【再掲】自省と反省

禊ぎをせよ。
この記事は、2014年7月25日の記事「自省と反省」の再掲です。記事の最後に、映画監督の伊丹万作が戦後に綴った文章を付け加えています。かつて安倍信者だった人が、その過ちに気づいて、安倍信者をやめることは良いことです。かつて三橋信者だった人が、その過ちに気づいて、三橋信者をやめることは良いことです。しかし、その中のどれだけの人たちが、「自分が騙されたこと」の意味とからくりを深く反省しているのかといえば、ほとんどの人は反省などしない。自分が騙されていた愚かしさをさらりと流して、のらりくらりとやり過ごしてしまう。反省をせず、禊ぎをせず、根本の問題を糺そうとしないその姿勢が、すでに次なる錯誤を用意してしまっている。WJFプロジェクトは、いまだに「多元的保守思想」「グローバリズムと神道」などの記事を通して、現代の私たちの何が問題なのか、「自省と反省」の作業を続けているのですが。

下は、当ブログにいただいたあるコメントに対する返信です。なぜ、今執拗に、三橋貴明を叩くのか。安倍信者を辞めたとたんに、三橋信者と化していく人たちを、なぜ、厳しく糾弾しているのか。改めて、説明させていただきます。

るうさんを始め、いまだに三橋のような言論人を支持している方たちのご意見をわかりやすく要約すると下のようになりますが、私は下の意見には全く同意できません。

"三橋さんは悪くないんだ。

三橋さんは、安倍さんに騙されていただけなんだ。

三橋さんは、新自由主義やグローバリズムの問題を知悉しているし、『真冬の向日葵』という、麻生政権時代の政局をテーマにした小説を書くほど、過去の政局の問題にも詳しいし、『顔のない独裁者』という、民主党への反動として多くの国民が安倍政権のような壊国グローバリズム政権に盲目的に傾斜していく危険性を看破した本を、昨年の11月13日に出版するほど、安倍政権の本質を理解していたが、なぜか消費税増税の決定が発表された昨年の10月までは、安倍さんがグローバリストであることに全く気づかずに、騙されていただけなんだ。

安倍さんは小泉構造改革の後継者で、第一次安倍政権では「構造改革、構造改革」と叫んで構造改革を推進していてたけど、自民党が野に下って、安倍さんは考えを改めてくれたと三橋さんは信じていたんだ。安倍さんの本にも「瑞穂の国の資本主義」って書いてあったし、三橋さんはその一言に騙されて、純粋に安倍さんを信じ続けた。

2013年3月に、安倍さんがTPP交渉参加を表明しても、2013年の4月に、麻生さんが消費税増税を国際公約しても、三橋さんは、「マスコミの飛ばしだ」と言って、この二人を純粋に信じ続けた。

2013年の6月に、新自由主義路線丸出しのアベノミクス第三の矢の「成長戦略」の内容が公表され、閣議決定された後も、安倍さんが同じ6月に、ロンドンでの講演で、

「そして選挙が終わったらどうするか。私はこれからの3年を、集中的な改革の期間と位置付け、持てる政治力を、投入します。固い、岩盤のような日本の規制を、私自身をドリルの刃(やいば)として、突き破ろうと思っています。」

と、参院選後の構造改革の断行を宣言した後も、三橋さんは安倍さんをひたむきに信じ続けた。安倍さんを純粋に信じた結果、三橋さんは、参院選では自民党に投票するように、僕たちに呼びかけた。

そして、三橋さんと一緒に、僕たちも、安倍さんや自民党をひたむきに信じ続けたんだ。悪いのは、純粋に安倍さんを信じて、安倍さんに騙されてしまった三橋さんや、安倍さんに騙されていた三橋さんを信じ続けてきた僕たちじゃない。

騙した安倍さんが悪いんだ。

馬鹿なのは、三橋さんでも、三橋さんを信じてきた僕たちでもない。

馬鹿なのは、せっかく安倍さんに騙されていた事に気づいてくれて、やっと安倍さんを批判してくれるようになった三橋さんを批判して、三橋さんの足をひっぱる、WJFのような人間だ。"

三橋貴明自身が、「安倍さんが突然変わった」と事実をねじ曲げて、いまだに、自分の過ちを認めようとしないのですから、三橋を信じ込んだ人たちが、自分の過ちを認めようとなさらないのも、当然と言えば、当然なのですが、「馬鹿」なのは、自分が過ちを犯した後に、その過ちを率直に認め、その原因を探り、深く反省し、思考しようとしない人たち。自分の犯した過ちから、何かを学び取ろうとしない人たちです。

このブログは、時に、怒りや侮蔑に満ちた調子で書かれていますが、私自身が「騙されていた」、その過ちを振り返り、「なぜ騙されてしまったのだろう。二度と騙されないためにはどうしたらいいのだろう。」と、あれこれと思索をめぐらせてきた、反省の記録に他なりません。

安倍政権を批判し始めた、2013年1月1日以降のWJFプロジェクトの歩みは、安倍政権に盲信的に傾斜し、「安倍信者」と化してしまった、かつて共闘していた「保守」の人々に対する批判や覚醒の呼びかけの日々であったのと同時に、WJFプロジェクト自身に対する問いかけの日々でもありました。

「どんな狂気と愚かさが安倍政権を作ったか。そして亡国の危機をまねいてしまったか。反省が必要なのは、私も含めて、誰も彼もです。時代が時代なら、多くの人々が腹を切らなければならない局面です。しかし、何の謝罪も方向修正も総括もなされていないのが現状です。安倍政権を支持し、また支持を煽った人々の多くが、未来に対する深刻な加害者となりました。にもかかわらず、何の自省も反省も行われていません。まるで誰も何の過ちも犯さなかったかのように皆が知らんぷりを決め込み、安倍政権の危険性を認めるましな人々であっても、騙した責任を安倍晋三一人に押し付けて、自分たちは騙された犠牲者のフリをしています。」


安倍政権発足以来、「自省と反省」を重ねてきた身として、同じ「自省と反省」が、安倍支持を煽った「保守」言論人はさることながら、彼らの言説を信じ込んだ「保守」を自称した人々の間にもまったく広がっていかない事に、私はいらだちを感じています。

現在、三橋貴明を免罪し持ち上げることは、

「悪いのは騙した安倍さんだ。三橋さんや私は悪くない。」
「騙された私たちには、自省や反省は不要だ。」
「自省や反省? なにそれ? 私たちは被害者よ。」

と言うに等しい態度です。

自分たちが「過ち」を犯した事に対して、葛藤も怒りも忸怩たる思いも感じず、臭い物には蓋、さっさとなかったことにして、深い思考を巡らすこともなく、次に進もうとする。

「安倍信者」や「リフレ派」や「上念・倉山」をバカにしながら、騙されていた自分自身の愚かしさは、簡単に棚に上げてしまう。

このような軽薄な態度に、私は激しい怒りを感じているのです。

自省と反省」のないところ、同じ過ちは、必ず繰り返されていくからです。

今、私たちに必要なのは、現在の安倍政権による、壊国的な構造改革を批判することもさることながら、未来の日本人に対する責任を深く自覚し、頭をうなだれて「申し訳ありません」と先人たちに心から謝り、「ばかだばかだ」と自分の頭を叩きながら、安倍壊国政権という化け物を生み出してしまった、「保守」という考え方や姿勢の何が問題だったのかを深く思索し、「保守」の本当の意味を根底から定義し直すことです。

過去の過ちをなかったことにしたり、うやむやに済ますだけでは、そのことは絶対に果たされません。

「安倍政権が構造改革をやっている。だから構造改革を批判すればいんでしょ?」

そういう問題ではないんです。

「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。

一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

(出典: 伊丹万作「戦争責任者の問題」1946年8月)
*
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

WJFプロジェクトについて
ご寄付のお願い
作品リスト
政治的立場
WJFプロジェクトは、日本の主権、伝統、国柄を守る保守的な観点から、安倍政権が推し進めるTPP参加、構造改革、規制緩和、憲法改正、安保法制、移民受入などのグローバル化政策に反対しています。
TPP交渉差止・違憲訴訟の会
YouTube
WJFプロジェクトの動画作品は以下のYouTubeのチャンネルでご覧になれます。

お知らせ
アクセス・カウンター


今日の一言
蓮舫の二重国籍問題のジレンマ

違う入り口を選んだハズなのに、ドアを開けると、同じ出口につながっている。
最新記事
コメント
<>+-
アーカイブ


RSSリンク
RSSリーダーに下のリンクを登録されると、ブログの記事やコメントの更新通知を受け取ることができます。