歴史を形作る目に見えない力について(19)

危機の本質。
自分の考えを整理するための独り言のような記事のシリーズになりつつありますが、興味のある方は、引き続き、おつきあい下さい。

単純な図ではあるが、下のようにいろいろ図式化してみると、見えてくることがある。













人間は、「文明」と「自然」という、二つの「普遍」のせめぎ合いの中におかれている。

二つの「普遍」は、原則的には、互いに媒介項を持たず、分離し、対立しあっている。

そして、どちらの「普遍」に傾斜しても、人は、その固有の特質を失うだろう。

神道の(そして日本の)本来の存在意義と役割は、「自然」と「文明」、「過去」と「未来」、「貧しい人々」と「豊かな人々」、「非政治」の領域に留まる人々と「政治」に携わるもの、これらをひとつづきの連続したものとして「つなぐ」点にある。

天皇陛下も、神道という伝統の中心におられて、まさに「日本国民統合の象徴」として、同じ役割を担っておられる。

日本において、どのように「自然」と「文明」がつながっているかといえば、極めて単純な話であり、「自然」の中から、ゆっくりと国家がたちあがり、現代に至るまで、連綿とひとつづきの歴史を紡いできたということに他ならない。

「自然」から「文明」に至る、連続したひとつづきの歴史の中で、途絶えることなく受け継がれてきたのが神道の伝承であり、その中心を占める天津日嗣(皇統)であり、「一つにつながっている」という点に日本の本質がある。

だから、グローバリズムの危機とは、単に外国から異なる文化や人々が日本に押し寄せてくることにあるのではなく、「自然」と「文明」をつなぐ、そのつながりが切断されてしまうことにある。

「自然」と「文明」のつながりが断たれたときには、「日本国民統合」の絆も断たれ、国民は「上級国民」と「下級国民」の二つに分離していく。

そのとき、「日本」はもはや「日本」ではなくなってしまうだろう。

ならば、グローバリズムに対する戦いの本質は、外来のものを排除しようとする単なる「攘夷」にあるのではなく、「自然」と「文明」を一つにつなぐ、その強靱で堅牢なつながりを維持することにある。

そして日本という国に課せられた人類史的役割とは、「文明」と「自然」という二つに分離した世界を一つにつなぐ、その経路になることにある。



それは具体的にはどういうことなのか。
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