです。

等、今回の記事の趣旨に沿って参考にして頂ければと願います。

それから、「ちょんまげ頭」については、Yahoo!知恵袋ですし、参考記事がリンク切れになっていたので検証できてはいませんが、以下のような見解も出ているので、もう少し調べてみる必要がありそうです。

『散切り頭を叩いて見れば文明開化の音がする』って、どんな意味ですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1135945571

>散切り頭は文明開化の象徴、最後の部分だけ見ればそれを歌ったように思えるけど、実際は政府の断髪推奨キャンペーンの一環のようなものですね。。。

No title

>まつぼっくりさん
日本人自体新しい物好きで明治期ですら「ちょんまげ頭を叩いてみたら因循姑息な音がする」と歌うような国なので素晴らしいものがあったら古臭くて役に立たないものがあったらさっさと捨てる性分なのです。
それに需要は増えないというのは単に通勤通学に便利な土地に日本家屋立てるような土地が少ないことや、単に主に購入者である若者の財布が日本家屋を建てるだけの余裕が全くないこと、不動産業者にとっては平屋よりもマンションのほうがそれだけお金が回収しやすくて効率的なのが直感的には大きな理由だと思うのですが。

1を非公開とした理由は何ですか。

根っからの詐欺師のお二人ですね
他の仲間や支持者も同類でしょう

ある建築士の話

私も氏の作品を見て、同様の思いを抱くと同時に、一級建築士だった私の昔の職場の上司を思い出してしまいました。
その上司は「日本を和風建築であふれさせたい」という思いから建築士になってみたものの、需要が増えない現実に直面し、先に人の心が変わらなければだめなのだと思ったところから、保守・愛国的な思想を学ぶようになったとのことでした。

かく言う私も傍から見れば単なる「西洋かぶれ」にしか見えないかもしれませんが、京都在住時に何だかんだ言って景観の面でガッカリすることがあり、欧州など他国ではどのようにして伝統文化を保全しているのか知りたくなって以来、模索中なので悪しからず(泣)。
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