「南京虐殺」問題の難しさ(3)

興亜観音に参拝に行ってきました。
松井石根大将が建立した熱海の興亜観音に、動画の素材として必要な写真や映像を撮影するために、そしてなによりも参拝のために行ってきました。



貴重な写真や映像がとれましたので、後ほどご紹介します。
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南京事件は100%中国の責任よ

>どうしても尋ねたいので、これは項を分けます。

>「自他平等の心」って一体なんでしょう?


「自他平等の心」とは、時には、相手の立場と自分の立場を入れ替えて物事を見ることができることです。

現在、日本でも「国家戦略特区」なる租界の設置が推し進められていますが、当時の中国のように、日本の各地に租界が設置され、世界各国の外国人たちが、国内にコロニーを形成したとします。

それに反感をもつ日本人と外国人の間で小競り合いが起きたのをきっかけに「租界の保護」を名目に、世界各国が軍隊を日本に派遣し駐留することを日本政府に認めさせたとしましょう。

さらに、その中のある国の軍隊が、沖縄辺りを占領し、琉球王家の末裔を連れてきて、沖縄を独立させたとします。

その時、日本人は、一体どういう気持ちがするのか。

当時、中国人の間に、外国人に対する怒りや、反日感情が高まった理由も、ある程度頷けませんか。

かといって、通州事件のように、日本人の一般人を虐殺していいわけがない。

中国人が無垢な「被害者」ではなく、「加害者」としてもふるまっていることも無視してはならない。

当時「満州も外蒙古もチベットも新疆も中華民国の一部である」とみなした中国人の中華思想と、それに同調した米英の見方が、現在のチベット問題や東トルキスタン問題の遠因になっています。

そのチベット人すら、純粋な犠牲者というわけではなく、同時に彼ら自身が「加害者」になりうる。

「義人はいない」のであり、人間は、だれしもが、多かれ少なかれ間違っています。

「自他平等の心」とは、地球上の特定集団を恒久的な「正義」とみなし、他の特定集団を「悪」と断定する見方を脱して、互いの立場を入れ替えながら、俯瞰的に物事を観ようとする見方のことだと思います。

南京事件が、「100%日本側が悪いのであり、中国側は純粋な被害者である」というような事件でないことは明白ですが、同時に「100%中国側が悪く、日本側に責任はない」とする見方もナンセンスであり、松井石根大将の「「自他平等の心」から遠く隔たっていると言わざるを得ません。

「自他平等の心」は、コミンテルンのような反日勢力による扇動に陥らないためにも必要なものだと思います。反日勢力が大衆を扇動するやり方はいつも同じ。「対立を煽る」ことだからです。

南京事件は100%中国の責任よ

>1937年に始まった支那事変で、彼らの氏素性がバレているはずもない。
>これも後世の知識があるから言える「後知恵」じゃないですか。


後知恵も何も、ロシア・ソ連の脅威に対峙する北進論で固めていた北の守りを、南に分散させてしまえば、どうなるか。

さらに、中国のような際限なく奥の深い大陸で、中国と戦闘になれば、どうなるのか。

満州事変で米英を敵に回している状態で、国民党とも戦闘になれば、やがて世界を敵に回して戦うことになる展開ぐらい子どもだって簡単に想像がつくし、現に当時、その危険性を警告した人たちが、軍の中にも外にもいました。

まんまと反日勢力の挑発にのせられて騙された、そのくせ、その判断ミスを反省せずにひたすら自己正当化を図るバカウヨ脳だから、あれから70年経つ今も、安倍政権ごときにまんまと騙される。

>ちなみに南京は落とさなくてもよかったなどと仰いますが、交通の要衝である南京をほったらかしになどできるはずもありません。
>あまりに軍事に無知すぎます。


「国民党と全面対決をし、相手を降伏させなければならない」という、すでにコミンテルン側が誘導した目標設定の中で考えれば、「南京を攻略しなければならない」という考えに至りますが、そもそもその目標設定が、コミンテルンの罠じゃないですか。

>支那事変に深入りするなと言いますが、当時の中国大陸に暮らす無数の日本人はどうするのですか?

「(1937年)7月28日、日本政府は、揚子江沿岸在留邦人約29,230名の引き揚げを訓令し、8月9日までに上海への引き揚げを完了した。さらに、上海への危険が増加したため、奥地からの引揚者及び上海居留民約3万名の内婦女子約2万名と13日から19日頃までに帰国し、約1万名が残留した。」

第二次上海事件の直前、南京や重慶など、揚子江沿岸の日本人は上海に引き上げが命じられて、順次帰国が行われていました。だから「日本人保護のための南京攻略」という理屈は成り立ちません。

当初設けられていた作戦制限区域を守り、上海の租界保護のための軍事行動に限定することは可能だった。「自他平等の心」で、冷静にものごとを俯瞰する視点を失い、まんまと挑発に煽られて戦争に深入りしていった非は、日本人の側にもあります。

「日本人は何も悪くない。中国人が100%悪い」(右翼の見方)
「中国人は何も悪くない。日本人が100%悪い」(左翼の見方)

このような「自他平等の心」を欠いた、偏ったものの見方に陥れば、いつの時代にも国は亡びます。

松井石根大将の、辞世の言葉を胸に刻みましょう。

堂々巡りなのでこの議論はこれでおしまいです。

そもそも自他平等とは何か?

どうしても尋ねたいので、これは項を分けます。

「自他平等の心」って一体なんでしょう?

歴史というのは数学や算数とは異なります。
つまり、日本側に50%の責任があって、中国側に50%の責任があって、
合わせて100%になるというようなお話にはならないのです。
明らかに「100%悪」と断定できる事例も歴史上には無数に存在します。
それこそ「原爆投下」などは「100%悪」と断言できる事例でしょう。
あの時日本はソ連を介して講和交渉を行っており連合軍も当然それを知っていた。
なのにそれを無視して原爆を落とした…悪以外のなんでもありません。
「唐生智の南京の戦場化と敵前逃亡」「馬超俊の市民の保護の義務放棄」もまた、
原爆投下と同じくらい酷い悪以外のなにものでもないものです。

私は松井大将の言う「自他平等の心」とは、差別のない世界を意味していると考えます。
数学のように日本にも悪い点があった、50%:50%だという意味では決してないと考えます。
だから南京戦に限って言えば日本は一切悪くなく100%中国の責任だ、
もっと言えば唐生智と馬超俊という二大馬鹿の責任だと言うのです。
(南京戦以外の面まで「日本は悪くなかった」などと主張するつもりはありません)

今でこそコミンテルンの陰謀だの、尾崎秀実の本性だのがわかっていますが、
それは当時の人間が知るはずのない岡目八目の後世の知識でしかありません。

岡目八目で歴史を語る愚

尾崎秀実やゾルゲがコミンテルンのスパイだったことがバレたのは、1941年の話じゃないですか。
1937年に始まった支那事変で、彼らの氏素性がバレているはずもない。
これも後世の知識があるから言える「後知恵」じゃないですか。

そして蒋介石の評価ですが、西安事件でたった一回拉致監禁されたくらいで、簡単に反日に宗旨替えしてしまうような愚か者だったということじゃないですか。
まあそもそも蒋介石は息子(蒋経国)をソ連に留学させる程の親ソ派だったのですが。
蒋介石は「共産主義が嫌い」で弾圧していたのではなく、自己のライバルとなり得る「中国共産党」という組織が嫌いであったのではないかという推論が成り立ちます。

お説の通り「蒋介石は重慶に遷都してはならない」という決まりは無いですね。
だが唐生智司令官と馬超俊南京市長の二名は逃げては駄目でしょう。
職務放棄であり無責任であり怠慢です。

支那事変に深入りするなと言いますが、当時の中国大陸に暮らす無数の日本人はどうするのですか?
見捨てるのですか?

国の役割とは、国民の生命と財産を守るために存在すると言います。
たとえ外国に住んでいようとも、日本国籍を持っている者は我が同胞です。
その同胞が何の罪もないのに迫害を受けている、命の危険にさらされているとなれば、軍隊が動いて保護するのは当然のことです。
だって当時の中国政府は無責任にも、在留邦人の保護の義務、責任を怠っていたのですから。
何度外交でこの問題を片づけようとしても、中国の非協力的な態度でぶち壊されました。

さらに蒋介石逃亡の時期ですが、南京戦の始まる寸前、「12月1日」である事は間違いのない事実です。
馬超俊南京市長も、この時まで南京に留まっていました。
件の「遷都宣言」から半月も経過しています。

ちなみに南京は落とさなくてもよかったなどと仰いますが、交通の要衝である南京をほったらかしになどできるはずもありません。
あまりに軍事に無知すぎます。
加えて、南京には唐生智率いる5万だか6万の防衛軍も残留している…
この大軍を無視して、日本軍は先に進撃することなんてできたんですかね?
できるわけありません。

南京は何が何でも落とさねばならない要衝でした。
そして、唐生智は南京に踏みとどまると宣言したのだから、言葉通り踏みとどまるべきであった。
蒋介石は別に重慶に逃亡しても構いませんが、自分から志願して南京に残ったくせに、いざ日本軍が目前に迫ると、全権委任した部下も残さず敵前逃亡した唐生智は最悪な男です。

私は蒋介石の責任を問うよりも、主に南京防衛軍総司令官の唐生智と、南京市長の馬超俊の責任を問うているのですが?
職務放棄、怠慢、無責任、卑怯卑劣という点で。
(こんな男を南京防衛軍総司令官に任命した任命責任くらいは、蒋介石は責められるべきかもしれませんが)

南京事件は100%中国の責任よ

>南京戦の頃から中国共産党のスパイだった可能性は大いにありますが、それを見抜けなかったから日本は悪だったと言うのはとても納得できません。 神ならぬ人の身に、そんな高度な、後知恵を持っていなければ知ることのできない知識を持てと要求することのほうが無理難題というものでしょう。

そもそもなぜ日本軍が、もともとは協力関係を結ぼうとしていた国民党を相手に戦闘を行って、南京を攻略していたのか。

近衛文麿のブレーンとなった尾崎秀実のようなコミンテルンのスパイが、ソ連に有利な、南進論を煽ったからです。

石原莞爾のように南進論の危険性を見抜いて警告する人たちもいました。

反日勢力は、共産党の撲滅に注力しようとしていた蒋介石を、「抗日」に向かわせようと、中国側でもさかんに反日宣伝工作を行いました。

西安事件のような、共産主義勢力による、蒋介石拉致事件も起きました。

日本と中国の両方で互いの反目を煽る勢力がいる。

同じ事は、現在も繰り返されていますが、「蒋介石が100%悪い」と言い続けているあなたは、戦争が終わって70年経つ今も、コミンテルンのような反日勢力が設定した思考の枠組みの中に留まっているということになります。

その思考の枠組みは、松井石根大将が後世の日本人に伝えようとした、「自他平等の心」の対極に位置するものです。

日本人が「自他平等の心」をもって物事を冷静に客観的に俯瞰できていたら、敗戦という亡国も、今直面している安倍政権による亡国も、共にさけることができていたはずです。

>どう見たって悪なのは、指揮官が敵前逃亡を繰り返した中国側以外有り得ないではないですか!

「蒋介石が重慶に遷都してはならない」などという決まりがどこにあるのか。広大な中国大陸で、中国軍と戦闘状態になれば敵がどんどん奥地に逃げていくことぐらい子どもでも分かる話です。だからこそ、「日本に降伏しないなら戦闘状態が続いているのだから、武装解除した敗残兵の処刑はいたしかたない」などと言う前に、そもそも日本はこの戦争に深入りしてはならなかったのではないのか。

そもそも、あなたは南京攻略戦の時系列を誤解していますが、「蘇州・嘉興ヲ連ネル線以東」とされた作戦制限区域を、中支那方面軍が独断でやぶって、上海よりさらに内地へと進軍していったのは、1937年11月16日に国民政府が重慶への遷都を発表した三日後のことです。(蒋介石自身が南京を離脱したのは12月7日)

大本営は、後追いで作戦制限区域の解除を認可したが、それでも南京への進軍は認めませんでした。

大本営や、松井石根大将が、南京進軍をためらっていた理由は、トラウトマン工作というドイツを介しての蒋介石との和平工作が、裏で進められていったからだとも言われています。

それでも、大本営や松井石根大将の制止をやぶって、中支那方面軍は独断で南京へ進撃していってしまいます。

南京政府が重慶に遷都を決めた後に、作戦制限区域をやぶり、大本営の制止をやぶり、松井石根大将の指揮を無視して、独断で中支那方面軍が南京への進撃を行ったのであれば、蒋介石の南京離脱は、南京事件の言い訳にはなりません。

どこに「日本の責任」があったのか?

「南京戦の一体どこに日本の責任があったのか?」

これについて、何ら答えになっていませんね。

南京戦に限って言えば、日本軍は異常な程神経質に配慮して戦闘していました。
孫文の眠る中山陵や、南京安全区などに対して、日本は攻撃をしないように極力努力に努めたのです。
特に南京安全区に関しては、バリケードすら存在せず、中国軍の侵入を防ぐ手段もなく、中国軍が平然と安全区に大砲を据え付けるなど、
安全区としての要件をまるっきり満たしていないので無差別攻撃しても構わなかったにも関わらず、
日本軍は、「日本軍としては認められないが尊重はする」として攻撃を手控えています。

ここまで人道・博愛に徹した日本が、「自他平等」に悪だったとは何たる言いぐさか!
どう見たって悪なのは、指揮官が敵前逃亡を繰り返した中国側以外有り得ないではないですか!
唐生智が敵前逃亡しなければ、もしくは唐生智の権限を引き継ぐ代理後継者を残しといてくれさえすれば、日本軍は即座に停戦交渉に入って停戦に合意したでしょう。
それに南京陥落の直後、日本本国では「国家総動員法」が制定されました。
それ程物資がカツカツの状況で戦っていたのですから、さっさと停戦できるならそれに越したことはない。

それと、支那事変が宣戦布告の無いまま始まった戦闘だったのは事実ですが、
その直後の文章に出てくる、アメリカの原爆投下の正当化と、どうして対比できるのですか?
全然状況が違うじゃないですか。
日米戦争は、日本は戦闘開始に間に合わなかったとはいえ最後通告を送っていますし、
アメリカもハルノートという形で最後通告を送っています。
つまり事実上の宣戦布告は「あった」わけです。

さらに言えばこの時代、「戦争を始めるには必ず宣戦布告をしなければならない」という決まりなどありません。
現にソ連は宣戦布告しないでポーランドやフィンランドに侵略していますし
ナチスドイツもポーランド戦は確か宣戦布告がなかったはずです。
第二次大戦はドイツが開始したのではありませんし、ドイツから英仏に宣戦をしかけたわけでもありません。
その二日後に英仏がドイツに宣戦を布告したから欧州大戦になったのです。
(日米戦争が始まった時、独伊からアメリカに宣戦を布告していますが)
そういえばイタリアもエチオピア戦争の際には宣戦布告などしませんでしたね。
それ以前の日露戦争も日本の奇襲攻撃から始まっていますし、
第一次大戦でもドイツがシュリーフェンプランに基づいてベルギーに奇襲攻撃をしかけています。

最後に「日本は何も悪くない」などとは書いていませんよ。
南京戦に限っては、いわゆる「南京事件」に限っては、「全責任が中国にある」とは書きましたが。

だってそうでしょう?
責任者が敵前逃亡し、その代理後継者も存在しないんじゃ、どうやって「戦闘終了」「南京戦終了」を判断するんですか?
しかも、元々蒋介石もファルケンハウゼンも「勝ち目がないから放棄する」としていた、
しかも人が住んでいる南京にて、強気な発言をバンバン言って南京戦に引っ張りこんだのは、
この、日本軍の開城勧告を無視したあげくに敵前逃亡した唐生智ですよ?

Wikipediaによれば戦後、唐生智は中華人民共和国(共産中国)で悠々自適な生活を送っていたらしいですね。
南京戦の頃から中国共産党のスパイだった可能性は大いにありますが、それを見抜けなかったから日本は悪だったと言うのはとても納得できません。
神ならぬ人の身に、そんな高度な、後知恵を持っていなければ知ることのできない知識を持てと要求することのほうが無理難題というものでしょう。

南京事件は100%中国の責任よ

「世の人にのこさばやと思ふ言の葉は自他平等に誠の心」

この歌を後世の日本人に残して世を去ったのは、松井石根大将その人であり、私ではありません。

興亜観音には、松井石根大将を含めて、東京裁判で絞首刑にされた七名の方たちの遺骨が埋葬されています。

「自他平等の心」が気に入らないならば、興亜観念に出かけていって、殉国七士之碑の前で、

「何が自他平等の心か」

と一喝してこられればよろしい。

そもそも宣戦布告もなしに、なし崩し的にはじまった支那事変に降伏もへったくれもないでしょう。

相手が降伏しないなら何をしてもよいというのなら、「日本がなかなか降伏しないから原爆を投下したのだ」というアメリカの言い分を認めてしまうことになります。

私自身は、日本と中国の歴史や文化や国民性や国家観はあまりに異なるので「日本と中国が連携・協力してアジアを欧米列強の帝国主義から開放しよう」という興亜思想(アジア主義)の信奉者ではありません。

しかし、松井石根大将、その人は最後まで興亜思想を信奉していました。

当時、日本の側にも、中国の側にも、興亜思想の信奉者たちが存在していました。

しかし、当時、日本と中国の連携・協力を望まず、阻止しようとする勢力がありました。

一つは、コミンテルン、共産主義勢力です。中国の共産主義かを目論む彼らは、日本と中国が連携することを恐れました。

もう一つは、欧米列強です。彼らは、日本と中国が一致協力して、アジアから排除されるのを恐れました。

日本と中国の双方において、互いの反目を煽ったのは彼らです。

その彼らが起こした扇動にまんまと乗せられて、日本と中国国民党は支那事変という軍事対立に追い込まれました。

あのとき、日本と国民党が戦争状態におちいっていなかったら、日米開戦もなかったでしょう。

日本は多くの犠牲者を出し、多くの文化財を破壊され、原爆を投下され、国家体制の変更まで迫られ、戦後はアメリカの植民地とされるような事態に陥らずにすんだはずです。

世界の姿は現在と全く異なっていたはずです。

松井石根大将の唱えた「自他平等の心」を日本人が忘れ、隣国との対立関係へと国民大衆がまんまと扇動されていった結果です。

「世の人にのこさばやと思ふ言の葉は自他平等に誠の心」

だからこそ、松井石根大将は、後世の日本人への戒めとして、上の歌を残して世を去ったのではなかったのか。

「何が自他平等の心か」
「中国が100%悪い、日本は何も悪くない」

あなたのこういう考えが、共産主義者や帝国主義者のような「反日勢力」を利し、日本を亡国に追いやったことをどうかお忘れなく。

何が自他平等の心か

相手が一方的に「悪」なのに、「相手も悪、こちらも悪」とするのが、あなたの考える「自他平等の心」ですか?
そんなのは強盗や泥棒に対して、罪も無い側が一方的に譲歩しているだけと同じではないですか。
まるで平等でもなければ公平でも何でもない。

蒋介石や馬超俊はじめ敵前逃亡を繰り返した中国側の責任を徹底追及せずして、
特に、市民が暮らす事など百も承知で南京を戦闘に巻き込んだ上、部下を引き連れずに自分だけ敵前逃亡した唐生智の責任を問わずして、自他平等もクソもないと思いますが?

松井石根大将が、入城式の際に「涙ながらの訓辞」を行い、それを聞いていた日本軍の参謀や将兵たちは、「そんなの当たり前ですよ」とせせら笑ったという有名な逸話があります。
確かに彼らの言う通り、虐殺が起ころうと強姦が起ころうと「そんなの当たり前」ですよ。
何せ南京には停戦交渉を行う総責任者が存在しなかったのですから、いつ「戦闘終了」と判断するのかについては、日本側の「自由」に任されています。
(唐生智は、自分の権限を引き継ぐ部下を誰も用意せずに敵前逃亡した)

松井大将は日露戦争の戦訓を基に、南京の日本軍のモラルは下がってると判断したようですが、
ステッセル将軍がちゃんと所定の手続きを踏んで降伏してきた旅順攻防戦と、
司令官が部下に何の支持も与えず、全権委任した部下も残さず敵前逃亡した南京攻防戦とを同一視するのは間違ってます。

第一次大戦の青島攻防戦ですら、ドイツは責任者を残した上で降伏交渉を行い、
日本側は「バルトの楽園」と呼ばれる程の好待遇で捕虜を受け入れています。
(ドイツ側はアルフレート・マイヤー=ヴァルデック、オーストリア側はリヒャルト=マコーヴィッツ)

やはり、「総司令官が、部下に何の支持も出さずに敵前逃亡した」というのが最大の原因じゃないですか。
停戦交渉相手がいなければ、戦闘終了宣言も出せません。
戦闘終了宣言が出せない以上は、無辜の民を殺傷しようが、強姦事件が発生しようが、全て「戦闘の延長」として認められねばなりません。
でなければ、戦争・戦闘など最初から出来ないのです。
それはイラク戦争にて、アメリカ軍が雨霰のごとくバグダッドに爆弾の雨を降らした「衝撃と恐怖作戦」でも改めて確認されています。
戦闘中だからこそあのような民間人も大量に亡くなる爆撃を行えたアメリカでしたが、戦闘終了宣言を出してからは、あのような大々的な爆撃は無くなり、その意味ではおとなしくなりました。

日本軍も同じです。
唐生智総司令官は部下に何の支持も出さずに自分だけ逃亡した…
南京には未だ数万単位で南京防衛軍として日本軍に刃向かっていた連中が取り残されている…
ならば、それら敗残兵を一般の民衆と分けて排除しなければならない…
そう考えるのは自然の流れという物です。

ここまでの流れの中で、どこに「日本の責任」とやらがあったのか?
日本は、南京攻撃前に中国軍側に降伏勧告、開城勧告のビラをまいています。
それを無視したのは、唐生智中国軍司令官です。
唐生智が日本側の勧告を無視したことも、部下に何の支持も与えず自分だけ敵前逃亡したことも、
長江の渡し船を焼き払って兵士や市民の避難を妨害したことも、「日本の責任」と言うのですか?

南京事件は100%中国の責任よ

「南京事件は100%中国の責任」という見方は、松井石根大将の言う「自他平等の心」とは異なっていませんか?

「中国に責任がある」というのなら「日本にも責任がある」と言わなければ、「自他平等」とは言えません。

動画は観ていないので

偏っているか否か、事実か否かは、私にはよくわかりませんが、ご紹介の動画でなされたのは以下のようなお話だったのでしょうかね。

■マニラ市街戦──その真実と記憶──(Web版)
http://nakanosatoshi.com/2016/01/26/%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A9%E5%B8%82%E8%A1%97%E6%88%A6%E2%94%80%E2%94%80%E3%81%9D%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%81%A8%E8%A8%98%E6%86%B6%E2%94%80%E2%94%80%EF%BC%88web%E7%89%88%EF%BC%89/

■和解と忘却――戦争の記憶をめぐる日本・フィリピン関係の光と影―― (1)和解と忘却
http://nakanosatoshi.com/2016/01/02/%E5%92%8C%E8%A7%A3%E3%81%A8%E5%BF%98%E5%8D%B4%E2%80%95%E2%80%95%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%AE%E8%A8%98%E6%86%B6%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA-2/

ついでに。

■フィリピン「慰安婦」正義と補償を求めて会見(2016年1月22日)
http://nakanosatoshi.com/2016/01/23/%e3%83%95%e3%82%a3%e3%83%aa%e3%83%94%e3%83%b3%e3%80%8c%e6%85%b0%e5%ae%89%e5%a9%a6%e3%80%8d%e6%ad%a3%e7%be%a9%e3%81%a8%e8%a3%9c%e5%84%9f%e3%82%92%e6%b1%82%e3%82%81%e3%81%a6%e4%bc%9a%e8%a6%8b%ef%bc%8820/
↓記事内のリンク先
■フィリピン | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任
http://fightforjustice.info/?page_id=2620

■林 博史氏のサイト
http://www.geocities.jp/hhhirofumi/

とりあえず参考まで。

南京事件について所感

お次は南京の動画作成という事で期待してお待ちしております。
しかし、私は南京事件について一点だけ申し上げておきたい事があります。

・いわゆる「南京事件」の全責任は中国側に存する

これだけは何が何でも伝えておきたくて敢えて投稿させていただきます。

なぜこう言い切れるのか?
蒋介石が南京戦寸前に逃亡したのは有名ですが、
南京防衛軍司令官、唐生智、及び、南京市長、馬超俊の2名が、南京陥落寸前に部下に何の指示も与えずに敵前逃亡したからです。
(馬超俊は蒋介石と一緒に12月1日に逃亡、唐生智は南京陥落の前日、12月12日に逃亡)

戦闘が終わったと判断するには、司令官が講和条約を結んで、それで初めて手打ちとなります。
シンガポール降伏の際のパーシバル、フィリピン軍降伏の際のウェインライトを想起すれば解ると思います。
昨今のイラク戦争でも、イラク側のムハンマド・ジャラーウィー将軍が、行方不明のフセインの代理として戦闘終結文書に署名しました。
その肝心要の司令官が逃亡、その職務を代行すべき市民を守るべき市長が敵前逃亡……
これはすなわち、日本側が勝手気ままに戦闘終結を判断して構わない事を意味します。
それこそ、南京市民を皆殺しにした上で「戦闘終結しました」と宣言しても、中国側に文句を言う資格など一切有りません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E7%94%9F%E6%99%BA
Wikipediaでも、唐生智がいかに酷く無能であったかが記載されています。
蒋介石も、軍事顧問のファルケンハウゼンも放棄しようと決定していた南京で、
あたかも自信が在るかのように振る舞って戦場にする事を決め、
日本軍が南京戦前に行った開城勧告も無視し、
いざ南京に日本軍が迫ったら、部下も民も見捨てて敵前逃亡した……
しかも、長江の渡し船を焼いて、市民の逃亡を妨害したのも、全ては唐生智なのです。
「全責任は中国に在る」と断定する所以です。

>日本軍はフィリピンで虐殺

>日本軍はフィリピンで虐殺

これのことかな?

■マニラの戦い。1945年。
これは、「日本軍が虐殺」云々以前に、アメリカ軍指導で、マニラの70万人という市民がゲリラ化して、日本軍と戦闘した死者数が10万人という話です。

日本軍のフィリピン侵攻によってマニラが占領され、ケソン大統領はアメリカに亡命した。この為にフィリピン国民の多くがマッカーサーの率いるアメリカ軍とともに日本軍に抵抗した。それらはアメリカ極東陸軍指揮のものが大半だったが、現地のゲリラ組織も多く存在し日本軍を悩ませた。

当時、マニラ市内には約70万人の市民が残っていた。その多くがアメリカ軍に協力的で、直接ゲリラとして日本軍と戦闘するものもいたという。3月3日に戦闘終結が宣言されたが、それまでに生じた市民の犠牲者が約10万人とされている。

この10万人はマニラの戦いを通じてのフィリピン人犠牲者の数とほぼ同数であり、その犠牲者の大半は「日本軍に殺された。」とする主張であるが、「アメリカ軍の無差別砲爆撃」の犠牲者も大多数にのぼった。

「虐殺」ではなく戦闘による“「戦死者」数”です。

NHKのニュースでナレーションで「日本軍は現地住民を体育館に集め、手榴弾で虐殺しました」と言っていたようですが、NHKは「何処の国の放送局だ?」って言いたくなるくらいに中国・韓国寄りなのは言わずもがな。NHKのいつもの偏向報道。NHKは中国でも放送されるみたいですからね。

事実だとしても、全体像ではない一部分です。「虐殺」は大げさ。

インドネシアにしても、親日的な面もあるけど、変な話も出てくる。インドネシアについては例えば、後藤乾一・早大大学院教授が「日本軍が底なし穴に三千人を生き埋めにした。」と嘘っぱちを発表した。朝日新聞は大喜び。

しかし旧軍人会が後藤教授の嘘を暴いたのですが、他にも後藤教授は東ティモールで日本軍が四万人の島民を殺したと朝日新聞に発表した。船橋洋一記者が事実も調べずに、書いたりする。

この四万人虐殺の話も後藤教授がオーストラリア外交官ジェームズ・ダンの捏ねたホラ話をもとに仕立て上げた嘘っぱちでした。朝日新聞などはこの手の話は喜ぶ。

高山正之氏の話では通訳によると「日本がオランダより悪いことをしたというのはこのこの国では常識です。」と言う。変に歪曲されているところがある。このあたりは、高山正之氏の「アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった」を読んでみると詳しくあります。

No title

動画製作の為の取材・研究、お疲れ様です。

先月の天皇陛下のフィリピン訪問時に様々な報道がなされましたが、
その中でも聞きごたえがあったなと思っているのが
TBSラジオの『日本軍はフィリピンで何をしたのか』
https://www.youtube.com/watch?v=xcVw34PqzfI
でした。

包括的で偏ることなく歴史を研究してきた人の言葉として聞いたのですが、
この人は偏っているでしょうか?
 
ネット上には、ただの無知なのか平然と「日本軍はフィリピンで虐殺なんてしていない」と書いている人がいますし、またそれを読んで信じる人がいます。
その証拠として日本兵と親しかったフィリピン人の証言や
フィリピン人にとって神風特攻隊は英雄だった話が紹介されたりしています。

しかしもう一方には確実に、言い逃れのしようのない事例や証言がゴロゴロと転がっています。

日本人が忘れてしまっただけなのでしょうか。

天皇陛下がフィリピンで歓迎されているのを見て無邪気に喜び
「フィリピンは親日国だ」と思っている日本人ですが、
和解が成立していることをいいことに、
被害者は忘れないのに加害者は忘れ、
自分に都合のいい証言だけを集めて仕舞には
「そんな事知らない。そんなことしていない」と言い出すのですから、
将来が心配になります。

検証し語り継がなければならない歴史は南京以外にもあるのだなと思ったので、
こちらに書かさせていただきました。
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