歴史を形作る目に見えない力について(14)

神仏習合と中世日本の成立。
『続日本紀』や『日本霊異記』に記された、役小角の追放劇。



この追放劇を通して、「日本国」が立ち上がろうとしていた白鳳時代に浮かび上がった三重構造。



この三重構造を理解することは、単に、知的興味の対象として日本史を紐解くためではなく、私たちの自己認識のために非常に有益なものです。

この三重構造は、日本という国家のみならず、日本人、一人一人の存在の構造も明らかにしているため、

・敗戦後(白村江の戦いと、第二次世界大戦)
・外国の制度によるグローバル化
・巨大地震など頻発する自然災害
・「政治」の「非政治」に対する抑圧と弾圧


という、白鳳時代と酷似した状況下に生きる現代の私たちが、これからの時代をいかに生き残り、かつ乗り越えていくべきかという実存的な問いに、本質的な答えを与えてくれるはずです。

ですから、「歴史を形作る目に見えない力について」というこのシリーズは、喫緊の政治的問題から目をそらした、興味本位の「日本史講座」ではありません。

さて、今再び、役小角が生きていた時代から100年以上が経過した9世紀の前半に書かれた『日本霊異記』を読み返すと、私たちは、以下のような興味深い記述を見いだします。

彼の一語主の大神は、役の行者に咒縛せられて、今に至るまで解脱せず。

【現代語訳】
例の一言主大神は、役優婆塞に縛られてから後、今に至ってもその縛めは解けないでいる。

(出典: 中田祝夫『日本霊異記』全訳注 岩波文庫)


役小角が属する賀茂氏の氏神でありながら、役小角を律令政府に讒言して伊豆へと追放せしめた一言主大神。

その一言主大神が、今度は、役小角によって縛られ、その呪縛は今も解けずにいるというのは、一体どういうことなのでしょうか。

役小角と、韓国広足や一言主大神との対立を、私たちは、以前、次のような対立として解釈しました。



藤原不比等という政治的巨人の主導の下で、「日本国」は律令国家として、律令制度と氏族制度の「習合」によって成立しましたが、韓国広足や一言主大神の役小角に対する「共謀」を、律令制度と氏族制度の「結託」として理解することができます。



ここで、役小角の追放は、律令国家日本が当初排除しようとした、「自然」や「野生の思考」を象徴しています。

すると、役小角が一言主大神を縛ったという『日本霊異記』の記述を、私たちは、次のように理解することができます。



今度は、氏族制度(神祇信仰)が、その本来の出所である自然や「野生の思考」と結託した。

その結果、次のような新しい構図が生じました。



言語以前の無意識の領域に人間の根源的な姿を見いだそうとする仏教は、新石器的な「野生の思考」と関わりをもつため、「神祇信仰」と「自然や野生の思考」への回帰や一体化は、「神仏習合」によって促進されたと考えられます。

血縁的なネットワークを支える神祇信仰の神々の背後に立ち、「本地」という、自然に根ざす普遍的なバックグラウンドを再確認させたのが仏教でした。

つまり、役小角が一言主大神を「縛った」、そして「その呪縛は今も解けずにいる」という『日本霊異記』の記述は、神仏習合という中世的事態が、律令制度を相対化させ、やがて形骸化させていく、歴史的なブロセスを言い表していると解釈することができます。
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