【再掲】ただの日本人になる

自分の「立場」を超えられない人々へ。
この記事は、2013年10月10日の記事「ただの日本人になる」の再掲です。

「保守」を自称していた人たちは結局何を守っていたのか。

安倍晋三を「保守」し、チャンネル桜を「保守」し、「保守」分断という名で一切の批判を封じ、「保守」という立場を「保守」していただけでした。

彼らの「保守」の定義は、チャンネル桜を見て、チャンネル桜の語る言葉を信じること。チャンネル桜に指示された通りに、安倍晋三を信じること。自民党を支持すること。

チャンネル桜と違う意見を言えば、「あなたは保守ではない」とか、安倍晋三を批判すれば、「反日」とまで言われました。

彼らが日本以外のものを必死で「保守」し続けた結果、結局は日本という本当に保守すべきものを壊す結果をまねいてしまった。

こんな自己目的化してしまった、本末転倒な「保守」はとっとと解散したほうがよい。

では、「保守」をやめて、特定の立場やイデオロギーにしがみつくのをやめ、ただの日本人に戻るとき、私たちは自分たちの国のことをかえりみなくなるのか。

そんなことはありません。

「保守」を「保守」しようとする「保守」であることをやめれば、その時やっと、本当に守るべきものを守ろうとする当たり前の日本人にもどれるのではないでしょうか。

そのとき、はじめて、日本が取り戻され、日本が保守されるのではないでしょうか。

日本を保守するのに、私たちはことさら「保守」である必要はないのです。

日本を保守するのに必要なのは、特定の立場やイデオロギーに閉じ込められて、「自分たちこそ真正の保守だ」と名乗ったり「あいつらは保守ではない」と断じることではなく、わたしたちがただの日本人になることです。

右翼も左翼も関係なく、ただの日本人が力を合わせることです。

ただの日本人にもどって、もう一度、日本を本当に保守していきましょう。
*
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保守なんてかっこいいものではないですよ。だって、ただの自由主義なんだから。保守の看板にしがみつくのはやめましょう。

共産主義が左翼というだけでなく何故、革新と呼ばれてるか知ってますか。
対立する自由主義(保守)に対して新しい平等な社会を作り出そうとしたからですよ。

No title

そもそも、保守という概念自体、日本にはそぐわないものだと感じます。
明治以前の日本は、戦争に明け暮れていた欧米と異なり、外敵が殆ど存在しませんでした。
元寇をはじめとした外部からの介入も退け、日本土着のものを守ってきました。
海外の保守の理念は、本来の日本の風土から考えると、相容れないもの。
そこに、日本の行く末を考えるヒントがあるように思えます。
文章にしようと思うとなかなか難しい・・・。

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