一冊の本を書き上げるように

フロンティア学説と日米開戦。
歴史問題を問う動画を作る作業は、一冊の本を書き上げる作業に似ています。

遅々として進んでいないように見えますが、一文書いては消し、一文書いては消す、自問自答の作業の中から、必ず突破口(シンプルで説得力あるお話の展開)が見えるはずです。
動画は、初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリスが日記に記した有名な言葉から始まります。

「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない――これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響をうけさせることが、果してこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしくなる。」


1856年9月3日、下田の玉泉寺に最初の米国総領事館が開設されたとき、ハリスは日記に次のようにも記しています。

「厳粛な反省--変化の前兆--疑いもなく新しい時代がはじまる。敢えて問う--日本の真の幸福になるだろうか?」


日米開戦と、火炎放射器、絨毯爆撃や、原爆投下、戦後の米軍の日本駐留とアメリカの間接支配の一面は、明らかに、フレデリック・ターナーの「フロンティア学説」によって説明されるべきものであり、アメリカ原住民の掃討と征服の延長線上に、「日本原住民」の掃討と征服が位置づけられます。

アメリカ合衆国の国勢調査局は、一平方マイルにつき人口(先住民は除く)が二人以上六人以下の地域をフロンティアと定めていた。この地帯の外辺がフロンティア・ラインである。白人入植者によるインディアンに対する征服が進むとともに、フロンティア・ラインは西部に漸次移動していき、1890年の国勢調査局長が、フロンティア・ラインと呼べるものがなくなったことを国勢調査報告書に記載した。これが「フロンティアの消滅」である。このフロンティア消滅をうけて、歴史家のフレデリック・ターナーは、フロンティアと合衆国の民主主義・国民性を関連づけて述べた(フロンティア学説)。 アメリカの言う「フロンティア」とは実際には「インディアンの掃討の最前線」であり、スー族に対する「ウーンデッド・ニーの虐殺」があった1890年に「インディアンの掃討が完了した。」としてアメリカ政府は「フロンティアの消滅」とした。「フロンティアの消滅」と前後して、アメリカ合衆国は太平洋進出を始めていく。「アメリカ合衆国国民以外にはアメリカ合衆国憲法は適用されないのだから、アメリカ合衆国はアメリカ合衆国国民以外には人権を保障しない」という考え方は先住民掃討から現在まで続いている。

(出典: Wikipedia「フロンティア」)


ターナーはシカゴ万国博覧会開催中の1893年7月12日、アメリカ歴史学会に提出し初めて出版された論文『アメリカ史におけるフロンティアの意義』の中の「フロンティア学説」で記憶されている。その中では、アメリカ合衆国の精神と成功は直接この国の西方への拡張に結び付けられると述べている。ターナーに拠れば、特異でごつごつしたアメリカの独自性が形成されたのは、開拓者の文明と荒野の荒々しさとが出遭ったときに起こった。このことで新しいタイプの市民が生まれた。すなわち荒野を手なづける力のある者や荒野が力と個性を与えた者だ。

(出典: Wikipedia「フレデリック・ターナー」)


荒野を手なづける文明の力とごつごつした個性をもつアメリカ人と、文明と自然にまたがる粘菌的な生態を示していた日本人。

この両者が出会ったとき、両者にふさわしい関係のありかたはどのようなものだったでしょうか。
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