北京滞在記(2)

反日的中国人はどこだ?
中国のような「反日」的と言われている国に限らず、海外にでかけると、こちらが日本人(アジア人)だからという理由で、あるいはこちらの出自に関係なく、不愉快な思いをしたり、危険を感じたりすることは決して少なくありません。

しかし、「反日」国家と言われている中国の首都、北京に行って、私が拍子抜けしたのは、こちらが日本人だからという理由で、敵意や憎しみを向けられたり、不愉快な思いや危険を感じたりしたことが、全くなかったことです。

街の治安は極めてよく、レストランやお店(決して高級店ではなく普通の庶民的なお店です)のサービスの質は高く、私が日本人だと分かっても誰も嫌な顔一つせず、皆が礼儀正しく、友好的に接してくれました。

もちろん心の中でどんな感情を抱いているかまではわかりませんが、日本人に対する敵意や憎悪を、態度や行動を通して表現してくるような中国人は、北京では見かけませんでした。

その理由はいくつか考えられます。

まず第一に、2012年に、民主党野田政権が尖閣諸島を国有化した際に、激しい反日デモ、そして反日デモに便乗した反政府デモが中国で発生しましたが、それ以降、中国政府が、反日活動を含めたあらゆる政治的な抗議活動を押さえこんできたことがあると思います。

今回、北京の北東に位置する大使館街にも行ってみたのですが、フランス大使館では門の前に一人の中国人衛兵しか立っていませんでしたが、ほぼ隣接する日本大使館の門には、中国政府によって数名の衛兵やスーツ姿の警官が立たされており厳重な警戒に当たっていました。スーツ姿の警官は、私たちが少し大きめの声で話しながら門の前を通っただけで、いかにも「お前たちを監視しているぞ」と言わんばかりの、あからさまに威嚇的な視線を私たちに向けていました。

2012年の反日デモの際には、北京の日本大使館前には、二万人ものデモ隊が押しかけ、規制用の鉄柵を突破して卵や石を投げつけたり日章旗を燃やすなど暴徒化したそうですが、現在、日本大使館は中国政府によって厳重に守られています。

また第二に、北京の街全体で、厳しいセキュリティ・チェックが行われています。地下鉄の駅にも、歴史的な建造物にも、空港にあるような荷物検査の機械がいたるところに備え付けられていて、荷物の検査を受けないと入ることができません。電車の中や、街の至るところに、監視用のビデオカメラも設置されています。全体としての街の治安の高さが、反日的な態度が表出することを抑制していることが考えられます。

そしてこれは第三の理由でもあるのですが、そうかといって北京市民が窮屈そうに暮らしているかといえば、そんなことはなく、市民の関心は、政治的問題や歴史問題よりも、今や、仕事や娯楽やファッションや日常生活などの個人的な事柄に注がれているように見えました。これは、WJFプロジェクトを立ち上げずにはいられなかった数年前の状況とは対照的であり、以前ほどは、歴史問題や領土問題に強烈な関心を寄せて、絶えず日本の悪口を書き並べてくるような「愛国的」な中国人はなりをひそめているように感じられました。

市民を監視する側もいい加減なもので、地下鉄の駅の荷物の検査員が居眠りをしていたり、故宮博物館(紫禁城)に行く際に、天安門に向かって歩いていたところ、朝早かったせいでしょうか、また雨が降っていてカッパ姿だったせいでしょうか、本来なら直立不動の姿勢で立っていなくてはならないはずの中国人民武装警察部隊の衛兵が、ポケットをごそごそしながらスマホのようなものをいじっています。なんだこの衛兵はと思いながら私が怪訝そうに眺めていると、いきなり私に向かってサムズアップをしてきて、たじろぎました。



また日本人が北京で反日感情を感じない理由として第四に、北京には中国国内の様々な地域から、様々な民族系統の人たちが集まっており、外見だけでは誰が中国人で、誰が日本人なのかを、中国人の目から見ても、判別しにくい点もあると思います。分かる人は分かるようで、最初から私に日本語で話しかけてきたり、「日本人(りーべんれん)?」と聞いてくる人もいたのですが、その一方、中国人に中国語で道を聞かれたり、レストランや店で中国語で話しかけられることも多々ありました。これは日本人である私の目から見ても同じであり、北京の街で日本人と出くわすことがあっても、その人たちが日本語を話しているのを確認できないと、外見だけでは日本人であることを明確には判別できませんでした。

また、第五に、第三の理由とも関係しますが、市場主義経済の導入から多くの年月を経て、資本主義化が進み、レストランや店舗などサービス業の質がとても高まっていることがあげられると思います。

どんなに小さなお店にいっても、かつて共産主義国であったことが信じられないぐらい、よいサービスと、そのための教育が行き届いているのを感じました。

その例として、「海底撈火鍋(ハイディラオ)」という、いまや日本の池袋や台湾にも支店を展開する、現地では一人100元(1500円)ぐらいでおなかいっぱいよい食事ができる中国火鍋のチェーンレストランがあるのですが、そのサービスの質の高さたるや、日本の高級レストランもひけをとらない、びっくりするようなサービスを提供しています。



どんな感じかといいますと、人気店ですので常に食事をする順番を待つ人たちで入り口がごったがえしているのですが、待機時間中にも客が退屈しないようにネイルサロンのサービスを無料で受けられたり、待ち時間に豆菓子やひまわりの種のようなスナックを無料で提供してくれたり、トイレの入り口には常時女性が立っていて、客がトイレから出てくると紙タオルをさっと差し出してくれたり、雨が降ると無料でカッパをもらえたり、店の出口にはアイスの冷蔵庫がおかれており、食事のあとは無料でアイスを取り出して持ち帰ることができたりします。また食事中には、「変面」という、そのタネが中国政府によって国家機密として守られていると言われる、中国の伝統手品のパフォーマンスが行われたり、
麺を注文すると、店員が麺打ちの派手なパフォーマンスを目の前で披露してくれたりします。
客の誰が中国人で誰が日本人かもなかなか判別がつきにくい中で、店員が、反日感情をむき出しにしていては、客によいサービスを提供できませんし、よいサービスが提供できなければ店は淘汰されていきます。店が淘汰されてしまえば、お金儲けをすることができません。資本主義の進展や経済への関心が、中国人を反日活動のような政治問題から遠ざけていると思いました。

このように、確かに、中国政府は、南シナ海でも東シナ海でも、領土問題をめぐって周辺国に威嚇的な行動を続けており、日本にとっても脅威ではあるのですが、政治レベルで行動する中国政府と、非政治レベルで活動する民間の中国人市民とを、区別して捉える必要があると思いました。民主主義という、政治と非政治を媒介する制度を持たない中国では、なおさらのことではないでしょうか。

しかし、滞在中に、一回だけ例外的な小さな事例がありました。

天安門広場を南に下ると、通称で「前門」と呼ばれる城門(正式名:正陽門)があります。



その南側に、「前門大街」(チェンメン ダージェ)という、北京の古い町並みを再現したテーマパークのような、観光地として再開発された商店街があります。



そこに、「稲香村」という、月餅のような中国の伝統的なお菓子を売る清朝末期に開店したという北京では有名な老舗があります。



私はそのお店のお菓子がとても気に入り、二度も同じお店にお菓子を買いにいったのですが、二度目に行ったときに、中卒程度であまり高い教育を受けていなさそうな、しかしとても明るい人柄の十代ぐらいの若い女の子の店員が、「このお菓子がいいよ」とか「あのお菓子がいいよ」とかショーケースを指しながらお勧めのお菓子を人なつこそうに教えてくれました。

すると、私が中国語を話せず、英語で応答するのを見て、彼女は私に「韓国人?(はんぐぉれん)」と聞いてきました。

そこで、私が知っているほとんど唯一の中国語のフレーズである「我是日本人(私は日本人です)」を使って答えたところ、まるで希少生物でも発見したかのように、大喜びしながら、「グイズ(鬼子)だ、グイズ(鬼子)だ」と言われた出来事がありました。

そのやりとりを見ていた他の店員たちも吹き出さんばかりに、そして少し困った様子で、にこにこと笑っていました。

「グイズ(鬼子)」というのは、ご存じのように「日本鬼子(リーベングイズ)」という日本人の蔑称ですが、その女の子から敵意のようなものは全く感じませんでしたので、私も「(おいしいお菓子を教えてくれて)ありがとう」と言いながら、にこにこと手を振ってお店を後にしてきました。

私が、短い北京の滞在期間中に、「反日」的な中国人に出会った唯一の事例でした。

このように、「反日」的感情や「愛国心」は、中国では、いまや資本主義の激しい競争からは疎外された、比較的下層の人々の中に残滓のように残るものなのかもしれません。

日本人が自信に満ちあふれていたバブル時代に「ネトウヨ」が存在しなかったように、今の中国では、「反日」的中国人たちはなりをひそめているように見受けられます。

もちろん、中国の経済がいきづまり、金儲けがままならなくなったときには、彼らのエネルギーは再び、「反日」活動や「愛国心」に向けられるようになるのかもしれませんし、中国政府も、巧みにコントロールを計りながら、それを容認するようになるのかもしれません。

日本の経済的停滞や、周辺国の経済的台頭が、多くの日本人を「ネトウヨ」化させたように。

(追記)
下の様な情報もありますので訪中の際は注意してください。
在大連領事事務所: 「最近の日中関係に係る安全面でのお知らせ」(2016年8月11日)
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WJFさんが典型的なネット右翼だよ。自覚してないの?
愛国的な左派=右翼
これ基本知識です。

時間がないので簡単に

現在、いわゆる「ネトウヨ」といわれるような人々やそれらの言動に影響を受けている人々の中にはバブル期をリアルタイムで経験した年代の人も多いと思います。
確かに当時はインターネットなどなかったとはいえ、彼らについては「ある意味自然な反応」、「ナンセンス」などといって簡単に切り捨てる前に、より慎重な考察がなされるべきだと思われます。

No title

反日暴動が起こる1年くらい前に上海に行きましたけど、露骨に反日的な対応されたことはあまり無かったと思います。観光案内してくれた中国人も親切でした。店などでの接客が無愛想に感じる場面もありましたが、反日が理由なのか接客教育不足なのかは不明ですねw。
恐らく上海の様な都市の繁華街なら、それほどイヤな思いをすることも少ないと思います。思い出深いのは繁華街から少し外れた下町の大衆食堂に連れて行ってもらったのですが、そこで日本語を話した途端に騒々しかった周りが静かになったことですかね。明らかに敵対的な視線を感じましたが、まぁ普段はいないはずの場所に異邦人がいたので完全に場違いのよそ者扱いだったのでしょう。


>日本人が自信に満ちあふれていたバブル時代に「ネトウヨ」が存在しなかったように、

そもそもその頃はまだ今の様なネット自体が存在してなかったでしょ(笑)・・・
ネトウヨの発生は経済の優劣からではなくて反日プロパガンダに対する反発が主な理由で、ある意味自然な反応です。

バブル時代における日本人が持っていた中国人のイメージといえば、人民服と自転車漕いでる人の群れ、公園で太極拳をやってる人達などで、反日とはほど遠い朴訥な人達という印象だったと記憶しています。しかし今から思えばそれはテレビの中の中国人であり、ステレオタイプの映像を安易にたれ流す放送の、そこから得られる中国のイメージでしかなかった。この頃の中国は外国メディアの取材を完全に制限・コントロールしていたので仕方の無いことでもあったのでしょう。
少なくとも天安門事件が起こるまでは中国に対してネガティブなイメージを持つことは無かったし、その理由も無かった。なぜなら天安門事件以前の中国はまだ反日政策をとっていなかったのだから。
また、同時にこの頃の韓国のイメージはと言えば、存在感ゼロで隣の国とは思えないほどの距離感があった。

時は変わって、中国韓国の反日が露骨になってきて誰の目にも明らかになってきたのがこの数年くらい。ネットで政治・時事問題をウォッチしてる人なら十数年前に気づいていた。ネット環境以前の時代では雑誌等での保守論壇でしか反日問題は語られてこなかった事だ。

2000年以降になってネット環境が完全に一般化して世界レベルで情報環境が変化し、情報が容易に国境を越えて個人レベルで相互作用を及ぼすので、現在はネット以前の世界とは単純に比較出来ないほどの状況にある。左翼も積極的にネットを活用しており、反日活動によって日本人の誰もが実害を受け得るこの状況において、ネトウヨがどうのこうのという議論そのものが最早ナンセンスである。

ミクロの部分で親切な中国に遭遇することもあるでしょうが、やはりマクロの真っ黒な中国の影響力が大き過ぎるので、現状では警戒を解くのは残念ながら不可ですね。
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