歴史を形作る目に見えない力について(8)

今、なぜ、役小角か。
国には二つの側面があります。

「国家」という、デモス(文明世界の市民)としての側面。
「クニ」という、エトノス(土着の民族共同体)としての側面。


この二つです。

古代ギリシアでは、「ポリス」(都市国家)という文明世界の内部に暮らす人々を「デモス」(市民)と呼び、ポリスの外部の世界に生きる周辺の人々を「エトノス」(部族・野蛮人・異邦人)と呼びました。

「エトノス」という概念は、古い日本語の「蝦夷(えみし)」や漢語の「夷狄(いてき)」に相当しますが、「エスニック(民族の)」や「エスノロジー(民族学)」という英語は、このギリシア語に由来します。

一方、「デモス」は、「デモス(市民)」+「クラティア(支配)」=「デモクラシー(民主主義)」という言葉の語源になっています。

(出典: WJFプロジェクト「デモスとエトノス」2015年12月23日)

国のデモス的側面である「国家」は、WJFプロジェクトが述べてきた「天神的原理」や「政治」という概念と関係を持ちます。

国のエトノス的側面である「クニ」は、WJFプロジェクトが述べてきた「地祇的原理」や「非政治」という概念と関係をもちます。

「八百万の神たち」は、「天神」(別名「天津神」(あまつかみ) : 高天原から葦原中国に降りた神々)と「地祇」(別名「国津神」(くにつかみ) : 葦原中国(日本)に先住した土着の神々)に分けられます。「天神」は、国に統一や秩序をもたらす力を、「地祇」は、大地や地域に根ざす底辺からの力を象徴しています。

「右翼」とは、「天神」的な原理に忠実であろうとする人々です。
「左翼」とは、「地祇」的な原理に忠実であろうとする人々です。

(出典: WJFプロジェクト「グローバリズムと神道(序文)」2015年2月18日)

日本では、「変わりえないもの」と、「変わりうるもの」による、二重の支配が行われてきました。

天皇という「変わりえない権威」が存在したからこそ、国家としての一貫性を保ちながら、政治体制は、柔軟に「変わりうるもの」として変転を許されていました。

天皇は国家安泰や五穀豊穣を祈る祭祀を司る一方、政治に直接携わる親政の時代はきわめて例外的でした。

「政治」や「人為(ノモス)」は太政官や幕府が司り、天皇は祭祀を通じて「非政治」や「自然(ピュシス)」を司っていました。

そして、古来より、大地に根ざしていきる国民(おおみたから)は、本来的には、「非政治」や、「自然」や、それらを司る「変わりえない権威」こそに帰属しました。

つまり、日本は、「政治」が「非政治」を、「人為」が「自然」を、「変わりうるもの」が「変わりえないもの」を制圧する国ではなく、逆に、「非政治」が「政治」を、「自然」が「人為」を、「変わりえないもの」が「変わりうるもの」を圧倒する国である。

この意味において、日本はまさしく「神国」と呼ばれるべき国でした。

(出典: WJFプロジェクト「『非政治』が『政治』を圧倒する国」2014年10月24日)

私が、今、役小角という人物に興味を抱くのは、白鳳時代、律令制という「デモス」的国家制度が、当時東アジアの文明世界の中心と見なされていた中国から導入され、従来から存在していた「エトノス」的なクニやアガタが統合されていく過程において、彼が、「デモス」的なものに背を向けて、「エトノス」的な世界に、自覚的に留まろうとした人物だと考えられるからです。

彼は山の中に隠棲し、縄文時代から継承されてきたシャーマニズム的、アニミズム的な自然崇拝をラディカルな形で実践しました。

その直接の動機は、密教的もしくは道教的な法力を習得するためであったとも言われていますが、律令制という、従来の日本の伝統とは媒介項をもたない、新しい「文明の制度」が海の向こうから導入されるなかで、当時の民衆が一種の心理的な危機に陥ったことと無関係ではなかったかもしれません。

役小角は、修験道の開祖とされ、修験道は日本の神仏習合の先駆けであったと言われていますが、役小角が仏教と神祇信仰を理論的に合体させたということではなく、役小角が、その只管なる山岳修行を通して、神祇信仰のさらに古層にある自然崇拝を掘り起こした結果、その根源への遡行が仏教との親和性をもっていたが故に、後の時代の後継者たちによって、より自覚的な形で仏教的な実践様式が取り込まれるようになっていった、ということなのではないかと私は考えます。

役小角自身は、律令制度という「デモス」的なものに背を向けて、「エトノス的」な世界に留まろうとした人物ですが、彼のラディカルな自然崇拝の野性的な実践に仏教が次第に融合し、修験道が組織化され、熊野を初めとする全国の聖地が整備され、朝廷や貴族や武家や民衆によって受け入れられていく過程で、同時に、デモス的な「国家制度」(律令制度)と、エトノス的な「クニ」、「政治(ノモス)」と「非政治(ピュシス)」が、一つに融合していくということが発生しました。

「政治」と「非政治」との融合の例としては、伊勢物語や源氏物語における「政治」と「性愛(非政治)」との融合が上げられます。伊勢物語では、在原業平と名目上政治の権威であった天皇ゆかりの伊勢神宮の斎宮や二条后との密通が大胆に描かれます。このようなスキャンダラスな物語が、貴族社会に大らかに受容されていた事実は、朝廷(律令政府)という「政治(ノモス)」の世界に、性愛という「非政治(ピュシス)」が深く浸透していたことを示しています。源氏物語においては、「政治(ノモス)」という舞台の中に「性愛(ピュシス)」が描かれ、「性愛(ピュシス)」という舞台の中に「政治(ノモス)」が描かれることで、この二つが一つに融合しているばかりでなく、その末尾に置かれた宇治十帖の中では、仏教的な無常観の中に、ノモスとピュシスは、共に等しく相対化され、昇華されていきます。

このように、神仏習合は、一旦は日本を覆ったデモス的な国家制度の内部にエトノス的な地下水が浸透し、やがては国家制度そのものが、日本人の魂の形に合わせて変質していく上で、大きな役割を果たしました。

であるからこそ、明治維新において、再び、新しい国家の概念や制度が西洋から導入され、国のデモス的な側面が強調されたとき、明治政府は、長い歴史を持つ神仏習合の絆をほどき、修験道を固く禁止しなければなりませんでした。

白鳳時代に律令政府が、役小角を危険人物と見なしたように、明治政府がデモス的国家制度を導入する上で、国家の中にエトノスという異物を侵入させてきた修験道や神仏習合は、大きな妨げであったからです。

しかし、明治政府によって禁止された後も、修験道が掘削した地下水脈は、日本人の生活の根底に流れ続けました。



『オオカミの護符』という本は、御岳山や三峯山での修験道と関わりをもつ古い信仰が、「講」という共同体の実践を通して、現代の関東地方の農村でもほそぼそと守られている様子を描いたドキュメンタリー映画を書籍化したものです。

ニホンオオカミへの信仰という、縄文時代に由来する「野生の思考」が、現代でも途絶えることなく継承されている。その保存と継承に、役小角の開いた修験道が大きな役割を果たしているのです。

グローバル化が進行する現代において、私たちが直面している課題も、役小角が生きた白鳳時代と同じく、海外から否応なく押し寄せてくる「デモス」的でグローバルな政治制度に、いかに、私たちの「エトノス」的なスピリットをもって対峙し、それを消化し、自家薬籠中のものとして、無毒化していくかです。

現代の多くの日本人にとって、役小角の名は縁遠いものかもしれませんが、彼の存在に着目することは、多くの示唆を、大きなグローバリズムの波に吞み込まれようとしている私たちにもたらしてくれます。
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