すべて悪い

「安倍の周りガー」と「安倍ひとりガー」の不毛な争い。
安倍信者たちは言う。

財務省が悪い、外務省が悪い、竹中平蔵が悪い、安倍さんの周りが悪い。

つまり、安倍晋三ひとりは悪くない。

安倍信者たちは、「安倍の周り」をスケープゴートにして、「安倍晋三ひとり」の温存を図る。

三橋信者たちは言う。

安倍さんに支持を煽った三橋貴明は悪くない。
安倍さんに騙された三橋さんや三橋さんを支持した僕たちは悪くない。
安倍構造改革を止めようともしない内閣参与の藤井聡は悪くない。
安倍さんに恋する乙女、チャンネル桜の水島社長に悪意はない。
自民党の中にも分かっている先生方はいる。

つまり、安倍晋三ひとりが悪い。

三橋信者たちは、「安倍晋三ひとり」をスケープゴートにして、三橋貴明、チャンネル桜、自民党など、「安倍の周り」の温存を図る。

実際には、「安倍晋三ひとり」と「安倍の周り」は一つにつながっているので、どちらに転んでも、日本にろくな未来は待ち受けてはいない。

安倍晋三も、安倍晋三に支持を煽った三橋貴明も、チャンネル桜も、自民党も、彼らに騙されて安倍晋三を支持した国民も、安倍を批判するようになったがいまだに三橋貴明や自民党を支持する国民も、安倍晋三を批判してきたが安倍を退陣させることができずにいる国民も、政治に無関心な国民も、全て悪い。

『周回遅れのグローバリスト安倍晋三の危険性』

日本は諸外国に比べればマシですが、生粋のグローバリストである安倍総理の手で、移民受け入れや緊縮財政などのグローバリズムに基づく政策が過激に進行中です。我々「国を想う良識派」に必要なのは、亡国政策を続ける安倍政権や自民党に加え、それを支持する言論人も徹底的に批判し、国の破壊を阻止する事です。

(出典: 国家戦略特区blog「米大統領選と国民経済」2016年2月2日)

みぬさよりかずや「進撃の庶民」一派は、特定の言論人の周りに群がる自分たちを指して、はずかしげもなく、「良識派」を自称する感覚だから、いつまでも、迷いから目が覚めない。

そうではない。

義人はいない。
ひとりもいない。
悟りのある人はいない。
神を求める人はいない。
すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。
善を行う人はいない。
ひとりもいない。

(出典: 『ローマ人への手紙』3章10-12節)

徹底した自己否定を通してしか、新しい時代は、立ち現れてはこないだろう。

「どんな狂気と愚かさが安倍政権を作ったか。そして亡国の危機をまねいてしまったか。反省が必要なのは、私も含めて、誰も彼もです。時代が時代なら、多くの人々が腹を切らなければならない局面です。しかし、何の謝罪も方向修正も総括もなされていないのが現状です。安倍政権を支持し、また支持を煽った人々の多くが、未来に対する深刻な加害者となりました。にもかかわらず、何の自省も反省も行われていません。まるで誰も何の過ちも犯さなかったかのように皆が知らんぷりを決め込み、安倍政権の危険性を認めるましな人々であっても、騙した責任を安倍晋三一人に押し付けて、自分たちは騙された犠牲者のフリをしています。」

(出典: WJFプロジェクト「どんな狂気と愚かさが安倍政権を作ったか」2013年10月23日)
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>ひろのりよ

責任という概念を受け入れるなら、生きとし生けるもの全てにあると思います。
尺の関係で詳しく記述してませんでしたけど、社会学者のポール・ホォーコネは責任というものは社会がつくり上げた虚構と言ってます。
そもそも責任という概念がある対象に責任をかぶせてその対象を否定することにより、
もう一つの対象を肯定するという性質があるのではないかと思えるのです。
ある意味、二元論ですw
責任があるとかないとか全員とか特定の層とかこだわっている時点で、そういった問題をつくり上げているとも思えます。
投票に言ってない連中にしても日常に追われ、毎日労働に保険の更新やら税金の支払い家族サービスに追われているのかもしれません。
そういった人がくたくたになりながら工場生産したり運搬、陳列などの活動をすることにより私たちはそれらの生産物を享受できています。
責任という概念を取り入れるとその人たちにもあるとうことですけど、それほど単純なことではないでしょと私は考えてます。
誰もが悪いという考えがあれば誰も悪くないと言う考えもあり、責任という概念を取り入れている次元そのものが過ちである可能性もあるのです。
WJFさんはこのスプリング・センテンスに憤慨するかもしれませんがw

No title

甘利の辞任でまた支持率が上がったし国民は馬鹿ばかり
しかも罪を秘書に押し付けて大臣を辞めただけで潔く辞めたとか賞賛する始末

ひろのりよ

選挙に行った人間も、行かなかった人間も含めて日本人全員の責任だと言っているんです。

その感覚が、現代の日本人であるあなたがたには理解できない。

よく超越的な神を信じない日本人には罪(責任)の意識が理解できないと言われます。

しかし、私はそうは思いません。

大祓詞(中臣祓)には、「天津罪国津罪許許太久の罪出む」と記されている通り、共同体に対する「罪」(責任)とその解除は、古代から、問題として日本人によって自覚されていましたし、武士たちは切腹という慣習をもっていました。

また、戦争に敗れ、終戦の詔勅が流されたとき、日本人はどうしたか。

皇居の方向に向かって土下座をして、涙を流して、「申し訳ありませんでした」と、天皇陛下に謝罪をした。

それは何も天皇陛下一人に謝っていたわけではない。

過去から未来に至る、歴史を超えた共同体である「日本」というものに対して、大きな罪を犯してしまったと、多くの国民が深い責任の意識を自ずから抱いた。

しかし、その事態は、戦後まもなくして変わっていきます。

GHQが入ってきて、東京裁判が始まったからです。

アメリカは、まずみなさんもよく知っているように「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム 」なるものを開始し、「真相はかうだ」というラジオ番組や新聞を通して、日本軍の戦争犯罪をこれでもか、これでもかと、日本国民の中に罪悪感をすり込み始めた。

それによって、日本人によって伝統的に、共同体に対する責任として自覚されていた「罪」の問題は、「人道に対する罪」へと普遍化されました。

それと同時に、アメリカが行ったことは、A級戦犯の断罪と糾弾を通して、「あなたがた日本国民は、A級戦犯という一部の指導者に騙されていただけです。あなたがたは騙された犠牲者だったのです。今我々、自由と民主主義の国であるアメリカが、あなたがた日本人を解放してあげたのです。私たちを信頼してください」と免罪の意識をすり込み始めました。

それは当然、日本人の懐柔のためです。

そのためにアメリカは、「責任」がある日本人と、「責任」のない日本人の二つに、日本という共同体を二つに分断した。

それが、東京裁判の意味です。

その結果、敗戦直後には、「戦争に負けた申し訳ありませんでした」と忸怩たる思いをもって滂沱の涙を流して謝罪していた日本人はたちは、「悪かったのはA級戦犯だ。俺たちは悪くなかった。騙されていただけの犠牲者だ」と言い始めた。

一部の人間に責任をなすりつけて、自分たちには責任がないと開き直り始めた。

挙げ句の果ては「マッカーサーさん、ありがとう」と、アメリカを絶賛しはじめた。

"我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。"

という伊丹万作の言葉は、GHQがもたらした、この戦後の新しい事態に向けられていた。

日本人に植え付けられた、この感覚は、何と表裏一体になっているか。

当然「過去から未来にいたる、時代を超えた共同体としての日本という国家」という国家意識の希薄化と表裏一体です。

アメリカはこの方法によって日本人の中から国家への帰属意識を取り払った。

今TPP批准という「第二の敗戦」の危機を控えて、あなたも含めて、誰もかれもが「日本人全員に責任がある」という意識をもたない。

それはあなたがたの中に国家意識(狭い意味での「国家」ではなく、歴史を超えた共同体意識なるもの)が破壊されているかの、なによりの証左です。

あなたがたは、戦後体制の枠組みにがっつりと組み込まれたまま、GHQの「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム 」の延長線上を今も生きている。

いまだにGHQの手のひらの上で踊ったままだから、

「安倍さんが売国をやっているんだから、安倍さん一人を批判すればいいんでしょ」とか
「安倍さんの周りだけが悪い」とか
「三橋さんを批判しても意味がないよ」とか
「三橋さんの言論を信じて新自由主義に反対する私たちは『良識派の国民です』」とか

などと、平気で的外れなことを口にする。

誰も彼もが、何にも分かっていない。

根本のところが何も見えていない。

そのくせに分かったようなことばかり言う。

三橋に扇動されて一年近くも安倍を支持し続けるという愚行を犯していながら、何にも反省しない。悪いとすら思わない。

だから、安倍政権発足から三年経っても、いまだに三橋さん、三橋さんと、平気で三橋貴明持ち上げる。

この三橋貴明自身が、自分が繰り返してきた扇動について何も謝罪しないどころか、現在も平然と人々を自民党に投票するようにあおり立てている。

日本人全体が酷い状態だけれども、とりわけ、特定言論人の周りに群がって「自分たちは良識派」などと口にする、みぬさよりかずだの、進撃の庶民など三橋信者たちのひどさ、レベルの低さは、本当に、目も当てられない。

彼らは、「良識派の国民」であるどころか、国家や共同体や歴史に対する深い責任意識が欠落した、無責任で愚かな大衆(戦後日本人)の代表格です。

だから私は彼らを執拗に叩きます。

No title

私は実はどこかに責任を集中させること自体に疑問を感じてます。
尺の関係で説明はしませんが、生きていれば誰もが何かしらの影響を与えて責任をまぬがれないし、
そもそも責任自体が社会がつくり上げた虚構という考えもあるからです。
その中であえて言うなら政治家、官僚や企業家などの権力者の責任は重大ですし、大学教授や売れっ子評論家などの影響力なども大きいと思います。その中での三橋批判となるのだと思います。
それでも、三橋さん自身が言ってるようにネット内での世論はごく一部のコアな連中であり、全体でみるとTVの視聴者とニコニコ生放送の視聴者ぐらいの差があります。
しかも有権者の責任などを言ったところで投票率なんて50%強程度で、政治に感心のない人たちがますます嫌気をさして投票に行かなくなるだけです。
そもそも安倍政権の誕生は低い投票率と自民党の組織票の高さと強いジミンガーの圧倒的支持によるものだからです。得票数は落ちても自然と自民党の独裁体制ができてしまうわけです。
大阪の知事、市長選挙も同じで投票率が低いままで、投票に行った連中を批判したところでそれはお門違いなのだと私は思います。反対に票を投じた連中も多いのですから。
投票率が常に70%を超えたのならここまで問題はこじれていないでしょう。
なら投票に行かない連中が悪いとなるのですが、それは問題のせいぜい半分でしょう。
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