ユダヤ陰謀論はなぜ「悪」か(5)

パレスチナの宗教的多様性。
さて、イスラエルの建国というと、次の様に説明されがちです。

「かつてパレスチナ(「カナンの地」)に、イスラエル王国やユダ王国というユダヤ人の王国が存在した。聖書の言い伝えによれば、エジプトで奴隷とされていたユダヤ人がモーセに導かれて建てた国である。

その後パレスチナの地は、新バビロニア、アレクサンドロスの帝国、プトレマイオス朝、ローマ帝国、ビザンツ帝国、ウマイヤ朝、アッバース朝、ファーティマ朝、セルジューク朝、マムルーク朝、オスマントルコ帝国、など様々な帝国の支配下におかれ、ユダヤ人の王国は解体され、ユダヤ人たちは世界に離散していった。

ところが19世紀になってシオニズム(イスラエル再建運動)が勃興すると世界のユダヤ人がパレスチナに結集して、その地に定着していたアラブ人から土地を奪い、イスラエルを建国してしまった。」

上の説明は、一見もっともらしく聞こえますが、実はまったく正確ではありません。

というのは、ユダヤ人の王国が解体されてしまった後も、パレスチナからユダヤ人が全くいなくなってしまったわけではなく、イスラエルが建国される以前、1299年から1922年まで約600年間続いたオスマン帝国の時代に、「すでに」というべきか「まだ」というべきか、ユダヤ人の自治的な共同体がパレスチナの地に存在していたからです。

私たちは、イスラエル建国というと、イスラム教を信奉するアラブ人一色となっていたパレスチナの地に、ユダヤ人たちが外部から割り込んでいって強引に国を作ったような印象を持ちますが、そうではなく、イスラエルが建国される直前のパレスチナの地は、宗教のるつぼとでもいうべき様相を示しており、イスラム教に限らず、実に多種多様な宗教的背景をもつ共同体が存在していました。

そのことをわかりやすく見ていただくために、わたしがしばしば訪れるレバノンの宗教分布図をお見せしたいと思います。

レバノンはイスラエルの北部に位置し、パレスチナの一画を占める国です。



北部のトリポリにはスンニ派のイスラム教徒が、南部のシドン・ティルス周辺やベカー高原にはシーア派のイスラム教徒が、山岳レバノンと呼ばれる中央部にはキリスト教徒たちが暮らしています。

キリスト教といっても一様ではなく、マロン派と呼ばれるレバノンに固有のキリストの一派に属する人々もいれば、これもレバノンに固有のメルカイト派というギリシア正教とローマカトリックを折衷した独特の宗派に属する人々もいます。



(レバノンのハリッサにあるメルカイト派の教会、2012年ローマ教皇が訪れてここでミサを執り行った。)

なぜパレスチナが多種多様な宗教的背景をもつ人々で構成されているのか。

それは、オスマン帝国が「ミレット制」と呼ばれる宗教寛容政策を採用していたからです。

「ミレット制」とは、オスマン帝国が、領内のイスラム教以外の宗教を信奉する民族に、信仰の自由と自治権を認めた制度です。

これにより、パレスチナの地には、様々な宗教共同体が存在していました。

オスマン帝国の時代から何世紀にもわたってエルサレム周辺に存在していたユダヤ人の自治共同体もその中の一つです。

イスラエルの建国とは、もともとパレスチナに存在していたユダヤ人の自治共同体を基盤に、それを拡大する形で作られたものであり、決して何もない場所に外部からやってきて、ゼロから国を作ったということではありません。

オスマン帝国時代のパレスチナでのユダヤ人共同体の様子をまとめた、ある出版社の記事を紹介します。

オスマントルコ帝国時代

イスラエルの地は、16世紀から400間オスマントルコの支配下に入り、コンスタンチノープルから統治されました。帝国内は4つの地区に分けられ、イスラエルの地は行政上はダマスカス州の所属となりました。

オスマントルコ時代の初め、この地にはエルサレム、ナブルス、ヘブロン、ガザ、そしてガリラヤ地方の村落を中心に、ユダヤ人が1000家族ほど居住していたと推定されます。そのユダヤ人社会は、この地に先祖代々住んできた者、北アフリカ及びヨーロッパからの移民で構成されていました。

オスマン帝国の最盛期を打ち立てたのがスレイマン壮麗王ですが、彼の死(1566年)まで秩序ある統治が続き、そのおかげでユダヤ人社会の環境は改善され、ユダヤ人の移住を促しました。新しい移民はエルサレムに居住する者もいましたが、大多数はイスラエル北部のツファットに定着しました。ここの人口は次第に増えて1万人ほどに達しました。ツファットは織物業の中心として栄えただけでなく、学問そしてユダヤ教神秘主嚢(カバラ)の一大中心として発展しました。

「シュルハン・アルーフ」(ヨセフ・カロのユダヤ教法典、1564-65年)に集大成されたように、ユダヤ数の律法研究が進んで、ツファットの学者たちが生みだす研究成果は、広く海外のユダヤ人社会に伝えられ、影響を及ぼしました。

トルコの統治は次第に乱れを生じ、それに伴ってイスラエルの地は放置され、廃虚の様相を強めてきました。18世紀末までに、土地の多くは不在地主の所有するところとなり、小作の貧農に賃し与えられていました。住民は高い課税に苦しみました。ガリラヤ地方やカルメル山の森は丸裸となり、農耕地は湿地あるいは砂漠化していきました。

19世紀になると、中世時代の後進性は少しずつ姿を消し、ヨーロッパ文明が浸透してきました。ヨーロッパ列強は競ってこの地域に進出し、有利な地位を占めようとしました。それはキリスト教の宣教活動を通した進出である場合が、しばしぱでした。

英米仏の学者が聖地地理と考古学の調査研究を開始し、エルサレムにはイギリス、フランス、ロシア、オーストリア及びアメリカが領事館を開設しました。やがて聖地とヨーロッパの間には定期船が就航しました。さらに郵便、電信サービスも始まりました。エルサレムとヤッフォを結ぶ幹線道路が初めてできたのもこの頃です。スエズ運河の開通によって、三大陸の十字路としての伝統もよみがえってきました。

このようにして、ユダヤ人社会の環境は少しずつ改善され、人口もかなり増えました。19世紀中頃になると、城壁で囲まれたエルサレムは過密状態となり、1860年からユダヤ人社会は城壁の外に新市街の建設に乗り出しました。それから25年の間に新たに7地区が建設され、新市が形成されました。

1880年までに、エルサレムのユダヤ人口は、いくつかの民族共同体のうちで最大となりました。各地で農業用にこの土地の取得が行なわれ、開拓村が次々と建設されました。これまで長い間祈りと宗教文学に限定されていたヘプライ語も、エリエゼル・ペン・イェフダーらの努力により、日常語として復活しました。こうして、シオニズム運動の展開基盤が整備されてきたのです。

(出典: 出版社ミルトス: イスラエルの歴史)


オスマン帝国は1922年に崩壊しました。

オスマン帝国崩壊後に、旧帝国領内の諸民族をどうするのかが問題として浮上しました。

同じ文化的・宗教的背景をもつ人々が、自分たちの独立した国家をもちたいと願ったことは当然の流れであり、ヨルダンや、シリアや、レバノンというイスラエルの周辺国家が建設されていきました。そのような潮流の中で、数世紀も前からエルサレム周辺で自治的な共同体を形成してきたユダヤ人たちが、自分たちの国家を持ちたいと願ったとしても、それは当然のことではなかったでしょうか。

インド人も独立した、アフリカの人々も独立した、東南アジアの人々も独立した。旧オスマン帝国に属していた中東の人々も独立した。

その中で、なぜユダヤ人たちが、他の民族と同じように自分たちの国家を持ったら、まるで悪魔のように言われなければならないのか。

自分たち日本人の愛国心を賞賛ながら、なぜユダヤ人の愛国心を認めないのか。

私にはさっぱり理解できません。

国家の存在そのものを悪とみなす極端な左翼やグローバリストならともかく、国家の存在を是とする右派の日本人が、ユダヤ人が自らの国家を持つことを批判するというのは自己矛盾も甚だしいと言わざるを得ません。

次回は、イスラエルとパレスチナ人との軋轢から、「国家」が一般的にはらむ問題を考えていきます。
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

松本英志氏よ

>グローバリズムや新自由主義を批判すると「ユダヤ陰謀論」者になる、というのが理解できませんね。

あなた自身が、「アシュケナージ系ユダヤ人は、全てハザール人の子孫である」というような、歴史学の通説でもない、ユダヤ陰謀論者がばらまいている珍説を鵜呑みにしていました。

「パレスチナ・アラブ人を締め出しての強引な国家建設にこそ、イスラエル国家の根本問題がある」というような底の浅い言論を振りかざしていました。

グローバリズムを批判するということは、国家主義の立場にたつということです。

国家主義とは、権力や暴力といった国家がもつ負の側面を認めながらも、それでも世界にとって国家の存在は必要で有益なものであるとする立場のことです。

その立場にたてば、イスラエルという民族国家再建の試みが、他のあらゆる国家建設と同様、いかに暴力性をともなっていようとも、イスラエルという国家の存在を頭ごなしに「悪だ」と決めつけるような言説が生まれようはずがありません。

国家主義の立場にたてば、「イスラエルがパレスチナ人に対して行った暴力は酷い。しかし、それでも、一つの民族が自分たちの国家を再建しようとする試みは尊いものだ」と言わなければならない。

グローバリズムを批判するといいながらシオニズムを批判している人々は、自分が根本的な論理的矛盾を犯していることに気付かなければならないのですが、残念ながら彼らには、自分の頭でものごとを考え抜く知性がない。

沢村直樹のように「日本は憲法9条を改正して戦争できる力(=国家が本来もつ暴力性)を回復すべきだ」と言いながら、「イスラエルは暴力的な国家だから悪だ」と矛盾したことを言う。

せいぜい彼らのような無知性・無教養の人々にできるのは、ネットに転がっている話をそのまま鵜呑みにして「拡散させる」ことだけです。

こんな人々の中から、まともな「反・グローバリズム」の言論などうまれようはずがない。

残念ながら、ハザール人がどうのという妄言を垂れ流していたあなたも、その愚かな人々の一員であったと言わざるをえないのです。

WJFプロジェクト殿

>私たちの国で、グローバリズムや新自由主義を批判するようになる人々は、判で押したように、くだらないユダヤ陰謀論の与太話を鵜呑みにするようになります。

グローバリズムや新自由主義を批判すると「ユダヤ陰謀論」者になる、というのが理解できませんね。

グローバリズムや新自由主義を推進している勢力の中に「ユダヤ人の一派」がいても、それはあくまでもユダヤ人の中のある一派なのであって、ユダヤ人全体ではありません。

つまり、「ユダヤ陰謀論」なるものを敢えて正しく定義し直すならば、「国際金融資本家一派の中のユダヤ人金融資本家」となるわけで、グローバリズムや新自由主義を推進している国際金融資本家一派とは、ユダヤ人だけで成っているものではありません。

あくまでも、ユダヤ人の金融資本家勢力もその中に含まれている、ということなのです。

この「ユダヤ陰謀論」なるもの、特亜三国の不当な「反日イデオロギー」と同類のもの、と言えるでしょう。

ユダヤ人には大富豪もいれば、慎ましく暮らしている庶民もいるわけで、人口比でいえば一握りの大富豪に対して、「庶民であるユダヤ人」の方が圧倒的に多数でしょう。

これはどの民族にもほぼ共通したことで、ユダヤ人だけが特殊である、ということなどありません。

そもそもが、「何々人は・・・・」という言い方、発想自体が馬鹿げているわけで、どの国にもどの民族の中にも様々な考え方があるのだから、それを十派一からげにして「何々人は・・・」という言い方をすること自体が馬鹿げたレッテル張りな訳で、ユダヤ人の中にも肯定したくないような勢力がいるのも、これまた他の民族の場合と同様にごく当たり前のことなのです。

特亜三国の不当な「反日イデオロギー」に対抗して、すぐに「朝鮮人は・・・、中国人は・・・・」とやりたがる者たちが少なくありませんが、これが馬鹿げているのは、「反日イデオロギー」とはあくまでも特亜国家の国家イデオロギーなのであって、韓国人や朝鮮人、中国人がみなそれに同調しているわけではなく、彼らの中には親日的である人々も決して少なくないからです。

>日本の「反・グローバリズム」の人々がせいぜいたどり着ける地点は、「千円札にシナイ山が描かれている」というような与太話を拡散させて、世の中の笑いものになることぐらいです。

だとしたら、日本の「反・グローバリズム」というのは、何とも思考レベルの低いお粗末なシロモノ、ということになりますね。

こんなカルト宗教のインチキ教祖が説くような御託説に嵌るようでは、とてもまともなグローバリズムの批判などできるわけがありません。

イスラエル国家の問題とは、もちろん、イスラエルに特有のものではなく、地元民を強圧的に制圧して国家を作ってしまった、という他にも例がある共通の問題です。

オーストラリアやニュージーランド、さらにはアメリカ大陸の諸国家もまた、ヨーロッパ人(白人)が非白人地域の人々を力で制圧して建国してしまった国家だったのですから、これは世界共通の問題であって、イスラエルもまたその一例である、ということなのです。

最後に、「松本英志よ」という上から目線の言い方はやめていただきたいですね。


イスラエルを特殊化するな

>そもそもが、イスラエル国家の根本問題とは、地元のパレスチナ・アラブ人と共存しようとはせず、彼らを無視した強引な国家建設にあったこと、と言っているでしょうが。

そもそも強引でない国家建設などどこに存在するのですか。

世界に存在する国家は、すべからく、強引な仕方で、武力によって建設されています。

日本国の建国も同じです。

日本書紀の神武東征のくだりを読んでごらんなさい。

神武天皇に帰順しない大和の先住民を「土蜘蛛」と読んで、「皇軍」が惨殺したことが書かれています。

このブログでも取り上げてきた役小角にゆかりの、奈良県の葛城一言主神社には、いまでもばらばらに体を刻まれた「土蜘蛛」を葬った塚が残されています。

このような伝説が残るのは、大和だけではありません。

長野県の安曇野に大王農場という有名なわさび田があります。

なぜそこが「大王農場」と呼ばれるのか。

坂上田村麻呂の北征の際、途上にある信濃の民に食料などの貢を強い、それを見かねた安曇野の地方豪族が立ち上がり、田村麻呂と戦った。朝廷軍から「魏石鬼八面大王」と呼ばれて恐れられたが、結局殺されて体を切り刻まれて埋められた。その場所が「大王農場」がある場所とされています。

このように日本という国家建設をめぐる暴力の記憶は、日本の各地に残されています。

世界の歴史において国家を成立させてきた権力は、必ず、武力によって打ち立てられます。

イスラエルが武力によって建設され、維持されているから悪だというのなら、日本を含む世界のあらゆる国家は否定されなくてはならなくなってしまいます。

私は、イスラエルがパレスチナ人にたいして行使している暴力が「よい」と言っているわけではありません。

そのことをもって、イスラエルという国家を特殊化し、イスラエルのみが「悪」であるかように語る、欺瞞に陥るべきではない。。

国家を解体しようとするグローバリズムを批判し、国家主義を標榜するのならば、国家が必ず伴う暴力という負の側面も直視して受け入れた上で、「それでも国家は世界の人々にとって有用なものである」と言わなければならない。

イスラエルが暴力を行使するから、その存在は悪だというのなら、すべての国家を指さして悪だと言い、むしろ反国家主義の立場に立つぐらいの論理的に首尾一貫した態度を貫くべきです。

松本英志よ

>オスマン帝国下でパレスチナ・アラブ人と長年、共存してきた現地ユダヤ人による国家建設であったならば、何故、イスラエル国家がパレスチナ・アラブ人とそんなにまで対立するのか?

>まるで解せないではありませんか?


その理由は単純明快です。

オスマントルコの領内で、「ミレット制」の下で、それぞれの民族や宗教集団が自治共同体を形成することを許されていた時代には、

1. 一つにはオスマントルコの権威と権力の下に置かれていたがために
2. 一つには明確な境界線がひかれていなかったがために、

それぞれの自治共同体は、互いに争うことなく、適度な距離を保ちながら共存することができました。

内戦をくぐり抜けたレバノンも同じ。

レバノンが建国されその国境線が引かれる以前には、現在のレバノン領内の、マロン派キリスト教徒と、シドン・ティルス周辺のシーア派や、トリポリ周辺のスンニ派のイスラム教徒の間には、反目はおきようもありませんでした。長い年月をかけて、互いに深く関与しあうことなく適度な距離を保つことを彼らが学んでいたからです。

争いが生じたのは、近代的な国家制度を導入してレバノンを独立させた宗主国フランスが、「大レバノン」として、同じ国境線の中に、同じ国家体制の中に、異なる宗教の自治共同体を囲い込んだからです。

同じ問題は、第二次世界大戦後に、世界各地で国民国家が建設されたあとに、世界規模で発生しています。

日中間の尖閣諸島問題も本質は同じです。

近代的な国家制度が西洋から導入される以前の東アジアには、海上の無人島をめぐる領有権争いなどおきるはずがありませんでした。

日中間に、尖閣諸島の領有権めぐる反目が生じた、その根本の原因は、近代的な国家制度を日本や中国が導入したことです。

パレスチナ問題も本質は同じ。

ことさら「イスラエルが悪の国家」だから起きた問題ではなく、近代的な国家制度を、本来そのようなものが存在しなかった場所に導入したこと、そこから生じている問題です。

一方的にイスラエルが悪いからパレスチナ問題が起きていると言うのなら、なぜ中東には、パレスチナ問題に限らず、オスマントルコの時代にはまった生じなかった、レバノン内戦や、イラン・イラク戦争のようなものが起きたのか。

これらの争いの根本原因は全部同じです。

近代的国家制度を導入し、国境のない場所に国境を引いたことです。

パレスチナ問題は、近代的な国家制度が抱えるきわめて一般的な問題なのであり、特殊化してはならない。

一方的にイスラエルのみを悪と決めつけて解決する問題ではなく、世界各地に古くから存在していた国家や社会のあり方やそれをめぐる考え方と、西洋で生まれた近代的な国家制度との間、その矛盾と軋轢をどのように媒介し、調和させていくかという問題です。

そういう視点に立たなければ解決しようのない問題です。

中東の争いの埒外にいる日本人は、イスラエルに悪のレッテルを貼り、その一方でイスラエルにテロを仕掛けるイスラム過激派を善なる勢力とみなすような、両者のいずれかに肩入れするような立場を取るべきではなく、両者の中間にたって、その和解に努めるべきです。

だからこそ、ユダヤ陰謀論のようなくだらない与太話に陥ってんじゃないと、口を酸っぱくして言ってるんです。

私たちの国で、グローバリズムや新自由主義を批判するようになる人々は、判で押したように、くだらないユダヤ陰謀論の与太話を鵜呑みにするようになります。

ユダヤ陰謀論に拠らずに、グローバリズムや新自由主義を批判できるようにならないかぎり、反・グローバリズムのまともな言論や考察は、私たちの国ではいつまでもたっても生まれないし、人々の間に普及していくこともないでしょう。

日本の「反・グローバリズム」の人々がせいぜいたどり着ける地点は、「千円札にシナイ山が描かれている」というような与太話を拡散させて、世の中の笑いものになることぐらいです。

No title

>イスラエル建国の基盤は、オスマントルコの時代から、「ミレット制」の下で、何世紀もパレスチナに存在していたユダヤ人の自治共同体です。上の記事でそのことをきちんと説明しているじゃないですか。

オスマン帝国下でパレスチナ・アラブ人と長年、共存してきた現地ユダヤ人による国家建設であったならば、何故、イスラエル国家がパレスチナ・アラブ人とそんなにまで対立するのか?

まるで解せないではありませんか?

そもそもが、イスラエル国家の根本問題とは、地元のパレスチナ・アラブ人と共存しようとはせず、彼らを無視した強引な国家建設にあったこと、と言っているでしょうが。

パレスチナ・アラブ人を締め出しての強引な国家建設にこそ、イスラエル国家の根本問題があるのであって、ヨーロッパから移住してきたユダヤ人であっても、彼らアラブ人との共存の上での国家建設であったならば、あれほどの血で血を洗う対立関係にはなっていなかったはずでしょう?

実際にも、オスマン帝国時代には、アラブ人とユダヤ人は長年にわたって共存してきたのだから。

グローバリズムかシオニズムか、ということにしきりにこだわっておられるが、グローバリズムかシオニズムか、ということがイスラエル国家を巡る問題の本質なのではない。

私の問題提起の本質を取り違えないでいただきたい。

松本英志よ

>スファラディー・ユダヤ人とは元々、パレスチナの先住民族であった人々で、これに対してアシュケナジー・ユダヤ人とは、国ごとユダヤ教に改宗したカザール(ハザール)王国というカスピ海沿岸の国の人々の子孫である人々です。

「アシュケナジー・ユダヤ人」の全体がハザール人の子孫だという説は、歴史学の通説ではなく、イスラム教徒などの反ユダヤ勢力や陰謀論者がばらまいている珍説に過ぎず、遺伝学的にも歴史学的にも否定されています。

(wikipediaの「ハザール」の項目に、その珍説への批判がまとめられています。)

まともな学問的検証を行わずに、陰謀論系サイトに書かれている珍説を鵜呑みにするから、陰謀論者はバカで無教養だと言われるんです。

>従って、イスラエル国家の建国とは、元々、その地に長く生きてきた民族ユダヤ人たちによる国家の復権ではなく、カザール王国出身で、長らくヨーロッパのキリスト教社会で生きてきたアシュケナジー・ユダヤ人による「新国家の建国」だったのです。

イスラエル建国の基盤は、オスマントルコの時代から、「ミレット制」の下で、何世紀もパレスチナに存在していたユダヤ人の自治共同体です。上の記事でそのことをきちんと説明しているじゃないですか。

シオニズムは、グローバリズムとは真逆の国家主義の運動です。

シオニズムの側にたつユダヤ人と、グローバリズムの側にたつユダヤ人は同一集団ではない。

バーニー・サンダースは、国家主義の側に立つシオニストのユダヤ人。

ジョージ・ソロスは、シオニストを否定するグローバリズムの側に立つユダヤ人。

この二つの集団は対立しているのであり、同一ではない。

にもかかわらずユダヤ人であるという理由で両者は混同され、シオニストたちがグローバリズムを推進しているかのようなでたらめな珍説が、陰謀論系サイトで事実であるかのように語られている。

それを頭の悪い無教養な人々が鵜呑みにして拡散させている。

そうして「反・グローバリズム」は、知的な根拠を失い、無教養な下層民たちの鬱憤晴らしでしかなくなっていく。

イスラエルという国家の根本問題とは?

ユダヤ人(と呼ばれている人々)には、大きく分けて「スファラディー・ユダヤ人」と「アシュケナジー・ユダヤ人」がいます。

スファラディー・ユダヤ人とは元々、パレスチナの先住民族であった人々で、これに対してアシュケナジー・ユダヤ人とは、国ごとユダヤ教に改宗したカザール(ハザール)王国というカスピ海沿岸の国の人々の子孫である人々です。

つまり、スファラディー・ユダヤ人は「民族ユダヤ人」(民族としてのユダヤ人)であり、アシュケナジー・ユダヤ人は「ユダヤ教徒ユダヤ人」(カザール民族ユダヤ人)なのです。

実は、ヨーロッパに住むユダヤ人の大半は、このカザール人ユダヤ教徒であったアシュケナジー・ユダヤ人なので、そもそもが故郷であったパレスチナの地を追われた「民族ユダヤ人」ではありません。

ただし、スファラディー・ユダヤ人も多数派ではありませんが、ヨーロッパにも居住しています。

この辺のことについては、自身もアシュケナジー・ユダヤ人であったアーサー・ケストラーが、その著書「第十三支族」で詳しく書いています。

パレスチナにあった古代のユダヤ王国が滅びた後も、先住民族であったスファラディー・ユダヤ人は、パレスチナばかりではなく、地中海沿岸の各地にずっと居住して来ていて、イスラム教徒であるアラブ人と長い間、共存して来たのです。

ところが、イスラエル国家を建国したユダヤ人は、このスファラディー・ユダヤ人ではなく、元はカザール人ユダヤ教徒であって、ヨーロッパに移住して長らくヨーロッパ社会で生きてきたアシュケナジー・ユダヤ人だったのです。

従って、イスラエル国家の建国とは、元々、その地に長く生きてきた民族ユダヤ人たちによる国家の復権ではなく、カザール王国出身で、長らくヨーロッパのキリスト教社会で生きてきたアシュケナジー・ユダヤ人による「新国家の建国」だったのです。

このために、地元のパレスチナ人(パレスチナ・アラブ人)にしてみれば、イスラエル国家の建国とは、長年、共存してきた民族ユダヤ人であるスファラディー・ユダヤ人による国家の建国ではなく、アシュケナジー・ユダヤ人という「ヨーロッパのユダヤ人」による国家の建国だったわけです。

早いハナシが、パレスチナ・アラブ人にとっては、「ユダヤ人」というよりも「ヨーロッパ人」による国家の建設だったわけで、しかもこの建国のし方が、まるで植民地作りのような地元民であるパレスチナ人を無視したような、強引なやり方だったのです。

この事は、後にイスラエルの首相になったゴルダ・メイヤの「民なき土地に土地なき民を」、という言葉に象徴的に表れています。

パレスチナ・アラブ人ばかりか、元々の地元民であったスファラディー・ユダヤ人までもが、長年にわたってパレスチナの地で生きてきたというのに、「民なき土地」とまるでパレスチナが無人地帯であるかのように言い立てて、地元民を無視して、強引に殖民するというやり方であったために、イスラエル国家の建国は、パレスチナ・アラブ人の激しい反発を買うことになってしまったのです。

すなわち、イスラエルという国家の根本問題とは、地元民を無視した「よそ者」による、まるで植民地支配のような強引なやり方による建国がなされた、というところにあるのであり、「ユダヤ人が国家を持つことの是非」という問題ではないのです。

イスラエル国家の国民は、ユダヤ人とアラブ人(パレスチナ・アラブ人)から成っているので、ヘブライ語(ユダヤ人用)とアラビア語(パレスチナ人用)の二つがイスラエルの公用語になっているのですが、実はその「ユダヤ人」というのも、イスラエルを建国したアシュケナジー・ユダヤ人(ヨーロッパからの移住ユダヤ人)と、元々、パレスチナ・アラブ人と長年、共存してきたスファラディー・ユダヤ人とからなっています。

そして、イスラエル国家にあっては、アシュケナジー・ユダヤ人と、パレスチナ・アラブ人及びスファラディー・ユダヤ人とは厳格に区別されており、前者は一級市民であるのに対して、後者は二級市民として扱われているのです。

つまり、同じ「ユダヤ人」であったも、民族ユダヤ人であるスファラディー・ユダヤ人は、アシュケナジー・ユダヤ人と同等には扱われてはおらず、「ユダヤ人」とは看做されていないのです。

このように、イスラエル国家の実態とは、「ユダヤ人とアラブ人」というよりも、「ヨーロッパ人とアラブ人及びアラブのユダヤ人(スファラディー・ユダヤ人)」という「差別構造」の社会なのです。

このイスラエル国家の実態というのは、かつて「アパルトヘイト政策」で悪名高かった南アフリカ共和国とかなり似たもの、と言えるのです。

すなわち、イスラエル国家のあり方とは、

>数世紀も前からエルサレム周辺で自治的な共同体を形成してきたユダヤ人たちが、自分たちの国家を持ちたいと願ったとしても、それは当然のことではなかったでしょうか。

というようなものではないのです。

それどころか、古代ユダヤ王国の滅亡後も、パレスチナの地にとどまって、イスラム教徒であるパレスチナ・アラブ人と長年、共に暮らしてきた民族ユダヤ人であるスファラディー・ユダヤ人までもが「アラブ系ユダヤ人」として、アシュケナジー・ユダヤ人という「ヨーロッパ系ユダヤ人」によって差別扱いを受けている、というのが、イスラエルという「ヨーロッパ人の殖民国家」の実態なのです。

つまり、イスラエル国家の実態は、「ユダヤ人国家」というよりも「ヨーロッパ人の殖民国家」といった方が妥当、と言えるものなのです。

そもそもが、「ユダヤ人」に対する迫害差別というのは、あくまでも「ヨーロッパ・キリスト教社会」(及び他のキリスト教圏)での問題なのであり、キリスト教圏以外の地域ではほとんどないものなのです。

ですから、アラブ人の住むイスラム教圏である中東や北アフリカでは、民族ユダヤ人であるスファラディー・ユダヤ人が、長年にわたってイスラム教徒のアラブ人と共存してこれたのです。

つまり、イスラエルという国家の根本問題とは、国家を建国したこと自体にあるのではなく、アフリカやアジア、そしてアメリカ大陸でヨーロッパ人(白人)が行ってきた植民地支配と同じやり方で、地元民を力ずくで強引に排除して「殖民国家」を建国してしまう、というやり方で国家建設が成されたこと、にあるのです。

テオドール・ヘルツェルが創始したシオニズムとは、ヨーロッパ・キリスト教社会でアシュケナジー・ユダヤ人が長年にわたって迫害され、差別されてきたために、「国家を持たない『ユダヤ人』が生き延びるためには、自分たちの国家を持つしかない」、という思想として誕生したものでした。

そして、このシオニズムによって実際の国家建設へと動き出す要因となったものが、ナチスドイツによる「ホロコースト」であったわけです。

実は、シオニストによるパレスチナでの「ユダヤ人国家建設」を、ナチスドイツは隠密裏に支援していたのですが、これはヨーロッパからユダヤ人(アシュケナジー・ユダヤ人)を追放したいナチスと、自分たちの国家を建設したいシオニストとの利害がきしくも一致したために、ナチスとシオニストとの奇妙な協力関係が成立した、という経緯があったのです。

そして、パレスチナでの強引な国家建設を始めたシオニストたちは、パレスチナ・アラブ人との抗争を繰り返し、数々のテロを行ってパレスチナ人を武力制圧して、ナチスドイツの壊滅後、主としてアメリカのバックアップを受けながら、イスラエル国家を建国したのです。

この事は、歴代のイスラエル首相であったベギンやラビンといった人物が、その建国時代には名うてのテロリストであったことからもわかることなのです。

現在も主として欧米諸国に居住しているアシュケナジー・ユダヤ人の中にも、イスラエル国家を認めない人たちが少なくないのは、シオニズムという思想に反対であるからというよりも、地元民を力ずくで制圧して建国し、建国後も武力で強引に国家を維持し、さらにはパレスチナ人(パレスチナ・アラブ人)に対する「アパルトヘイト政策」を採っているという、まるで「ユダヤ人を迫害したナチスドイツのようなやり方をしている国家」に対する反発、という要因があるからなのです。
WJFプロジェクトについて
作品リスト
政治的立場
WJFプロジェクトは、日本の主権、伝統、国柄を守る保守的な観点から、安倍政権が推し進めるTPP参加、構造改革、規制緩和、憲法改正、安保法制、移民受入などのグローバル化政策に反対しています。
TPP交渉差止・違憲訴訟の会
YouTube
WJFプロジェクトの動画作品は以下のYouTubeのチャンネルでご覧になれます。

お知らせ
アクセス・カウンター


今日の一言
なぜ、「○○よ」と呼びかけるのか(7)

日本語で日本人同士が「議論」(のまねごとの域をでられないが)しようとすれば、「命題の真偽」を明らかにするという本来の目的ではなく、「相手とどのような関係を取り結ぶか」という議論の本質とは無関係な脇道へと逸脱してしまう(例: 進撃の庶民)。
最新記事
コメント
<>+-
アーカイブ


RSSリンク
RSSリーダーに下のリンクを登録されると、ブログの記事やコメントの更新通知を受け取ることができます。