日本を映す鏡、台湾(2)

「文明」と「民族」との戦い。
民族の枠を超えた「文明」という全体秩序の中に台湾を組み込もうとする、中国国民党が主導する「藍色」の政治勢力。

台湾を吞み込もうとする「文明」の圧力に抗いながら、台湾の固有の民族性を重んじ、中華民国の土着化と台湾の独立を目指す、台湾民進党が主導する「緑色」の政治勢力。

台湾で展開されている二つの政治勢力の対立は、端的に言えば、「文明」と「民族」の対立に他なりません。

ここでいう「文明」がどのようなものか。

アメリカ大統領ハリー・S・トルーマンが、1945年9月1日、対日戦勝を祝うために行ったラジオ演説の中で明確に述べていますので、その原稿に目を通してみましょう。

アメリカ国民の皆さん、そして東京湾におられる連合軍最高司令官マッカーサー大将、

全アメリカの、そして全世界の文明国の思いと希望が、今夜戦艦ミズーリ号の上に集まっています。この艦、アメリカの大地を代表する戦艦は東京湾の中にあり、その上で日本は公式に武器を置くことを誓ったばかりです。彼らは無条件降伏文書に署名したのです。

4年前、全世界の文明国の思いと恐怖は、アメリカの大地を代表する別の部分に集まっていました。そう、真珠湾にです。そこから始まった、文明世界に対する強大な脅威は、いまや終わりを告げました。東京までの道ははるかな、そして血にまみれた道でありました。

我々は真珠湾を忘れません。日本の軍国主義者たちは軍艦ミズーリ号を忘れないでしょう。

日本の戦争指導者(直訳: 戦国武将)たちが行った邪悪な行為の結果は、決していやされることも忘れ去られることもありません。しかし、彼らの破壊と殺戮のための力は除き去られました。彼らの陸軍と海軍に残されたものには、もはや何の力もありません。

ここに至って我々すべてがまず感じるのは、全能の神への感謝の念であります。神は我々と連合国を死の危険のふちにあった暗黒の日々の中でも支え給い、弱々しかった我々を史上最強の戦う力にまで育て給い、そしていま、神のつくり給うた文明世界を破壊しようとたくらんだ暴君たちの力に我々が打ち勝ったのをご覧になっているのです。

この栄光の時にあっても、いまなお目前に横たわるきびしい使命を我々が忘れずにいられるように祈ります。また、その使命に対して我々が、過ぎにし4年間に直面した試練や問題に対するのと同じ勇気、同じ熱意、同じ忍耐をもってあたれるように祈ります。

我々の思い、感謝と深い義務感は、もちろんこの恐ろしい戦争で命を落とし、また不具となった、我々が愛してやまぬ人々に注がれています。陸上で、また海で、空で、男女を問わずアメリカの国民は命を捧げました。それはこの究極の勝利の日のため、文明世界が勝ち残ることを信じてのことでありました。しかしどのような勝利であっても、彼らを失ったことを償うことはできません。

我々は思わずにはいられません――この戦争における死によって心を傷めた人々のことを。愛する父を、夫を、息子を、兄弟を、姉妹を失った人々のことを。どのような勝利であろうと、そういった人々が求めてやまぬ相手を返してやることはできません。

我々ができるのは、この勝利が彼らの犠牲によって成しとげられたということを心に刻み、この勝利を後世のために賢明に用いること、それだけです。それによって何らかのいやしが与えられることを祈るのみです。生きている我々の責任、それはこの勝利が、そのために死んでいった彼らの死に値するものであったというあかしを立てることなのです。

我々はまた、世界中で何百万人にも及ぶ連合軍の、また商船団の人々が、男女を問わず、献身と苦難と危険に満ちた日々ののちに、神の御心によって生き残ることを得たことに思いを致さずにはいられません。

さらに我々は、祖国にあって孤独と不安と恐怖の日々にさいなまれた人々、男も女も子供もすべてに対しても思いを致さずにはいられません。

我々の思いは、何百万にも及ぶアメリカの労働者や事務員、農民、その他あらゆる分野で、我々の戦う力を作り上げ、連合国諸国に、物資とともに、敵に対抗し、ついには打ち勝つ力を送り続けた人々にも向けられねばなりません。

我々の思いはさらに、この試練の年月にあって、政府において献身的に働いた幾万にも及ぶアメリカ人にも、また徴兵事務所、食糧配給事務所、市民防衛隊、赤十字、慰問団、娯楽産業、その他さまざまな場所で、この自由と礼節の世界を守るための戦いを助けて働いた人々にも向けられねばなりません。

我々の思いは、世を去りし勇敢な指導者、フランクリン・D・ローズヴェルトにも向けられねばなりません。彼は民主主義を守り、世界の平和と協調を設計してくれました。
v 我々の思いは、この戦争でともに戦った勇敢な同盟国諸国にも向けられねばなりません。彼らは侵略者に抵抗し、それに抗しきるほど強くなかったものもありましたが、しかし抵抗の炎をその国民の魂の中に保ち、強大な敵に対して微力であってさえ立ち上がって戦いにとどまり、連合国が武器と兵をもってこれを支援して、ついには邪悪の力に打ち勝ったのであります。

この勝利は武器によっての勝利にとどまるものではありません。これは暴君に対する自由の勝利なのです。

我々の軍需工場からは無数の戦車と飛行機が走り出て、それらは敵の心臓部まで道をうがちました。我々の造船所からは無数の船が海に躍り出て、それらはすべての大洋に橋をかけて我々の武器と補給品を渡しました。我々の農地からは食糧と布地がわき出でて、我々の陸海軍や世界の隅々に至るまでの同盟国を養いました。我々の鉱山と工場からは資源と生産物が流れ出でて、我々が敵に打ち勝つための装備となりました。

しかしそれらすべての背後では、自由な人々の意志と精神と決断が裏打ちをしていたのです。それらの人々は、自由の何たるかを、自由がどれだけ価値のあるものであるかを知り、自由を保つためにはいかなる代価を支払っても惜しむことのない人々でありました。

自由の精神、これこそが我々の腕に力を与え、我々の兵を戦場にあって無敵ならしめたものなのです。我々はいまや確信しています。この自由の精神、個人の自由、そしてひとりひとりの人間の尊厳、これこそがこの世界においてもっとも力強く、もっとも粘り強く、もっとも持ちこたえる力なのだということを。

そしてそれゆえに、この対日戦勝記念日において、我々は自らの生きる道において信仰と自尊の心をいっそう新たに感じるのであります。我々はこの勝利の喜びの日を経験しました。この祈りと神への献身の日を経験しました。ここで我々は、一度この対日戦勝記念日というものを、あらためてこれらの尊い精神への献身の日としてとらえ直そうではありませんか。これらの精神こそが、我々を地球上最強の国たらしめ、この戦争において我々が力をつくして守ろうと努力したものなのです。

これらの精神こそが、信仰と、希望と、ひととその属する集団をよい方向へ向かわせる機会を生み出すのです。自由は決してすべてのひとを完璧にしたり、すべての社会を安全にしたりするものではありません。しかし自由は、より多くの確実な進歩や、幸福や、礼節を、歴史上の他のいかなる統治哲学にもまして、より多くの人々に与えたのです。そして今日この日、自由こそが、もっとも強靭な背骨ともっとも力強い腕、これまで人間が手にしたことのないような力を生み出したのだということが示されたのです。

我々は、これらの精神をもって初めて、我々のもとに訪れた平和という大きな問題に立ち向かうことができます。自由な国民と自由な同盟国、原子爆弾を開発しえた同じ国民は、同じ技と熱意と決断力を、我々の前途に横たわる難問に打ち勝つために使うことができるでしょう。

勝利は常に、喜びと同時に重い責任をももたらすのです。

しかし我々は、未来とそれに伴う危険から目を背けることなく、偉大な確信と希望をもってこれに立ち向かいます。アメリカは自身のために、雇用と安全が保障された未来を実現することができます。そしてそれは連合国諸国とともに、正義と公正な取引と寛容にあふれた平和な世界を打ち建てることにつながるのです。

私は、合衆国大統領として、1945年9月2日日曜日を対日戦勝記念日、すなわち日本の公式な降伏記念日として宣言します。これはまだ公式な戦争の終わりではありませんし、敵対関係の終結でもありません。しかしこの日は、我らアメリカ人にとって、永遠に「報いの日」として記憶されることでしょう。そう、我々がもうひとつの日、「恥辱の日」を記憶し続けるように。

今日から我々は前進を始めます。安心して暮らせる新時代に向かって。他の連合国諸国とともに、我々はより新しくよりよき世界に向かって歩き始めます。協調の世界、平和の世界、国際的な善意と協働の世界に向かって。

神の助けをもって、我々はこの勝利の日にたどり着くことができました。同じ神の助けをもって、我々は、これからの年月において、我々自身と世界のすべてのための平和と繁栄にたどり着くことでしょう。

(出典: Potpourri「対日戦勝記念ラジオ演説」)


この演説の中で、トルーマン大統領は、連合国の一員であった中華民国を「全世界の文明国」の中に含めると同時に、日本を、「神のつくり給うた文明世界」に挑戦した「暴政」(tyranny)、「侵略者」(invaders)、「戦国武将たち」(war lords)と呼んでいます。

日本の右派の人々は、日本とアメリカが、同じ価値観を共有する同盟国であるのに対して、アメリカと中国が敵対しているかのようなイメージを持っていますが、事実は正反対です。

北米大陸に暮らすアメリカ先住民という、自然に立脚した様々な「民族」を抹殺し、駆逐し、征服した上で、キリスト教や啓蒙主義のような人工的な理念に基づく全体秩序を導入し、拡大させることによって建国されたアメリカ合衆国。

中国大陸に暮らす、文化や言語の異なる様々な「民族」を征服した上で、儒教思想に基づく全体秩序を導入し、拡大させることによって建国された歴代の中華帝国。

「文明」に立脚した、この二つのグローバル国家は、「民族」の違いを超えた全体秩序を作り出そうとする点で共通しています。

参考記事:
アメリカと中国、その親和性(2013年9月5日)

それに対して、日本は、明治維新によって、どんなに西洋の「文明」を模倣しようとも、欧米の目からみれば、「近代的兵器で武装した野蛮人」以上のものにはなれませんでした。

明治維新は、日本人が自然との間に長い時間をかけて築いてきた伝統的な経路を破壊しましたが、それでも、日本人は、自然に立脚した「民族」であることを完全にやめることはできなかったからです。

アメリカや中国のような「文明」に立脚する国にとっては、「自然」に立脚する「民族」ほどやっかいなものはありません。

「民族」は、それぞれの固有の伝統に則してふるまおうとすることによって、「文明」が作り出そうとする「全体秩序」を乱してしまうからです。

だから「文明」に立脚する人々は、「民族」を「文明」にとっての最大の脅威と見なし、彼らを「野蛮人」と呼んで、人間以下のものと見なし、撲滅しようとすることをためらいませんでした。

しかし、アメリカ合衆国に抹殺されたアメリカ先住民や、独立国家の樹立を目指す台湾の緑色の政治勢力から見れば、「全体秩序」を押しつけてくる「文明」の側こそが、「暴政」であり、「侵略者」であり、平和を乱す「戦争指導者」に他なりません。

トルーマンの戦勝演説で、最も滑稽な部分は次の箇所です。

4年前、全世界の文明国の思いと恐怖は、アメリカの大地を代表する別の部分に集まっていました。そう、真珠湾にです。そこから始まった、文明世界に対する強大な脅威は、いまや終わりを告げました。東京までの道ははるかな、そして血にまみれた道でありました。


トルーマンは、ハワイの真珠湾を「アメリカの大地を代表する別の部分」と呼んでいますが、ハワイはアメリカ合衆国がハワイ先住民から卑劣な方法で奪い取った島です。

ハワイのみならず、アメリカ合衆国の全国土は、アメリカ先住民という「民族」から、西洋人が取り上げてきた土地ですから、その意味では確かに、ハワイは「アメリカの大地を代表する別の部分」ではあるのですが。

大東亜戦争は、アメリカ大陸に西洋人が入植して以来始まった「文明」と「民族」の戦いの延長線上に位置づけられます。そしてその戦いは、大東亜戦争の終結をもって終わったわけではなく、現在もまだ続いています。

TPPやRCEPやFTAAP、これらの経済協定の裏側には、全体秩序のさらなる拡大を目論む「文明」に立脚する勢力が、「民族」に対して抱いてきた根深い憎悪と恐怖心が隠されています。

日本の右派は、本来なら、「文明」勢力による「民族」撲滅の企てに、必死で抗わなくてはならないのですが、彼らは安倍晋三というグローバリストを熱烈に支持することによって、自ら率先して、日本民族の撲滅に加担しています。

沖縄に関しても、本来なら、日本の右派は、「民族」の側に寄り添わなくてはならないのですが、米軍という「文明」の側について、同胞である沖縄県民を叩いて喜ぶ有様です。

参考記事:
TPP、太平洋を超えてやってくるもの(2013年10月6日)
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