身体が「文明」を拒絶するとき

五嶋みどりのバッハ。
五嶋みどりという、世界的な日本人のヴァイオリニストがいます。

この方は、八歳の時に、アメリカのジュリアード音楽院の教授に才能を見いだされ、十一歳の時に渡米し、以来、アメリカを拠点に活躍を続けてこられました。

最近、デビュー30年を経て、ヴァイオリンによる音楽作品の最高峰とも言うべき、J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ」全曲のCDがリリースされました。

音楽ファンが、待ち焦がれていたCDです。

同曲の演奏史に残るであろう、大変な名演奏です。

細部に至るまで感覚が研ぎ澄まされていながら、同時に、演奏家の意図はどこかにすっと姿を消し、風が木々の葉をゆらすように、ただただ「音楽それ自体」が、自然な緩急のゆらぎをともなって流れ出す、力みのまったくない、のびやかな響きを聴くことができます。

生物の細胞が増殖するように、フレーズの内側から、次のフレーズがおのずからつむがれていく。「私が・バッハを・演奏する」(I play Bach)という構えは消えて、演奏をするみどりさんの姿も、作曲したバッハの姿もすっかり消滅し、個々の人間や特定の時代の背後に広がる、より大きなものが立ち現れます。

これは、禅の十牛図でいうところの「人牛倶忘」(にんぎゅうぐぼう)の境地です。



十牛図とは、禅の悟りに至る道筋を、次の10段階に分けて絵にしたもの。

1. 尋牛(じんぎゅう) - 牛を捜そうと志すこと。悟りを探すがどこにいるかわからず途方にくれた姿を表す。
2. 見跡(けんせき) - 牛の足跡を見出すこと。足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。
3. 見牛(けんぎゅう) - 牛の姿をかいまみること。優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態。
4. 得牛(とくぎゅう) - 力づくで牛をつかまえること。何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿。
5. 牧牛(ぼくぎゅう) - 牛をてなづけること。悟りを自分のものにするための修行を表す。
6. 騎牛帰家(きぎゅうきか) - 牛の背に乗り家へむかうこと。悟りがようやく得られて世間に戻る姿。
7. 忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) - 家にもどり牛のことも忘れること。悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。
8. 人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう) - すべてが忘れさられ、無に帰一すること。悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。
9. 返本還源(へんぽんげんげん) - 原初の自然の美しさがあらわれてくること。悟りとはこのような自然の中にあることを表す。
10. 入鄽垂手(にってんすいしゅ) - まちへ... 悟りを得た修行者(童子から布袋和尚の姿になっている)が街へ出て、別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す。

(出典: Wikipediaより)

みどりさんが、各地の子どもたちと接する姿は、むしろ、「入鄽垂手」(にってんすいしゅ) ともいうべきかもしれません。

下の動画は、2012年に、バッハの同曲を携えて、全国の寺や神社や教会で行われたツアーの様子を取り上げたテレビ番組の映像です。
みどりさんが、自らヴァイオリンを背負い、ショルダーバッグを首からぶらさげながら、路面電車などの公共交通機関を使って移動し、自分の足で歩き、格安のホテルに泊まり、コンサート衣装は一着のみという質素なスタイルで全国を回る様子が映し出されています。

長崎で、漬け物を買って、風呂敷に包んでいる姿は、とても「世界的ヴァイオリニスト」には見えません。

みどりさんが、このような素朴なライフスタイルを確立したのには、若い頃のある経験がきっかけになっているそうです。

五嶋みどりさんは、天才ヴァイオリニストとして、若い頃から世界的に活躍するようになりましたが、同じ衣装は二度と着ない、贅沢な食事を楽しみ、身の回りのことはすべて他人にさせるという、クラシック音楽の演奏家たちの華やかな世界に違和感を感じ、二十代の前半には、うつ病や拒食症を発症し、演奏活動を休止したことがあるそうです。

参照記事: 五嶋みどりさんがグラミー受賞【拒食症と鬱】を乗り越え、世界最高峰のバイオリニストへ

二十代後半になって、ようやく、

「自分の生き方で、ヴァイオリニストとして生きる」

ことを決意したそうです。

「自分の生き方で」+「ヴァイオリニストとして生きる」

「神話」+「文明」=「日本人」。

みどりさんのように、日本人的な感性を大切にして生きてこられた演奏家が、西洋のどんな巨匠もなしえないような立派なクラシック音楽の演奏を成し遂げたことは、とても興味深いことです。
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