中沢新一と南方熊楠(10)

日本文明の本質。


中沢新一と南方熊楠(8)」で掲げた上の図は、日本文明の本質を理解する上で、とても便利な図であると思います。(「A」「非・A」というこの図式は私なりに問題点を整理したものです。)

以前、「カミ」(神)という日本語は、「クマ」=「隈」=「周辺」という言葉と関係があると、述べたことがありますが、

参照記事: WJFプロジェクト「熊・神・隈・戎」(2015年12月11日)

まさしく、「A」(何かであるものたちの領域)の「クマ」(周辺)に拡がる「非・A」(何かではないものたちの領域)こそ、日本人が、古来より神々(カミ)が宿ると信じてきた聖なる領域でした。

また、以前、西洋人が無意識の存在を19世紀まで認めなかったというお話をしたことがあります。

参照記事: WJFプロジェクト「一瀉千里の奔流となり得る日(2)」(2015年9月1日)

これも、上の図を使えば、なぜそのようなことが起きたのか、シンプルに理解することができます。

「A」と「非・A」に等しい関心を注ぎ、全体性を守ろうとしてきた日本人は、「意識」に対する「非・意識」に他ならない「無意識」に関しても、開かれた態度を取りました。



しかし、「A」に関心を集中させ、「非・A」に関心を向けなかった西洋人は、「意識」の存在は認めても、その根底に拡がる「無意識」(非・意識)には注意を向けず、これを抑圧してきました。



「意識」にばかり関心を寄せ、「無意識」を抑圧してしまえば、人間の全体性は損なわれてしまいますが、 「意識」にも「無意識」にも等しい関心を寄せ、二つの領域をつなぐ往還のルートを設ける、日本人の古来よりの生き方に従えば、人間の「全体性」は回復されていくはずです。

また、網野善彦という「左翼」の歴史学者の名前をこのブログでときどき取り上げてきましたが、この歴史学者は、「農業」にばかり関心を偏重させてきた従来の歴史学に異を唱え、「非・農業」に着目して研究を行ったことで知られています。

『日本中世の非農業民と天皇』という画期的な研究において、網野善彦は、中世の非農業民が供御人(朝廷に属し天皇・皇族などに山海の特産物などの食料や各種手工芸品などを貢納した集団)として天皇と密接な関係で結ばれていたことを解き明かしました。

天皇が、農業民たちの天皇であったばかりでなく、非農業民にとっての天皇でもあったことを示し、天皇が一部の社会階級の人々にとっての天皇なわけでなく、日本人「全体」にとっての天皇であったこと、天皇が日本の「全体性」を一身に引き受ける、まさしく「日本国統合の象徴」であったことを、図らずも、この「左翼」の歴史家は明らかにしました。



このような大切なことを伝えてくれるから、「左翼」の人たちを単純に「反日」と決めつけて排除してはならず、「左翼」の人たちの声にも注意深く耳を傾け、「右翼」と「左翼」の間に、私たちは往還のルートを設けなくてはならないのだと思います。

ちなみに、網野善彦は、中沢新一氏の叔父に当たる人物です。

最後に、中沢新一氏ですが、『精霊の王』という大変優れた書物によって、「A」と「非・A」の並置からなる二重構造が、日本の宗教、芸能、文化、産業の中に繰り返し現れてきたこと、また、道祖神や神社の小祠、仏堂の本尊の背後に設けられる「後戸の空間」が象徴するように、「非・A」に当たる領域が、「宿神」(しゅくじん)のような縄文文明に由来する古層の神と密接な関係をもつことを、様々な歴史上の事例を通して明らかにしています。

役人生活のかたわら、暇を見つけては武蔵野を散歩することを好んだ柳田国男は、そこにあるたくさんの神社に共通する不思議な感覚に、深く惹かれるものを感じていた。こんもりした森に囲まれてたたずむそれらの神社には、たしかに全国に共通する形をもった社殿が建ち並び、そこには神名帳に記載された名のある神話の神々が祀られている。しかし、柳田国男の鋭い直感は、そうした神道の神々の背後ないしは地下室の部分に、別種の霊威をたたえた神々がいまも生き続けていることを、はっきりと捉えていた。

武蔵野の古い神社の境内からは、しばしば縄文時代の遺跡が発掘され、そこからは石棒や石皿や丸石などが、生活の道具とともに発見されていた。そして時々、神社の本殿の脇に置かれた摂社や小祠などに、石棒や石皿がご神体として祀られ、シャクジンとかシャクジとかショウグンなどの名前で呼ばれていたのである。武蔵野における精神の地層には大きく二つの層でできているのではないか。一つは表面にある神道の神々の作る層。その下にはまだ名付けようのない「古層」の神々が、おそろしく古めかしい霊威の感覚を発散させながら、目に見えない別の地層を形成しているのだ。

(中略)

国家の制度とまったく関係のない神として、これほどまで広くこの列島上に分布している神はほかにはない。この神は列島上に国家というものが形成される以前の、古層に属する宗教的思考の痕跡をしめしているものではないか。いままさに民俗学というものを創造しようとしていた柳田国男は、シャクジという神のうちに、国家の思考によって作り替えられた神道以前の神道の姿を、見通してみたいと考えたのである。

(出典: 中沢新一『精霊の王』)


常行堂というお堂のある天台系の寺院に祀られている「摩多羅神」は、仏教の守護神としては異様な姿をしている。だいたい仏法を守る守護神としては、インド伝来の神々の姿をしているものが、おおむね主流である。これらの神々は、もとはといえば仏教とは関わりのない「野生の思考」から生み出されたインド土着の神々で、象徴的に含蓄の多い姿をしているものである。ところが、常行堂の後戸の場所にまつられているこの神は、少しもインド的ではない。さりとて中国的ですらなく、かといって日本的かと言えば、そうとも言い切れない。かつては天台寺院において重要な働きをしていた神であるのに、摩多羅神は謎だらけの神なのである。

(中略)

インドに生まれた仏教は、二元論の思考を深層にセットしてあることによって動く、思想の体系である。それははじめ煩悩の世界から離脱するブッダの行為に出発する思想として、煩悩と悟りの間には厳密な区別が立てられ、煩悩を断つ修行によって、生死自在な悟りの境地が得られるものだと考えたのである。現世への否定が、そのような思考を突き動かしている。ところが、日本に展開した天台本覚論においては、仏教の体系を支えている二元論の結構を解体に導いていくような、大胆な一元論的思考が活発な活動をはじめたのだった。

(中略)

本覚論は、いわば「知」の極限まで接近していって、そこで「知」の体系を支えている土台を解体して、「知」でも「無知」でもない、「非知」の領域へ飛び込んでいけと教えようとしているのだった。

まさにこの場所である。この場所において、本覚論は摩多羅神を招き寄せることになったのである。仏教は、ラジカルな二元論を深層にセットしてあることによって、自分をふつうの世間知とは違う、大きな体系として組み立ててきたのであるが、この二元論が「一心」による一元論に作り替えられていくとき、仏教という「知」の体系性は解体して、そこから普遍的な「人類の思考」というものが大きく浮上してくることになる。「知」の体系性の背後に、ぽっかりと暗い「後戸」の空間が拡がり、そこから新石器的な「野生の思考」の妙用が出現し、人類の普遍的な思考の「大地」と仏教の「知」の体系とが、この場所で一つに溶け出そうとしている。

(中略)

日本仏教が推し進めた大胆な哲学運動の、決定的なターニング・ポイントに、この摩多羅神が立っている。これが一つの頂点で、ここから先は解体が待っている。その重要な場面に、「後戸の神」が召喚されたわけである。猿楽の徒はこのような摩多羅神を、自らの芸能の守護神である「宿神」と同じ本質を持つものと考えたのである。

(出典: 中沢新一『精霊の王』)


うしろど【後戸】

仏堂の背後の入口のこと。この入口は本尊の背後にあることから宗教的な意味をもち,後戸を入った正面に本尊の護法神やより根源的な神仏を安置する。例えば東大寺法華堂の執金剛神,二月堂の小観音(こかんのん),常行堂の摩多羅神(まだらしん)などがその典型。法会儀礼のなかで後戸の神をまつる呪法は芸能化し〈後戸の猿楽〉という呼称が示すように中世芸能誕生の舞台となった。能楽の翁を後戸の神(宿神・守宮神)といい修正会(しゆしようえ)などの延年に登場するが,古来,修正会に後戸から鬼が出現するのもまた普遍的であり,ともに後戸の宗教性を象徴している。

(出典: 世界大百科事典)




つまり、「非・A」の領域は、ただ単に「何かではないものたちの領域」であるばかりでなく、「何かが生まれる以前の領域」「古層の領域」「何かがもたらされる創造の母体となる領域」を表します。

「熊野」「クマ」「周辺」「カミ」「非農業」「無意識」「縄文文明」・・・

さまざまな話が一つにつながり、全体性をもって立ち現れてくるように感じます。

この話の全体が姿を現すとき、私たちは、「国家」は「国家」に依拠しないこと、むしろ、「非・国家」を根底にもたず、「非・国家」に包摂されない「国家」は立ちゆかないことを知ることになるでしょう。



(つづく)
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目には見えないが、おる!

とある音楽系クリエーターのブログ(水木しげる氏の逝去に伴うトピックス)から許可を受けて転載します。

以下転載
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漫画家の水木しげる先生が逝去されたことで、先生への想いをブログに記しました。

私の大好きな漫画家の一人である先生の原作アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」も小さい頃から何度目かの再放送で観てきておりまして、恐ろしいけど親しみやすいコミカルな妖怪の世界に引き込まれたものです。
水木先生の逝去にあたって、実は前々から触れてみたかった話題がありましたので、今回綴ってみたいと思います。

●妖怪とシンセサイザー?
それは、妖怪とシンセサイザーの各世界についての考察です。
この組み合わせは、奇異に感じるかもしれません。
ところが、実は妖怪とシンセサイザーの世界はその存在の変幻自在ぶり、あやふやさ、儚さが実によく似ているのです。

●闇は恐ろしい
文明社会が進歩し科学技術の発展により、人間は世界から人工的な光によって暗闇を消滅させてきました。自然界では極めて弱き存在である生身の人間にとって闇に紛れているかもしれない得体の知れないものに恐れを抱くのは当然のことでもあり、文明の進歩においては、それは排除すべき恐怖の対象であったのです。
今や街には夜となっても煌々と照明があふれており、暗闇は我々の身の回りから排除される一方です。
昔の人々はその闇への恐怖とともに好奇心を喚起され、その見えないものへの様々な想像力を働かせ豊かな精神世界を広げてきたと思います。その過程で生まれてきたのが、幽霊であったり妖怪などの妖しの存在であったのでしょう。

●見えないものへの想像力
それらが実在しているかどうかは、ここでは論じることは避けますが、そのような見えないものへの想像力こそ、人間の心の働きの面白いところであると思います。水木先生は、それらの感覚を豊かな感性により創作世界に広げて、類稀な才能で物語を紡ぎだしてきました。

先生は、このように常々おっしゃていらっしゃいました。

「目には見えないが、おる!」

そうなのです。確かに見えないけど、居るかの如しの存在感。見えないものに対しての想像力や畏怖の念を抱かせてくれたのが先生のワークスなのです。

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転載おわり。

WJFさんの現在進められている日本人の根源に迫る論考、「往還のルート」「Aと非A」に、とっても近似しているのではないかと思いました。

見えないものへの畏怖と往還。

まさに水木しげるが喝破していた日本人の自然観とその成り立ちそのものと思いまいした。
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