中沢新一と南方熊楠(8)

とても大切な話です。
これまでの話を簡単に図にしてみました。

一見とっつきにくいお話に見えるかも知れませんが、日本文明と、西洋文明や現代文明との本質的な違いが理解しやすくなる、とても大切な論点です。

全体集合「U」とは、「世界」のことです。



何もない世界に、「A」というモノや概念が生まれます。



すると、世界は「A」という領域と「非・A」の領域の二つに切り分けられます。



しかし、日本人の場合、ここで話が終わらず、「A」と「非・A」の二つの領域に等しい関心を持ち続けると同時に、この二つの領域に往還のルートを切り開き、橋渡しを行おうとし始めます。



「A」と「非・A」という二つの領域が橋渡しされることによって、「A」を囲っていた境界線はあいまいになり、世界(全体集合「U」)が本来もっていた全体性が回復されます。



わかりやすい例を挙げると、白鳳時代に、唐から「律令制」が日本列島に導入されました。

「律令制」が、万里の長城という巨大な城壁によって外部の「夷狄(野蛮)」の世界と、内部の「文明(中華)」世界をはっきりと切り分ける土壌で作られたことを想起してください。日本でも、「律令制」という文明世界の政治制度の導入によって、その外側に、「自然」という領域が切り分けられることになりました。

ここでは、「律令制」が「A」に相当し、「自然」が「非・A」に相当します。

すると、「歴史を形作る目に見えない力について」という記事のシリーズでも取り上げましたが、修験道の開祖である役小角(えんのおづの)のように、「律令制」の外部にある「自然」という「非・A」の領域に強い関心を置き、その中に向かおうとする人物が現れます。そして二つの領域の橋渡しを行おうとしはじめます。



役小角は、奈良の吉野と熊野とを結ぶ「大峯奥駈道」(おおみねおくがけみち)という熊野古道のルートの一つを切り開いた人物ですが、「A」と「非・A」を結ぼうとする往還の行為は、やがて、役小角以外の日本人の間にも爆発的に広まりはじめます。

「蟻の熊野詣」という言葉にあるように、京都の都人らがこぞって京都と熊野の間を往復するようになり、「律令制」という文明世界の政治制度がもたらした「文明」と「自然」の間の境界線があいまいなものとなり、世界の全体性(もしくは日本の本来性)が回復されていきました。



同じ事は、神社の空間設計の中にもみられます。神社の空間は「社殿」と「森」の二つの領域から構成されていますが、ここでは、「社殿」が「A」に相当し、「森」が「非・A」に相当します。この二つの領域を連続したものとして一つに抱き合わせることによって、神社空間は、世界の全体性を表現しています。

また、熊野詣は、「京都」と「熊野」との間に、神社空間における「社殿」と「森」の関係と同じ関係で一つに結ぼうとした運動であったと、逆の見方をすることもできます。

神社のお祭りで行われる神輿渡御(みこしとぎょ)の神事も、熊野詣に似ています。熊野詣では、上皇が熊野に自ら「渡御」するわけですが、お祭りでは、ご神体を乗せた御神輿(おみこし)が町を練り歩き、聖と俗の境界が取り払われ、世界の全体性が表現されます。



お盆という祖霊崇拝の習慣(これは本来仏教には存在しないもの)をもち、この世とあの世、生者の世界と死者の世界を結ぼうとする日本人の伝統的な振る舞いの中にも、同じ構造が現れています。



昼間の光の世界のみならず、夜の暗がりの世界にも強い関心を持ち、妖怪や魑魅魍魎をたくましい想像力で生み出してきた日本の文化にも同じ傾向が見られます。



このように、日本人の様々な伝統的な営みの中に、「A」と「非・A」を橋渡しするという同じパターンの反復が見受けられるのですが、最も一般的な捉え方をすれば、日本人は「文明」と「自然」という二つの領域を橋渡しすることによって、世界の全体性に亀裂が生じないように努めてきた、という言い方で要約することができます。

「非・A」の領域こそ、日本人が神が宿ると信じてきた神聖な領域です。



しかし、このような世界観や振る舞い方は、日本人にとっては当たり前であっても、西洋文明や現代文明では、決して自明のことではありません。



西洋文明では、世界の中に「A」という概念やモノが現れると、その外部にある「非・A」の領域には関心を向けず、ひたすら「A」に関心を注ぎ続けます。



すると、「A」の外側にある世界は、まったく存在しないように扱われるか、劣ったもの、野蛮なもの、醜いものたちの、立ち入ってはならない暗黒の領域としてみなされるようになります。神社とは対照的なキリスト教の教会の空間設計にもこのような世界観が表現されています。神社が「A」(社殿)と「非・A」(森)という二つの領域を包括する複合的な空間であるのに対して、教会の空間は外部と内部を切り分ける単なる「A」として建てられており、その内部には、自然によって媒介されない垂直方向から下された「啓示」の言葉が充満します。

都市は分厚い城壁によって囲われ、外部の世界との自由な往還のルートを設けようとする熊野詣のようなブームは生じませんでしたし、20世紀に至るまで、西洋文明の外部にある世界を野蛮な世界と見なし、植民地として扱ってきた西洋人の振るまい方にも同じ姿勢が繰り返されていました。



しかし、このような世界観は、残念なことに、西洋人に留まらず、日本社会も含めた現代社会に世界規模で拡がっています。「非・A」に対しては関心を向けず、ひたすら「A」に関心をもつように自己主張を行う、モノや概念や立場や集団で、現代社会は埋め尽くされています。街に溢れる看板や宣伝は、ひたすら「Aを見よ、Aを見よ」と訴えかけます。その結果、「非・A」の領域は、どんどん背後に押しやられ、まるで存在しないかのように扱われ、多くの日本人によっても忘れ去れています。「非・A」の領域にこそ、日本人が伝統的に大切にしてきた多くのものごとが含まれているのですが・・・。

「非・A」「非・B」「非・C」「非・D」「非・E」・・・という「何かではないものたち」が構成する裏側の世界を忘れ、ひたすら「A」「B」「C」「D」「E」・・・という表側に現れるモノや概念や立場や集団で作られているのが、現代の物質文明です。

「非・A」「非・B」「非・C」「非・D」「非・E」・・・という「何かではないものたち」が構成する裏側の世界こそが、「A」「B」「C」「D」「E」・・・という表側に現れるモノや概念や立場や集団を作り出す母体であるにも関わらず。



政治的な主張においても、まったく同じことが繰り返されています。一旦「右翼」になれば、「非・右翼」という根を忘れて、ひたすら「左翼」叩きを行えばよいと勘違いをする。一旦「左翼」になれば、「非・左翼」という根を忘れて、ひたすら「右翼」叩きを行えばよいと勘違いをする。そうして日本の全体性を破壊してしまう。

「右翼」であれば、「非・右翼」である立場に関心を向け、二つの領域に橋渡しを行おうとするのが、伝統的な日本人の所作なのですが、そのようなこともわからなくなってしまった根無し草のような人々が、「自分たちは右翼だ、だから自分たちは保守だ」という救いようのない勘違いを犯す。自ら、日本の伝統を破壊するような振る舞いをわざわざしておきながら、自分たちは「保守だ」と言うのだからこれほど哀れで滑稽な話はありません。

陰謀論に傾斜する人々も、同じ近現代の病に罹患しています。彼らは、歴史の表舞台で活躍した「権力者」たちの事跡を調べ、いかに少数の権力者が意のままに世界を一方的に支配してきたかを、私たちに証明しようとしますが、彼らは事実の半面しか見ていません。歴史書に、表だっては描かれることのない「非・権力者」である一般の庶民が、隠然たる力を発揮して歴史を根底から動かしてきた側面に注意を向けることはありません。

TPPや、安倍政権の政策も同じです。「大企業」など、社会の表舞台に現れる集団のみにひたすら着目し、農林水産業の従事者や、中小企業や、一般消費者や労働者といった、裏方で社会の根底を支えている「非・大企業」の存在を無視して、全体の制度を作り替えようとする。この政治姿勢は、「A」と「非・A」と対等のものとみなし、二つの領域の間に、往還のルートを設けてきた日本人の伝統的な姿勢と相反するものです。

これらの傾向は、明治時代にすでに始まっており、そのような時代の誤った傾向に対して、大きな警鐘を鳴らしたのが南方熊楠という人物でした。

とても大切な問題なので、引き続き、同じ問題を論じていきます。

(つづく)
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