デラシネ

根無し草。
デラシネ(déraciné)とは、

1. 根こぎにされた
2. (国・故郷を)離れた、根無し草になった


を意味する、フランス語の名詞・形容詞です。

「熊野の楠(くすのき)」という名前を与えられながら、青春時代に故郷を離れ、日本を離れ、世界を放浪した南方熊楠も、若い頃には「デラシネ」でしたが、やがて故郷の和歌山にもどり、誰よりも深く広く熊野の地に根を張る、名前の通りの大木となりました。

人間にとっての「根っこ」とは、自分が生みおとされた土地や歴史につながる、心の深層にあるへその緒のようなものではないかと思います。

日本人が、その祖国である日本に留まって暮らせば「デラシネ」にならずに済むかと言えばそんなことはなく、明治の近代化以降、また終戦以降はとりわけ、日本にいながら、日本の大地や歴史から切断されてしまった、根無し草のような日本人にあふれかえっているように見えます。

根っこを失っているからこそ、逆に、日の丸であるとか、自民党であるとか、安倍晋三であるとか、目に見えるものにすがって、この国とのつながりを保とうとするのでしょう。

熊野のような土地を歩いて、多くの日本人が心を揺さぶられるのは、日本の大地や歴史の深部につながるへその緒のような、奇妙な形をしたわけのわからぬものが、この土地のあちこちにころがっているのを目にするからです。



参考記事:
み熊野ねっと「熊野の聖地100選
(下位の無名の神社のリンクをクリックしてみてください)
み熊野ねっと「熊野の社殿のない神社
み熊野ねっと「熊野の聖地 地形別インデックス

それらのものを目にするとき、母親の胎内にいたときのことを思い出すように、私たち一人ひとりの魂が、日本の自然に深く接続されていた古い時代のことを想起するのではないでしょうか。

すると、心の深部で切断されていたへその緒が次第に再生されて、大地との絆を取り戻してゆき、人間としての全体性が回復される。

そういう糸口になるものが、高い密度で存在している土地が、熊野です。

しかし、私たちは遠路はるばる熊野に赴かなくとも、目を凝らして注意深く周りを見わたすならば、熊野にあるものと同じものが、私たちの暮らす町にも、まだまだ転がっていることに気づかされます。



熊野とは、そういうものに対する感受性が研ぎ澄まされる土地でもあります。
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