向心力と遠心力(1)
「正しい歴史認識」とは。
「正しい歴史認識」とは、中国の戦争解釈に、日本の戦争解釈をぶつけ合わせたり、アメリカの戦争解釈に、日本の戦争解釈をぶつけ合わせるのではなく、中心にある(根底にあると言い換えてもよい)「自然・事実」に肉薄することによって、日本の戦争解釈も、中国の戦争解釈も、アメリカの戦争解釈も等しく相対化していくことではないだろうか。(向心力)

戦争解釈のような、国家が作り出す「神話」を相対化しようとすれば、それは一見国家を否定することに見えるかもしれないけれども、日本が言葉の本当の意味で「自然国家」であるならば、自然や事実に肉薄しようとすることで、むしろ、そこから国家が力強い生命力をもって立ち上がってくるはずである。
しかし、「人口国家」の国民であれば、国家の相対化を拒絶し、特定の戦争解釈のような「神話」に固執しようとするだろう。(遠心力)

戦争解釈のような、国家が作り出す「神話」を相対化しようとすれば、それは一見国家を否定することに見えるかもしれないけれども、日本が言葉の本当の意味で「自然国家」であるならば、自然や事実に肉薄しようとすることで、むしろ、そこから国家が力強い生命力をもって立ち上がってくるはずである。
しかし、「人口国家」の国民であれば、国家の相対化を拒絶し、特定の戦争解釈のような「神話」に固執しようとするだろう。(遠心力)
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